解説

ヘテロ多糖の輸送にかかわる細菌由来超分子の構造基盤

Structural Basis of Bacterial Supramolecules for Import of Heteropolysaccharide

Wataru Hashimoto

橋本

京都大学大学院農学研究科

Yukie Maruyama

丸山 如江

京都大学大学院農学研究科

現 摂南大学理工学部

Takafumi Itoh

伊藤 貴文

京都大学大学院農学研究科

現 福井県立大学生物資源学部

Ryuichi Takase

髙瀬 隆一

京都大学大学院農学研究科

現 Department of Biochemistry and Molecular Biology, Thomas Jefferson University

Kousaku Murata

村田 幸作

京都大学大学院農学研究科

現 摂南大学理工学部

Published: 2016-11-20

近年,循環型社会の構築のため,海洋バイオマスの利活用が重要な課題の一つとなっている.特に,褐藻類の主要な成分であるヘテロ多糖アルギン酸は有望なバイオマスとして期待されている.そのため,アルギン酸資化性細菌を中心に,その分解酵素の研究が盛んに行われているが,細胞内取り込み系はよくわかっていない.菌体外に分解酵素を分泌する多くのアルギン酸資化性細菌とは異なり,Sphingomonas属細菌A1株はアルギン酸を「超分子」を介して高分子のまま取り込み資化する.最近,「超分子」の主要な構成要素であるABCトランスポーターの立体構造が決定され,その構造的特徴から高分子の輸送を可能にする仕組みがわかってきた.本稿では,多糖アルギン酸の取り込みに機能する結合タンパク質と輸送体およびアルギン酸代謝酵素を中心に,それらの構造基盤について紹介する.

はじめに

アルギン酸は,互いにエピマー体の関係にあるβ-D-マンヌロン酸(M)とα-L-グルロン酸(G)から構成されるヘテロ酸性多糖であり,褐藻類の細胞間隙やある種の細菌の莢膜に存在する(1)1) P. Gacesa: Carbohydr. Polym., 8, 161 (1988)..アルギン酸の分子内にM/G組成の異なるブロック構造が含まれるが,これはポリMとして合成されるアルギン酸が異性化酵素の作用を受けて,一部のMがGに変換されるためである.粘性,キレート性や難消化性などの特異な物理化学的または生理学的特性から,褐藻類由来のアルギン酸は食品添加物,食物繊維やゲル形成ポリマーとして広く産業界に利用されている.最近,食料利用の低い一部の褐藻類を海洋バイオマスとして利活用することが試みられている(2)2) E. Stokstad: Science, 335, 273 (2012)..一方,病原性の緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)が生産するアルギン酸は,バイオフィルムとして機能し,その感染症の治癒を困難にしている(3)3) T. B. May & A. M. Chakrabarty: Trends Microbiol., 2, 151 (1994)..そのような背景の下,多くのアルギン酸分解微生物が自然界から分離され,その菌学的性質や分解酵素の構造と機能が解析されている(4)4) H. Ertesvåg: Front. Microbiol., 6, 523 (2015)..しかし,アルギン酸の輸送にかかわる分子機構に関する知見は乏しい.

