Kagaku to Seibutsu 54(11): 841-846 (2016)
セミナー室
植物ポリフェノールによる筋萎縮予防の可能性
Published: 2016-10-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
ポリフェノールはフェノール性水酸基を有する一連の化合物群である.これらは食用植物や薬用植物に分布していることから,健康増進効果について研究が進められている.近年ポリフェノールの機能性研究の一環として,筋萎縮を抑制するポリフェノール類(図1図1■本稿で取り上げたポリフェノールの構造)の探索と,その機構解明が進みつつある.
骨格筋は体重の約40%を占め,アミノ酸や糖の代謝を担っている.また,骨格筋は体の支持力や運動に必要な組織である.したがって,骨格筋量とその機能の維持は,メタボリックシンドロームの予防や介護状態を回避する手段として注目されており,骨格筋萎縮を予防することは超高齢社会において取り組む重要な課題である.運動不足やギプス固定,さらには無重力環境となる宇宙で滞在などの骨格筋への負荷軽減によって,廃用性の筋萎縮が起こる(1)1) P. M. Droppert: Journal of the British Interplanetary Society, 46, 83 (1993)..それ以外の要因としては,摂取エネルギーの不足を伴う栄養不良ならびにがん悪液質などの生理学的変化がある.また,加齢に伴う骨格筋の萎縮としてサルコペニアが知られている.筋萎縮はこれらの要因が複合して進展する.骨格筋量の減少は,主に骨格筋を構成するタンパク質の分解(異化)の亢進によるものだと考えられている.筋肉の分解にはユビキチン/プロテアソーム系タンパク質分解経路が重要な働きをしていることが明らかにされてきた(1, 2)1) P. M. Droppert: Journal of the British Interplanetary Society, 46, 83 (1993).2) M. D. Gomes, S. H. Lecker, R. T. Jagoe, A. Navon & A. L. Goldberg: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 14440 (2001)..この経路の阻害は筋萎縮の予防につながると期待され,まずプロテアソームの阻害剤が提案されたが,これについてはタンパク質分解の大部分を占めるユビキチン依存性のタンパク質分解経路のすべてが阻害される毒性のため実用化は難しいとされた.つづいて,この経路における標的タンパク質特異的に発現するユビキチンリガーゼ(E3)が注目された.この酵素は,分解するタンパク質に対して発現する酵素の種類が異なっており,つまり,特定のユビキチンリガーゼ(E3)を阻害すれば,標的タンパク質の分解のみを抑制できることから廃用性筋萎縮予防の標的として期待されている.筋タンパク質の分解にかかわるユビキチンリガーゼ(E3)として,Atrogin-1/Muscle Atrophy F-box (Atrogin-1) とMuscle RING-finger protein-1 (MuRF1)(3)3) S. C. Bodine, E. Latres, S. Baumhueter, V. K. Lai, L. Nunez, B. A. Clarke, W. T. Poueymirou, F. J. Panaro, E. Na, K. Dharmarajan et al.: Science, 294, 1704 (2001).が同定された.これらの発現は転写因子forkhead O transcription factors(FoxO)によって制御されている(図2図2■筋タンパク質合成のメカニズム(文献5改変)).FoxOの転写は,成長ホルモン(GH)の刺激により分泌されるInsulin/Insulin like growth factor1(IGF1)の受容体への結合を初発段階としたPI3K/Akt/mTORリン酸化カスケードによって調節される.PI3K/Akt/mTOR経路はFoxOをリン酸化し,その転写が抑制される(4, 5)4) S. C. Bodine, T. N. Stitt, M. Gonzalez, W. O. Kline, G. L. Stover, R. Bauerlein, E. Zlotchenko, A. Scrimgeour, J. C. Lawrence, D. J. Glass et al.: Nat. Cell Biol., 3, 1014 (2001).5) M. Sandri, C. Sandri, A. Gilbert, C. Skurk, E. Calabria, A. Picard, K. Walsh, S. Schiaffino, S. H. Lecker & A. L. Goldberg: Cell, 117, 399 (2004)..筋肉タンパク質が分解されるときはこの経路のシグナル伝達が行われず,FoxOは核内に移行し転写を行うことでユビキチンリガーゼの発現を誘導する.一方,筋肉タンパク質の分解が抑制されるとき,FoxOはリン酸化されて,その細胞内局在は核から細胞質へと変化し,転写を促進しない(6)6) T. N. Stitt, D. Drujan, B. A. Clarke, F. Panaro, Y. Timofeyva, W. O. Kline, M. Gonzalez, G. D. Yancopoulos & D. J. Glass: Mol. Cell, 14, 395 (2004)..
