Kagaku to Seibutsu 54(11): 853-856 (2016)
バイオサイエンススコープ
地球温暖化対策・地域環境保全への技術貢献
Published: 2016-10-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
夢みる力を鍛えよう! 挑戦しよう! 人と科学の出会いで目標は実現できます.持続的で安定的な農業生産,われらに続く世代のために,地球温暖化対策と地域環境保全は,あらゆる施策の前提です.さまざまな手段を総動員して,輝く未来を共創してまいりましょう.
所属していない学会の機関誌への投稿は新たな出会いを予感できてワクワクします.農芸化学とはお友だちですが,少し距離のある分野で生きてきたので,まずは自己紹介をさせていただきます.2015年4月からの現職での担当は,バイオマス,生物多様性,地球温暖化,再生可能エネルギーです.農林水産省へ転籍する前は,1984年から農業・食品産業技術総合研究機構にいました.うち,3年間はタイ国にJICA専門家として住んでいました.研究課題は,同時並行で複数もちつつ,広域排水診断,農業集落排水処理,水質保全,水管理,バイオマス利活用などを10年単位で変遷していきました.現地調査,実験,シミュレーションが手段です.自然科学系の仕事が多いですが,根幹は農村計画にあります.地域の問題解決を団体戦による技術のシステム化により成し遂げることに醍醐味を感じております.
日夜,先端技術の開発にまっしぐらという方も,一期一会ですので,スルーしないで,最後まで好奇心旺盛にお読みいただけると嬉しいです.
バイオサイエンススコープの今シリーズでは,農林行政に携わる行政官から研究者に対する情報発信を行っていますが,私自身の本職は研究者でありますし,行政官としての経歴はあまりに短いので,そうした立場から見た流石と思う行政官ウォッチも交えさせてご紹介させていただきます.
霞が関で仕事をしていると,毎日のようにすぐ締め切りの作業が出てきます.そんななかでも,予算を獲得して国家プロジェクトを企画していくプロセスに燃えます.たくさんの情報が飛び交うなかで,幹部の行政官の臭覚,スピード,構成づくりからの学びは大きいです.題するなら,国家プロジェクトはいかにつくるかです.
ここでは,記憶に新しいと思われる地球温暖化対策を取り上げます.2015年度から2016年度にかけての主な動きとしては,地球温暖化適応計画,COP21(パリ協定),エネルギー革新戦略,エネルギー・環境イノベーション戦略,科学技術イノベーション戦略2016, G7新潟農業大臣会合,地球温暖化対策計画,バイオマス活用推進基本計画(改訂)などがありました.
これらは,外部有識者を含むメンバーや委員長の人選,複数回の会合,事務局による骨子・素案の提示と修正,関係省庁協議を経て決定されていきます.会合での配布資料や議事録は,ほとんどがホームページで公開されます.一字一句の文言には,どの部局が施策の推進に責任をもつかが貼り付けられます.修正意見を出す場合には,その根拠と理由が求められます.ある施策を推進しようと思ったら,しかるべき文言が入る必要が生じます.必ず聞かれるのは予算の裏づけはあるのか,フォローアップに耐えられるのかということです.文言が入れば予算要求の根拠にもなります.ただし,何の保証もありません.一方,文言が入っていないと予算要求の根拠を失います.まさに,鶏と卵の関係です.
地球温暖化対策となる研究開発のネタはたくさん持ち合わせています.あれこれ提案しますが,こうしたい,こうするべきだという夢を語る場ではないようです.上記のような大きな決定に即して,今,提案していることが必要だと言わせるストーリーが重要です.ニーズ,シーズ,投資効果,実施主体候補,過去の施策との関連など説明事項は多岐にわたります.まさに,針に糸をとおしていくようなプロジェクトメイキングです.
こういうなか,センスと経験ある行政官の方々は,情報・情勢の分析,折衝,人脈を駆使して戦略を練り上げていきます.ある方は,論理的合理性の追求と表現されていました.私のようなにわか行政官がそのノウハウを簡単にマスターできるものではありませんが,とても参考になります.また,かつて,このような苦労の末に成立したプロジェクトに研究開発責任者として応募し担当できたことに感謝の気持ちが膨らみました.
この記事が掲載となる時期まで,今,同僚とともに考えている平成29年度の新規プロジェクト提案が生き残り,将来の研究担当者に活躍の機会がつくれることを念願しています.
