セミナー室

遺伝情報を拡張する人工塩基対技術から新たな研究領域Xenobiologyに向けて

Ichiro Hirao

平尾 一郎

Institute of Bioengineering and Nanotechnology (IBN), A*STAR, Singapore

Michiko Kimoto

木本 路子

Institute of Bioengineering and Nanotechnology (IBN), A*STAR, Singapore

Published: 2016-10-20

はじめに

なぜDNAの塩基は4種類なのだろうか? 塩基の種類が増えたらどんな生物やどんなバイオ技術ができるのだろうか? そもそも,塩基の種類を増やすことが,人工的にできるのだろうか? 生物の授業で初めてDNAを学んだとき,そんな疑問をもった人はいませんか?

4種類の塩基がA–T,ならびに,G–Cの塩基対を選択的に形成することにより,DNAは複製され,RNAへと転写され,そして,RNAの塩基配列がアミノ酸配列へと翻訳されてタンパク質が合成される.この2種類の天然型塩基対に加えて,もし第三の塩基対を複製→転写→翻訳のセントラルドグマに組み込むことができたら(図1図1■人工塩基対による遺伝情報拡張技術),どんなことが起こるのだろう?

図1■人工塩基対による遺伝情報拡張技術

A–TとG–Cの塩基対に加えて,第三の塩基対(X–Y,人工塩基対)が,複製,転写,翻訳で機能すれば,DNAやRNA,タンパク質の特定の部位に人工の構成成分を導入することができる.AA-1, AA-2: 非天然型アミノ酸.プリン塩基(AとG)の3位の窒素原子(赤字),ピリミジン塩基(TとC)のケト基(赤字)は,ポリメラーゼとの相互作用に必要.

実は,tRNAの立体構造の解明や左巻きDNA二重らせん構造の発見で名高いAlexander Richが,すでに1962年の総説中で第三の塩基対の化学構造式を示し,その可能性を考察している(1)1) A. Rich: “Horizons in biochemisty,” ed. by M. Kasha & B. Pullman, Academic Press, 1962, pp. 103–126..DNAの二重らせん構造がNature誌に掲載されたのが1953年,Richの予言は,まだ遺伝暗号表が解明され出した最中のことであった.

もし,2種類の天然型塩基対に人工的な塩基対(人工塩基対)を加えて,6種類の塩基からなるDNAが存在するとしたら,2つの塩基のみの並び(2塩基コドン)では,36通り(6×6)の組み合わせができるので,コドンに3つの塩基(図2A図2■塩基の種類に応じた遺伝暗号表)を用いなくても20種類のアミノ酸に対応することができる(図2B図2■塩基の種類に応じた遺伝暗号表).Richの1962年の総説では,このアイデアが述べられている.これをさらに発展させると,たとえば,6種類の塩基の場合,3塩基コドンの組み合わせは216通り(6×6×6)に増える(図2C図2■塩基の種類に応じた遺伝暗号表).この拡張版の遺伝暗号表に,多種類の非天然型アミノ酸を組み込めば,将来的には100種類のアミノ酸からなるタンパク質を作り出す生物システムが作れるかもしれない.もちろん,DNAやRNAも塩基の種類が増えるので,核酸分子自体の機能も向上させることができるだろう.

図2■塩基の種類に応じた遺伝暗号表

A)通常の4種類の塩基からなる3塩基コドンによる遺伝暗号表.B)6種類の塩基からなる2塩基コドンによる遺伝暗号表.C)6種類の塩基からなる3塩基コドンによる遺伝暗号表.

Richの総説から半世紀を経て,ようやく複製で機能する人工塩基対が作り出されるようになった.今まさに,合成生物学をさらに一歩進めたXenobiologyという非天然合成生物学の研究が広がりつつある.本稿では,筆者ら,ならびに,Floyd Romesbergら,Steven Bennerらの実用化レベルに達している人工塩基対の開発とそれらの応用研究について解説する.