筋タンパク質合成にかかわるシグナル伝達経路:筋タンパク質合成時には,本リン酸化カスケードが活性化し,転写因子FoxOの核内移行が抑制されるため,筋萎縮関連遺伝子が発現しない.しかし,本シグナル伝達経路が破たんすると,FoxOの核内移行が開始されることで筋萎縮関連遺伝子の発現につながり,筋タンパク質分解が進展する.
このような筋萎縮で見られる骨格筋構成タンパク質の分解に伴い,骨格筋内のミトコンドリアの機能破たんによる活性酸素の増加や(7)7) F. L. Muller, W. Song, Y. C. Jang, Y. Liu, M. Sabia, A. Richardson & H. Van Remmen: Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 293, R1159 (2007).,炎症状態の惹起などの変化が認められ,さらなる筋萎縮の増悪へとつながる.したがって抗酸化性や抗炎症性を有するポリフェノールがこれらの経路を抑制することで筋萎縮を予防することが期待されている.
ある種の活性酸素種(ROS)は筋萎縮関連ユビキチンリガーゼの発現を誘導し,nuclear factor-kappaB(NF-κB)経路やFoxO経路を活性化することが報告されている.萎縮が起こった骨格筋においては,ミトコンドリアの機能破たんに伴うROSの発生や,一酸化窒素(NO)によるFoxO経路の活性化が起こる(図3図3■ミトコンドリア破たんを介した酸化ストレスの上昇に対するポリフェノールの作用機序(19, 29)).結果として酸化損傷のマーカーである8-hydroxy-2′-deoxyguanosine(8-OHdG)や,過酸化脂質,カルボニル化タンパク質が蓄積する(8~11)8) H. Kondo, K. Nishino & Y. Itokawa: FEBS Lett., 349, 169 (1994).9) J. M. Lawler, W. Song & S. R. Demaree: Free Radic. Biol. Med., 35, 9 (2003).10) S. K. Bae, H. N. Cha, T. J. Ju, Y. W. Kim, H. S. Kim, Y. D. Kim, J. M. Dan, J. Y. Kim, S. D. Kim & S. Y. Park: J. Appl. Physiol., 113, 114 (2012).11) R. Mukai & J. Terao: The Journal of Physical Fitness and Sports Medicine, 2, 385 (2013)..このような背景から,抗酸化性を有する物質による筋萎縮予防の研究が行われている.たとえば,廃用性筋萎縮を誘導した実験動物では,ビタミンEが骨格筋の酸化損傷を抑制するとともに,廃用性筋萎縮関連ユビキチンリガーゼの発現を制御することが報告されている(12)12) M. Ikemoto, Y. Okamura, M. Kano, K. Hirasaka, R. Tanaka, T. Yamamoto, T. Sasa, T. Ogawa, K. Sairyo, K. Kishi et al.: J. Physiol. Anthropol. Appl. Human Sci., 21, 257 (2002)..フラボノイドでは,強い抗酸化性を示すケルセチン(図1図1■本稿で取り上げたポリフェノールの構造)の生理機能性研究が多く進んでいる.ケルセチンは,ラジカル捕捉のための水素を供与する構造としてのB環のカテコール構造,B環からの不対電子の非局在化に必要な共役二重結合,ラジカル捕捉活性を高めるための3位と5位の水酸基をもつことから,強いラジカル捕捉能をもつ(13)13) W. Bors, W. Heller, C. Michel & M. Saran: Methods Enzymol., 186, 343 (1990)..また,体内での酵素発現やその活性を調節することでレドックスバランスを調節し,生体防御能を上げる作用も報告されている(14)14) K. Kawabata, R. Mukai & A. Ishisaka: Food & Function, 6, 1399 (2015)..