地球温暖化対策を講じること,地域の環境保全を推進することに総論として異議を唱える方はいないでしょう.前者には気候変動に伴う極端現象への対応,適応策,緩和策が対象になります.後者は,水質,土壌,生きもの,臭気,煙,大気汚染物質,景観などが対象になります.洪水,渇水,自然災害への対応も広義には含まれるでしょう.環境悪化は外部不経済を,環境保全は外部経済をもたらしますが,当該分野の農業研究の意義については直接的な投資効果を説明しづらいところに悩ましさがあります.目下の課題は,環境によいことをすることを農業の収益性向上,地域経済の発展につなげることです.なぜなら,持続的農業生産には,良質の水と土,栄養・有機物の供給,病虫害・雑草防除,種子更新,営農者,花粉を媒介してくれる昆虫,エネルギー・資材・関連設備や機械,再生産に必要な利益などを確保する必要があるからです.
私は,自然豊かな農村で生まれ育ち,田んぼ,ため池,里山が身近でした.人の営みによって守り育まれる自然や生きものの恩恵は計り知れません.生物多様性に関する研究プロジェクトの運営管理の担当になり,生きものがますます気になり,いつもキョロキョロ観察をしています.図1図1■カエルは生物多様性を象徴する指標は,知人に描いてもらったカエルのイラストです.食物連鎖の中間に位置し,水とのかかわりが深い指標種です.図2図2■環境保全効果を訴求力高く説明できるアオサギは,毎日の通勤時に日比谷公園の池でよく出会うアオサギです.鳥類は移動性が大きいですが,一般の方々にも馴染みがあり訴求力が高いので,慣行農業と環境保全型農業・有機農業の水田への飛来や採餌の差に注目しています.
何らかの対策は,人(組織),技術,制度,情報,資金の面から成立させることが必要です.対策技術は,物理,化学,生物学的方法に大別されます.具体的な技術貢献には何があるでしょうか.ここでは3つの例を紹介します.これらを通して,農芸化学分野の方々が出番を手繰り寄せていただくとともに,積極的にアドバイスや提案をいただけたら幸いです.
エネルギー・環境イノベーション戦略(1)1) 総合科学技術・イノベーション会議:エネルギー・環境イノベーション戦略,2016.は,COP21で言及された「2°C目標」,さらには「1.5°C努力目標」の達成のために,世界全体で抜本的な排出削減のイノベーションを進めることが不可欠との認識で策定されました.
有望分野としては,①AI,ビッグデータ,IoT等の活用によるエネルギーシステム統合技術,②次世代パワーエレクトロニクス,革新的センサー,多目的超伝導などのコア技術,③革新的生産プロセスや超軽量・耐熱構造材料による省エネ技術,④次世代蓄電池や水素等製造・利用による蓄エネルギー技術,⑤次世代の太陽光発電や地熱発電による創エネルギー技術,⑥CO2固定化・有効利用技術が特定されました.また,大胆な研究開発体制の強化を掲げています.
農林水産分野の貢献としては,本戦略で掲げられているエネルギーシステム統合技術の農業・農村への展開,工業圏で発生するCO2の資源としての農業利用,バイオマスから化石資源由来の資材を代替えする有価物の製造,植生などによる効率的なCO2の固定が考えられます.革新技術としては,熱を安価に貯蔵・搬送する技術開発が期待されます.
このイニシアティブはCOP21でフランス政府から提唱されたもので,わが国も参加しています(2)2) Ministry of Agriculture, Agrifood and Forestry, France: JOIN THE 4 ‰ INITIATIVE, http://agriculture.gouv.fr/sites/minagri/files/4pour1000-gb_nov2015.pdf, 2015. .これは,世界の陸地土壌の炭素含有率を毎年0.4%上昇させると,化石資源の燃焼などによって排出されるGHGの排出量相当となり,地球温暖化の進行を止めることができるというものです.画期的な大作戦です.2016年5月に新潟で開催されたG7農業大臣会合の宣言でも言及されていました.
このイニシアティブの実現可能性を考えていると,わが国では相対的に農地土壌の炭素含有量が多いこと,10年で4%増加させるとなると倍以上の含有量になること,2030年に向けた農地吸収源対策を超えた水準であること,コストに見合うそれなりの収入増加を期待しがたいなど問題は山積みです.しかし,世界には劣化した土地はたくさんあり,そこへの継続的な有機物投入は,農業地図や気候を一変させるかもしれません.わが国で基盤的な手法を開発し,現地適正技術をそれぞれの国・地域へ展開したいものです.
