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抗体医薬開発の新潮流ベストインクラス抗体医薬の創薬と求められるマウスモデルの関係

Akira Shiota

塩田

株式会社特殊免疫研究所

Published: 2016-11-20

「抗体医薬」の勢いはいまだ衰えず,ますます拡大の様相を呈している.2014年の世界医薬品売上ランキングの上位トップ10は抗体医薬が5品目を占めて,医薬品市場の中心的存在となっている.日本発の抗体医薬も,中外製薬のIL-6受容体抗体アクテムラはグローバル売上が1,800億円に成長し,小野薬品が世界に先駆けて開発したPD-1抗体オプジーボは,非小細胞肺がんへの適用が認められて将来4,000億円の売り上げに達すると見込まれ,さらに協和発酵キリンのCCR4抗体ポテリジオは,このオプジーボとの2剤併用療法に関する開発提携契約を締結するなど,世界市場での存在感を飛躍的に高めている.

これらの抗体医薬が臨床で成功した最も大きな要因は,臨床効果に直結する標的抗原を見いだし,その抗体の臨床開発という高いハードルをいち早くクリアできたことにある.抗体医薬開発には,非常に大きな先行者(ファーストインクラス)利益が伴っていたと言うことができる.しかし,抗体工学とその製造方法の進歩に伴い,従来のネイティブタイプのヒト化IgG分子そのものではなく,進化した新しいプラットフォームの抗体医薬が顕在化し,またオプジーボの成功に刺激されてさまざまな免疫チェックポイント阻害抗体医薬の開発が精力的に進められている(1)1) 山口照英:国立医薬品食品衛生研究所報告,132, 36 (2014)..新しいプラットフォームにより既存の抗体医薬と同じ抗原に対して活性を高めた抗体,副作用を低減化した抗体,血中動態を変化させた抗体などが開発できるようになるため,抗体医薬の開発にもベストインクラスの時代が訪れている.筆者が2015年12月にサンディエゴで開催された抗体医薬の学術集会であるAntibody Engineering & Therapeutics 2015に参加して見聞きした情報(2)2) M. Pauthner, J. Yeung, C. Ullman, J. Bakker, T. Wurch, J. M. Reichert, F. Lund-Johansen, A. R. Bradbury, P. J. Carter & J. P. Melis: MAbs, 8, 617 (2016).に沿って,これら進化する抗体医薬開発の新しい潮流,およびその開発に求められるマウスモデルの関係について概観する.

一つ目の新しい潮流は,抗体と低分子抗がん剤を適切なリンカーを介して結合させた抗体–薬物複合体(Antibody–Drug Conjugate; ADC)である(3)3) R. V. J. Chari, M. L. Miller & W. C. Widdison: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 3796 (2014)..マイロターグ,カドサイラ,アドセトリスの3剤がすでに上市されており,40品以上のADCが臨床試験段階にある.低分子抗がん剤と抗体医薬の良いところを併せ持ち,その世界市場は2018年までにおよそ3,000億円以上に成長するとされ,世界中から注目を集めている.今回の学術集会でもADC開発が独立したセッションとして取り上げられ,抗体のドラッグ結合部位,共有結合性リンカー,前臨床,および臨床試験の成績などが議論された.ADCのメリットは,低分子抗がん剤を抗体と結合させて標的特異性を高め,正常細胞への影響を限定できることにある.副作用のため単独では使用することができなかった強力な薬剤を,ADCにより再び抗がん剤として“復活”させる可能性が広がることになった.さらに,ADCのリンカー部位,薬剤結合法にはいまだ多くの改善余地が残されているため,抗体医薬の専門家である分子生物学者よりむしろ,天然有機合成化学者たちの興奮が,会場から非常によく伝わってきた.