ATP結合カセット(ABC)トランスポーターは,最大のタンパク質ファミリーの一つであり,あらゆる生物に存在する.ATPの加水分解エネルギーを駆動力として物質を輸送するABCトランスポーターは,膜内に取り込むインポーターと膜外に分泌するイクスポーターに大別される.がん細胞の多剤排出にかかわる輸送体は,ABCイクスポーターの典型である(5)5) K. Ueda, C. Cardarelli, M. M. Gottesman & I. Pastan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 3004 (1987)..一方,細胞質に物質を取り込むABCインポーターは細菌を中心に見いだされており,その機能解析が進んでいる(6)6) K. P. Locher: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 364, 239 (2009)..アルギン酸と同様の酸性多糖であるペクチンを分解する細菌に,ペクチンオリゴ糖を取り込むABCトランスポーター(TogMNABなど)が同定されている(7)7) N. Hugouvieux-Cotte-Pattat, N. Blot & S. Reverchon: Mol. Microbiol., 41, 1113 (2001)..アルギン酸の輸送に関しても,ナトリウムイオン共役輸送体(ToaA)(8)8) A. J. Wargacki, E. Leonard, M. N. Win, D. D. Regitsky, C. N. Santos, P. B. Kim, S. R. Cooper, R. M. Raisner, A. Herman, A. B. Sivitz et al.: Science, 335, 308 (2012).と本稿の対象であるABCトランスポーター(AlgM1M2SS)(9)9) Y. Maruyama, T. Itoh, A. Kaneko, Y. Nishitani, B. Mikami, W. Hashimoto & K. Murata: Structure, 23, 1643 (2015).の実体が明らかにされている.膜タンパク質であるが故に構造解析が遅れていたが,マルトース,モリブデン,ヘム,メチオニンやビタミンB12などの低分子物質を基質とする細菌ABCインポーターや多剤耐性にかかわるABCイクスポーターの立体構造が決定されている(6)6) K. P. Locher: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 364, 239 (2009)..これまで,高分子物質を取り込むABCトランスポーターの構造は不明であったが,今回AlgM1M2SSの構造解析により,高分子基質に対応する特徴的な構造要因がわかってきた.ここでは,主にアルギン酸の輸送にかかわる分子機構を概説し,その構造特性と機能との相関について述べる.

アルギン酸取り込み細菌

グラム陰性のSphingomonas属細菌A1株は,細胞表層に形成する大きな孔「体腔」にアルギン酸を濃縮し,アルギン酸を高分子のまま細胞内に輸送した後,細胞質で分解する.A1株における高分子多糖の輸送と分解・代謝にかかわる分子機構「超分子」には,以下の主要なタンパク質が機能する(10)10) W. Hashimoto, S. Kawai & K. Murata: Bioeng. Bugs, 1, 97 (2010).図1図1■A1株細胞におけるアルギン酸の輸送と分解・代謝機構の全体像(本文参照)).細胞表層アルギン酸結合タンパク質(Algp7:アルギン酸を細胞表層に濃縮する),ペリプラズム局在性アルギン酸結合タンパク質(AlgQ1またはAlgQ2:アルギン酸を細胞表層からABCトランスポーターに運搬する),細胞質膜貫通型ABCトランスポーター(四量体AlgM1-AlgM2/AlgS-AlgS(本稿ではAlgM1M2SSと略記する): アルギン酸を細胞質に輸送する),細胞質局在性アルギン酸リアーゼ(A1-I, A1-II, A1-III, およびA1-IV:アルギン酸を単糖にまで分解する),および細胞質局在性代謝酵素(A1-RとA1-R′:単糖(不飽和ウロン酸)を還元する).これらの分子のうち,最近立体構造が決定された細胞表層アルギン酸結合タンパク質,ABCトランスポーター,および代謝酵素を中心に以下に述べる.そのほかの分子については,ほかの総説を参照されたい(10, 11)10) W. Hashimoto, S. Kawai & K. Murata: Bioeng. Bugs, 1, 97 (2010).11) K. Murata, S. Kawai, B. Mikami & W. Hashimoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 265 (2008).

アルギン酸は種々の金属(イオン)をキレートし,たとえばカルシウムイオン存在下では不溶性のゲルを形成する.A1株細胞は可溶性のアルギン酸のみならず,不溶性のアルギン酸カルシウムゲルも分解する.走査型電子顕微鏡などの各種顕微鏡を用いて,A1株細胞の表層構造を解析した(投稿論文準備中).アルギン酸カルシウムゲルに接着した細胞には,表層構造が窪んだ「体腔」の形成が認められる(図2A図2■A1株細胞の走査型電子顕微鏡像).また,褐藻類であるワカメの藻体表面にA1株細胞が付着することも観察される(図2B図2■A1株細胞の走査型電子顕微鏡像).さらに,原子間力顕微鏡で解析したところ,生細胞においても「体腔」が形成されることを確認し,その窪みの深さが76~147 nm程度であることがわかった.また,「体腔」形成部位は,その周囲と比較すると高電位があることから,この高電位が負電荷を帯びたアルギン酸の濃縮に寄与していると考えられる.

