解説

細菌におけるリボソームレスキュー機構

Ribosome Rescue Systems in Bacteria

Hyouta Himeno

姫野 俵太

弘前大学農学生命科学部

Daisuke Kurita

栗田 大輔

弘前大学農学生命科学部

Published: 2016-11-20

リボソーム上のタンパク質合成は開始コドンに始まり,遺伝情報に基づいたペプチド伸長サイクルの繰り返しを経て終止コドンで終了する.翻訳の終了にあたっては,ペプチド解離因子(RF1またはRF2)が合成されたポリペプチドをtRNAから切り離す.しかしながら,さまざまな原因により(場合によっては計画的に)タンパク質合成を途中で中断せざるをえない状況に追い込まれることがある.たとえば,mRNAが翻訳中に切断を受けて3′側を失うと,リボソームは終止コドンに出会うことなしにmRNAの3′末端に到達してしまう.この場合,ペプチドの解離が行われないため,リボソームはそこで立ち往生することになる.こうした状況を解消すべく,細胞はリボソームレスキュー機構(翻訳停滞解消機構)を備えている.細菌のリボソームレスキュー機構として最初に見つかったのはtmRNAとSmpBによるトランストランスレーションである.ほぼすべての細菌はトランストランスレーション機構を必ずもっているが,それ以外にも2つのリボソームレスキュー機構が存在することが明らかになってきた.本稿では,これら3種類を中心に細菌のリボソームレスキュー機構について概説する(図1).

3種類のリボソームレスキュー機構

1. tmRNAによるトランストランスレーション

tmRNAは以下のような特徴をもつ(図2A, B図2■tmRNAとトランストランスレーション).

図1■細菌における翻訳停滞と解消機構

図2■tmRNAとトランストランスレーション

(A) tmRNAの二次構造.タグペプチドコード領域(赤)が4個のシュードノット(PK1, PK2, PK3, PK4)に囲まれるように配置している.(B)tmRNA・SmpB複合体の立体構造(PDB ID: 3IYR12)12) C. Neubauer, R. Gillet, A. C. Kelly & V. Ramakrishnan: Science, 335, 1366 (2012). を一部改変).tmRNAのtRNA様構造(オレンジ色)とSmpB(C末端テイルは除く)(青)が合体することで1個のtRNAを構造的に擬態する.赤矢印は翻訳再開位置を示す.(C)トランストランスレーションの概略.AANDENYALAAは大腸菌のタグペプチド配列.

①250~400ヌクレオチドからなるRNAで,5′末端領域と3′末端領域からなる二次構造がtRNAのクローバーリーフ構造の上半分と似ている.また,3′末端のCCA配列をはじめとしてtRNAに特異的な配列および修飾塩基をもつ.ただし,アンチコドンに相当する部分はない(1, 2)1) C. Ushida, H. Himeno, T. Watanabe & A. Muto: Nucleic Acids Res., 22, 3392 (1994).2) Y. Komine, M. Kitabatake, T. Yokogawa, K. Nishikawa & H. Inokuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 9223 (1994).

②アラニルtRNA合成酵素(AlaRS)の基質になり,3′末端にはアラニンが結合する(1, 2)1) C. Ushida, H. Himeno, T. Watanabe & A. Muto: Nucleic Acids Res., 22, 3392 (1994).2) Y. Komine, M. Kitabatake, T. Yokogawa, K. Nishikawa & H. Inokuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 9223 (1994)..Ala-tmRNAには翻訳の伸長因子EF-Tuが結合する(3)3) K. Hanawa-Suetsugu, V. Bordeau, H. Himeno, A. Muto & B. Felden: Nucleic Acids Res., 29, 4663 (2001).

③中央部分には4個のシュードノット構造(PK1~PK4)が存在し,PK1の下流に10残基前後のペプチド(タグペプチド)をコードする部分がある(4)4) N. Nameki, B. Felden, J. F. Atkins, R. F. Gesteland, H. Himeno & A. Muto: J. Mol. Biol., 286, 733 (1999).

④3′側を欠くことにより終止コドンを失ったmRNA(non-stop mRNA)を翻訳すると,C末端側を欠いたポリペプチドが作られることになるが,そのC末端にはtmRNAにコードされているタグペプチドが付加する(5, 6)5) K. C. Keiler, P. R. Waller & R. T. Sauer: Science, 271, 990 (1996).6) H. Himeno, M. Sato, T. Tadaki, M. Fukushima, C. Ushida & A. Muto: J. Mol. Biol., 268, 803 (1997).