次世代のために仕組むべき研究プロジェクトを考えていると,土壌炭素量は,先史時代からずっと減り続けているという図に出会えました.さまざまな土壌や営農に対応したGHGの排出・吸収に関する研究は進んできています(3)3) 白戸康人:土壌の炭素貯留で地球温暖化の緩和,北陸地域環境保全型農業推進シンポジウム,2014..
さて,具体的にどのように土壌の炭素含有量を増加させるかですが,すぐに分解してしまうような有機物施用では成立しません.地域にあるバイオマスや用途のない副産物を回収し,土壌改良剤になるバイオチャー(炭)などを製造し,効率的に施用する技術の開発はいかがでしょうか.個々の工程での技術はローテクでも,排水改良,IPM,ケイ酸補給,酸度矯正などともつなげ,インセンティブ付与も含めて安定的な生産に貢献していきたいです.わが国での効果は限定的としても,世界的に見ると劣化した土壌・植生は多く,大きなポテンシャルがあります.その再生は,気候・気象変動の緩和,食料生産の増加をもたらしてくれるはずです.
土は,本当に重要と思います.陽さんは,土の力を18 cmの奇跡と表現し警鐘を鳴らしています(4)4) 陽 捷行:“18 cmの奇跡”,三五館,2015..映画『サティシュ・クマールの今ここにある未来』でも,大切なものとしてSoil, Soul, Societyが挙げられています.生命という意味合いです.持続的農業生産と地球温暖化の緩和につながる土づくりの技術開発と導入が望まれます.
バイオマス利活用は,この15年間での私の主要テーマです.農業分野では資源循環が第1の目的と認識していますが,地球温暖化対策になること,地域環境保全に貢献することを前提に推進してきました(5)5) 柚山義人:バイオマスタウンの構築と運営,農研機構農村工学研究所,2013..周到に計画・運営しないと,その両立はかないません.
バイオマスのほかの再生可能エネルギーに比べての特徴には,エネルギーとともに資材をつくり出すこと,固体・液体・気体燃料をつくれること,貯蔵性があること,地域活性化との親和性が高いことが挙げられます.
ここで一つの経験を紹介します.総務省がバイオマス利活用の政策評価(6)6) 総務省:バイオマス利活用に関する政策評価書,2011.を行うに際し,CO2削減量を指標にすることになりました.バイオマス利活用をエネルギー生産と捉えると,CO2削減量は変換によって生成されるバイオガス,BDF,バイオエタノールなどの熱量の原油換算値から計算されます.そうしますと,エネルギーを生産しない堆肥化事業などは適切に評価されない危険性があります.そこで,CO2削減量だけで評価するのは不適切で,その方法を用いる場合にも生成資材のもつ間接エネルギーを評価すべきという意見を出し,取り入れられました.農業で使うエネルギーには,燃油,電気,熱,ガスなどがあり,これらは直接エネルギーと呼ばれます.農業で使う資材など(化学肥料,農薬,種苗,施設・設備,水管理サービス)が間接エネルギーです.
ここしばらく注目し応援したいと思っているのは,創エネに資する成長の早い草木の育成・導入,カーボンマイナス農業の実現,セルロースからの新たな糖産業の創出,木質リグニン産業の創出,藻類産業の創出,乾式メタン発酵技術の精緻化,さまざまな技術のシステム化です.
研究開発にはさまざまな目標設定がなされます.地球温暖化対策・地域環境保全にかかわる研究開発においても同様です.期間や予算規模はさまざまです.先端技術の開発は新規性が重要で基礎から長い時間をかけて行い,地域問題解決型の技術開発は既存技術の改良やシステム化により短期間で成果を生み出すという違いがあるように思います.前者は論文や知的財産の確保が,後者は社会実装と目に見える貢献と横展開が求められます.先端技術の開発ではあっと驚く異分野連携が,地域問題解決型の技術開発では社会科学系・農業経営系の研究者の参画が効果的と思われます.