最初の人工塩基対:iG–iC塩基対

Richが1962年の総説で示した第三の塩基対は,イソグアニン(iG)とイソシトシン(iC)の塩基対であった(図3A図3■初期の人工塩基対研究).A–TとG–Cの塩基対は,それぞれの塩基が水素結合で結ばれている.そして,それぞれの水素結合の向き(プロトン供与→プロトン受容)はA–TとG–Cで異なる(図1図1■人工塩基対による遺伝情報拡張技術参照).これが,AはTのみと,また,GはCのみと選択的に塩基対を形成する仕組みと考えられている.したがって,これらの天然型塩基対とは異なる水素結合様式をもつ塩基対を設計すれば第三の塩基対ができる.こうして考え出された塩基対の一つが,iG–iC塩基対であった.

図3■初期の人工塩基対研究

A)最初の人工塩基対:iG–iC塩基対.iGのケト体は,iCと塩基対を形成するが,水溶液中では,iGのエノール体も存在し,これがTと塩基対を形成してしまう.B)KoolらによるA–Tの互換塩基対(Z–F).

iG–iC塩基対は,1980年代後半になって,Bennerらにより,それぞれの塩基のヌクレオチド誘導体が化学合成された(2)2) C. Switzer, S. E. Moroney & S. A. Benner: J. Am. Chem. Soc., 111, 8322 (1989)..そして,複製や転写で試験され,人工塩基対開発の可能性が示された(3)3) J. A. Piccirilli, T. Krauch, S. E. Moroney & S. A. Benner: Nature, 343, 33 (1990), see comment..しかし,iG–iC塩基対は,複製や転写において,第三の塩基対として利用できる精度の選択性を有してはいなかった.この主な理由は,iG塩基がケト・エノールの互変異性により,Tとも塩基対を形成してしまうためであった(図3A図3■初期の人工塩基対研究).その後,一時的に人工塩基対研究は下火になったが,バイオ技術の急速な進展とともに非天然型成分を組み込む技術が必須となり,1990年の後半より,再び,人工塩基対の開発が盛んになった.

人工塩基対開発の研究方法

人工塩基対開発の最初の関門は,第三の塩基対として複製で選択的に機能するものを作ることである.人工塩基の基質(ヌクレオシド三リン酸)が,DNAポリメラーゼによって,鋳型鎖DNA上の相補人工塩基と選択的に塩基対が形成され,相補鎖DNA中に取り込まれなければならない.

人工塩基対のように,新しい物質を作り出す研究では,どのようなアイデアで,また,どのような研究手法で進めるかが重要になる.現在までに,実用化レベルに達する人工塩基対を有しているのは,筆者ら,そして,Bennerら,Romesbergらの3つの研究チームである(4, 5)4) I. Hirao & M. Kimoto: Proc. Japn. Acad. Ser. B, 88, 345 (2012).5) I. Hirao, M. Kimoto & R. Yamashige: Acc. Chem. Res., 45, 2055 (2012)..それぞれの研究チームの人工塩基対は,個性的で異なる概念により開発されたものであるが,どれも概念立証型(Proof of concept)の研究から生まれている.

概念立証とは,ある概念に基づいて,検証実験を行い,得られた結果からさらに概念を修正・補強し,さらに検証実験を行う,というものである.難易度の高い研究では,概念の構築とその検証実験を何度も繰り返すことにより,最終目的を目指す.概念立証型の研究では,実は,ポジティブな結果よりもネガティブな結果のほうが貴重であり,そこから新たなアイデアが生み出されることが多い.ネガティブな結果ばかりになると,精神的には辛いが,慣れてくると,そこに隠れている宝探しが楽しくなってくる.

この概念立証型の研究を始めるには,関連する研究のバックグラウンドを知ること,そして,研究に必要な実験技術を身に付けていることが必須である.複製で機能する人工塩基対を開発するためには,化学と生物の両分野の基礎知識と実験技術に加えて,これまでの塩基対関連の研究,塩基部の修飾にかかわる核酸化学の研究,複製とその修復に関する生化学研究,DNAポリメラーゼの構造学的な研究などの論文をできる限り頭に入れておく必要がある.