①と②はtRNAとしての機能であり,③と④はmRNAとしての機能である.すなわち,tmRNA(transfer and messenger RNA)はtRNAとしての機能とmRNAとしての機能を併せ持っている.tmRNAはこの2種類の機能を巧妙に連携させることによりnon-stop mRNAから翻訳を引き継ぐことで,できかけのペプチドのC末端にタグペプチドが融合したキメラペプチドを合成する(図2C図2■tmRNAとトランストランスレーション).「2本のRNAから1本のペプチドを合成する」ことから,この変則的な翻訳はトランストランスレーションと呼ばれるようになった.tmRNAはmRNAから翻訳を引き継ぎ,tmRNA中の終止コドン上で翻訳は終了する.なお,タグペプチドの最初のアラニン残基はmRNAにもtmRNAにもコードされていない.tmRNAにアミノアシル化されたアラニンに由来するものである(7)7) N. Nameki, T. Tadaki, A. Muto & H. Himeno: J. Mol. Biol., 289, 1 (1999)..タグペプチドのC末端のALAA配列はタンパク質分解酵素(細胞質ではClpXP, ClpAP, Lon,細胞膜ではFtsH,ペリプラズムではTsp)の基質となる(8)8) H. Himeno, D. Kurita & A. Muto: Front. Genet., 5, 66 (2014)..正常に機能する可能性が低いトランストランスレーション産物が細胞内において優先的に分解を受けることは極めて合理的である.細胞にとってトランストランスレーションは「切断されることにより終止コドンを失ったmRNAの3′末端でストップしている翻訳を再開させることでリボソームのリサイクルを可能にし,同時に合成途中のタンパク質に分解の目印を与える」という意味をもつ.

トランストランスレーションは翻訳の伸長にかかわる因子(EF-Tu, EF-G, tRNA)とtmRNAに加えて特異的タンパク質SmpBを必要とする(9)9) A. W. Karzai, M. M. Susskind & R. T. Sauer: EMBO J., 18, 3793 (1999)..SmpBはtmRNAのアミノアシル化を促進する(10)10) K. Hanawa-Suetsugu, M. Takagi, H. Inokuchi, H. Himeno & A. Muto: Nucleic Acids Res., 30, 1620 (2002).ほか,リボソーム中のトランストランスレーション反応にとって極めて重要な働きをする.SmpBのN末端側球状ドメインはtRNAのL字型の立体構造の下半分に似ており,tmRNAのtRNAドメイン(tRNAのL字型の立体構造の上半分に相当する部分)に合体することによりtRNAのL字型構造全体と極めてよく似た立体構造をもつtmRNA・SmpB複合体が形成される(11)11) Y. Bessho, R. Shibata, S. Sekine, K. Murayama, K. Higashijima, C. Hori-Takemoto, M. Shirouzu, S. Kuramitsu & S. Yokoyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 8293 (2007).図2B図2■tmRNAとトランストランスレーション).tmRNA・SmpBによるtRNAの分子擬態は単に構造の擬態にとどまらず,その機能をも擬態する.tRNAは「リボソームへの結合→Aサイトへの移動→Pサイトへの移動→Eサイトへの移動」という複数のステップ経てリボソーム中をうねり歩いていくのであるが,tmRNA・SmpBはこうしたtRNAの動きをことごとく真似る(12~14)12) C. Neubauer, R. Gillet, A. C. Kelly & V. Ramakrishnan: Science, 335, 1366 (2012).13) F. Weis, P. Bron, E. Giudice, J. P. Rolland, D. Thomas, B. Felden & R. Gillet: EMBO J., 29, 3810 (2010).14) D. J. Ramrath, H. Yamamoto, K. Rother, D. Wittek, M. Pech, T. Mielke, J. Loerke, P. Scheerer, P. Ivanov, Y. Teraoka et al.: Nature, 485, 526 (2012).図3図3■3種類の代表的なリボソームレスキュー機構の反応プロセス).複雑な動態をこれほどまでに忠実に擬態する分子はほかに類を見ない.この過程のなかで,SmpBはmRNAから切り替わった直後に必要となるtmRNA上の再開コドンの決定にもかかわる(15)15) T. Konno, D. Kurita, K. Takada, A. Muto & H. Himeno: RNA, 13, 1723 (2007).

