Kagaku to Seibutsu 54(11): 847-852 (2016)
セミナー室
植物は毒針で昆虫を撃退する?シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの劇的な相乗的殺虫効果
Published: 2016-10-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
植物は一見植物の生長や生存に何の関係もなさそうな形質をしばしば有している.しかし,ここ数十年間の研究によりそれらの植物の形質の多くが植物のほかの生物,特に昆虫の食害に対する防御形質であることが判明してきた.たとえば植物の種々の二次代謝物質やタンパク質・酵素,刺,毛などの形質が植物を食害する昆虫などの植食動物に対する防御機構としての役割をもつことが明らかになってきた(1, 2)1) L. M. Schoonhoven, J. J. A. van Loon & M. Dicke: “Insect-plant biology,” Second edition, Oxford University Press, Oxford, UK., 2005.2) J. B. Harborne: “Introduction to ecological biochemistry,” Fourth edition, Academic Press, 1993..筆者はこれまで植物の植物に対する防御機構の研究をしてきたなかでも,パパイヤ・イチジク・クワの傷口から分泌される白い液体である乳液やウリ科植物の分泌性の師管液がプロテアーゼ(パパイヤ・イチジク乳液)(3)3) K. Konno, C. Hirayama, M. Nakamura, K. Tateishi, Y. Tamura, M. Hattori & K. Kohno: Plant J., 37, 370 (2004).,糖類似アルカロイド(クワ乳液)(4)4) K. Konno, H. Ono, M. Nakamura, K. Tateishi, C. Hirayama, Y. Tamura, M. Hattori, A. Koyama & K. Kohno: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 1337 (2006).,キチン結合性タンパク質MLX56(クワ乳液)(5)5) N. Wasano, K. Konno, M. Nakamura, C. Hirayama, M. Hattori & K. Tateishi: Phytochemistry, 70, 880 (2009).やBPLP(トウガン師管液)(6)6) E. Ota, W. Tsuchiya, T. Yamazaki, M. Nakamura, C. Hirayama & K. Konno: Phytochemistry, 89, 15 (2013).などの顕著な耐虫性をもつ物質を含みこれらの植物の耐虫性に大きく寄与していることを明らかにし,本誌などでも紹介してきた(7~9)7) 今野浩太郎:化学と生物,43, 77 (2005).8) 今野浩太郎,平山 力:化学と生物,47, 298 (2009).9) K. Konno: Phytochemistry, 72, 1510 (2011)..では,このほかにも植物には機能が不明な特徴的な形質はないであろうか.実は,パイナップル,キウイフルーツ,サトイモ科植物など多くの植物の組織中にはシュウ酸カルシウムからなる顕著な針状結晶を多量に含むことが知られてきた(10, 11)10) V. R. Franceschi & P. A. Nakata: Annu. Rev. Plant Biol., 56, 41 (2005).11) V. R. Franceschi & H. T. Horner: Bot. Rev., 46, 361 (1980)..最近,これらの植物組織中に含まれるシュウ酸カルシウムからなる結晶体が昆虫に対する顕著な防御活性・耐虫性を示す効果とメカニズムがわれわれやほかの研究者の研究から明らかになってきたので,本稿ではそのことを紹介したい.
極めて多くの植物が組織中にシュウ酸カルシウムからなる針状結晶(Raphide)を含む.サトイモ科,パイナップル科,ユリ科,サルトリイバラ科,バショウ科,ゴクラクチョウ科,キジカクシ科リュウゼツラン亜科(リュウゼツラン科)ツルボ亜科(ヒヤシンス科),ネギ科,ミズアオイ科,ヤマノイモ科,タコノキ科,ミクリ科,ホシクサ科,ヤシ科,ラン科などの単子葉植物に比較的一般的に見られ,また双子葉植物でもブドウ科,アカバナ科,マタタビ科,アカネ科などでシュウ酸カルシウム針状結晶が見られる(11~15)11) V. R. Franceschi & H. T. Horner: Bot. Rev., 46, 361 (1980).12) C. J. Prychid & P. J. Rudall: Ann. Bot. (Lond.), 84, 725 (1999).13) R. W. Den Outer & W. L. H. Van Veenendaal: J. Hortic. Sci., 63, 645 (1988).14) C. O. Perera, I. C. Hallett, T. T. Nguyen & J. C. Charles: J. Food Sci., 55, 1066 (1990).15) H. J. Arnott & M. A. Webb: Int. J. Plant Sci., 161, 133 (2000)..
