Kagaku to Seibutsu 54(12): 863 (2016)
巻頭言
微生物研究の未来は?
Published: 2016-11-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
この夏のオリンピックでは,日本人アスリートの活躍に一喜一憂された方々が多かったことと思う.スポーツの記録は毎年更新されていく.もちろん訓練方法などの進化もこれを支えているのだろうが,ヒトの身体能力はどこまで伸ばせるものなのだろう,新たな進化はあるのだろうか.
さて,ヒトを含む多様な生命体が現在地球上に存在するが,地球上の生命の誕生には火星からの生命の元(原始細胞,または微生物)が火星隕石によってもたらされたことによっているという仮説をご存じだろうか.カリフォルニア工科大学のジョゼフ・カーシュヴィンク教授らの提唱するものである.生命の誕生にはまずRNAの生成があって可能となったという考えはほぼ間違いないことだと考えられるが,生命が誕生したと考えられる約40億年前の地球はほとんどが高温の水で覆われており,高分子のRNAはもとより構成因子のリボースの生成も極めて困難な環境だったと考えられるそうである.RNA分子の生成は当時の火星上では可能と考えられ,原始細胞/微生物が存在していた可能性は十分あるということである.加えて,隕石に存在した微生物は地球に到達する過程で熱により完全に殺菌されることはなく,複雑な有機化合物や微生物を惑星間パンスペルミアと呼ばれるプロセスで火星から地球に運ぶことが可能なことは,多くの実験で確かめられているそうである.惑星間パンスペルミアというのは,たとえば大型の天体が火星に衝突してその衝撃で多くの火星隕石が宇宙に放出され,地球に飛来したということを意味している.現在の火星上に生命体が存在する可能性は低いようであるが,果たして過去の火星微生物の痕跡が今後見つかるか,興味が尽きない.
昨今の微生物関連の話題で興味深いもう一つのものはヒトとの共生菌で,本学会員諸兄姉にも,関連した研究をされている方々がおられると思う.腸内細菌のメタゲノム解析が始まった頃,Nature誌の解説記事でヒトが腸内に1 kgもの細菌を保持していることを知り,大腸菌1 kgを液体培養で得るには…と思わず考えたことを思い出す.現在では,メタゲノムデータを基にさまざまな疾患や免疫,さらには脳の活動と腸内細菌叢の関連が研究され,こちらも今後どのような展開があるのか期待が膨らむ.
しかしこのような研究を,若い世代の人たちはどう捉えているのだろう.近年,微生物学関連分野に限らず,どこの大学の研究室でも博士課程後期への進学者の低下が問題になっている.確かに,学位取得後の研究継続の困難さを考えると安易に進学を進められないのも事実で,学生確保に大学は苦労している.だが振り返って,われわれ団塊の世代が大学院で勉強していた頃も,学位取得後の就職の状況は今以上に芳しいものではなかった(と思う).それでも進学したのは,もっと研究を続けたいという思いと,先は何とかなるだろうという図太さだったのかもしれない.この拙文を読まれた若い方には,とにかく努力を続けていれば道は開けるということを伝えたい.この夏のオリンピックで,多くの若いアスリートが諦めずに努力してメダルを勝ち取っていたように,サイエンスの世界でも多くの研究者が育ち,新しい発見をもたらしてくれることを期待したい.また,これは自身への反省でもあるが,中堅の研究者の方々には研究の面白さを幅広い世代に伝えるべく,いっそうのご努力をお願いしたいとも思う.