図3■3種類の代表的なリボソームレスキュー機構の反応プロセス

なお,SmpBのC末端側の約30残基に相当するテイル部分は,水溶液中では特定の構造をとっていない.後述するように,このC末端テイルはリボソーム中のトランストランスレーション反応にとって極めて重要な働きをする.

2. ArfA

ArfAはtmRNA遺伝子に加えてもう一つの遺伝子を欠損させることにより合成致死になる遺伝子を探索する過程で明らかにされたリボソームレスキュータンパク質である(16)16) Y. Chadani, K. Ono, S. Ozawa, Y. Takahashi, K. Takai, H. Nanamiya, Y. Tozawa, K. Kutsukake & T. Abo: Mol. Microbiol., 78, 796 (2010)..翻訳停滞の解消はArfA単独では行うことができず,ペプチド解離因子RF2の助けを必要とする(17)17) Y. Chadani, K. Ito, K. Kutsukake & T. Abo: Mol. Microbiol., 86, 37 (2012)..細菌のペプチド解離因子RF1およびRF2はAサイトにおいてそれぞれ終止コドンUAA/UAGおよびUAA/UGAを認識し,PサイトにあるペプチジルtRNAを加水分解することによりできあがったペプチドを放出する.このようにRF2は,通常終止コドン特異的なペプチド解離因子であるが,ArfA存在下では終止コドン非特異的(かつ翻訳停滞リボソーム特異的)なペプチド解離因子となる.トランストランスレーションの場合とは異なり,放出されたペプチドに分解の目印は付かない.なおRF1は,RF2とコドン認識部位以外の構造が極めてよく似ているにもかかわらず,ArfAに依存した終止コドン非特異的ペプチド解離活性はもたない.

3. YaeJ(ArfB)

YaeJ(別名ArfB)は分子遺伝学的な研究および構造生物学的研究という2つの異なった研究から独立に見つかったリボソームレスキュータンパク質である(18, 19)18) Y. Handa, N. Inaho & N. Nameki: Nucleic Acids Res., 39, 1739 (2011).19) Y. Chadani, K. Ono, K. Kutsukake & T. Abo: Mol. Microbiol., 80, 772 (2011)..ペプチド解離因子RF1あるいはRF2のホモログであり,ペプチジルtRNAの加水分解を触媒する部位をもっている一方,終止コドン認識ドメインが欠落している.したがって,終止コドン非特異的(かつ翻訳停滞リボソーム特異的)なペプチド解離因子として働く.大腸菌では,tmRNA遺伝子とArfA遺伝子を同時に欠損させることはできないが,YaeJ遺伝子を過剰発現することによりそれが可能になる(19)19) Y. Chadani, K. Ono, K. Kutsukake & T. Abo: Mol. Microbiol., 80, 772 (2011)..ArfAの場合と同じく(トランストランスレーションとは異なり),放出されたペプチドには分解の目印は付かない.

どのようにして翻訳が停滞したリボソームを探し当てるのか?

3種類のリボソームレスキュー機構すべてにおいて,切断されたmRNA(non-stop mRNA)の3′末端で停滞しているリボソームが標的となり,切断されていないmRNAの途中で停滞しているリボソームは標的とならないようである.各因子はどのようにしてこの違いを見分けているのであろうか?

