Kagaku to Seibutsu 54(12): 892-900 (2016)
解説
食品成分による脳老化改善・認知症予防の可能性
Possibility in the Prevention of Dementia by Functional Foods
Published: 2016-11-20
高齢者の健康寿命を延伸する高機能食品成分の開発に対する期待が一段と高まっている.先進諸国では高齢社会のさらなる進展により糖尿病や高血圧などの生活習慣病の増加に加え,認知症を罹患する高齢者が急増し大きな社会問題となっている.欧米諸国では,食事や食品成分を活用した認知症の予防や進行防止に関する研究が幅広く展開され,多価不飽和脂肪酸(DHAなど)やビタミン類など,複数の高機能食品成分を取り入れた認知症患者に対する栄養療法が始まった.また,認知症予防に適した食事習慣を知るために高齢者を対象とした大規模な疫学研究が実施され,日常的な食生活の改善で認知症発症リスクを低減する食生活習慣の提案が行われている.筆者らは,わが国の高齢者に特有の食生活習慣を考慮に入れて,食品成分による脳老化改善・認知症予防の可能性を探る研究を進めている.食志向の変化により年とともに肉類食品の摂取量が減る傾向にあるため,肉類食品に広くかつ多く含まれ抗酸化・抗炎症作用を有する食品成分であるイミダゾールジペプチドに着目し研究を実施した.筆者らが行った研究から,高齢者において摂取量が減少するイミダゾールジペプチドを顆粒状の食品を介して補うことにより,加齢により低下する記憶機能を改善できることがわかった.モデルマウスを用いた研究から,イミダゾールジペプチドは,認知症予防に対しても効果を有することが期待された.本稿では,高機能性食品成分を用いた認知症予防の可能性について,現状およびその展望を紹介する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
わが国において,高齢化の進行が早まり,高齢者の割合が増え続けている.高齢化は先進国において,より早く進む傾向にあるが,そのスピードはわが国が群を抜いている.およそ10年後には65歳以上の高齢者の割合が,諸外国に先駆けて30%を超えると予想されている(図1図1■この先10年の高齢者人口の推移と高齢者における認知機能の低下).健康で長生きであること「健康長寿」が望まれるが,高齢になると生活習慣病や認知症など,さまざまな疾患を罹患する割合が一段と高まる.健康寿命を延ばすために各種の取り組みが国を挙げてなされているが,なかでも生活習慣(食事・運動,など)の改善を通じて健康寿命を延伸することに,一般国民からの期待が寄せられている.
食品科学の研究分野において昭和59年より3期にわたり大規模な食品機能に関する研究が実施され,特に食品のもつ機能性を生体の各制御システム(代謝系・免疫系・神経系・循環系・消化管系)に沿って調べ上げることを通じて,疾病の予防を含めて高齢者の健康を高めることを目指した体系的な研究が行われた(1)1) 荒井綜一監修:“機能性食品の研究”,学会出版センター,1995..この体系的な学術研究の成果に基づいて,その後食品企業が中心となりヒト試験研究が実施され,学術研究(動物細胞やモデル動物研究)で見いだされた食品成分のもつ新たな機能性を,ヒトにおいて検証する研究が行われた.効果を確認できた成分に関しては,特定保健食品の制度などを活用して商品化され,国民の健康維持に多くの貢献を果たしてきた.また昨年より,新たな制度である「機能性表示食品」が開始され,この産官学を通じた取り組みが強化された.特定保健食品の制度においては,遡及できる健康領域が限られていたが,この新たな制度である機能性表示食品においては,企業の責任において食品のもつ新しい機能性を表示することができるようになった.
これまでにも,高齢者の健康維持は体と心の両面に分けてその対策が講じられてきた.体の健康に関してはその研究の歴史も長く,開発されてきた食品の種類もゆうに千種類を超える.一方で,心の健康に関してはその研究の歴史は浅く,研究に供された食品の種類はまだ百種類にも及ばない.新しい制度を通じて,心の健康領域に対しても,食品を通じて健康維持に貢献する道が拓かれた.
記憶力や認知機能が低下することにより日常生活に支障をきたす認知症は,年齢を重ねるごとにその割合が高まる.2013年6月の厚生労働省の研究班からの発表によると,認知症患者の割合は80歳代以上に急増するとのことであり,そのデータによると認知症の有病率は,80歳代前半で約20%,80歳代後半で約40%,90歳代前半で約60%,そして90歳代後半で約80%と,5歳年齢を増すごとに20%ずつ上昇する.2012年の時点でわが国の認知症患者は462万人と推計された.また,九州大学の久山町疫学研究の結果に基づき,2025年時点の認知症患者の数は,700万人になると推定された.このままのペースで進むと,2025年の時点で65歳以上の高齢者の割合は30%を超え,そのうちの20%弱の者が認知症患者であることが予想される(図1図1■この先10年の高齢者人口の推移と高齢者における認知機能の低下).