図1■A1株細胞におけるアルギン酸の輸送と分解・代謝機構の全体像(本文参照)

M, マンヌロン酸;G, グルロン酸;m, 不飽和マンヌロン酸;g, 不飽和グルロン酸;Algp7, 細胞表層局在性アルギン酸結合タンパク質;AlgQ1とAlgQ2, ペリプラズム局在性アルギン酸結合タンパク質;AlgM1-AlgM2/AlgS-AlgS, アルギン酸取り込みABCトランスポーター;A1-I, -II, -III, -IV, アルギン酸リアーゼ;A1-RとA1-R′, 補酵素依存性還元酵素;aly,エンド型アルギン酸リアーゼ(A1-I, -II, -III)遺伝子;algO,転写制御遺伝子;algS, algM1, algM2,アルギン酸ABCトランスポーター遺伝子;algQ1, algQ2,アルギン酸結合タンパク質遺伝子;a1-IV,エキソ型アルギン酸リアーゼ遺伝子.

図2■A1株細胞の走査型電子顕微鏡像

(A)アルギン酸カルシウムゲルにおけるA1株細胞の体腔(矢印)の形成.(B)ワカメ藻体表面に接着するA1株細胞.

「体腔」も含めて,「超分子」の主要なタンパク質の多くは,アルギン酸存在下で誘導発現する.特に,AlgM1, AlgM2, AlgS, AlgQ1, AlgQ2, A1-I, A1-II, A1-III, およびA1-IVの発現は,LacIファミリーに分類される転写因子AlgOにより制御されている(12)12) C. Hayashi, R. Takase, K. Momma, Y. Maruyama, K. Murata & W. Hashimoto: J. Bacteriol., 196, 2691 (2014).図1図1■A1株細胞におけるアルギン酸の輸送と分解・代謝機構の全体像(本文参照)下).AlgO遺伝子破壊株はこれらのタンパク質を構成的に発現すること,AlgOが上記タンパク質遺伝子群のプロモーター付近に結合すること,ならびにアルギン酸オリゴ糖によりその結合が阻害されることから,アルギン酸非存在下ではAlgOが転写抑制に機能し,アルギン酸存在下ではAlgOがプロモーター付近から解離することにより「超分子」遺伝子の転写が誘導される.

「輸送系」の構造と機能

1. 細胞表層局在性アルギン酸結合タンパク質

細胞表層タンパク質Algp7は,アルギン酸との結合と解離性を示し,「体腔」におけるアルギン酸濃縮タンパク質として機能する(10)10) W. Hashimoto, S. Kawai & K. Murata: Bioeng. Bugs, 1, 97 (2010)..A1株のゲノムにおいて,Algp7(SPH726)遺伝子は,低pHにおける鉄(Fe2+)取り込みEfe系(EfeU, EfeO, EfeB)(13)13) J. Cao, M. R. Woodhall, J. Alvarez, M. L. Cartron & S. C. Andrews: Mol. Microbiol., 65, 857 (2007).とそれぞれ相同性を示すSPH729, SPH728, SPH727の遺伝子クラスターの下流に位置する.アルギン酸はFe2+をキレートすること,およびA1株が金属をキレートしたアルギン酸ゲルを分解することから,Algp7は細胞表層でアルギン酸のみならず鉄の取り込みにも関与することが示唆される.実際,Algp7は鉄結合タンパク質EfeOと高いidentity(61.8%)を示し,金属結合モチーフHxxEをもつ.