最も研究が進んでいるのはトランストランスレーションである(20)20) H. Himeno, D. Kurita & A. Muto: Front. Microbiol., 5, 65 (2014)..通常の翻訳の伸長過程においてアミノアシル化しているtRNAにはEF-Tuが結合する.それに加えて,コドンに適合するアンチコドンをもっていれば,tRNA・EF-Tu・GTP複合体は空のAサイトに入る.同様に,tmRNAもアミノアシル化していればEF-Tuが結合する.一方,tmRNAはアンチコドンをもたず,かわりにアンチコドンに相当する場所はSmpBが占めている(図2B図2■tmRNAとトランストランスレーション).tmRNA・SmpBによるtRNAの分子擬態はアミノアシル化しているtmRNA・SmpBが空のAサイトに入るために重要となる.ただし,SmpBは特定のコドンを認識するわけではない.ということは,tmRNA・SmpBはどのような状態のリボソームのAサイトであっても入ってしまうのであろうか? ここで重要になるのはSmpBのC末端テイルである.SmpBのC末端テイルは溶液中では特定の構造をとらないが,リボソーム中ではαへリックス構造をとってmRNAチャネル(mRNAの通り道)に沿うようにAサイトの下流側に横たわる(21)21) D. Kurita, R. Sasaki, A. Muto & H. Himeno: Nucleic Acids Res., 35, 7248 (2007)..通常,mRNAチャネルはすでにmRNAに占領されているのでSmpBのC末端テイルは入り込めない.もし,mRNAが切断されて3′側を欠いていたら,SmpBのC末端テイルは競合せずにmRNAチャネルに入り込むことができる(図3図3■3種類の代表的なリボソームレスキュー機構の反応プロセス).すなわち,tmRNA・SmpB・EF-Tu・GTPがAサイトに入るためにはmRNAが切断されていることが条件となる(22)22) D. Kurita, A. Muto & H. Himeno: RNA, 16, 980 (2010)..なお,SmpBのC末端テイルがmRNAチャネルに入り込むのは,GTPの加水分解後である.最近になって筆者らは,mRNAが切断されていないリボソームにもtmRNA・SmpB・EF-Tu・GTPはいったん結合するものの,正しくAサイトに入らずにGTPの加水分解とともに解離することを明らかにした(23)23) D. Kurita, M. Miller, A. Muto, A. Buskirk & H. Himeno: RNA, 20, 1706 (2014)..一見GTPの浪費とも思える工程であるが,mRNAチャネル中にmRNAが存在するか否かを判定するためには必要なことなのかもしれない.tRNA・EF-Tu・GTPが正しいコドンを識別するために行う2段階選抜機構(2段階目はGTPの消費を伴う校正機構)と照らし合わせて考えると興味深い.

切断されたmRNAの3′末端で停滞しているリボソームを標的とするというのは,ArfAやYaeJ(ArfB)も同じである.ArfAの構造は明らかにされていないが,C末端領域がmRNA不在のmRNAチャネルを認識していることが明らかにされた(24)24) D. Kurita, Y. Chadani, A. Muto, T. Abo & H. Himeno: Nucleic Acids Res., 42, 13339 (2014)..ArfAは,まず単独で翻訳停滞中のリボソームに結合するが,そこにRF2が加わりArfAのC末端領域が構造変化することでmRNAチャネル中のmRNAの有無を判定できるようになる.そして,mRNAが存在しないときにのみペプチド解離活性が発揮される(図3図3■3種類の代表的なリボソームレスキュー機構の反応プロセス).

YaeJ(ArfB)はRF1あるいはRF2のホモログであるが,RF1やRF2にはないC末端テイルが存在する.このC末端テイルは,SmpBのC末端テイルと同じようにリボソーム中でαへリックス構造をとってmRNAチャネルに横たわる(25)25) M. G. Gagnon, S. V. Seetharaman, D. Bulkley & T. A. Steitz: Science, 335, 1370 (2012).

まとめると,3種類のリボソームレスキュー機構のすべてにおいて,かかわる因子(トランストランスレーションではSmpB)のC末端がmRNAチャネルにmRNAが存在するか否かを判別する.この過程においてGTP加水分解を伴うのはtmRNA・SmpBだけである.

それでは,リボソームレスキュー機構が作用するために必要となるmRNAの切断はどのようにして起こるのであろうか? 「翻訳開始前からmRNAが切断されている」というのが最も起こりうるケースと考えられるが,翻訳が停滞した後に切断が起こるケースも報告されている.たとえば,RelEは翻訳が停滞したリボソームのAサイトに入り,mRNAのコドンに相当する部分を切断する(Aサイト特異的RNA分解酵素)(26)26) K. Pedersen, A. V. Zavialov, M. Y. Pavlov, J. Elf, K. Gerdes & M. Ehrenberg: Cell, 112, 131 (2003).

なお,トランストランスレーションは翻訳停滞を解消すると同時に翻訳停滞の原因となるnon-stop mRNAの分解を促進するが,それによりこの無益な反応の繰り返しは軽減されることになる(27)27) Y. Yamamoto, T. Sunohara, K. Jojima, T. Inada & H. Aiba: RNA, 9, 408 (2003).