たとえば,DNAポリメラーゼとDNA,ならびに,基質の三者複合体のX線結晶構造解析は,重要な情報の一つである(6)6) S. Doublie, S. Tabor, A. M. Long, C. C. Richardson & T. Ellenberger: Nature, 391, 251 (1998)..この複合体の立体構造から,鋳型鎖中の塩基と基質の相補塩基がポリメラーゼ内で塩基対を形成する際に,それぞれの塩基の特定の部位のプロトン受容性の原子や置換基が,ポリメラーゼとの相互作用に必須であることが示されている.AやGのプリン塩基では3位の窒素原子,TやCのピリミジン塩基では2位のケト基がこれに相当する(図1図1■人工塩基対による遺伝情報拡張技術参照).設計する人工塩基には,この知見を組み込まなければならない.

もう一つの重要な情報は,Eric Koolらによって得られていた(7)7) J. C. Morales & E. T. Kool: Nat. Struct. Biol., 5, 950 (1998)..彼らは,複製での塩基対形成における塩基間の水素結合の重要性を再検証するために,AとTの塩基からそれぞれ水素結合性の置換基や原子を除き,しかし,分子の形はそれぞれの塩基と類似するZとFという塩基類似体を設計・化学合成し,DNAポリメラーゼを用いた複製実験を行った(図3B図3■初期の人工塩基対研究).その結果,基質Zは鋳型鎖中のFやTと,また,基質Fは鋳型鎖中のZやAと塩基対を形成してDNA中に選択的に取り込まれることがわかった.この結果は,複製における塩基対形成においては,塩基間の水素結合はそれほど重要ではなく,対合する塩基の形の適合性(形状適合性)が大きな要因であることを示すものであった.このZ–F塩基対は,A–Tとの互換塩基対であるため,第三の塩基対にはならないが,人工塩基対の設計に,形状適合性の概念が有効であること,また,水素結合をもたない疎水性の塩基対がその候補になることが示された.

複製で機能する人工塩基対

筆者らは,主に形状適合性の概念を拡張して人工塩基対の設計を進めた.開発初期には,水素結合を有する塩基類似体に,望ましくない天然型塩基との対合を立体障害のアイデアを用いて抑制することにより,転写で機能する人工塩基対(x–y)の開発に成功した(8)8) T. Ohtsuki, M. Kimoto, M. Ishikawa, T. Mitsui, I. Hirao & S. Yokoyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 4922 (2001).図4A図4■複製で機能する人工塩基対開発).次いで,この立体障害の効率を高めることにより,転写と翻訳で機能するs–y塩基対を開発した(9)9) I. Hirao, T. Ohtsuki, T. Fujiwara, T. Mitsui, T. Yokogawa, T. Okuni, H. Nakayama, K. Takio, T. Yabuki, T. Kigawa et al.: Nat. Biotechnol., 20, 177 (2002)..しかし,水素結合性の人工塩基対の開発に限界を感じ,その後は,s–y塩基対を疎水性の塩基対に作り変えることにした.そして,形状適合性をさらに高めることにより,複製で機能する人工塩基対(Ds–Pa)に到達した(10)10) I. Hirao, M. Kimoto, T. Mitsui, T. Fujiwara, R. Kawai, A. Sato, Y. Harada & S. Yokoyama: Nat. Methods, 3, 729 (2006)..さらに,PaとAの望ましくない塩基対の形成をできるだけ抑えるために,Paのアルデヒド基をニトロ基に変えたPxを設計した(11)11) M. Kimoto, R. Kawai, T. Mitsui, S. Yokoyama & I. Hirao: Nucleic Acids Res., 37, e14 (2009).図4A図4■複製で機能する人工塩基対開発).このニトロ基の酸素原子は,Aの1位の窒素原子と静電的に反発する.こうして作られたDs–Px塩基対は,複製で非常に高い選択性を有し,100サイクルに相当するPCRで増幅されたDNA中に97%以上保持される人工塩基対ができ上がった(12)12) R. Yamashige, M. Kimoto, Y. Takezawa, A. Sato, T. Mitsui, S. Yokoyama & I. Hirao: Nucleic Acids Res., 40, 2793 (2012).