シュウ酸カルシウム針状結晶は典型的には長さが0.1 mm程度で両端が極めてとがった結晶(図1図1■キウイフルーツの果実に含まれるシュウ酸カルシウム針状結晶)であるが,植物の種類によって長さや先端の経常が微妙に異なる.キウイフルーツでは両端は直径が1 µmより小さく非常にとがった単純な円筒形(断面が円形)の形態をしているが(14, 16)14) C. O. Perera, I. C. Hallett, T. T. Nguyen & J. C. Charles: J. Food Sci., 55, 1066 (1990).16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014).,ブドウ科,サトイモ科植物などでは断面がH型をしていて縦に長い溝が入った形状をしているものもある(12, 15, 17, 18)12) C. J. Prychid & P. J. Rudall: Ann. Bot. (Lond.), 84, 725 (1999).15) H. J. Arnott & M. A. Webb: Int. J. Plant Sci., 161, 133 (2000).17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998).18) W. S. Sakai, M. Hanson & R. C. Jones: Science, 178, 214 (1972)..また,サトイモ科の植物の結晶では先端がもりのように何回もギザギザした形状をしている(17, 18)17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998).18) W. S. Sakai, M. Hanson & R. C. Jones: Science, 178, 214 (1972)..植物体に含まれるシュウ酸カルシウムの結晶のすべてが針状にとがっているわけではない.たとえばウマゴヤシ(マメ科)やベゴニア(シュウカイドウ科)は単純なプリズム型の結晶(prismatic crystal)を(11, 12, 19)11) V. R. Franceschi & H. T. Horner: Bot. Rev., 46, 361 (1980).12) C. J. Prychid & P. J. Rudall: Ann. Bot. (Lond.), 84, 725 (1999).19) K. L. Korth, S. J. Doege, S.-H. Park, F. L. Goggin, Q. Wang, S. K. Gomez, G. Liu, L. Jia & P. A. Nakata: Plant Physiol., 141, 188 (2006).,ペペロミア(コショウ科),イチビ(アオイ科)などは金平糖型のdruse(集晶)という結晶体を含んでいる(11, 12)11) V. R. Franceschi & H. T. Horner: Bot. Rev., 46, 361 (1980).12) C. J. Prychid & P. J. Rudall: Ann. Bot. (Lond.), 84, 725 (1999)..シュウ酸カルシウム針状結晶は異形細胞(idioblast)の液胞に多量に束になって蓄えられている(10, 12, 15, 20)10) V. R. Franceschi & P. A. Nakata: Annu. Rev. Plant Biol., 56, 41 (2005).12) C. J. Prychid & P. J. Rudall: Ann. Bot. (Lond.), 84, 725 (1999).15) H. J. Arnott & M. A. Webb: Int. J. Plant Sci., 161, 133 (2000).20) K. Watanabe & B. Takahashi: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 67, 299 (1998)..そしてサトイモ科植物では異形細胞が動物の食害などにより破壊されると,細胞の内圧でシュウ酸カルシウム針状結晶は勢いよく細胞外に射出される(21)21) D. G. Gardner: Oral Surg. Oral Med. Oral Pathol., 78, 631 (1994)..細胞に含まれるシュウ酸カルシウムの結晶体の形成もこの異形細胞で行われる(10)10) V. R. Franceschi & P. A. Nakata: Annu. Rev. Plant Biol., 56, 41 (2005)..シュウ酸カルシウム針状結晶が植物中でどのように形成されるかは興味深い問題であるが,人工的に針状結晶を作る方法は現時点では知られておらず,また市販されているシュウ酸カルシウムも不定形結晶である.