どのような遺伝子が標的になり,どのような状況でリボソームレスキューが行われるのか?

tmRNAを欠損させることにより,さまざまな表現型や細胞機能の異常が生じる(28)28) H. Himeno, N. Nameki, D. Kurita, A. Muto & T. Abo: Biochimie, 114, 102 (2015).表1表1■tmRNA欠損による生じる表現型).多くの場合,トランストランスレーションによって生じた不要タンパク質を分解することよりも翻訳停滞を解消することのほうが細胞機能にとって重要となる.トランストランスレーションは,基本的に緊急事態回避システムという位置づけが妥当と思われるが,それを遺伝子発現制御に利用している例も報告されている(29~31)29) T. Abe, K. Sakaki, A. Fujihara, H. Ujiie, C. Ushida, H. Himeno, T. Sato & A. Muto: Mol. Microbiol., 69, 1491 (2008).31) K. C. Keiler & L. Shapiro: J. Bacteriol., 185, 573 (2003).

表1■tmRNA欠損による生じる表現型
tmRNA欠損による表現型細菌名
致死Neisseria gonorrhoeae, Helicobacter pyloriほか
ストレス感受性の上昇Escherichia coli, Bacillus subtilisほか
抗生物質感受性の上昇Yersinia pseudotuberculosis
感染性の低下Salmonella enterica
窒素固定菌感染時における分化異常Bradyrhizobium japonicum
胞子形成の異常Bacillus subtilis
運動能力の減少Escherichia coli
細胞周期(DNA合成のタイミング)の異常Caulobacter crescentus
リプレッサー活性の上昇Escherichia coli, Bacillus subtilis
ファージの誘導阻害Escherichia coli

分解を受けにくくなるようにタグペプチド配列を改変すると,トランストランスレーション産物は細胞内で蓄積するようになるが,それを利用してトランストランスレーションの標的遺伝子の解析が行われている(32)32) A. Fujihara, H. Tomatsu, S. Inagaki, T. Tadaki, C. Ushida, H. Himeno & A. Muto: Genes Cells, 7, 343 (2002)..それによると,ゲノム中にはトランストランスレーションが起こりやすいホットスポットがあることがわかる.標的遺伝子は生物種ごとにかなり異なっており,共通するものは多くない.

多くの生物においてストレス時にトランストランスレーションの必要性が増すという報告がなされている.たとえば,枯草菌では高温などのストレスによりtmRNAの存在量は増加し(33)33) A. Muto, A. Fujihara, K. Ito, J. Matsuno, C. Ushida & H. Himeno: Genes Cells, 5, 627 (2000).,トランストランスレーションが頻繁に起こるようになる(32)32) A. Fujihara, H. Tomatsu, S. Inagaki, T. Tadaki, C. Ushida, H. Himeno & A. Muto: Genes Cells, 7, 343 (2002).

アミノ酸が欠乏するとアミノアシルtRNAが欠乏するため翻訳の停滞が起こりやすくなる.一方,Aサイト特異的RNA分解酵素RelEは,通常パートナー分子であるRelBによってその活性はマスクされているが,アミノ酸飢餓ストレス時にはシグナル伝達物質ppGppの上昇によりタンパク質分解酵素LonがRelBを分解することにより活性化される(26)26) K. Pedersen, A. V. Zavialov, M. Y. Pavlov, J. Elf, K. Gerdes & M. Ehrenberg: Cell, 112, 131 (2003)..つまり,アミノ酸が欠乏すると切断されたmRNAを抱えた翻訳停滞リボソームが増加することになり,結果としてトランストランスレーションが頻繁に起こるようになる.

一つの細菌の細胞には最大3種類のリボソームレスキュー機構が存在する可能性があるが,これらはどのように役割を分担しているのであろうか? トランストランスレーション以外のリボソームレスキュー機構の標的遺伝子に関してはまだ報告がない.トランストランスレーションの場合とは異なり,タグ(目印)がないため産物からの解析は難しい.

ArfAは自身のmRNAが終止コドンの手前で切断を受けるように設計されているため,通常その発現は「翻訳停滞→トランストランスレーション→分解」という流れにより抑えられている.何らかの原因でトランストランスレーションの機能が低下すると,それ以外のリボソームレスキュー機構(ArfA自身によるものも含まれる)によりC末端を欠いたArfA翻訳産物が放出され,この翻訳産物はタグペプチドが付加されていないために分解を受けずに蓄積する(34, 35)34) F. Garza-Sánchez, R. E. Schaub, B. D. Janssen & C. S. Hayes: Mol. Microbiol., 80, 1204 (2011).35) Y. Chadani, E. Matsumoto, H. Aso, T. Wada, K. Kutsukake, S. Sutou & T. Abo: Genes Genet. Syst., 86, 151 (2011)..なお,C末端を欠いたこの翻訳産物が活性型ArfAとして機能をもつように設計されている.すなわち,ArfAによるリボソームレスキュー機構はトランストランスレーションのバックアップと位置づけられる.