図4■複製で機能する人工塩基対開発

A)筆者らによる人工塩基対開発.B)Romesbergらによる疎水性人工塩基対の開発.C)Bennerらによる水素結合性人工塩基対の開発.それぞれ,最初にデザインした塩基対に改良を加えつつ独自の概念立証型の研究を経て,複製で機能する人工塩基対Ds–Px, TPT3–NaM, P–Z塩基対に到達している.

Romesbergらは,自己相補的で疎水的なPICS–PICS塩基対を最初に開発した(13)13) D. L. McMinn, A. K. Ogawa, Y. Wu, J. Liu, P. G. Schultz & F. E. Romesberg: J. Am. Chem. Soc., 121, 11585 (1999).図4B図4■複製で機能する人工塩基対開発).この塩基対はDNAポリメラーゼによってDNA中に取り込まれるものの,その後の複製が進まないという問題を有していた.そこで,彼らはこの人工塩基の構造を基にして,多数の疎水的な人工塩基を網羅的に設計・合成して,複製実験を精力的に行った.そのなかからよいものを見つけ出し,その構造に基づいて,再度,網羅的に設計・合成を行い,最終的に,複製で機能する5SICS–MMO2や5SICS–NaM塩基対を開発した(14)14) D. A. Malyshev, Y. J. Seo, P. Ordoukhanian & F. E. Romesberg: J. Am. Chem. Soc., 131, 14620 (2009).図4B図4■複製で機能する人工塩基対開発).最近では,複製での選択性をさらに高めたTPT3–NaM塩基対も報告している(15)15) L. Li, M. Degardin, T. Lavergne, D. A. Malyshev, K. Dhami, P. Ordoukhanian & F. E. Romesberg: J. Am. Chem. Soc., 136, 826 (2014).図4B図4■複製で機能する人工塩基対開発).

Bennerらは,彼らが最初に合成したiG–iC塩基対の問題に対処するために,網羅的に水素結合性の人工塩基対を設計・合成し,最終的に,複製で機能するP–Z塩基対(ここでのZ塩基は,KoolらのZ塩基とは異なる)に到達した(16)16) Z. Yang, F. Chen, J. B. Alvarado & S. A. Benner: J. Am. Chem. Soc., 133, 15105 (2011).図4C図4■複製で機能する人工塩基対開発).P–Z塩基対では,iG–iC塩基対の欠点であったケト・エノールの互変異性,さらには,人工塩基ヌクレオシド誘導体の化学的安定性,ポリメラーゼとの相互作用などの問題が改善されている.

これら3つのグループでは,どれも初期の人工塩基対を改良することにより,概念立証型研究を繰り返して,最終的に複製で機能する人工塩基対を作り出している.しかし,その過程では(図4図4■複製で機能する人工塩基対開発),RomesbergらやBennerらが網羅的な合成と解析で一気に研究を進めているのに対して,筆者らは,一つずつ問題を解決しながら人工塩基対を設計・合成・試験する段階的な方法を取っている.これは,萌芽的な研究の重要性が日米で異なり,それに伴って研究の規模が違うことに起因しているかもしれない.

こうして,3つの研究チームから相次いで複製で機能する人工塩基対が開発されると,次は,これらの人工塩基対の性能の確認も兼ねて,応用研究がそれぞれの研究チームで進められるようになった.