高齢者における軽度の認知機能低下,特に記憶機能の低下は,軽度認知機能障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)として認知症の前駆状態にあるとみなされている(2)2) R. C. Petersen, G. E. Smith, S. C. Waring, R. J. Ivnik, E. G. Tangalos & E. Kokmen: Arch. Neurol., 56, 303 (1999)..最新の臨床診断基準であるDSM5では,MCI者とは,主観的な物忘れの訴えがあり,本人をよく知る情報提供者(同居の家族など)からも記憶機能の低下に関する懸念や心配があるが,全般的な認知機能は正常であり認知症は認めない状態のことを指す.MCIの状態になると,5年以内で約半数が認知症を発症するが,残りの多くの者はMCIの状態にとどまる.ごく少数の者は健康な状態(Cognitive Normal)に戻る(Revert)こともある(3)3) R. O. Roberts, D. S. Knopman, M. M. Mielke, R. H. Cha, V. S. Pankratz, T. J. H. Christianson, Y. E. Geda, B. F. Boeve, R. J. Ivnik, E. G. Tangalos et al.: Neurology, 82, 317 (2014)..MCI状態から認知症を発症した場合,記憶を含む2つ以上の認知機能において明らかな低下が認められる.記憶機能低下は,認知症の発症の予兆である可能性があるため,高齢者において記憶機能の低下を改善することは,認知症の発症予防につながる可能性がある.
近年の研究から,認知症の発症リスクに関する多くの知見が収集され,生活習慣病(糖尿病・高脂血症・高血圧・動脈硬化症)を有すと,認知症の発症率が高まることがわかった.また,高齢者に見られる活動性・筋力低下状態をフレイルと定義し,フレイル状態にある高齢者は,要介護状態に至る危険性が高いだけでなく,認知症を発症するリスクが高まることもわかった.また,いったんフレイル状態になっても,適切な栄養管理などを施すことにより,再び健康な状態に戻る可能性も有している.以上の点から鑑みて,認知症は脳に限った健康の悪化であるというよりは,体の不調に伴って脳の部分に現れてくる健康悪化状態として,捉えることができる.
このような背景の下,日常的な食生活を見直し,適切に機能性をもつ食品成分を摂取することを通じて,脳の老化を改善し認知症を予防する方法を開発することに期待が寄せられている.これまでは主に,抗酸化作用をもつ食品成分を中心として,神経細胞の培養モデル系を足がかりにして,脳老化改善・認知症予防に関する研究が行われた.われわれも,神経生理学的な手法により,タウリン(4)4) M. Yoshida, S. Fukuda, Y. Tozuka, Y. Miyamoto & T. Hisatsune: J. Neurobiol., 60, 166 (2004).,やGABA(γアミノ酪酸)(5)5) Y. Tozuka, S. Fukuda, T. Namba, T. Seki & T. Hisatsune: Neuron, 47, 803 (2005).などに神経保護作用があることなどを見いだしてきた.
認知症では,脳内にアミロイドペプチドが凝集する老人斑が出現することから,試験管レベルで老人斑の凝集を阻害する食品成分の探索も広く行われ,ウコンなどに多く含まれるクルクミンに老人斑に対する凝集抑制作用(6)6) F. Yang, G. P. Lim, A. N. Begum, O. J. Ubeda, M. R. Simmons, S. S. Ambegaokar, P. P. Chen, R. Kayed, C. G. Glabe, S. A. Frautschy et al.: J. Biol. Chem., 280, 5892 (2005).があることがわかった.一方で,脳神経系では脳血管関門があり,食品成分が腸管系より血液循環系に移行できたとしても,脳組織内にうまく浸潤できるとは限らないため,試験管や培養レベルにおいて得られた知見を,モデル動物のレベルで確認する必要が生じる.そして,食品成分のもつ機能性を高齢者の健康維持に実際に役立てていくためには,最終的には高齢者が参加するヒト試験を実施して,わが国の高齢者において,どれほどの効果を有しているかについて,その安全性を含めて,確認するステップを踏まなければならない.