X線結晶構造解析により立体構造が決定されたAlgp7は,各々主要な4本のup-and-downのヘリックスからなる2つのバンドルから構成される(図3A図3■細胞表層アルギン酸結合タンパク質).Algp7のアルギン酸結合にかかわる構造要因を明らかにするため,Algp7とアルギン酸オリゴ糖とのドッキングシミュレーションを行い,アルギン酸結合部位を形成する候補残基を見いだした(14)14) K. Temtrirath, K. Murata & W. Hashimoto: Carbohydr. Res., 404, 39 (2015).図3B図3■細胞表層アルギン酸結合タンパク質).それらの残基に部位特異的変異を導入し,変異体のアルギン酸結合能を評価したところ,Lys68とLys69残基が形成する表面正電荷クラスターが酸性多糖アルギン酸との結合に重要であることがわかった.この結合部位に位置するTrpによるスタッキング相互作用も考えられる.一方,示差走査型蛍光定量法により,Algp7がFe2+,Fe3+,Zn2+,Cu2+と結合することが示唆された(投稿論文準備中).金属結合モチーフは酸性残基に取り囲まれていることから,Algp7はここでアルギン酸にキレートされた金属イオンと結合する可能性がある.以上のことから,Algp7が金属をキレートしたアルギン酸から金属とアルギン酸とを分離し,金属をEfe輸送系に,アルギン酸をABCトランスポーターに分配するトラフィックコントローラーとして機能することが考えられる.

図3■細胞表層アルギン酸結合タンパク質

(A)全体構造.(B)上,アルギン酸結合部位;下,分子表面電荷(赤,酸性;青,塩基性).点線楕円,正電荷クラスター.

2. 結合タンパク質依存ABCトランスポーター

「体腔」からペリプラズムに輸送されたアルギン酸は,ペリプラズムに局在する結合タンパク質(AlgQ1またはAlgQ2:構造と機能に大きな差異なし)を介して,ABCトランスポーター(AlgM1M2SS)に運搬される(9)9) Y. Maruyama, T. Itoh, A. Kaneko, Y. Nishitani, B. Mikami, W. Hashimoto & K. Murata: Structure, 23, 1643 (2015).

長鎖アルギン酸の末端数残基を認識するAlgQ1とM/G組成の異なる種々のアルギン酸オリゴ糖との複合体の構造解析から,AlgQ1は,サブサイト1では,Mのみと結合できる構造をとることがわかった.一般に,アルギン酸の末端糖はすべてMであることが知られているため,サブサイト1がMに特異性を示すと考えられる.サブサイト2におけるMとGの相互作用について,両者のカルボキシル基は,共通のTyr379と相互作用するのに対し,2位と3位の水酸基が形成する水素結合は掛け代わっている.同様に,サブサイト3でも,MとGの両方を結合する.このような基質認識の寛容性が,アルギン酸のようなヘテロ多糖の認識と結合を可能とする重要な構造要因であると考えられる.

アルギン酸の取り込みに機能するABCトランスポーターAlgM1M2SSは,4つのサブユニットから構成されるが,構成タンパク質であるAlgS, AlgM1, およびAlgM2の各遺伝子はA1株ゲノム上でオペロンを形成する(図1図1■A1株細胞におけるアルギン酸の輸送と分解・代謝機構の全体像(本文参照)下).このオペロン構造を利用し,AlgM2に10残基からなるHisタグを付加したABCトランスポーターを組換え大腸菌で発現させた結果,膜画分より各種界面活性剤で可溶化した状態で均一なAlgM1M2SSを調製することができた(9)9) Y. Maruyama, T. Itoh, A. Kaneko, Y. Nishitani, B. Mikami, W. Hashimoto & K. Murata: Structure, 23, 1643 (2015).