人工塩基対技術の応用(アプタマー,Cell-SELEX,細胞への応用)

筆者らの応用の一つは,Ds–Px塩基対を用いたDNAアプタマーの作成技術(SELEX法)の開発であった.DNAアプタマーは,標的物質に特異的に結合するDNA断片のことであり,SELEX法という試験管内進化の方法で人工的に作成できるので,抗体に代わる診断・治療薬として期待されている.SELEX法では,ランダム配列を含むDNAライブラリのなかから標的物質に結合するDNA断片を釣り上げる.こうして選別されたDNA断片をPCRで増幅する.この選別とPCR増幅を繰り返すことにより,最終的に標的物質に最も強く結合するDNAアプタマーを得る.しかし,4種類の天然型塩基やその修飾体からなるDNAでは,標的物質(特にタンパク質)に強く結合するものはなかなか得られなかった.改良法の一つとして,塩基の種類を増やして,DNAアプタマーの高機能化が図れないかということが言われていたが,SELEX法ではPCR増幅中に新たな塩基がDNA中に保持されなければならず,複製で機能する人工塩基対が開発されるまでは,その実現は不可能であった.

筆者らは,Dsを第5の塩基として,DNAライブラリのランダム配列中に導入し,これを用いて,標的タンパク質に結合するDNAアプタマーを作成するSELEX法の開発に着手した(図5A図5■人工塩基対技術の応用).SELEX法におけるライブラリのPCR増幅は,DsとPx,ならびに4種類の天然型塩基のそれぞれの基質を加えて行った.増幅された二本鎖DNAから,Dsを含む側のDNA鎖を分離して,その後の選別のライブラリにした.

図5■人工塩基対技術の応用

A)筆者らのDs–Px塩基対を用いた人工塩基DNAアプタマー作成技術.B)BennerらのP–Z塩基対を用いたCell-SELEXによる人工塩基DNAアプタマーの作成.C)RomesbergらのTPT3–NaM塩基対を組み込んだ細胞システム(大腸菌改変体).

本来,DNAは,親水的な物質であるので,標的とするタンパク質の疎水性部分との親和性が低いために,DNAアプタマーの標的タンパク質に対する結合能には限界があった.そして,ほとんどのDNAアプタマーの解離定数(Kd)は,よくてもnM前後であった.そこで,筆者らは,疎水性の高いDsをライブラリ中に導入することにした.また,相補塩基であるPxはライブラリに加えなかった.一般的に,DNAは塩基対を形成して規則正しい二本鎖構造を取りやすい.しかしPx塩基を加えないと,Ds塩基は塩基対を形成できないので,ライブラリ中の各DNA断片の高次構造が多様化すると期待された.

筆者らは,最初に,ヒト血管内皮増殖因子165(VEGF165)とインターフェロンγ(IFNγ)のそれぞれを標的にして,人工塩基を用いたSELEX法を行った.その結果,これまでに得られている天然型塩基のDNAアプタマーよりも100倍以上結合力が向上した人工塩基DNAアプタマーが得られた(17)17) M. Kimoto, R. Yamashige, K. Matsunaga, S. Yokoyama & I. Hirao: Nat. Biotechnol., 31, 453 (2013)..それらの解離定数は,VEGF165に対しては1 pM程度,IFNγに対しては38 pMであり,それぞれのDNAアプタマー中には2つあるいは3つのDs塩基が含まれていた.これらのアプタマー中のDs塩基をAに置き換えると,結合力が極端に低下したことから,僅かなDs塩基がDNAアプタマーの結合能を大幅に高めていることがわかった.

Bennerらは,彼らのZ–P塩基対を用いて,がん細胞を標的にしてSELEX法を行った(細胞を標的とするSELEX法は,Cell-SELEX法と呼ばれている)(図5B図5■人工塩基対技術の応用).彼らは,ライブラリ中にZとPの両人工塩基を導入した.この方法で,乳がん細胞,次いで,肝臓がんの細胞に結合するZとPを含むDNAアプタマーが得られた(18)18) K. Sefah, Z. Yang, K. M. Bradley, S. Hoshika, E. Jimenez, L. Zhang, G. Zhu, S. Shanker, F. Yu, D. Turek et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 1449 (2014).