2つ目の新しい潮流は,2つの異なる標的抗原に同時に結合できる二重特異性抗体である.レモマブ,ブリンサイトの2剤がすでに上市されている.二重特異性抗体のメリットは,例えば,がん細胞とエフェクター細胞,あるいは2つの血液凝固因子に同時に結合して効果的に接触させることで,抗腫瘍作用を増強させたり,血液凝固因子の活性化を促すなど,全く新しい生物反応を誘起することができる点にある.今回の学術集会では,Novimmune社から発表された免疫チェックポイント阻害活性をもつ二重特異性抗体が印象的であった.彼らは,腫瘍抗原と腫瘍が過剰発現するCD47に同時に結合する二重特異性抗体を投与すると,赤血球および血小板のような正常細胞の傷害を避けて,特異的かつ安全に腫瘍免疫応答を誘導することができると報告した.CD47はNK細胞やマクロファージなどの自然免疫の細胞にブレーキをかけるチェックポイント分子であり,むやみに阻害してしまうと重篤な副作用が懸念されるため,この方法はほかの多くの免疫チェックポイント阻害抗体の開発にも応用できる優れた治療戦略で,非常に示唆に富む発表であった.

もう一つの新しい潮流は,免疫チェックポイント阻害抗体である.免疫チェックポイント阻害抗体とは,免疫機能の攻撃力を高める従来のがんに対する抗体医薬と異なり,がん細胞による免疫機能へのブレーキ(免疫チェックポイント)を解除することで免疫細胞を活性化し,がん細胞を攻撃させる新たな抗体医薬である.先の2つと異なり,これらはネイティブタイプのヒト化IgG分子そのものを利用する抗体医薬であるが,その作用機序が従来の抗体医薬とは全く異なっている.ヤーボイ,キートルーダ,オプシーボの3剤がすでに上市されており,ヤーボイのグローバル売上は発売後3年目の2014年には1,570億円に達した(ブリストル開示資料).これらの標的であるCTLA-4, PD-1/PD-L1に加えて,TIM-3, LAG3などの免疫チェックポイント阻害抗体や4-1BB, ICOS, GITRなどの免疫チェックポイント活性化抗体など,世界では80社以上が400件を超える開発プロジェクトを走らせているとも言われる.

ところで,抗体医薬はヒトの標的抗原にのみ結合して作用するため,動物実験によるインビボ評価がほとんど実施されていない.上記のようなベストインクラスの抗体医薬の効果を臨床試験で初めて実証するという,従来の医薬品開発よりもリスクの高い開発を迫られている.宿主の腫瘍免疫を活性化させる免疫チェックポイント阻害抗体は,当然のことながらヒトの腫瘍免疫のみを活性化できるので,免疫不全マウスにヒト腫瘍組織を移植するゼノグラフトモデルには全く歯がたたない.筆者らは,抗体医薬のFab領域が結合する抗原分子とFc領域が結合するFcγ受容体の両方をヒト化したマウス(「ヒト抗原マウス」)を開発している.200 kbにも達するマウスゲノムDNA配列の制御下でヒト遺伝子を発現させる組換えBACトランスジェニックマウス技術を利用することにより,ヒト抗原分子およびヒトFcγ受容体の組織特異的発現を正確にマウスに再現させることができる.そのため,このマウスに投与された抗体医薬がヒト抗原を発現する標的細胞に結合し,やはりヒトFcγ受容体を発現するNK細胞と結合して活性化させることができるため,抗体医薬の有効なインビボ評価方法となる(図1図1■「ヒト抗原マウス」を利用した抗体医薬のin vivoアッセイ).ヒトCD20遺伝子とヒトFcγ受容体を発現するマウスを利用することにより,新規CD20抗体医薬であるBM-caのin vivoでのB細胞除去効果がrituximabよりも優れていることを見いだし,今回の学術集会で発表した.このようなマウスを利用したin vivoアッセイにより,ベストインクラス抗体医薬の創薬,または既存抗体医薬の新規適用の探索に大きなメリットを得ることができる.今後は免疫チェックポイントなどのヒト抗原マウスをラインナップして抗体医薬のスクリーニングサービスを提供することにより,新薬メーカーの抗体医薬開発のサポートしていきたい.

図1■「ヒト抗原マウス」を利用した抗体医薬のin vivoアッセイ

Reference

1) 山口照英:国立医薬品食品衛生研究所報告,132, 36 (2014).

2) M. Pauthner, J. Yeung, C. Ullman, J. Bakker, T. Wurch, J. M. Reichert, F. Lund-Johansen, A. R. Bradbury, P. J. Carter & J. P. Melis: MAbs, 8, 617 (2016).

3) R. V. J. Chari, M. L. Miller & W. C. Widdison: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 3796 (2014).