不活動状態や重力低減下では骨格筋内のミトコンドリアの機能破たんが起こる.その結果,活性酸素の過剰な発生が起こる.ポリフェノールは,ミトコンドリアの合成促進や機能調節を介して活性酸素発生量を抑制することで筋萎縮の進展を予防することが期待される.
マウス骨格筋由来C2C12細胞を三次元回転に供することで,微重力環境を模する培養法では,Atrogin-1とMuRF-1の発現が上昇する.この実験系にあらかじめケルセチンを作用させると,これらユビキチンリガーゼの発現を完全に抑制する(15)15) D. I. Hemdan, K. Hirasaka, R. Nakao, S. Kohno, S. Kagawa, T. Abe, A. Harada-Sukeno, Y. Okumura, Y. Nakaya, J. Terao et al.: J. Med. Invest., 56, 26 (2009)..同様の効果は,動物実験においても確認されている.廃用性筋萎縮を誘導するために,マウスの後肢を床から離して飼育する尾懸垂試験(Unloading)では,ケルセチンを腓腹筋に投与することで,ユビキチンリガーゼ(Atrogin-1とMuRF-1)の発現が抑制された(16)16) R. Mukai, R. Nakao, H. Yamamoto, T. Nikawa, E. Takeda & J. Terao: J. Nat. Prod., 73, 1708 (2010)..この試験において,骨格筋量の減少が抑制されることと,過酸化脂質のマーカーであるTBARS値が低下することが確認されている.同評価系において,既知の抗酸化物質であるN-アセチル-L-システインにもユビキチンリガーゼの発現抑制効果が認められた.一方で,同じフラボノイドではあるが水酸基をもたない(ラジカル補足能をもたない)フラボンを用いた場合には,すべての評価項目において抑制効果が見られなかった.この研究成果より,ラジカル補足能を有するケルセチンの構造特徴が酸化ストレスを抑制に寄与し,廃用性筋萎縮予防に貢献したことが示されている.ケルセチンを摂取した場合の効果を検証する場合には,骨格筋におけるケルセチンの蓄積性を考慮した評価系を用いる必要がある.ケルセチンの生体利用性に関する研究報告から,その吸収率は1%以下と低いことがわかっている.また,吸収されたケルセチンはおおむね24時間以内に排泄されることから,継続的に摂取することが機能性発揮に必要であると考えられる.継続摂取によって,抗酸化性が向上することや(17, 18)17) Y. Kashino, K. Murota, N. Matsuda, M. Tomotake, T. Hamano, R. Mukai & J. Terao: J. Food Sci., 80, H2597 (2015).18) K. Murota, A. Hotta, H. Ido, Y. Kawai, J. H. Moon, K. Sekido, H. Hayashi, T. Inakuma & J. Terao: J. Med. Invest., 54, 370 (2007).,組織内での蓄積量の増加が期待できる(19, 20)19) R. Mukai, N. Matsui, Y. Fujikura, N. Matsumoto, D. X. Hou, N. Kanzaki, H. Shibata, M. Horikawa, K. Iwasa, K. Hirasaka et al.: J. Nutr. Biochem., 31, 67 (2016).20) J. Bieger, R. Cermak, R. Blank, V. C. de Boer, P. C. Hollman, J. Kamphues & S. Wolffram: J. Nutr., 138, 1417 (2008)..筆者はこれらの情報を基に,1日間あるいは14日間ケルセチンを摂取したマウスを用いて,廃用性筋萎縮抑制効果の評価実験を行った(19)19) R. Mukai, N. Matsui, Y. Fujikura, N. Matsumoto, D. X. Hou, N. Kanzaki, H. Shibata, M. Horikawa, K. Iwasa, K. Hirasaka et al.: J. Nutr. Biochem., 31, 67 (2016)..坐骨神経切除により,下肢骨格筋の自発運動を停止させた状態で4日目経過後に解剖に供した.解剖時の筋湿重量と筋繊維の太さの比較では,14日間のケルセチン摂取でのみ筋萎縮予防効果が認められた.このデータから,ケルセチンが廃用性筋萎縮を抑制するためには,ある一定量のケルセチンが標的骨格筋に蓄積することが必要であることが明らかとなった.廃用性筋萎縮抑制効果が確認された実験条件における骨格筋でのケルセチン量(抱合代謝物を含む)をHPLCにて分析したところ,約0.2 nmol/g tissueのケルセチンが検出された.