ヒト試験(疫学研究や介入試験)の実施において長い歴史をもつ欧米諸国において,認知症患者が参加するヒト試験が実施され,ビタミンE(7, 8)7) M. Sano, C. Ernesto, R. G. Thomas, M. R. Klauber, K. Schafer, M. Grundman, P. Woodbury, J. Growdon, C. W. Cotman, E. Pfeiffer et al.: N. Engl. J. Med., 336, 1216 (1997).8) R. C. Petersen, R. G. Thomas, M. Grundman, D. Bennett, R. Doody, S. Ferris, D. Galasko, S. Jin, J. Kaye, A. Levey et al.: Alzheimer’s disease cooperative study group: N. Engl. J. Med., 352, 2379 (2005).,多価不飽和脂肪酸(DHA)(9, 10)9) E. J. Schaefer, V. Bongard, A. S. Beiser, S. Lamon-Fava, S. J. Robins, R. Au, K. L. Tucker, D. J. Kyle, P. W. F. Wilson & P. A. Wolf: Arch. Neurol., 63, 1545 (2006).10) J. F. Quinn, R. Raman, R. G. Thomas, K. Yurko-Mauro, E. B. Nelson, C. Van Dyck, J. E. Galvin, J. Emond, C. R. Jack Jr., M. Weiner et al.: JAMA, 304, 1903 (2010).,などの効果が検証された.これらの成果を取り入れ認知症の予防や進行防止を意図して,複数の高機能食品成分を利用した栄養療法が試行されている.米国では,FDAが承認した“Medical Foods”の枠組みを用いて,認知症患者に対する3種類の栄養療法(Axona, Souvenaid, CerefolinNAC)が行われている(11~13)11) S. T. Henderson, J. L. Vogel, L. J. Barr, F. Garvin, J. J. Jones & L. C. Costantini: Nutr. Metab. (Lond.), 6, 31 (2009).13) P. Thaipisuttikul & J. E. Galvin: Clin. Pract., 9, 199 (2012)..Axona (Accera, Inc., ネスレグループ)は,カプリン酸を主成分とした顆粒状で水に溶かして飲むタイプの食品であり,摂取後,生体内でケトン体を生成する.アルツハイマー病患者が参加した臨床研究で,認知機能改善に関する効果が認められた(11)11) S. T. Henderson, J. L. Vogel, L. J. Barr, F. Garvin, J. J. Jones & L. C. Costantini: Nutr. Metab. (Lond.), 6, 31 (2009)..Souvenaid(Nutricia社,ダノングループ)は,DHA (1,200 mg/day)やEPA (300 mg/day)を中心に,コリン,核酸,ビタミン類(VE, VC, VB12, VB6,葉酸)を含む飲料で,アルツハイマー病患者が参加した臨床研究で,認知機能に対する改善効果が認められた(12)12) P. Scheltens, P. J. Kamphuis, F. R. Verhey, M. G. Olde Rikkert, R. J. Wurtman, D. Wilkinson, J. W. Twisk & A. Kurz: Alzheimers Dement., 6, 1 (2010)..CerefolinNAC(Pamlab社,ネスレグループ)は,N-アセチルシスタチン(NAC: 600 mg/day)を主成分とし,ヨウ酸,VB12を含む食品であり,抗酸化作用をもつNACのはたらきを通じて,認知症の症状改善に寄与するとされている(13)13) P. Thaipisuttikul & J. E. Galvin: Clin. Pract., 9, 199 (2012)..
大規模な疫学研究を通じて,日常的な食事パターンと認知機能維持との関係についての研究も進められている.米国のコロンビア大学の研究グループなどが中心となって,魚介類の摂取など地中海的な食事パターン「地中海ダイエット」が認知症予防に対して効果的であることが示された(14)14) N. Scarmeas, Y. Ster, M. X. Tang, R. Mayeux & J. A. Luchsinger: Ann. Neurol., 59, 912 (2006)..地中海ダイエットの特徴としては,欧米人において摂取量が多い食品群である牛乳・乳製品ならびに畜肉(牛肉と豚肉)については,その摂取量が低いほうがよいとする点が挙げられる.また,これまでに高血圧改善のために提案された「DASH (Dietary Approaches to Stop Hypertension)」が,認知症予防に対しても効果的であることが示唆された(15)15) P. J. Smith, J. A. Blumenthal, M. A. Babyak, L. Craighead, K. A. Welsh-Bohmer, J. N. Browndyke, T. A. Strauman & A. Sherwood: Hypertension, 55, 1331 (2010)..さらに,米国シカゴにあるラッシュ大学の研究グループが中心となり,この2つのダイエットを発展的に融合させたMINDダイエットが提唱され,認知症予防に対する有効性が確かめられた(16, 17)16) M. C. Morris, C. C. Tangney, Y. Wang, F. M. Sacks, D. A. Bennett & N. T. Aggarwal: Alzheimer’s Dement., 11, 1007 (2015).17) M. C. Morris, C. C. Tangney, Y. Wang, F. M. Sacks, L. L. Barnes, D. A. Bennett & N. T. Aggarwal: Alzheimer’s Dement., 11, 1015 (2015)..MINDダイエットにおける食品摂取の点数を表1表1■MINDダイエットにおける食品摂取の点数換算表に示す.研究では,高齢者を15点満点の点数に応じて3つのグループに分けた.点数の高いグループである#3グループの高齢者は,点数が低いグループである#1に比べ,加齢による記憶機能低下が改善されるとともに,認知症の発症リスクも有意に低下することが示された.