シュウ酸カルシウム針状結晶は主にシュウ酸カルシウムの1水和物からできている(10, 22)10) V. R. Franceschi & P. A. Nakata: Annu. Rev. Plant Biol., 56, 41 (2005).22) X. Li, W. Zhang, J. Lu, L. Huang, D. Nan, M. A. Webb, F. Hillion & L. Wang: Chem. Mater., 26, 3862 (2014)..この1水和物は実験条件下で多少角張った結晶体を形成するが針状結晶のように長い鋭利な結晶を作る手法はない.最近,バナナのシュウ酸カルシウム針状結晶にはタンパク質の長い分子からなる芯があるという報告があり,タンパク質の芯の周りにシュウ酸カルシウムが沈着するという仮説が提案されている(22)22) X. Li, W. Zhang, J. Lu, L. Huang, D. Nan, M. A. Webb, F. Hillion & L. Wang: Chem. Mater., 26, 3862 (2014)..実際,この論文の筆者は,タンパク質の芯の一部からなるポリペプチドにシュウ酸カルシウムを人工的に沈着させ長い棒状の結晶体を作ることに成功しているが,この場合でも両端の鋭利な針状構造を作ることには成功していない(22)22) X. Li, W. Zhang, J. Lu, L. Huang, D. Nan, M. A. Webb, F. Hillion & L. Wang: Chem. Mater., 26, 3862 (2014)..また,ブドウにおいても針状結晶の形成に未知の高分子の関与を示唆する報告もある(23)23) M. A. Webb, J. M. Cavaletto, N. C. Carpita, L. E. Lopez & H. J. Arnott: Plant J., 7, 633 (1995)..このようにシュウ酸カルシウムの針状結晶の形成過程はたいへん興味深い問題ではあるがいまだ解明の途上である.
シュウ酸カルシウム針状結晶は非常に目立つ顕著な構造体であるため,その植物にとっての役割に関しては古くから興味を呼んできた(10)10) V. R. Franceschi & P. A. Nakata: Annu. Rev. Plant Biol., 56, 41 (2005)..針状結晶が針のようにとがっているため,これが草食動物に対する防御機構でないかという説が古くから提唱されてきた.百年以上も前にドイツのErnst Stahlはシュウ酸カルシウム針状結晶を含む植物をすりつぶしたものをナメクジに食べさせたところ,ナメクジはこれを食べなかった一方,このすりつぶし物をシュウ酸カルシウム針状結晶を溶かすべく酸処理をしたものはナメクジが食べることができたため,シュウ酸カルシウム針状結晶が植物をナメクジの食害から防ぐ効果があると結論した(24)24) E. Stahl: Flora, 111, 1 (1919).(水にほとんど不溶のシュウ酸カルシウム結晶は強酸には溶解する).シュウ酸カルシウム針状結晶が植物の耐虫性を担うという仮説は,その後以下の事実などによっても支持された.たとえば,蛾の幼虫,ガゼル,カタツムリがシュウ酸カルシウム針状結晶を含む北米産のアマリリス科の植物であるPancratium sickenbergeri(desert lily)を食害するときにこの3種の動物ともに葉のシュウ酸カルシウム針状結晶を含まない部分のみを選択的に食べるという事実(25)25) D. Ward, M. Spiegel & D. Saltz: J. Chem. Ecol., 23, 333 (1997).や,シュウ酸カルシウムの針状結晶を含むサトイモ科植物の多くが植物組織を人間が食べたときに強い「えぐみ」あるいは「痛み」を感じたり,炎症反応が起こったりして食べることが困難であるという事実である(17, 21)17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998).21) D. G. Gardner: Oral Surg. Oral Med. Oral Pathol., 78, 631 (1994)..実際,筆者もマムシグサやコンニャクの葉をかじった経験があるが,葉をかじってすりつぶし唇に付けた数秒後にえぐみどころではなく,まるでアシナガバチに刺されたときに感じるのと同じような激しい痛みを感じ,これらの植物を食べるのは困難で危険だと実感したことがある.実際,タロイモなどのサトイモ科植物から回収したシュウ酸カルシウム針状結晶をヒトや動物の皮膚に塗布したり,食べたりすることでそれぞれ炎症反応やえぐみを再現することができることから(17, 21)17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998).21) D. G. Gardner: Oral Surg. Oral Med. Oral Pathol., 78, 631 (1994).,シュウ酸カルシウム針状結晶がえぐみや炎症反応に関与していることが示された.