昨今,イノベーションという言葉をよく耳にします.響きがよく憧れます.ある先生は,提案された研究課題をご覧になって,それは,インプルーブメント(改善)だとおっしゃいました.既存の発想や経験からはイノベーションは生み出せません.自らのひらめきとともに,小学生の夢,あるいは上映開始当時のバック・トゥ・ザ・フューチャーからヒントを得て,技術的裏づけの可能性を積み上げていくのがよいのかもしれません.技術的特異点(シンギュラティー)とどう向き合うかは意識しておくべきです.
必ずものにすべき技術開発とイノベーションの可能性を秘めたハイリスク・ハイレターンの研究開発は,スキームを分けてつくるべきです.目的基礎から実用化までをつなぐプロジェクトはどのように生み出せるものでしょうか.「地球温暖化と地域環境保全の対策」で例示したエネルギー・環境イノベーション戦略の展開は,そのチャレンジになることでしょう.
時代を先読みする調査結果(7)7) 文部科学省科学技術動向研究センター:第10回科学技術予測調査「国際的視点からのシナリオプランニング」,2015.もアンテナを高くしておく観点からレビューしておくとよいでしょう.最近目にした科学技術予測調査は丹念な作業をされていると思いました.あなたの立ち位置や出番が見えてくるかもしれません.
仕事には,ビジョン,シナリオ,プログラムをこの順につくっていくことが必要と言われます.それは,研究者個人,組織としても同じです.個人としては,組織に身を置き役割が変わる場合も多いでしょうが,信念あるいは想いに相当するビジョンは,手段としてのプログラムや工程としてのシナリオをPDCAの中で見直しつつも,大切にしたいものです.共感を得られることが条件になります.言い換えれば,自分の専門分野の貢献による未来の姿を夢として描き実現することです.もし,そのような整理をされていない方は,夢見る力を鍛えるためのトレーニングとして,この機会にやってみられたらいかがでしょうか.図3図3■私の研究開発で拓く未来のデザインは,その際に念頭においていただきたい,社会貢献や新たな価値の創造(8, 9)8) 福岡正伸:“感動と共感のプレゼンテーション”,風人社,2004.9) 斉藤 徹:“BEソーシャル!”,日本経済新聞出版社,2012.の考え方を組み込んだ設計図の例です.自らの立ち位置,研究開発の内容,あるべき未来の姿をデザインいただけたらと思います.
私からのメッセージを披露して結びに代えます.未来社会には,技術革新により機能・効率を徹底的に追及した部分と,心の豊かさを重視した部分が共存します.農村地域には,生きもの,水資源,土地資源,バイオマス資源,太陽光(熱),水力,風力,温泉,地熱,地域情報(伝承),伝統行事,芸能,慣習・文化,景観(観光資源),人的資源などのさまざまな地域資源が存在します.これらの宝ものを発掘・フル活用し,徹底した資源循環と生産基盤の再整備により,化石資源に依存しないエネルギー生産型農業・農村システムを確立します.食べものの生産と食生活,環境,暮らし,エネルギー利用が健全で美しい防災力の高いスマート・ビレッジ(10)10) 柚山義人:農村計画学会誌,33,21(2014).をともに創り上げていきましょう.KPI(重要業績評価指標)は,EPR(エネルギー収支比)>1.3の実現で,現状からの改善は,地域のエネルギー支出の減少,1.0を超える部分は農山村の新たな収入源になります.
Reference
1) 総合科学技術・イノベーション会議:エネルギー・環境イノベーション戦略,2016.
2) Ministry of Agriculture, Agrifood and Forestry, France: JOIN THE 4 ‰ INITIATIVE, http://agriculture.gouv.fr/sites/minagri/files/4pour1000-gb_nov2015.pdf, 2015.
3) 白戸康人:土壌の炭素貯留で地球温暖化の緩和,北陸地域環境保全型農業推進シンポジウム,2014.
4) 陽 捷行:“18 cmの奇跡”,三五館,2015.
5) 柚山義人:バイオマスタウンの構築と運営,農研機構農村工学研究所,2013.
6) 総務省:バイオマス利活用に関する政策評価書,2011.
7) 文部科学省科学技術動向研究センター:第10回科学技術予測調査「国際的視点からのシナリオプランニング」,2015.
8) 福岡正伸:“感動と共感のプレゼンテーション”,風人社,2004.
9) 斉藤 徹:“BEソーシャル!”,日本経済新聞出版社,2012.
10) 柚山義人:農村計画学会誌,33,21(2014).