Kagaku to Seibutsu 54(12): 867-868 (2016)
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コメの生産性を規定するアンモニウム同化系酵素の新規な役割イネにおける窒素代謝に依存した分げつの生長制御
Published: 2016-11-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
世界人口が90億人を超えると予想される2050年までには,世界の食糧生産量を2倍に増やす必要があり,食糧の増産と持続的安定供給系の構築は,人類が直近で解決すべき課題の一つである.特に,わが国の食糧自給率は約40%にすぎず,かつ,国土面積も狭いことから,耕地面積当たりの作物生産性の向上に貢献する分子育種的知見の集積と応用研究は急務であると言える.コメは,日本を含めた東アジアの食糧供給上の基幹穀物であり,イネでは,穂は主茎(稈)と分げつ(枝分かれ)で実る(有効分げつ).分げつは,主に栄養成長期に主稈の各節の葉腋の芽(腋芽)から成長し,さらに分げつの節の腋芽からも生じる.また,イネの成長とコメの収量の増進には,多量の窒素栄養の施肥が必須である.田植えされた苗から,茎が何本くらいに増えるのか? 本稿では,コメの収量増加に重要な分げつの窒素栄養に依存した生長制御の仕組みの一端を紹介する.
還元的環境の冠水下の水田で栽培されるイネ(Oryza sativa L.)は,主に土壌中のアンモニウム(NH4+)を外来窒素源として吸収利用する(1)1) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..植物では,NH4+は主にグルタミン合成酵素(GS)とグルタミン酸合成酵素(GOGAT)の共役酵素反応により,グルタミンへと初期同化される(1)1) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..イネゲノムには,各1分子種のプラスチド型GS2とフェレドキシン(Fd)依存性GOGAT,また,3分子種のサイトゾル型GS1(GS1;1, GS1;2, GS1;3)と2分子種のNADH依存性GOGAT(NADH-GOGAT1, NADH-GOGAT2)の遺伝子がコードされている(1)1) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..私たちは,時期・組織特異的な発現解析や内在性レトロトランスポゾンTos17挿入遺伝子破壊イネ突然変異体を用いた解析から,根表層細胞群のGS1;2/NADH-GOGAT1がNH4+初期同化系を担い,老化葉身維管束組織のGS1;1/NADH-GOGAT2と未熟葉身・登熟初期子実維管束組織のNADH-GOGAT1が窒素リサイクル系を担うことを立証してきた(1)1) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..
ここで,GS1;2欠損イネ変異体およびNADH-GOGAT1欠損イネ変異体においては,穂数の減少によるコメの減収が生じ,特にGS1;2欠損イネ変異体では分げつ数が減少した(1)1) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..栄養成長期に窒素栄養が不十分だと有効分げつ数は減少し,十分だと分げつ数は増加する(2)2) Y. Liu, D. Gu, Y. Ding, Q. Wang, G. Li & S. Wang: Aust. J. Crop Sci., 5, 1019 (2011)..しかし,体内窒素栄養環境が分げつの発達を制御する分子機構はよく理解されていない.分げつの成長は,分裂組織を含む腋芽の形成とその伸長で進行する(3)3) M. A. Domagalska & O. Leyser: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 12, 211 (2011)..GS1;2欠損イネ変異体においては,NH4+供給下で腋芽の伸長が抑制され,この表現型は自己プロモーター制御下のGS1;2 cDNAを導入した相補系統では回復した(4)4) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015)..