リポソームに再構成したAlgM1M2SSは,AlgQ2存在下でアルギン酸やそのオリゴ糖の添加によりATP加水分解活性の上昇を示した(9)9) Y. Maruyama, T. Itoh, A. Kaneko, Y. Nishitani, B. Mikami, W. Hashimoto & K. Murata: Structure, 23, 1643 (2015)..M/G比の異なるオリゴ糖でも同レベルのATP加水分解活性が検出されることは,AlgQ2の基質認識の寛容性によるものと考えられる.一方,アルギン酸の代わりにセロトリオースやキトトリオースを添加した場合,ATP加水分解活性の上昇は認められなかった.また,AlgQ2存在下でプロテオリポソームに蛍光標識(ピリジルアミノ化)したアルギン酸オリゴ糖を添加したところ,AlgM1M2SSの輸送活性とATP加水分解活性の上昇が確認された.ATP加水分解酵素の阻害剤であるバナジン酸は,アルギン酸オリゴ糖の輸送とATP加水分解をともに阻害した.これより,AlgM1M2SSは結合タンパク質AlgQ2の存在とATPの加水分解に依存して,アルギン酸を特異的に輸送することが明らかになった.

界面活性剤(n-decyl-β-D-maltoside)を用いて精製したABCトランスポーター改変体[AlgM1(d24)M2(H10)/SS(E160Q)](AlgM1: N末端24残基を欠失した変異体,AlgM2: C末端にHisを10残基付加した変異体,AlgS: Glu160とGlnに置換した変異体)は,AlgQ2とアルギン酸オリゴ糖の存在下で,分解能3.2 ÅのX線回折データを与える結晶に成長した.AlgQ2と大腸菌由来マルトーストランスポーター(15)15) M. L. Oldham & J. Chen: Science, 332, 1202 (2011).の部分構造をサーチモデルとした分子置換によりAlgQ2とABCトランスポーターとの複合体の初期モデルを構築し,セレノメチオニン置換体の構造データも用いて構造精密化を完了した(図4A図4■ABCトランスポーター).

AlgM1M2SS/AlgQ2複合体の全体構造における各サブユニットの構造的特徴は以下のとおりである(9)9) Y. Maruyama, T. Itoh, A. Kaneko, Y. Nishitani, B. Mikami, W. Hashimoto & K. Murata: Structure, 23, 1643 (2015)..膜貫通タンパク質であるAlgM1とAlgM2は互いに類似したトポロジーを示し,各々約6本のヘリックスが膜を貫通する.AlgM2の1本のヘリックスがペリプラズム領域に突出しており,結合タンパク質(AlgQ2)との相互作用に重要な領域である.細胞質側のヘリックスはATPaseドメイン(AlgS-AlgS)との相互作用に重要であり,AlgM1とAlgM2の各1本のヘリックスがAlgSのポケットに収まる形で,膜貫通タンパク質とATPaseが相互作用する.ATPase活性を示すABCタンパク質は,二分子のAlgSがC末端の制御ドメインで相互作用するような様式で会合した二量体構造をとる.AlgM1はAlgQ2のC末端ドメインと,AlgM2はAlgQ2のN末端ドメインと接触している.AlgQ2とAlgM1との界面に長いトンネル構造が認められ,その先端にはAlgQ2に結合した基質アルギン酸オリゴ糖が確認できる(図4B図4■ABCトランスポーター).つまり,長鎖多糖であるアルギン酸は,このトンネル構造を介して輸送されることが示唆される.

図4■ABCトランスポーター

(A) AlgM1M2SSとAlgQ2との複合体の全体構造.(B) AlgM1M2とAlgQ2との相互作用様式(点線黒丸,アルギン酸オリゴ糖).(C) AlgM1M2とAlgQ2との接触面に形成されるアルギン酸結合トンネル(網目モデル).

AlgM1-AlgM2は,ペリプラズムでアルギン酸オリゴ糖を捕捉したAlgQ2と閉じた構造で接触しているのに対し,細胞質側のAlgS-AlgSとの結合面では開いた形状を示すため,ABCトランスポーターは全体構造としてInward-facing構造をとっている.その分子内部において,AlgQ2が長鎖アルギン酸と結合する空間を含む大きなスペースが存在する.今回構造決定したABCトランスポーターは,全体構造としてはマルトーストランスポーター(15)15) M. L. Oldham & J. Chen: Science, 332, 1202 (2011).と類似しているが,局所的に異なる点が見いだされる.特に,アルギン酸トランスポーターで認められる基質結合トンネルはマルトーストランスポーターに存在しない.これは,アルギン酸トランスポーターが長鎖アルギン酸を基質とすることが要因であると考えられる(図4C図4■ABCトランスポーター).