食品 | 0点 | 0.5点 | 1.0点 |
---|---|---|---|
緑黄色野菜 | 週に2回以下 | 週に3~5回 | 週に6回以上 |
その他の野菜 | 週に4回以下 | 週に5~6回 | 週に7回以上 |
ベリー | 週に1回未満 | 週に1回 | 週に2回以上 |
ナッツ | 月に1回未満 | 月に1回~週に4回 | 週に5回以上 |
オリーブオイル | Not primary | Pimary | |
バター・マーガリン | 毎日大さじ2杯以上 | 毎日大さじ1~2杯 | 毎日大さじ1杯未満 |
チーズ | 週に7回以上 | 週に1~6回 | 週に1回未満 |
全粒穀物 | 週に1回未満 | 週に1~2回 | 週に3回以上 |
豆類 | 週に1回未満 | 週に1~3回 | 週に4回以上 |
魚類(揚げ物は除く) | 月に1回未満 | 月に1~3回 | 週に1回以上 |
鶏肉(揚げ物は除く) | 週に1回未満 | 週に1回 | 週に2回以上 |
畜肉(牛肉・豚肉) | 週に7回以上 | 週に4~6回 | 週に3回以下 |
ファーストフード(揚げ物) | 週に4回以上 | 週に1~3回 | 週に1回未満 |
ケーキ(Sweets) | 週に7回以上 | 週に5~6回 | 週に4回以下 |
ワイン | 毎日グラス1杯超 | 毎日グラス1杯未満 | 毎日グラス1杯程度 |
満点(Total) | 15点 | ||
総点数によって3群にグループ分け:#1 (≤6.5),#2 (7~8),#3 (≥8.5) |
わが国においても九州大学久山町研究において,食事摂取と認知症発祥の関係についての研究が行われ,乳製品の摂取については,むしろ比較的多いほうが認知症発症リスクを低減することが示された(18)18) M. Ozawa, T. Ninomiya, T. Ohara, Y. Doi, K. Uchida, T. Shirota, K. Yonemoto, T. Kitazono & Y. Kiyohara: Am. J. Clin. Nutr., 97, 1076 (2013)..地中海ダイエットとの見解の違いについては,欧米人と日本人とでは,もともと摂取している食事の種類に違いがあり,牛乳や乳製品については,日本の高齢者は摂取量がかなり低い傾向にあるため,ある程度補ったほうが認知症リスクの低減化につながると考察されている.
筆者らは,これまでに培養系などで候補として挙がってきた食品成分を用いて,脳老化に対する予防・改善効果を調べるために,モデル動物を用いた研究,さらにヒト試験を用いた研究を行ってきた.この研究スキームを図2図2■高機能食品成分による脳老化改善・認知症予防に関する研究のスキームに示す.候補とした食品成分は,これまでの知見などから,イミダゾールジペプチド(カルノシン),カテキン類(エピガロカテキンガレート),キサントフィル類,フェルラ酸,多価不飽和脂肪酸(DHA),などとした.これらの成分に対して,アルツハイマー病モデルマウスを用いて,その記憶機能低下に対する改善作用を調べた.また,作用メカニズムを調べるために,抗酸化・抗炎症作用,血管保護作用などを調査した(19)19) B. Herculano, M. Tamura, A. Ohba, M. Shimatani, N. Kutsuna & T. Hisatsune: J. Alzheimer’s Dis., 33, 983 (2013)..さらに強い効果が認められた食品成分については,実際に食品成分を摂取する高齢者ボランティア参加によるランダム化試験(RCT)を実施し,認知機能低下に対する改善作用を調べるとともにMRI計測や血液検査による研究を行った(20, 21)20) J. Rokicki, L. Li, E. Imabayashi, J. Kaneko, T. Hisatsune & H. Matsuda: Frontiers in Aging Neuroscience, 7, 219 (2015).21) T. Hisatsune, J. Kaneko, H. Kurashige, Y. Cao, H. Satsu, M. Totsuka, Y. Katakura, E. Imabayashi & H. Matsuda: J. Alzheimer’s Dis., 50, 149 (2016)..