筋萎縮に伴って増加する脂質ヒドロペルオキシドに対するケルセチン摂取の影響では,有意な低値を示した.骨格筋での脂質ヒドロペルオキシドの蓄積にはミトコンドリアの電子伝達系の破たんが関連しており,脂質過酸化の抑制は重要な鍵を握る.過酸化脂質増加の要因と考えられるミトコンドリアからのROSの発生量について過酸化水素に対するプローブを用いて測定した.筋萎縮を誘導していない正常な骨格筋由来のミトコンドリアでは過酸化水素が検出されなかった.一方で,萎縮を誘導した骨格筋由来のミトコンドリアでは顕著な過酸化水素の増加が認められた.ケルセチン摂取群での過酸化水素量は非摂取群の約50%程度であり有意な低値であった.ケルセチン摂取群において,ミトコンドリアの生合成の指標であるperoxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator-1α(PGC-1α)のmRNA発現量が増加したことなどから,機能破たんしたミトコンドリアのターンオーバーが促進されていることが推察された(図3図3■ミトコンドリア破たんを介した酸化ストレスの上昇に対するポリフェノールの作用機序(19, 29)).くわえて,ケルセチンがC2C12筋管細胞のミトコンドリア画分に分布することと,ミトコンドリアから放出される過酸化水素を消去することが確認された.これらの実験事実から,ケルセチンの摂取は廃用性筋萎縮に伴うミトコンドリアの機能低下による酸化ストレス増大を抑制することで,筋萎縮の進展に抵抗するものと考えられる.
茶などの食品に含まれるカテキン類は,ケルセチンと並んで摂取量の多いフラボノイドである.三次元回転培養法で培養した筋管細胞にカテキン類を添加した場合に,Atrogin-1やMuRF-1の発現が抑制される(15)15) D. I. Hemdan, K. Hirasaka, R. Nakao, S. Kohno, S. Kagawa, T. Abe, A. Harada-Sukeno, Y. Okumura, Y. Nakaya, J. Terao et al.: J. Med. Invest., 56, 26 (2009)..また,カテキン類処理により,筋管細胞からのアミノ酸放出量も低下することや(21)21) K. A. Mirza, S. L. Pereira, N. K. Edens & M. J. Tisdale: Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle, 5, 339 (2014).,がんによって惹起される炎症反応の結果誘導されるユビキチンリガーゼ発現を抑制することも報告されている(22)22) H. Wang, Y. J. Lai, Y. L. Chan, T. L. Li & C. J. Wu: Cancer Lett., 305, 40 (2011)..さらに,加齢に伴う筋萎縮(サルコペニア)に対するカテキン類の効果について,動物モデル実験やヒトでの臨床試験が行われている.緑茶の主要なカテキンであるエピガロカテキンガレート(EGCG:図1図1■本稿で取り上げたポリフェノールの構造)を老齢ラットに連日投与し,廃用性筋萎縮を誘導した.その後,萎縮した筋肉量の回復を観察した研究では(23)23) S. E. Alway, B. T. Bennett, J. C. Wilson, N. K. Edens & S. L. Pereira: Exp. Gerontol., 50, 82 (2014).,骨格筋量の回復が非摂取群と比較して高いことが示されている.EGCG摂取群では転写因子FoxO3aを核外移行させるAktのリン酸化が亢進したため,骨格筋量の分解が抑えられたと推察されている.また,筋萎縮の進行に伴うアポトーシス経路を減弱することも確認されている.つまり,EGCGは筋萎縮の予防に加え,骨格筋回復を促進する機能を有することがわかる.カテキンによる筋量増加の可能性はヒト臨床試験でも報告された.たとえば,日本人女性(75歳以上でかつサルコペニア状態の被験者)が運動と茶カテキン摂取に取り組んだ場合に歩行能力の向上が認められている(24)24) H. Kim, T. Suzuki, K. Saito, H. Yoshida, N. Kojima, M. Kim, M. Sudo, Y. Yamashiro & I. Tokimitsu: Geriatr. Gerontol. Int., 13, 458 (2013)..この研究報告では運動のみ,あるいは茶カテキン摂取のみの介入では効果が低かったことから,茶カテキン摂取は運動の効果を増強したと推定できる.先述の後肢懸垂モデルにおける筋回復促進効果の研究と併せて考えると,カテキンの摂取はそれ単独ではなく運動負荷状況下でサルコペニアへの対応策になることが期待される.
