今日の話題

植物病原菌の“狡猾さ”を酵母で解くグルタチオンを分解するエフェクターの発見とその機能解析

Shoko Fujiwara

藤原 祥子

香川大学農学部応用生物科学科

Mitsuaki Tabuchi

田淵 光昭

香川大学農学部応用生物科学科

Published: 2016-11-20

ヒトや植物に感染する多くの病原性グラム陰性細菌は,感染時においてIII型またはIV型分泌装置と呼ばれる注射針のような構造物を用いて宿主細胞中にエフェクターと呼ばれる病原因子を注入することが知られている.エフェクターは宿主細胞内の防御免疫などにかかわるさまざまな細胞機能(シグナル伝達・膜輸送・アクチン細胞骨格再構成・遺伝子発現・オートファジーなど)を撹乱することにより自身の増殖に有利な環境を構築し,感染を成立させている.エフェクターの分子機能の解明は病原菌の感染戦略を理解するうえで重要である.しかし,多くのエフェクターは各病原菌が進化の過程で独自に獲得したと推定され,一次構造からその機能を予測することが困難である.

酵母(Saccharomyces cerevisiae)は単細胞真核生物であり,多くの細胞機能が高等真核生物と類似している.エフェクターが標的とする細胞機能の多くは酵母でも保存されていることから,エフェクターを酵母で発現させた場合,エフェクター標的の酵母カウンターパートに同様に作用することが期待される(1)1) C. Popa, N. S. Coll, M. Valls & G. Sassa: PLoS Pathog., 12, e1005360 (2016).図1A図1■酵母を用いた宿主グルタチオンを標的とする青枯病菌エフェクターの発見).

図1■酵母を用いた宿主グルタチオンを標的とする青枯病菌エフェクターの発見

(A)酵母発現系を用いた病原菌エフェクターの機能解析.(B)宿主細胞中にIII型分泌装置を介して注入された青枯病菌エフェクターRipAYは,宿主チオレドキシンにより不活性型から活性型へと変換され,宿主細胞内グルタチオンを分解する.グルタチオンは,植物における病害抵抗性発現に必須な因子である.

青枯病菌(Ralstonia solanacearum)は,ナス科植物を含む200種以上もの植物に感染することで枯死させる農業上重要な病原菌である.青枯病菌はほかの植物病原菌と比べて非常に多く(70種類以上)のエフェクターを有することが明らかにされており,このエフェクターの多様性が青枯病菌の例外的に幅広い宿主域への感染を可能にしていると考えられている.

筆者らは,青枯病菌の感染戦略の理解を目的として酵母発現系を用いた青枯病菌エフェクターの機能解析を行ってきた.青枯病菌エフェクター36個を酵母に過剰発現させたところ,8個のエフェクターが酵母に増殖阻害を引き起こすことを見いだした.8個のエフェクターについて,一次構造に基づいてモチーフ検索を行ったところ,そのほとんどが特徴的なモチーフをもたない機能未知遺伝子であったが,RipAY/RSp1022と呼ばれるエフェクターは,ChaCと呼ばれるすべての生物種に保存された機能未知ドメインを有していた.酵母ゲノム中にもChaCドメインを有するタンパク質としてYer163cが見いだされたが,筆者らが研究を開始した当初は機能未知遺伝子であった.しかし,2012年12月にBachhawatらによりChaCドメインを有する酵母およびヒトタンパク質(それぞれGcg1/Yer163CとChac1)が細胞内レドックス恒常性維持に必須な役割を担うグルタチオンを特異的に分解するγ-グルタミルシクロトランスフェラーゼ(GGC T)活性を有することが報告され(2)2) A. Kumar, S. Tikoo, S. Maity, S. Sengupta, S. Sengupta, A. Karu & A. K. Bachhawat: EMBO Rep., 13, 1095 (2012)., RipAYが宿主グルタチオンを標的とすることが考えられた.

そこで,まずRipAYがグルタチオンを標的にしているかを調べたるめ,酵母で発現させたRipAYを精製し,グルタチオンを基質としてGGC T活性を測定したところ,非常に強いGGC T活性が検出された.さらに,RipAY発現酵母細胞内のグルタチオン濃度を測定したところ,RipAY発現酵母細胞では,コントロールの30%程度にまで細胞内グルタチオン濃度の低下が見られた.また,活性中心と考えられる216番目のグルタミン酸をグルタミンに変異させた不活性型変異体E216Qを発現させた場合においては,細胞内グルタチオン濃度の減少は見られず,酵母の増殖も回復した.しかし,驚いたことにRipAY発現による酵母増殖阻害は,培地へのグルタチオンの添加により回復が見られなかった.また,形質膜グルタチオン輸送体Hgt1の過剰発現によりグルタチオンの取り込みを増加させることで細胞内グルタチオン濃度をコントロールと同程度にまで回復させても,RipAYによる酵母増殖阻害の回復は見られなかった.これらの結果より,少なくとも酵母細胞内ではRipAYの標的はグルタチオンのみではなく,未知のγ-グルタミル化合物を標的としている可能性が考えられる(3)3) S. Fujiwara, T. Kawazoae, K. Ohnishi, T. Kitagawa, C. Popa, M. Valls, S. Genin, K. Nakamura, Y. Kuramitsu, N. Tanaka et al.: J. Biol. Chem., 291, 6813 (2016).