Romesbergらは,彼らの人工塩基対を細胞システムに応用した(図5C図5■人工塩基対技術の応用).彼らは,TPT3–NaM塩基対をプラスミドDNA中に導入し,これを大腸菌に形質転換し,人工塩基基質を含む培地で,この大腸菌を培養した.増殖した大腸菌中のプラスミドを調べたところ,24世代後の大腸菌においても人工塩基対が86%保持されていることがわかった.これは,6種類の塩基からなるDNAが生物の遺伝子になりうることを示した最初の報告になった(19)19) D. A. Malyshev, K. Dhami, T. Lavergne, T. Chen, N. Dai, J. M. Foster, I. R. Correa Jr. & F. E. Romesberg: Nature, 509, 385 (2014).

おわりに

筆者らやBennerらのDNAアプタマーへの人工塩基の応用研究から,塩基の数を増やすことの有用性が示され,また,Romesbergらの細胞の研究から,人工塩基対の細胞工学への応用の可能性が一気に高まった.今後は,細胞内のDNAやRNA転写物の特定部位に蛍光性の人工塩基を導入することにより,1細胞レベルでの分子イメージングが可能になるかもしれない.また,機能性人工塩基を含む核酸触媒の開発や非天然型アミノ酸を複数種類含むタンパク質の合成系などにも,応用研究が広がるだろう.重要なことは,人工塩基対技術が安全な遺伝子組換え技術を提供することである.Romesbergらの細胞実験が示すように,人工塩基の素材は培地から導入するので,この供給が閉ざされれば,細胞内のDNAから人工塩基対がなくなるか,組換え生物が増殖できなくなる.すなわち,人工塩基対により,組換え体の封じ込めが可能になる.想像すればいろいろな応用が考えられるが,今まさに,非天然素材を用いるバイオ研究(Xenobiology)の扉が開かれつつある.

Reference

1) A. Rich: “Horizons in biochemisty,” ed. by M. Kasha & B. Pullman, Academic Press, 1962, pp. 103–126.

2) C. Switzer, S. E. Moroney & S. A. Benner: J. Am. Chem. Soc., 111, 8322 (1989).

3) J. A. Piccirilli, T. Krauch, S. E. Moroney & S. A. Benner: Nature, 343, 33 (1990), see comment.

4) I. Hirao & M. Kimoto: Proc. Japn. Acad. Ser. B, 88, 345 (2012).

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7) J. C. Morales & E. T. Kool: Nat. Struct. Biol., 5, 950 (1998).

8) T. Ohtsuki, M. Kimoto, M. Ishikawa, T. Mitsui, I. Hirao & S. Yokoyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 4922 (2001).

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10) I. Hirao, M. Kimoto, T. Mitsui, T. Fujiwara, R. Kawai, A. Sato, Y. Harada & S. Yokoyama: Nat. Methods, 3, 729 (2006).

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13) D. L. McMinn, A. K. Ogawa, Y. Wu, J. Liu, P. G. Schultz & F. E. Romesberg: J. Am. Chem. Soc., 121, 11585 (1999).

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15) L. Li, M. Degardin, T. Lavergne, D. A. Malyshev, K. Dhami, P. Ordoukhanian & F. E. Romesberg: J. Am. Chem. Soc., 136, 826 (2014).

16) Z. Yang, F. Chen, J. B. Alvarado & S. A. Benner: J. Am. Chem. Soc., 133, 15105 (2011).

17) M. Kimoto, R. Yamashige, K. Matsunaga, S. Yokoyama & I. Hirao: Nat. Biotechnol., 31, 453 (2013).

18) K. Sefah, Z. Yang, K. M. Bradley, S. Hoshika, E. Jimenez, L. Zhang, G. Zhu, S. Shanker, F. Yu, D. Turek et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 1449 (2014).

19) D. A. Malyshev, K. Dhami, T. Lavergne, T. Chen, N. Dai, J. M. Foster, I. R. Correa Jr. & F. E. Romesberg: Nature, 509, 385 (2014).