骨格筋の分解にはエストロゲンなどの性ホルモンが関与する.エストロゲン受容体にはERαとERβが存在するが,これらは拮抗的に働き(25)25) M. K. Lindberg, S. Moverare, S. Skrtic, H. Gao, K. Dahlman-Wright, J. A. Gustafsson & C. Ohlsson: Mol. Endocrinol., 17, 203 (2003).,ERβの活性化が骨格筋の合成を促進し,分解を抑制すると報告されている(26)26) M. Velders, B. Schleipen, K. H. Fritzemeier, O. Zierau & P. Diel: FASEB J., 26, 1909 (2012)..植物エストロゲンとして働くポリフェノールとして,イソフラボン類がよく知られている.70 mgのイソフラボンを含むカプセル(44 mgのダイゼイン,16 mgのグリシテイン,10 mgのゲニステイン:図1図1■本稿で取り上げたポリフェノールの構造)を50から70歳代の女性(閉経後,BMIの値が28以上かつサルコペニア症状有)に24週間摂取させた臨床試験の報告がある(27)27) M. Aubertin-Leheudre, C. Lord, A. Khalil & I. J. Dionne: Eur. J. Clin. Nutr., 61, 1442 (2007)..介入群では,サルコペニアの指標として用いられる筋肉量指標が増加した.作用メカニズムの一つとしてC2C12筋管細胞を用いて大豆イソフラボンであるゲニステインとダイゼインのER転写活性に及ぼす影響を調べた研究では(28)28) D. M. Harris, E. Besselink, S. M. Henning, V. L. Go & D. Heber: Exp. Biol. Med. (Maywood), 230, 558 (2005).,ゲニステインはERαとERβに対して同程度の活性であったが,ダイゼインはERαに比べERβに強く作用することが示された.これらイソフラボンのユビキチンリガーゼ発現に及ぼす影響では,TNF-α誘導性のMuRF-1発現に対して,両者はいずれも抑制作用を示し,筋管細胞の萎縮を抑えた(29)29) K. Hirasaka, T. Maeda, C. Ikeda, M. Haruna, S. Kohno, T. Abe, A. Ochi, R. Mukai, M. Oarada, S. Eshima-Kondo et al.: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 59, 317 (2013)..この活性は,イソフラボンが,AMPKのリン酸化を介してSIRT-1の発現を上昇させ,MuRF-1のプロモーター活性を下げることに起因することが示されている.筆者らは高活性な植物エストロゲンとして注目されている8-プレニルナリンゲニン(8-PN:図1図1■本稿で取り上げたポリフェノールの構造)の廃用性筋萎縮予防効果について解明した.8-PNを18日間与えたのちに,坐骨神経切除による廃用性筋萎縮を誘導したところ,骨格筋の重量低下は抑えられた(30)30) R. Mukai, H. Horikawa, Y. Fujikura, T. Kawamura, H. Nemoto, T. Nikawa & J. Terao: PLoS ONE, 7, e45048 (2012)..タンパク質分解に関与するAtrogin-1の発現は8-PNの摂取により消失し,その効果はAktのリン酸化の活性化によるものであると推察された.このことから,8-PNはユビキチンプロテアソーム系の抑制を介して骨格筋タンパク質分解を抑えたことが明らかとなった.この研究においてコントロール摂取マウスと8-PN摂取マウスの萎縮筋中でのタンパク質割合には差がなかった.このことは,骨格筋タンパク質の変化が骨格筋量と相関することを示唆しており,筋タンパク質分解の抑制が骨格筋量維持につながることがわかる.この研究報告では8-PNのプレニル基が骨格筋での高蓄積性に寄与することを提案しているが,詳細は本誌[53, 71–73 (2015)]をご参照いただきたい(31)31) 向井理恵,寺尾純二:化学と生物,53, 71 (2015)..このように,エストロゲン様活性をもつフラボノイドが骨格筋の萎縮予防に有効である可能性が示されているが,この効果がエストロゲン受容体を介した作用であるか否かは今後の研究が待たれる.エストロゲン受容体を介した作用である場合は,骨粗しょう症に代表されるエストロゲン欠乏関連症状の一つとして研究が進展することが期待できる.