「代謝系」の構造と機能

A1株は,細胞質に輸送されたアルギン酸を,エンド型(A1-I, A1-II, A1-III)とエキソ型アルギン酸リアーゼ(A1-IV)の逐次反応により単糖(不飽和ウロン酸)にまで分解する.生じた単糖は非酵素的にピラノース環が開き,α-ケト酸である4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid(DEH)に変換される.これまで,NADPH依存のDEH還元活性がPseudomonas属細菌に見いだされていたが(16)16) J. Preiss & G. Ashwell: J. Biol. Chem., 237, 317 (1962).,その酵素や遺伝子の実体は不明であった.アルギン酸で培養したA1株の細胞抽出液から,DEHを2-keto-3-deoxy-D-gluconic acid(KDG)に還元する2種類の酵素A1-RとA1-R′を精製し,それらの遺伝子を同定した(17)17) R. Takase, B. Mikami, S. Kawai, K. Murata & W. Hashimoto: J. Biol. Chem., 289, 33198 (2014)..A1-RとA1-R′は,一次構造上互いに類似しており,細菌から動植物に至るまで酸化還元反応に重要なshort-chain dehydrogenase/reductase(SDR)ファミリーに分類される.しかし,両者の補酵素要求性が厳密に異なり,A1-RはNADPHに,A1-R′はNADHにそれぞれ特異性を示す.なお,酵素反応により生じるKDGは,さらにキナーゼ(A1-K)とアルドラーゼ(A1-A)の作用により,グリセルアルデヒド-3-リン酸とピルビン酸に代謝される.

X線結晶構造解析により決定したA1-RとA1-R′の立体構造は,ほかのSDRファミリーと同様,α/β/αの3層からなる基本骨格をもつ(17)17) R. Takase, B. Mikami, S. Kawai, K. Murata & W. Hashimoto: J. Biol. Chem., 289, 33198 (2014).図5A図5■アルギン酸代謝(補酵素依存還元)酵素).また,A1-R/NADPとA1-R′/NADの各複合体の立体構造から,補酵素結合モチーフとして知られるRossmann fold部位に補酵素が結合していることがわかった.A1-RとA1-R′における異なる補酵素要求性にかかわる構造要因を明らかにするため,補酵素のアデニル酸リボース2′位結合部位に着目すると,両者の間に空間的および電荷的差異が認められ(図5B, C図5■アルギン酸代謝(補酵素依存還元)酵素),その構造差異を生じる残基は長短2本のループに含まれることが判明した.これらのループをそれぞれ交換した変異体(ex_W)は,各々野生型酵素とは異なる補酵素要求性を示した.つまり,A1-R_ex_WはNADHに,A1-R′_ex_WはNADPHに特異性を示す.また,ほかのSDRファミリーの立体構造と補酵素要求性との関連を解析した結果,この補酵素結合部位における空間的および電荷的特性と補酵素要求性との相関が,SDRファミリーに広く保存されていることを明らかにした.

図5■アルギン酸代謝(補酵素依存還元)酵素

(A)全体構造(灰,A1-R; 青, A1-R′).(B)補酵素結合部位における表面電荷(左,A1-R; 右, A1-R′;スティックモデル,補酵素;点線赤丸,アデニル酸リボース2′位のリン酸基).(C)補酵素結合部位における空間容積(赤球)(左, A1-R; 右, A1-R′;スティックモデル,補酵素).

