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バクテリアにおけるアシル化修飾タンパク質の網羅的解析アシローム解析から見えてきたこと

Saori Kosono

古園 さおり

東京大学生物生産工学研究センター

Published: 2016-11-20

DNAに書き込まれた遺伝情報は,転写,翻訳を経てタンパク質として発現する.さらに新生タンパク質は何らかの翻訳後修飾を受けて,与えられた状況で機能をもったタンパク質となる.真核生物ではリン酸化,アセチル化,ユビキチン化などさまざまな翻訳後修飾がタンパク質の機能や品質管理,そして細胞の恒常性維持において重要な働きをすることが知られている.その一方で,バクテリアでは二成分制御系によるリン酸化など,翻訳後修飾はごく一部のタンパク質で知られているのみであり,バクテリアの翻訳後修飾はこれまであまり注目されてこなかった.しかしながら,近年の質量分析をベースとしたプロテオミクス技術の発展により,そうした状況が一変しつつある.その鍵となるのが,アセチル化に代表されるタンパク質アシル化修飾である.

2006年に哺乳類細胞を対象としたアセチローム解析が報告された(1)1) S. C. Kim, R. Sprung, Y. Chen, Y. Xu, H. Ball, J. Pei, T. Cheng, Y. Kho, H. Xiao, L. Xiao et al.: Mol. Cell, 23, 607 (2006)..抗体を用いたアセチルリジンペプチドの濃縮とnano HPLC-MS/MSを組み合わせたプロテオミクス解析手法により195のアセチル化タンパク質が一気に同定された.驚くべきことに,そのうち約7割がミトコンドリアタンパク質であった.ミトコンドリアはバクテリアが共生したものと言われている.ならば,バクテリアのタンパク質もアセチル化されているのではないか? さらには解析が容易なバクテリアのアセチル化を解析することで,真核生物のミトコンドリアのアセチル化の意味を解明できる可能性があるのではないか? と筆者を含め多くの研究者が考えたのは自然な成り行きであろう.これをきっかけとして,バクテリアのアセチル化研究がブレイクし,2008年にはバクテリアのアセチローム論文が大腸菌で初めて報告され(2)2) J. Zhang, R. Sprung, J. Pei, X. Tan, S. Kim, H. Zhu, C. F. Liu, N. V. Grishin & Y. Zhao: Mol. Cell. Proteomics, 8, 215 (2008).,それ以降,さまざまなバクテリアを対象としたアセチロームが相次いで報告されている.さらに,新たなアシル化修飾が次々と発見され,なかでもスクシニル化はアセチル化と並ぶ代表的なアシル化修飾であることがわかってきた(図1図1■タンパク質のアシル化修飾).

図1■タンパク質のアシル化修飾

アシル化修飾はグルコースなどの糖,アミノ酸,脂肪酸の分解によって生じるアシルCoAを利用してタンパク質のリジン残基に起こる.リジンアセチル化酵素(KAT)に依存したメカニズムのほか,最近ではアセチルリン酸やアセチルCoA, スクシニルCoAによる非酵素的なメカニズムも報告されている3)3) G. R. Wagner & M. D. Hirschey: Mol. Cell, 54, 5 (2014)..一部のアシル化修飾は,リジン脱アシル化酵素(KDAC)によって可逆的に制御される.

タンパク質のアセチル化は主にリジン残基に起こる.アセチル化は従来,リジンアセチル化酵素(Lysine[K]acetyltransferase; KAT)とリジン脱アセチル化酵素(Lysine[K]deacetylase; KDAC)によって可逆的に制御されると考えられてきた.しかし最近では,反応性の高いアセチルリン酸やアセチルCoAによる非酵素的なメカニズムのほうが主流であると考えられている.また,バクテリアゲノムにはたいていKDACホモログが1~数個保存されている.大腸菌のKDACであるCobBは,一部のアセチル化リジンのみを脱アセチル化する.非酵素的なアセチル化は一種のカーボンストレスであり,KDACはタンパク質の品質管理として働いているのではないかとの見方もある(3)3) G. R. Wagner & M. D. Hirschey: Mol. Cell, 54, 5 (2014).