レスベラトロールはワインなどに含まれるポリフェノールであり(図1図1■本稿で取り上げたポリフェノールの構造),後肢懸垂モデルなどのUnloading試験を用いた廃用性筋萎縮に対する予防効果が報告されている.Unloading下ではInsulin receptor substrate 1(IRS-1)の分解が亢進するため(32)32) N. Suzue, T. Nikawa, Y. Onishi, C. Yamada, K. Hirasaka, T. Ogawa, H. Furochi, H. Kosaka, K. Ishidoh, H. Gu et al.: J. Bone Miner. Res., 21, 722 (2006).,骨格筋でインスリン抵抗性を呈する(33)33) T. P. Stein, M. D. Schulter & G. Boden: Aviat. Space Environ. Med., 65, 1091 (1994)..レスベラトロールは経口グルコース負荷試験において血中糖濃度の曲線下面積(AUC)を低下させインスリン抵抗性を抑制した.同時に,筋萎縮に併発する骨からのミネラル放出や骨強度の減少も抑えた.このように,レスベラトロールは骨格筋の機能を保つことで,骨や糖代謝の調節に役立つことが期待される.Momkenらはレスベラトロールの投与(400 mg/kg, 4週間)がヒラメ筋において生体内抗酸化成分である還元型グルタチオンの比率を上昇させ,スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の活性を上昇させることを示した(34)34) I. Momken, L. Stevens, A. Bergouignan, D. Desplanches, F. Rudwill, I. Chery, A. Zahariev, S. Zahn, T. P. Stein, J. L. Sebedio et al.: FASEB J., 25, 3646 (2011)..このとき骨格筋でのタンパク質のターンオーバーを回復させ骨格筋力を維持することも認められた.このように,レスベラトロールが骨格筋量維持に役立つことが示唆されるが,その効果は加齢によって変化することがJacksonらの研究で報告された(35)35) J. R. Jackson, M. J. Ryan, Y. Hao & S. E. Alway: Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 299, R1572 (2010)..若齢(6月齢)ならびに老齢ラット(34月齢)を用いてUnloading試験を実施し,抗酸化酵素の誘導と活性が測定された.老齢のラットの後肢懸垂によって抗酸化酵素のうちミトコンドリアに局在するMn-SODは量・活性ともに低下し,過酸化水素量と過酸化脂質量は増加した.高齢ラットに対するレスベラトロールの21日間投与(12.5 mg/kg)によってそれらは抑制された.若齢ラットではレスベラトロールの影響が少なかったことから,加齢によって生体の酸化ストレス防御能が低下した場合により顕著なレスベラトロールの効果が期待できることが示唆されている.さらに,レスベラトロールを10カ月間与える長期摂取と加齢の関係を調べた研究がある(36)36) J. R. Jackson, M. J. Ryan & S. E. Alway: J. Gerontol. A Biol. Sci. Med. Sci., 66, 751 (2011)..レスベラトロール非投与群では18~28月齢への加齢とともに細胞質に存在するCu, Zn-SODの活性と過酸化脂質量が上昇した.