腋芽の伸長制御には外的要因(光の強度・波長,物理的障害,土壌の栄養状態など)と内的要因(代謝と植物ホルモン)が複雑に影響し合う(3)3) M. A. Domagalska & O. Leyser: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 12, 211 (2011)..NH4+供給下の野生型イネにおける腋芽や節およびSAM(茎頂分裂組織)を含む地上部の基部では,GS1;2 mRNAは,主に縦走大維管束や分げつへの代謝産物の輸送に重要な節網維管束の篩部伴細胞・柔細胞および分げつ大維管束で発現蓄積した(4)4) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015).(図1図1■NH4+供給下で栽培した野生型イネ(A)とGS1;2欠損イネ変異体(B)の各幼植物の地上部基部でのGS1;2の組織・細胞分布の概念図(左)と腋芽の生長(右)).特に篩部伴細胞は輸送物質の篩管への積み込みを調節する細胞とされ,GS1;2が篩部伴細胞で腋芽の伸長に必要な窒素の転送形態であるグルタミンの生合成を担うことが示唆された.また,NH4+供給下GS1;2欠損イネ変異体の上記地上部基部の全窒素含量と全炭素含量および乾燥重は,野生型と比較して顕著に減少し,葉鞘には糖貯蔵形態のデンプンが著しく蓄積した(4)4) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015)..他方,分げつの生長では,リグニン蓄積による木化も伴うが,リグニン合成初期反応のフェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)酵素反応ではNH4+が発生する(5)5) F. R. Cantón, M. F. Suárez & F. M. Cánovas: Photosynth. Res., 83, 265 (2005)..NH4+供給下GS1;2欠損イネ変異体の地上部基部のリグニン蓄積量は顕著に減少し,相補系統では回復したことから,GS1;2は,PAL酵素反応由来のNH4+の再同化も担い,リグニン合成系と緊密に関連することが示唆された(4)4) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015)..さらに,トランスクリプトーム解析結果は上記知見を支持し,NH4+供給下GS1;2欠損イネ変異体の地上部基部では,リグニン合成やアミノ酸合成,糖転送形態のショ糖の合成およびデンプン分解に関連した遺伝子の発現低下が認められた(4)4) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015)..このように,NH4+供給下GS1;2欠損イネ変異体幼植物の地上部基部では,内的要因としての窒素・炭素代謝の撹乱とこれらの栄養素の利用性の低下ならびにリグニン合成阻害が生じ,結果として腋芽の伸長阻害が生じていた(4)4) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015).(図1図1■NH4+供給下で栽培した野生型イネ(A)とGS1;2欠損イネ変異体(B)の各幼植物の地上部基部でのGS1;2の組織・細胞分布の概念図(左)と腋芽の生長(右)).
分げつへの代謝産物の転送に重要な節網維管束や分げつ大維管束のGS1;2欠損は,窒素代謝と炭素代謝の撹乱およびリグニン蓄積阻害を引き起こし,結果として腋芽の伸長が阻害される.スケールバーは,0.1 mm(左)と1.0 mm(右)を示す.
次に,腋芽伸長制御のもう一つの内的要因である植物ホルモンに着目した.頂芽優勢(茎の先端の芽の生長が優先され,腋芽が休眠すること)は,頂芽で合成されたオーキシンが極性移動して,腋芽基部の節において,腋芽を伸長させるサイトカイニンの生合成を抑制することに起因する(3)3) M. A. Domagalska & O. Leyser: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 12, 211 (2011)..また,オーキシンは,腋芽伸長を抑制するストリゴラクトンの生合成を正に制御して分げつ発達を抑制していると考えられている(3)3) M. A. Domagalska & O. Leyser: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 12, 211 (2011)..しかし,GS1;2欠損イネ変異体と野生型のストリゴラクトン含量は同程度に低く,NH4+供給下GS1;2欠損イネ変異体での腋芽の伸長抑制は少なくともストリゴラクトンに依存していないことが示唆された(4)4) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015)..一方,イネのサイトカイニン生合成鍵酵素遺伝子のadenosine phosphate-isopentenyltransferase(IPT)4とIPT5は,グルタミンまたはその代謝産物により発現制御されることから(6)6) T. Kamada-Nobusada, N. Makita, M. Kojima & H. Sakakibara: Plant Cell Physiol., 54, 1881 (2013).,GS1;2欠損イネ変異体の分げつ数減少とサイトカイニンとの関連性を今後詳細に解析する必要がある.
筆者らは,窒素の代謝・利用効率の低下が腋芽伸長の分子制御機構に与える影響を解明し,イネにおける窒素栄養に応じた分げつ数の人為的最適化や窒素欠乏条件下における植物の生存戦略機構の理解に貢献していきたいと考えている.この研究は,低窒素栄養肥料施肥下での持続的環境低負荷かつ高生産性の農業体系構築における極めて重要な分子基盤情報を提供すると期待される.
Reference
1) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014).
2) Y. Liu, D. Gu, Y. Ding, Q. Wang, G. Li & S. Wang: Aust. J. Crop Sci., 5, 1019 (2011).
3) M. A. Domagalska & O. Leyser: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 12, 211 (2011).
5) F. R. Cantón, M. F. Suárez & F. M. Cánovas: Photosynth. Res., 83, 265 (2005).
6) T. Kamada-Nobusada, N. Makita, M. Kojima & H. Sakakibara: Plant Cell Physiol., 54, 1881 (2013).