一方,YaeJの役割についてはよくわかっておらず,その解明はこれからの課題である.

そのほかの翻訳停滞解消機構

mRNAあるいは合成されるポリペプチドに特定の配列があると翻訳停滞が起こりやすいことが知られている.こうしたアレスト配列を遺伝子中に内在させることにより引き起こされる翻訳停滞を遺伝子発現調節の戦略として用いる場合もある(36)36) 伊藤維昭:生化学,87, 666 (2015)

3種類の代表的リボソームレスキュー機構はいずれもmRNAの切断がかかわる翻訳停滞を解消することを想定しているが,翻訳停滞にはmRNAの切断を伴わないものも数多く存在する(図1図1■細菌における翻訳停滞と解消機構表2表2■翻訳停滞の解消にかかわる因子).

表2■翻訳停滞の解消にかかわる因子
因子名(別名)補助因子関連する機構名分布翻訳の継続性備考
細菌真核生物
tmRNA (SsrA)EF-Tuトランストランスレーションほぼすべて一部の葉緑体,一部の原生生物のミトコンドリアmRNA切換え,タグペプチドの付加tRNA+mRNA
SmpBtRNAの下半分を擬態
ArfA (yhdL)RF2β, γプロテオバクテリア存在せず途中終了
YaeJ (ArfB, ICT1)α, β, γ, δプロテオバクテリアミトコンドリア途中終了RF1ホモログ
EF4 (LepA)バックトランスロケーション広く保存葉緑体,ミトコンドリア継続EF-Gホモログ,GTPase
EF-P (eIF5A)広く保存広く保存継続tRNAを擬態,Proの連続を標的
Pthドロップオフ広く保存広く保存途中終了
Dom34 (Pelota)Non-stop decay (NSD), No-go decay (NGD)存在せず広く保存途中終了(NSD),継続(NGD)eRF1ホモログ
Hbs1 (Ski7p)eRF3ホモログ,GTPase

翻訳の途中でペプチジルtRNAがリボソームのPサイトから外れることがある.合成されたペプチドが十分長い場合には,すでにペプチドトンネルの出口付近で部分的なフォールディングが行われてしまっているため,一時的に外れたペプチジルtRNAはリボソームから完全には解離することができずにPサイトに戻る.ただし,翻訳開始直後であればペプチジルtRNAはリボソームから放出される(ドロップオフする)ことがあり,これも翻訳停滞を解消する手段の一つとなりうる(37)37) N. S. Singh & U. Varshney: Nucleic Acids Res., 32, 6028 (2004)..ドロップオフしたペプチジルtRNAは,PTH(peptidyl-tRNA hydrolase)によりペプチドとtRNAに加水分解される.

Proのコドンを解読する際のペプチド転移反応は効率が悪い.おそらく,アミノ基がないというProの特殊な化学構造に起因すると考えられる.実際,Proのコドンはトランストランスレーションを起こしやすいコドンとなっている(38)38) C. S. Hayes, B. Bose & R. T. Sauer: J. Biol. Chem., 277, 33825 (2002)..なかでもProが連続する配列は特に翻訳停滞を起こしやすいが,この停滞はEF-Pによって解消される(39)39) S. Ude, J. Lassak, A. L. Starosta, T. Kraxenberger, D. N. Wilson & K. Jung: Science, 339, 82 (2013)..EF-PはtRNAのL字型構造にそっくりな構造をもつ.EF-Pが働くとペプチジルtRNAは加水分解されず,翻訳は継続される.

トランスロケーションが途中でうまくいかずに止まってしまうことがある.この場合,EF-4(別名LepA)がバックトランスロケーションを起こすことにより翻訳停滞は解消され,トランスロケーションのやり直しが可能になる(40)40) M. Pech, Z. Karim, H. Yamamoto, M. Kitakawa, Y. Qin & K. H. Nierhaus: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 3199 (2011)..EF-4はEF-Gのホモログであり,この反応はトランスロケーションのときと同じくGTPの加水分解を伴う.