次にRipAYの酵素学的諸性質を解析するため大腸菌で発現させた組換えRipAYタンパク質のGGC T活性を測定したところ,全くGGC T活性が検出されなかった.しかし,興味深いことに,大腸菌から精製した不活性なRipAYタンパク質に酵母タンパク質抽出液を添加したところ,添加したタンパク質量に依存してGGC T活性の上昇が見られた.これにより,RipAYは何らかの真核生物性因子によってGGC T活性を獲得していることが考えられた.そこで,酵母粗タンパク質(菌体約10 g)から各種クロマトグラフィーによりRipAYの活性化を指標として活性化因子を含む画分を精製し,質量分析により活性化因子を同定したところ,酵母細胞質チオレドキシンTrx1/Trx2が活性化因子として同定された.また,大腸菌で発現,精製した組換え酵母Trx1は,試験管内でRipAYを濃度依存的に活性化した.これよりRipAYの活性化因子はチオレドキシンであることが明らかになった.

それでは,RipAYがわざわざ宿主チオレドキシンを使って活性化し,宿主グルタチオンを分解することにどのような意味があるのだろうか? 植物においてグルタチオンは病原菌に対する防御免疫に不可欠である(4)4) V. Parisy, B. Poinssot, L. Owsianowski, A. Buchala, J. Glazebrook & F. Mauch: Plant J., 49, 159 (2007)..興味深いことにRipAYは,複数ある植物チオレドキシンアイソフォーム(モデル植物であるArabidopsisでは19個)の中でも病原菌感染時に特異的に発現が上昇するTrx-h5(5)5) Y. Tada, S. H. Spoel, K. Pajerowska-Mukhtar, Z. Mou, J. Song, C. Wang, J. Zuo & X. Dong: Science, 321, 952 (2008).により最も効率よく活性化された.これにより,青枯病菌は宿主への感染時において,宿主植物の免疫応答において特異的に発現するTrx-h5を利用して効率よくRipAYを活性化させ,宿主細胞内のグルタチオンを枯渇させることで宿主の防御機構を破綻させることが考えられた(3)3) S. Fujiwara, T. Kawazoae, K. Ohnishi, T. Kitagawa, C. Popa, M. Valls, S. Genin, K. Nakamura, Y. Kuramitsu, N. Tanaka et al.: J. Biol. Chem., 291, 6813 (2016).図1B図1■酵母を用いた宿主グルタチオンを標的とする青枯病菌エフェクターの発見).

筆者らの発見以外にも,最近いくつかの病原菌エフェクターにおいて宿主内因子に依存したエフェクター活性化の例が報告されている(6)6) C. Popa, M. Tabuchi & M. Valls: Front. Cell. Infect. Microbiol., 6, 73 (2016)..それぞれのエフェクターの機能としてはホスホリパーゼ,アセチル基転移酵素,プロテアーゼ,プロテインキナーゼと多種多様であり,また,活性化因子もユビキチン,低分子量Gタンパク質,シクロフィリン,14-3-3タンパク質など多種多様であり,真核生物特異的な因子であるという共通点以外に一貫性はない.このような宿主内因子特異的なエフェクター活性化メカニズムは,エフェクターによる毒性を宿主においてのみ発現させるという実に巧妙なシステムであると言え,この病原菌がもつ“狡猾さ”に驚きを感じる.また,これらのほとんどのエフェクターにおいて,活性化因子の同定には酵母が役立っており,病原菌エフェクターの機能解析において酵母が実に有用なシステムであることが証明されている.

Reference

1) C. Popa, N. S. Coll, M. Valls & G. Sassa: PLoS Pathog., 12, e1005360 (2016).

2) A. Kumar, S. Tikoo, S. Maity, S. Sengupta, S. Sengupta, A. Karu & A. K. Bachhawat: EMBO Rep., 13, 1095 (2012).

3) S. Fujiwara, T. Kawazoae, K. Ohnishi, T. Kitagawa, C. Popa, M. Valls, S. Genin, K. Nakamura, Y. Kuramitsu, N. Tanaka et al.: J. Biol. Chem., 291, 6813 (2016).

4) V. Parisy, B. Poinssot, L. Owsianowski, A. Buchala, J. Glazebrook & F. Mauch: Plant J., 49, 159 (2007).

5) Y. Tada, S. H. Spoel, K. Pajerowska-Mukhtar, Z. Mou, J. Song, C. Wang, J. Zuo & X. Dong: Science, 321, 952 (2008).

6) C. Popa, M. Tabuchi & M. Valls: Front. Cell. Infect. Microbiol., 6, 73 (2016).