シュウ酸カルシウム針状結晶は植物を植食動物の食害から守る防御効果を担っている可能性が高いことは以上のような状況証拠に基づき以前から考えられていたが,シュウ酸カルシウム針状結晶が昆虫に対して耐虫防御効果をもつという直接的かつ具体的な実験証拠はこれまでほとんどなかった.ここで言う具体的な実験証拠とは,十分に精製したシュウ酸カルシウム針状結晶を添加した餌と添加しない餌を作り昆虫に摂食させ針を添加した餌で昆虫の成長が減少し死亡率が上がるというものである.このような実験を行うことは簡単だと思えるが,なぜか実験的証拠が報告されたことはなかった.さらに,これまでのシュウ酸カルシウム針状結晶のえぐみなどの生理活性の実験結果に一見矛盾するようなデータもあった.たとえば,タロイモの針状結晶を用いたえぐみの研究でも,種々のタロイモ栽培系統におけるえぐみの強弱は各系統のタロイモに含まれる針状結晶の量と必ずしも比例しないことが示されていた(17)17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998)..あるタロイモ系統では針状結晶が多量に含まれているのにえぐみが全くないというのである(17)17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998)..実際,キウイフルーツやパイナップルなどの果物はシュウ酸カルシウム針状結晶を多量に含んでいるが,食べても痛み・えぐみなど全く感じずに美味しく食べることができる.針状結晶がえぐみの原因であるというのに,えぐみの強さと針状結晶量が全く比例しないのである.これは明らかな矛盾である.シュウ酸カルシウム針状結晶が耐虫性に果たす役割は今一つあやふやなままであった.
シュウ酸カルシウム針状結晶生理活性と量の関係が必ずしも相関しないことの説明として,針状結晶が毒針として機能しているという仮説も以前からあった(17, 18, 21)17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998).18) W. S. Sakai, M. Hanson & R. C. Jones: Science, 178, 214 (1972).21) D. G. Gardner: Oral Surg. Oral Med. Oral Pathol., 78, 631 (1994)..すなわち,針状結晶が毒・痛み物質・えぐみ物質・摂食阻害効果をもつ物質の動物体内への通過を容易にすることで効果を示しているのではないかという仮説である.しかし,この仮説の妥当性を直接的かつ本格的に検証する実験は長い間なかったのである.
筆者は以前のパパイア・イチジク乳液が担う耐虫性研究においてpapain(パパイア乳液)やficin(イチジク乳液)やBromelain(パイナップルの茎や果実)などのシステインプロテアーゼが殺虫効果を示し,プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)が植物の防御物質・耐虫物質であることを初めて明らかにした(3)3) K. Konno, C. Hirayama, M. Nakamura, K. Tateishi, Y. Tamura, M. Hattori & K. Kohno: Plant J., 37, 370 (2004)..システインプロテアーゼは乳液以外でも植物組織に多量に存在していることがある.たとえばパイナップル果実のBromelain(26)26) A. D. Rowan, D. J. Buttle & A. J. Barrett: Biochem. J., 266, 869 (1990).やキウイフルーツのactinidin(またはactinidain)(27)27) U. M. Praekelt, R. A. McKeeH & H. Smith: Plant Mol. Biol., 10, 193 (1988).がその例である.Bromelainはパイナップル果実の総タンパク質の大部分を占めているほど多量に含まれている(26)26) A. D. Rowan, D. J. Buttle & A. J. Barrett: Biochem. J., 266, 869 (1990)..ところが興味深いことに,パイナップル果実もキウイフルーツもシュウ酸カルシウムを多量に含んでいることが知られている植物である(12, 14)12) C. J. Prychid & P. J. Rudall: Ann. Bot. (Lond.), 84, 725 (1999).14) C. O. Perera, I. C. Hallett, T. T. Nguyen & J. C. Charles: J. Food Sci., 55, 1066 (1990)..これは単なる偶然であろうか.それともシュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼには機能的関連性があるのだろうか.2つの物質の共存は植物の耐虫性に関係があるのだろうか.このことを確かめるために昆虫に植物から精製したシュウ酸カルシウム針状結晶を単独で加えた餌,システインプロテアーゼを単独で加えた餌,これらを両方加えた餌を作り食べさせ成長や死亡率を比較した(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014)..シュウ酸カルシウム針状結晶は大量入手可能でかつ組織が柔らかくて粉砕抽出が容易なキウイフルーツ果実を材料としてすりつぶして抽出し,塩化セシウムの重液(比重約1.8程度)中で遠心し果肉(比重1.4)と針状結晶(比重2以上)を分離し針状結晶を回収することで1 gのキウイフルーツから1 mg程度のシュウ酸カルシウム針状結晶を回収した(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014)..