おわりに

tmRNAとSmpBがほぼすべての細菌に存在するのに対して,ArfAはβおよびγプロテオバクテリア,YaeJは,α, β, γおよびδプロテオバクテリアという限られた細菌にしか存在しない.この分布からもトランストランスレーションが最も基本的なリボソームレスキュー機構であることが支持される.不要な不完全タンパク質を蓄積させないという点において,トランストランスレーションはほかのリボソームレスキュー機構よりも優れているように思える.

tmRNAやSmpBは,ごく一部の葉緑体や原生生物のミトコンドリアを除いて真核生物には基本的に存在しない(41)41) C. M. Hudson, B. Y. Lau & K. P. Williams: Front. Microbiol., 5, 421 (2014)..真核生物の細胞質ではDom34とHbs1からなるタンパク質複合体がリボソームレスキューを担当する(42)42) C. J. Shoemaker, D. E. Eyler & R. Green: Science, 330, 369 (2010)..この複合体は,eRF1・eRF3複合体と似た構造をしている.そして,Hbs1のN末端領域はmRNAチャネルに位置する.なお,YaeJのホモログであるICT1は真核生物のミトコンドリアに広く存在し,リボソームレスキューに携わる(43)43) R. Richter, J. Rorbach, A. Pajak, P. M. Smit, H. J. Wessels, M. A. Huynen, J. A. Smeitink, R. N. Lightowlers & Z. M. Chrzanowska-Lightowlers: EMBO J., 29, 116 (2010).

tmRNAを欠失させるとチフス菌やピロリ菌などの病原菌の感染性が低下する(表1表1■tmRNA欠損による生じる表現型).トランストランスレーションは細菌に特異的なシステムであることから,それを標的とする新しい抗生物質の開発が期待されている(44)44) N. S. Ramadoss, J. N. Alumasa, L. Cheng, Y. Wang, S. Li, B. S. Chambers, H. Chang, A. K. Chatterjee, A. Brinker, I. H. Engels et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 10282 (2013).

Reference

1) C. Ushida, H. Himeno, T. Watanabe & A. Muto: Nucleic Acids Res., 22, 3392 (1994).

2) Y. Komine, M. Kitabatake, T. Yokogawa, K. Nishikawa & H. Inokuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 9223 (1994).

3) K. Hanawa-Suetsugu, V. Bordeau, H. Himeno, A. Muto & B. Felden: Nucleic Acids Res., 29, 4663 (2001).

4) N. Nameki, B. Felden, J. F. Atkins, R. F. Gesteland, H. Himeno & A. Muto: J. Mol. Biol., 286, 733 (1999).

5) K. C. Keiler, P. R. Waller & R. T. Sauer: Science, 271, 990 (1996).

6) H. Himeno, M. Sato, T. Tadaki, M. Fukushima, C. Ushida & A. Muto: J. Mol. Biol., 268, 803 (1997).

7) N. Nameki, T. Tadaki, A. Muto & H. Himeno: J. Mol. Biol., 289, 1 (1999).

8) H. Himeno, D. Kurita & A. Muto: Front. Genet., 5, 66 (2014).

9) A. W. Karzai, M. M. Susskind & R. T. Sauer: EMBO J., 18, 3793 (1999).

10) K. Hanawa-Suetsugu, M. Takagi, H. Inokuchi, H. Himeno & A. Muto: Nucleic Acids Res., 30, 1620 (2002).

11) Y. Bessho, R. Shibata, S. Sekine, K. Murayama, K. Higashijima, C. Hori-Takemoto, M. Shirouzu, S. Kuramitsu & S. Yokoyama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 8293 (2007).

12) C. Neubauer, R. Gillet, A. C. Kelly & V. Ramakrishnan: Science, 335, 1366 (2012).

13) F. Weis, P. Bron, E. Giudice, J. P. Rolland, D. Thomas, B. Felden & R. Gillet: EMBO J., 29, 3810 (2010).

14) D. J. Ramrath, H. Yamamoto, K. Rother, D. Wittek, M. Pech, T. Mielke, J. Loerke, P. Scheerer, P. Ivanov, Y. Teraoka et al.: Nature, 485, 526 (2012).

15) T. Konno, D. Kurita, K. Takada, A. Muto & H. Himeno: RNA, 13, 1723 (2007).