おわりに

A1株を対象とした細胞生物学と構造生物学を推進することにより,本菌がいかにして高分子かつヘテロな酸性多糖であるアルギン酸を取り込むことができるのかがわかってきた.「体腔」は細胞表層に形成される大きな凹状の器官であり,負電荷のアルギン酸を濃縮しやすいように正に荷電している.金属イオンをキレートした不溶性のアルギン酸に対しては,アルギン酸から金属を分離する金属タンパク質が細胞表層で機能することが示唆される.ペリプラズムでは,アルギン酸に特異性を示すが,MとGを寛容する結合タンパク質が重要な役割を果たす.細胞質内への取り込みに当たっては,結合タンパク質とABCトランスポーターの接触面にトンネル状の大きなスペースが形成され,そこを長鎖アルギン酸が通過すると考えられる.取り込まれたアルギン酸は,GとMにそれぞれ特異性を示すエンド型アルギン酸リアーゼA1-IIとA1-IIIによりオリゴ糖に低分子化され,MとGを寛容するエキソ型リアーゼA1-IVにより単糖にまで分解される.生じた単糖は非酵素的にDEHに変換され,細胞内補酵素(NADPHとNADH)バランスに従って,A1-RまたはA1-R′の作用を受ける.アルギン酸は最終的にグリセルアルデヒド-3-リン酸とピルビン酸に変換され,TCAサイクルで代謝される.

近年,化石燃料の枯渇や二酸化炭素の排出を抑制するため,カーボンニュートラルの概念に基づきバイオマスの利活用が求められている.特に,広大な排他的経済水域を有する日本においては,海洋バイオマスが注目されている.養殖可能な褐藻類は多量のアルギン酸を生産することが知られており,その抽出はセルロースなどに比べて極めて容易である.したがって,好適な海洋バイオマスであるアルギン酸からバイオ燃料の生産が試みられている.最初の例として,A1株に,合成生物学的手法によりエタノール発酵能を付与し,アルギン酸からバイオエタノールの生産に成功している(18)18) H. Takeda, F. Yoneyama, S. Kawai, W. Hashimoto & K. Murata: Energy Environ. Sci., 4, 2575 (2011)..最近では,遺伝子組換え大腸菌や酵母を用いて,褐藻類の藻体からバイオ燃料が生産されている(8)8) A. J. Wargacki, E. Leonard, M. N. Win, D. D. Regitsky, C. N. Santos, P. B. Kim, S. R. Cooper, R. M. Raisner, A. Herman, A. B. Sivitz et al.: Science, 335, 308 (2012)..このような有用物質生産を達成する合成生物学を推進する際,細胞内の補酵素バランスも重要である.SDRファミリーにおける立体構造に基づいた補酵素要求性の変換例は,補酵素バランスに適した酸化還元酵素の分子設計を可能とする技術である.今後,このような構造情報に基づいた機能(活性の向上や作用様式の変換)の改良が蓄積すると考えられる.本稿で解説したアルギン酸輸送にかかわるABCトランスポーターの構造機能相関がさらに解明されれば,アルギン酸輸送能を強化したA1株細胞が作出できると期待される.すでに,AlgM1M2SS遺伝子を含むA1株ゲノム断片をほかのSphingomonas属細菌に導入することにより輸送能を強化したダイオキシン分解細菌を育種している(19)19) Y. Aso, Y. Miyamoto, K. M. Harada, K. Momma, S. Kawai, W. Hashimoto, B. Mikami & K. Murata: Nat. Biotechnol., 24, 188 (2006).