これを走査型電顕で観察した像が図1図1■キウイフルーツの果実に含まれるシュウ酸カルシウム針状結晶である.長さが100 µm程度と比較的長いが先端は1 µm以下と非常にとがっていて,ブドウ科植物やサトイモ科植物由来の針状結晶に見られる溝のないシンプルな形状をしていた(図1図1■キウイフルーツの果実に含まれるシュウ酸カルシウム針状結晶).シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの耐虫効果に関するバイオアッセイは,ヤママユガ科の蛾であるエリサンの幼虫を用いた(図2図2■シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの相乗的耐虫効果).エリサン幼虫は本来の食草(ヒマ・シンジュ)でない餌でも積極的に食べ植物や耐虫物質に応じた生理反応を示すため,植物の耐虫性の検出に優れた昆虫でこれまでも種々の新規の耐虫性の検出に用いられてきた(3~6)3) K. Konno, C. Hirayama, M. Nakamura, K. Tateishi, Y. Tamura, M. Hattori & K. Kohno: Plant J., 37, 370 (2004).6) E. Ota, W. Tsuchiya, T. Yamazaki, M. Nakamura, C. Hirayama & K. Konno: Phytochemistry, 89, 15 (2013)..食草ヒマの葉片(3 cm×3 cm)にシステインプロテアーゼ(試薬のBromelain)を単独で0.22 mg/cm2の濃度(この濃度を×1濃度と呼ぶ)で塗ったものを摂食させた場合,この濃度ではエリサンは死ぬことなく順調に成長した(図2D図2■シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの相乗的耐虫効果).この2倍の濃度でシステインプロテアーゼを塗った場合も同様であった.一方で,シュウ酸カルシウム針状結晶を42 µg/cm2の濃度(この濃度を×1濃度と呼ぶ)で塗布したヒマの葉を摂食させたエリサンも順調に成長した(図2B図2■シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの相乗的耐虫効果).この2倍の濃度でシュウ酸カルシウムを塗布した葉を摂食させたものも僅かに成長が遅くなるものの顕著な成長阻害や毒性は観察されなかった.ところが,×1濃度のシュウ酸カルシウム針状結晶と×1濃度のシステインプロテアーゼの両方を塗ったものを摂食させたものは最初は勢いよく葉を食べ始めるものの食べさせてから2時間も経たないうちに身もだえするような行動を取り始め1日後にはほとんどの個体が全く成長することなしに黒変して死亡していた(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014).(図2E図2■シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの相乗的耐虫効果).システインプロテアーゼ×2量や針状結晶×2量よりそれぞれが×1量のほうが毒性が顕著に強かったわけである.このことよりシュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼが両方存在したときの顕著な殺虫活性は両者の相加的効果ではなく,相乗的効果であることが判明した(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014)..では,システインプロテアーゼとの相乗的耐虫効果にとって物質としてのシュウ酸カルシウムが大切なのかそれとも針状の形状が大切なのだろうか.そこで,試薬として市販されているシュウ酸カルシウム不定形結晶を用いてシステインプロテアーゼと同時に塗布してエリサン幼虫摂食させた結果,相乗的耐虫効果は全く観察されず順調に成長し強い致死効果も観察されなかった(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014).(図2F図2■シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの相乗的耐虫効果).この結果からシュウ酸カルシウム針状結晶の針状の形が相乗的耐虫効果で重要であるということがわかった(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014)..キウイフルーツの針状結晶を除いた抽出液とキウイフルーツのシュウ酸カルシウム針状結晶の間でも相乗的耐虫効果が確認され,さらにキウイフルーツには相乗的耐虫活性を示すのに十分なプロテアーゼ活性があることから,実際にキウイフルーツでシュウ酸カルシウムとプロテアーゼによる相乗的耐虫機構が機能していることが示された(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014)..また相乗的耐虫効果は別の見方をすると,シュウ酸カルシウム針状結晶がシステインプロテアーゼの耐虫性・殺虫性効果を顕著に強化していると理解することもできる.実際,システインプロテアーゼは極めて高濃度でシュウ酸カルシウム針状結晶なしでも致死効果を示す.しかし,シュウ酸カルシウム針状結晶の存在下では致死濃度が1/16~1/32になる.すなわちシュウ酸カルシウムはシステインプロテアーゼの耐虫性効果を16~32倍強める効果があったのだ.