それに対し,レスベラトロールを投与した場合は,有意な低値であった.Mn-SOD活性や過酸化水素量は18~28月齢までの加齢による影響がなかった.しかし,レスベラトロール摂取群ではMn-SOD活性が上昇し過酸化水素量が低下した.このように,加齢や筋萎縮に伴って上昇する酸化ストレスマーカーに対してレスベラトロールは有効であったが,サルコペニアの症状(骨格筋量の減少)は改善されないとの結果を示している.これらの研究事例をまとめると,レスベラトロールは加齢に伴う筋肉の抗酸化力の減少を改善しうるため,早期からのレスベラトロールの摂取が筋萎縮の予防には必要かもしれない.ただし,サルコペニアの発症機構は複雑であり,動物種や個体差によって結果が左右されることが問題点として挙げられている.したがって,サルコペニアをターゲットにした研究課題に対しては,実験条件などを整理しながら解釈することが望ましい.レスベラトロールは抗老化やストレス耐性にかかわるタンパク質,NAD-dependent deacetylase sirtuin-1(SIRT-1)の活性を著しく増加させる機能をもつが,これが筋萎縮抑制とも関連することが見いだされつつある.レスベラトロールによるSIRT-1活性は,筋萎縮関連遺伝子(Atrogin-1とMuRF-1)の発現を抑制すると報告された(37)37) N. Alamdari, Z. Aversa, E. Castillero, A. Gurav, V. Petkova, S. Tizio & P. O. Hasselgren: Biochem. Biophys. Res. Commun., 417, 528 (2012)..このとき,SIRT-1はミトコンドリアの発現を調節するPGC-1αのアセチル化を減弱させることで,PGC-1αの活性を上昇させることが示唆されている.また,別の研究でPGC-1αを過剰発現させた場合に骨格筋萎縮が抑制される可能性が報告されていることからも(38)38) J. Cannavino, L. Brocca, M. Sandri, R. Bottinelli & M. A. Pellegrino: J. Physiol., 592, 4575 (2014).,レスベラトロールによるPGC-1αの活性化を介した筋萎縮予防は期待が高い作用機序である.
今回は筋萎縮予防に関して複数の研究報告がなされているポリフェノールについて作用機構の一端を紹介したが,これ以外のポリフェノールについても研究が進みつつある(39~42)39) B. Li, L. Wan, Y. Li, Q. Yu, P. Chen, R. Gan, Q. Yang, Y. Han & C. Guo: Tumour Biol., 35, 12415 (2014).40) M. Murata, R. Kosaka, K. Kurihara, S. Yamashita & H. Tachibana: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 1636 (2016).41) J. Cases, C. Romain, C. Dallas, A. Gerbi & J. M. Rouanet: Int. J. Food Sci. Nutr., 66, 471 (2015).42) K. Lambert, M. Coisy-Quivy, C. Bisbal, P. Sirvent, G. Hugon, J. Mercier, A. Avignon & A. Sultan: Nutrition, 31, 1275 (2015)..廃用性筋萎縮をはじめとし,種々の要因によって引き起こされる筋萎縮に対してポリフェノールが予防的に働く可能性は示唆されているが,作用機序については未解明な部分が多く今後の研究が待たれる.これらポリフェノールによる作用機序の解明することは,骨格筋萎縮予防のための薬剤開発にもつながることが期待できる.ただし,骨格筋量の維持は基礎栄養素の摂取や運動負荷が必須であるため,ポリフェノールの効果がこれらの要因とどのように影響し合うのかを検討することが,実用化に向けた課題である.
Reference
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