最近,A1株にもべん毛を形成する能力が備わっていることがわかってきた.軟寒天培地での継代培養により運動性を示すA1株細胞は,極単べん毛のみを形成する(20)20) Y. Maruyama, M. Kobayashi, K. Murata & W. Hashimoto: Microbiology, 161, 1552 (2015)..べん毛は,回転動力を発生する基部体とスクリュープロペラとして機能する繊維,および両者を連結するフックから構成される.その着生状態により,極毛,周毛,および側毛に大別される各べん毛の繊維は,共通のフラジェリンタンパク質により構築される.しかし,フラジェリンタンパク質は一次構造に基づいてグループ化され,極毛繊維と側毛繊維を構成するフラジェリンは極毛型フラジェリンと側毛型フラジェリンに分類される.A1株細胞の極単べん毛は,極毛型と側毛型フラジェリンの双方を含む複合型であり,ほかに例がない.このような特徴的なべん毛繊維を形成するA1株細胞は,アルギン酸に走化性を示すことがわかり,アルギン酸が走化性の基質となることが初めて明らかになった(投稿論文改訂中).すでに,A1株の極毛型フラジェリンがアルギン酸と結合し(10)10) W. Hashimoto, S. Kawai & K. Murata: Bioeng. Bugs, 1, 97 (2010).,その立体構造からアルギン酸結合部位が予測されているため,べん毛繊維によるアルギン酸認識の可能性も示唆される.今後は,A1株の走化性依存的アルギン酸認識機構を解明すること,および上記の構造生物学に基づいた「超分子」の機能改良を推進することにより,標的物質アルギン酸にいち早く接近し,取り込み・分解・代謝・発酵の一連の反応を瞬時に達成することができる新たな微生物バイオテクノロジーの確立が期待される.

Acknowledgments

本稿で紹介した筆者らの研究の一部は,日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号:23380049, 26292044, 26660062),文部科学省ターゲットタンパク質研究プログラム(課題番号:07050217),および農業・食品産業技術総合研究機構イノベーション創出基礎的研究推進事業(課題番号:08063738)などの支援を受けて行われた.

Reference

1) P. Gacesa: Carbohydr. Polym., 8, 161 (1988).

2) E. Stokstad: Science, 335, 273 (2012).

3) T. B. May & A. M. Chakrabarty: Trends Microbiol., 2, 151 (1994).

4) H. Ertesvåg: Front. Microbiol., 6, 523 (2015).

5) K. Ueda, C. Cardarelli, M. M. Gottesman & I. Pastan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 3004 (1987).

6) K. P. Locher: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 364, 239 (2009).

7) N. Hugouvieux-Cotte-Pattat, N. Blot & S. Reverchon: Mol. Microbiol., 41, 1113 (2001).

8) A. J. Wargacki, E. Leonard, M. N. Win, D. D. Regitsky, C. N. Santos, P. B. Kim, S. R. Cooper, R. M. Raisner, A. Herman, A. B. Sivitz et al.: Science, 335, 308 (2012).

9) Y. Maruyama, T. Itoh, A. Kaneko, Y. Nishitani, B. Mikami, W. Hashimoto & K. Murata: Structure, 23, 1643 (2015).

10) W. Hashimoto, S. Kawai & K. Murata: Bioeng. Bugs, 1, 97 (2010).

11) K. Murata, S. Kawai, B. Mikami & W. Hashimoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 265 (2008).

12) C. Hayashi, R. Takase, K. Momma, Y. Maruyama, K. Murata & W. Hashimoto: J. Bacteriol., 196, 2691 (2014).

13) J. Cao, M. R. Woodhall, J. Alvarez, M. L. Cartron & S. C. Andrews: Mol. Microbiol., 65, 857 (2007).

14) K. Temtrirath, K. Murata & W. Hashimoto: Carbohydr. Res., 404, 39 (2015).

15) M. L. Oldham & J. Chen: Science, 332, 1202 (2011).

16) J. Preiss & G. Ashwell: J. Biol. Chem., 237, 317 (1962).

17) R. Takase, B. Mikami, S. Kawai, K. Murata & W. Hashimoto: J. Biol. Chem., 289, 33198 (2014).

18) H. Takeda, F. Yoneyama, S. Kawai, W. Hashimoto & K. Murata: Energy Environ. Sci., 4, 2575 (2011).

19) Y. Aso, Y. Miyamoto, K. M. Harada, K. Momma, S. Kawai, W. Hashimoto, B. Mikami & K. Murata: Nat. Biotechnol., 24, 188 (2006).

20) Y. Maruyama, M. Kobayashi, K. Murata & W. Hashimoto: Microbiology, 161, 1552 (2015).