ヒマ(エリサンの本来の食草)の葉片(3×3 cm)にシュウ酸カルシウムやシステインプロテアーゼを塗布しエリサン孵化幼虫に1日間摂食させた後の写真.シュウ酸カルシウムに関して,A, D:無塗布,B, E:キウイフルーツ由来シュウ酸カルシウム結晶を42 µg/cm2の濃度で塗布,C, F:シュウ酸カルシウム無定型結晶を42 µg/cm2の濃度で塗布.システインプロテアーゼに関して,A, B, C:無塗布,D, E, F:ブロメラインを0.22 mg/cm2の濃度で塗布.E区(シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼ共存区)でのみ顕著な相乗的耐虫効果(強い致死性耐虫活性)が観察された.相乗的耐虫効果を示すためにはシュウ酸カルシウムが「針状結晶」であることが決定的に重要であり無定型結晶では効果がない.
シュウ酸カルシウム針状結晶とプロテアーゼなどほかの耐虫性物質の相乗的耐虫効果のメカニズムとして,われわれは以下に述べる「針効果」(needle effect)というメカニズムを仮説として想定している(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014).(図3図3■針状結晶とほかの生理活性物質の相乗的生理効果・針効果のモデル図).毒物質・耐虫性物質・種々の生理活性物質は存在しているだけでは効果がなく,それぞれのターゲット分子や部位に到達して反応して初めて効果をもつことは自明のことである.しかし,タンパク質や多くの水溶性分子などにとって,細胞膜・細胞壁・オルガネラ膜,上皮組織,皮膚などの障壁を通過したその内側に存在するターゲットに到達するのは必ずしも容易でないだろう.しかし針状結晶など針状の物質が存在すればその障壁に穴を開け,障壁を透過できない毒物質がターゲットに到達することをはるかに容易にするだろう.システインプロテアーゼは針状結晶の存在により16~32倍効果が強まるのであれば,針状結晶は婦システインプロテアーゼの通過をやはり16~32倍増加させているのかもしれない.あるいは,いわゆる毒針のように針の表面に保持された物質が針とともに障壁内に効率的に持ち込まれるかもしれない.具体的に耐虫性物質や生理活性物質が針状結晶によってどのような障壁をどのように通過しているか,本当に針状結晶によって物質通過が容易になっているかということに関しては具体的な研究結果はなく今後の研究が必要である.しかし,針効果,シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼとの相乗的耐虫効果以外の組み合わせや現象で一般的である蓋然性は高いと考えられる.たとえば,ヤマノイモなどの一部の植物でシュウ酸カルシウム針状結晶と共存することがあるキチナーゼなどのタンパク質も針状結晶と共存した場合に耐虫性効果を示すという予備的な実験結果をわれわれは得ている.このようにシュウ酸カルシウム針状結晶と相乗的耐虫効果を示す物質はシステインプロテアーゼ以外にも数多くあるかもしれない.また,サトイモ科植物で見られる痛みや顕著な炎症反応(17, 21)17) J. H. Bradbury & R. W. Nixon: J. Sci. Food Agric., 76, 608 (1998).21) D. G. Gardner: Oral Surg. Oral Med. Oral Pathol., 78, 631 (1994).もキウイフルーツやリュウゼツランほかで見られるアレルギー反応(14, 28)14) C. O. Perera, I. C. Hallett, T. T. Nguyen & J. C. Charles: J. Food Sci., 55, 1066 (1990).28) M. L. Salinas, T. Ogura & L. Soffchi: Contact Dermat., 44, 94 (2001).などにも関係ある可能性が高い.なぜなら,炎症反応やアレルギー反応は反応を誘起する生理活性物質が体内に入って初めて反応を起こす可能性が高いからである.「針効果」が実在した場合,この効果にとり重要なのは一定の硬さの物質が針状の形状をしていることであり,必ずしもシュウ酸カルシウムでできている必要はないこととなる.