16) Y. Chadani, K. Ono, S. Ozawa, Y. Takahashi, K. Takai, H. Nanamiya, Y. Tozawa, K. Kutsukake & T. Abo: Mol. Microbiol., 78, 796 (2010).

17) Y. Chadani, K. Ito, K. Kutsukake & T. Abo: Mol. Microbiol., 86, 37 (2012).

18) Y. Handa, N. Inaho & N. Nameki: Nucleic Acids Res., 39, 1739 (2011).

19) Y. Chadani, K. Ono, K. Kutsukake & T. Abo: Mol. Microbiol., 80, 772 (2011).

20) H. Himeno, D. Kurita & A. Muto: Front. Microbiol., 5, 65 (2014).

21) D. Kurita, R. Sasaki, A. Muto & H. Himeno: Nucleic Acids Res., 35, 7248 (2007).

22) D. Kurita, A. Muto & H. Himeno: RNA, 16, 980 (2010).

23) D. Kurita, M. Miller, A. Muto, A. Buskirk & H. Himeno: RNA, 20, 1706 (2014).

24) D. Kurita, Y. Chadani, A. Muto, T. Abo & H. Himeno: Nucleic Acids Res., 42, 13339 (2014).

25) M. G. Gagnon, S. V. Seetharaman, D. Bulkley & T. A. Steitz: Science, 335, 1370 (2012).

26) K. Pedersen, A. V. Zavialov, M. Y. Pavlov, J. Elf, K. Gerdes & M. Ehrenberg: Cell, 112, 131 (2003).

27) Y. Yamamoto, T. Sunohara, K. Jojima, T. Inada & H. Aiba: RNA, 9, 408 (2003).

28) H. Himeno, N. Nameki, D. Kurita, A. Muto & T. Abo: Biochimie, 114, 102 (2015).

29) T. Abe, K. Sakaki, A. Fujihara, H. Ujiie, C. Ushida, H. Himeno, T. Sato & A. Muto: Mol. Microbiol., 69, 1491 (2008).

30) H. Ujiie, T. Matsutani, H. Tomatsu, A. Fujihara, C. Ushida, Y. Miwa, Y. Fujita, H. Himeno & A. Muto: J. Biochem., 145, 59 (2009).

31) K. C. Keiler & L. Shapiro: J. Bacteriol., 185, 573 (2003).

32) A. Fujihara, H. Tomatsu, S. Inagaki, T. Tadaki, C. Ushida, H. Himeno & A. Muto: Genes Cells, 7, 343 (2002).

33) A. Muto, A. Fujihara, K. Ito, J. Matsuno, C. Ushida & H. Himeno: Genes Cells, 5, 627 (2000).

34) F. Garza-Sánchez, R. E. Schaub, B. D. Janssen & C. S. Hayes: Mol. Microbiol., 80, 1204 (2011).

35) Y. Chadani, E. Matsumoto, H. Aso, T. Wada, K. Kutsukake, S. Sutou & T. Abo: Genes Genet. Syst., 86, 151 (2011).

36) 伊藤維昭:生化学,87, 666 (2015)

37) N. S. Singh & U. Varshney: Nucleic Acids Res., 32, 6028 (2004).

38) C. S. Hayes, B. Bose & R. T. Sauer: J. Biol. Chem., 277, 33825 (2002).

39) S. Ude, J. Lassak, A. L. Starosta, T. Kraxenberger, D. N. Wilson & K. Jung: Science, 339, 82 (2013).

40) M. Pech, Z. Karim, H. Yamamoto, M. Kitakawa, Y. Qin & K. H. Nierhaus: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 3199 (2011).

41) C. M. Hudson, B. Y. Lau & K. P. Williams: Front. Microbiol., 5, 421 (2014).

42) C. J. Shoemaker, D. E. Eyler & R. Green: Science, 330, 369 (2010).

43) R. Richter, J. Rorbach, A. Pajak, P. M. Smit, H. J. Wessels, M. A. Huynen, J. A. Smeitink, R. N. Lightowlers & Z. M. Chrzanowska-Lightowlers: EMBO J., 29, 116 (2010).

44) N. S. Ramadoss, J. N. Alumasa, L. Cheng, Y. Wang, S. Li, B. S. Chambers, H. Chang, A. K. Chatterjee, A. Brinker, I. H. Engels et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 10282 (2013).