アシルCoAなどの代謝物質を利用するアシル化修飾は,代謝の状態を反映して変化するだろうと予想される.そこで,代謝状態が異なるような条件でアシル化修飾の比較を試みた.注目したのは,グルタミン酸生産菌として知られるコリネバクテリウム菌である.この菌は,ビオチン制限やTween 40添加などの刺激を受けると,グルタミン酸を過剰生産する.上記の刺激は,グルタミン酸排出チャネルを開口させるとともに,グルコースからグルタミン酸生成へ向かうように代謝フラックスを大きく変化させる(4)4) T. Shirai, K. Fujimura, C. Furusawa, K. Nagahisa, S. Shioya & H. Shimizu: Microb. Cell Fact., 6, 19 (2007)..この代謝フラックス変化に着目してアシル化修飾変化を調べたところ,非生産条件では培養経過に伴ってアセチル化が増加するが,グルタミン酸生産条件ではアセチル化の増加は抑制され,代わりにスクシニル化の増加が観察された.アシル化修飾変化をより定量的に捉えるため,ノンラベルの半定量アシローム解析を行ったところ,グルタミン酸生産と関連の深い中央代謝経路酵素の多くでアシル化修飾の違いを見いだした(5)5) Y. Mizuno, M. Nagano-Shoji, S. Kubo, Y. Kawamura, A. Yoshida, H. Kawasaki, M. Nishiyama, M. Yoshida & S. Kosono: Microbiology Open, 5, 152 (2016)..ところで,グルタミン酸生産条件ではグルコースからグルタミン酸生成までの代謝経路酵素の発現が低下もしくは変わらないことが,トランスクリプトーム解析や筆者らのプロテオミクス解析で明らかとなっている(5, 6)5) Y. Mizuno, M. Nagano-Shoji, S. Kubo, Y. Kawamura, A. Yoshida, H. Kawasaki, M. Nishiyama, M. Yoshida & S. Kosono: Microbiology Open, 5, 152 (2016).6) M. Kataoka, K. I. Hashimoto, M. Yoshida, T. Nakamatsu, S. Horinouchi & H. Kawasaki: Lett. Appl. Microbiol., 42, 471 (2006)..にもかかわらず,この経路の代謝フラックスが上昇するということは,発現量と代謝フラックスのギャップを示しており,アシル化修飾が代謝酵素の質的制御にかかわる可能性が浮かび上がってきた.

アシル化修飾はまた,炭素源に依存して変化する.グルコース,グリセロール,ピルビン酸などアセチル化基質であるアセチルCoAやアセチルリン酸を生成しやすい培地条件では,アセチル化が強く誘導される.一方,クエン酸やコハク酸のようなTCA基質を炭素源とした場合,アセチル化はあまり誘導されず,代わりにスクシニル化が誘導される.これは,アシル化の基質を生成しやすい代謝状態を反映していると思われる.枯草菌を対象にSILAC (stable isotope labeling using amino acids in cell culture)を用いた定量アシローム解析を行ったところ,グルコース培地条件とクエン酸培地条件では代謝酵素をはじめさまざまなタンパク質にアシル化修飾の違いが認められた(7)7) S. Kosono, M. Tamura, S. Suzuki, Y. Kawamura, A. Yoshida, M. Nishiyama & M. Yoshida: PLoS ONE, 10, e0131169 (2015)..なかには,RNAポリメラーゼやリボソームにもアシル化修飾が検出され,培地条件によって違いを見せているのである.これは,あるタンパク質が等量存在したとしても,アシル化修飾という点では質的に異なることを示唆している.もしアシル化修飾の違いがRNAポリメラーゼやリボソームの機能に影響を与えるとすれば,転写や翻訳に及ぼす影響は少なくないと想像される.アシル化修飾は栄養シグナルに応答して遺伝子発現を制御する新たなメカニズムとなりうるのか,日々想像(妄想?)を膨らませながら,バクテリアにおけるアシル化修飾の意義を少しずつ明らかにしていきたいと思っている.

Reference

1) S. C. Kim, R. Sprung, Y. Chen, Y. Xu, H. Ball, J. Pei, T. Cheng, Y. Kho, H. Xiao, L. Xiao et al.: Mol. Cell, 23, 607 (2006).

2) J. Zhang, R. Sprung, J. Pei, X. Tan, S. Kim, H. Zhu, C. F. Liu, N. V. Grishin & Y. Zhao: Mol. Cell. Proteomics, 8, 215 (2008).

3) G. R. Wagner & M. D. Hirschey: Mol. Cell, 54, 5 (2014).

4) T. Shirai, K. Fujimura, C. Furusawa, K. Nagahisa, S. Shioya & H. Shimizu: Microb. Cell Fact., 6, 19 (2007).

5) Y. Mizuno, M. Nagano-Shoji, S. Kubo, Y. Kawamura, A. Yoshida, H. Kawasaki, M. Nishiyama, M. Yoshida & S. Kosono: Microbiology Open, 5, 152 (2016).

6) M. Kataoka, K. I. Hashimoto, M. Yoshida, T. Nakamatsu, S. Horinouchi & H. Kawasaki: Lett. Appl. Microbiol., 42, 471 (2006).

7) S. Kosono, M. Tamura, S. Suzuki, Y. Kawamura, A. Yoshida, M. Nishiyama & M. Yoshida: PLoS ONE, 10, e0131169 (2015).