たとえば,イネ科植物で種子を取り巻く穎(もみがら)の表面にケイ酸の針状結晶があり,この種子を食べさせたネズミの唇(針状結晶との接触部位)に,特に発がん誘因物質が共存した場合に腫瘍を引き起こすという報告があり(29)29) T. Bhatt, M. Coombs & C. O’Neill: Int. J. Cancer, 34, 519 (1984).,またアスベストなどの針状結晶にも発がん性がある(30, 31)30) M. Carbone, B. H. Ly, R. F. Dodson, I. Pagano, P. T. Morris, U. A. Dogan, A. F. Gazdar, H. I. Pass & H. Yang: J. Cell. Physiol., 227, 44 (2011).31) S. Toyokuni: Nagoya J. Med. Sci., 71, 1 (2009)..このようなケイ酸針状結晶が示す発がん性は一般的には針による細胞刺激効果が原因であると言われているが,ケイ酸針状結晶が発がん性の根本原因とであるDNAに対する変異をなぜ起こすかは明らかになっていない(30, 31)30) M. Carbone, B. H. Ly, R. F. Dodson, I. Pagano, P. T. Morris, U. A. Dogan, A. F. Gazdar, H. I. Pass & H. Yang: J. Cell. Physiol., 227, 44 (2011).31) S. Toyokuni: Nagoya J. Med. Sci., 71, 1 (2009)..細胞核に到達するまでの障壁を通過できないDNA変異原生をもつ未知の発がん性物質(高分子や親水性分子)の透過を,針状結晶が「針効果」で容易にしてDNAへの到達効率・DNA変異効率を増加させることで発がん効果の増加に関与している可能性(16)16) K. Konno, T. A. Inoue & M. Nakamura: PLoS ONE, 9, e91341 (2014).はないであろうか.いずれにしても「針効果」に関しては今後の研究が必要であろう.針状結晶がほかの耐虫性物質・生理活性物質の効果を増強する働きがあるとしたらその効果を害虫防除技術などに用いることも可能と考えられる.またドラッグデリバリーの方法としてシュウ酸カルシウム針状結晶は用いられないだろうか.現在のところこれら応用に一番ネックになると思うのは大量の針状結晶の確保であると考えられるが,ほかの大量に得られる針状物質で代替できれば,あるいはシュウ酸カルシウム針状結晶を人工的に大量に合成する方法が得られれば利用の道も開けてくる可能性があるであろう.このように針状結晶に関しては研究する余地が多いと思われる.最近になり,シュウ酸カルシウム結晶(プリズム型結晶)を含むウマゴヤシでシュウ酸カルシウム結晶が少ない系統では耐虫性が減る(昆虫にとって好適になること)という報告(32)32) K. L. Korth, S. J. Doege, S.-H. Park, F. L. Goggin, Q. Wang, S. K. Gomez, G. Liu, L. Jia & P. A. Nakata: Plant Physiol., 141, 188 (2006).やシュウ酸カルシウムの合成を促進したシロイヌナズナの変異体を作成することで本来シュウ酸カルシウム結晶体をもたないシロイヌナズナにシュウ酸カルシウムの結晶体を作らせることに成功したという報告(33)33) P. A. Nakata: PLoS ONE, 10, e0141982 (2015).があり,植物のシュウ酸カルシウム結晶の研究が遺伝子レベルの研究としても始められている.しかし総体的に,シュウ酸カルシウム針状結晶の生物活性に関して系統立った研究は少なくこれからの研究分野であると思われる.昆虫学の観点からは,シュウ酸カルシウム針状結晶含む植物に特化して食べている昆虫がどのような方法でシュウ酸カルシウム針状結晶による植物の防御を回避しているかというテーマもまだ手がつけられていない興味深いテーマである.今後の研究が期待される.
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