これまで脳の老化は,神経細胞(ニューロン)の消滅が主な原因であると思われてきた.一説には「脳の神経細胞は一日に10万個死んでいる」とも言われてきたが,この通説を裏づけるデータは実際のところ見当たらない.ニューロンの脱落というよりも,ニューロン機能低下が,脳老化の主な原因であると現在では考えられている.このニューロン機能低下の原因を取り除くことができれば,認知機能が回復すると思われる.
筆者らは脳老化の指標の一つとして,記憶の中枢である脳の海馬における神経細胞の新生(ニューロン新生)に着目し,加齢や脳疾患(脳血管障害やアルツハイマー病)に伴うニューロン新生の変化について,調査を行ってきた(22~25)22) Y. Itou, R. Nochi, H. Kuribayashi, Y. Saito & T. Hisatsune: Hippocampus, 21, 446 (2011).25) D. Koketsu, Y. Furuichi, M. Maeda, N. Matsuoka, Y. Miyamoto & T. Hisatsune: Exp. Neurol., 199, 92 (2006)..加齢動物に関しては老齢マウスを用いた研究(22)22) Y. Itou, R. Nochi, H. Kuribayashi, Y. Saito & T. Hisatsune: Hippocampus, 21, 446 (2011).に加え,つくば霊長類センターと共同研究を行い高齢のサル類を用いてもその記憶機能を調べるとともに,脳組織の変化を調べる研究を行った(23, 24)23) K. Aizawa, N. Ageyama, C. Yokoyama, K. Terao & T. Hisatsune: Exp. Anim., 58, 403 (2009).24) K. Aizawa, N. Ageyama, K. Terao & T. Hisatsune: Neurobiol. Aging, 32, 140 (2011)..高齢のサルでは学習・記憶機能が若齢のサルに比べると低下していた.ニューロン新生に関して,その源となる神経幹細胞の数は比較的保たれているものの,新生ニューロンに至る細胞分化が顕著に阻害されていること,この阻害に脳組織内に生じる炎症性の反応が関与していることが示唆された.また,高齢の動物におけるニューロン新生の程度は個体差が際立って大きく,新生ニューロンの数が多い動物ほど記憶機能が高い傾向にあった.この現象の説明として新生ニューロンの数が多いために記憶機能が高く保たれていると考えることもできなくはないが,それよりはむしろ,記憶能力が高い高齢動物では脳の炎症反応が比較的抑えられていて,その結果として新生ニューロンの細胞分化が保たれていると考えるほうが,現在では主流である.この考えに基づけば,新生ニューロンの細胞分化の低下は,周辺に存在する一般的なニューロンの生理的な機能の低下を反映する生物学的指標(プローブ)として捉えることができる.
高齢のサルにおいて,新生ニューロン分化の低下とともに,脳組織全体にグリア系細胞の活性化を伴うびまん性の炎症反応が見られた.このような脳組織内の炎症反応は,実験的に脳梗塞を誘導した動物において顕著に見られた.脳梗塞を誘導したモデル動物では,脳機能(意識レベル,学習記憶機能,運動機能,など)が一過的に低下したが,その後約1カ月のうちに,ほぼ正常のレベルにまで回復した(25~27)25) D. Koketsu, Y. Furuichi, M. Maeda, N. Matsuoka, Y. Miyamoto & T. Hisatsune: Exp. Neurol., 199, 92 (2006).27) Y. Chin, Y. Sato, M. Mase, T. Kato, B. Herculano, M. Sekino, H. Ohsaki, N. Ageyama, F. Ono, K. Terao et al.: Neurosci. Res., 66, 406 (2010)..
脳梗塞モデル動物として,中大脳動脈梗塞モデル(サル・ラット・マウス)ならびに局所脳梗塞モデル(サル・マウス)を用いて研究を行った.中大脳動脈閉塞モデルの場合,記憶を司る海馬には一見して脳梗塞は入っておらず無変化であるとみなされていたが,筆者らの研究から,ニューロン新生の程度に大きな変化があることがわかった(25, 28, 29)25) D. Koketsu, Y. Furuichi, M. Maeda, N. Matsuoka, Y. Miyamoto & T. Hisatsune: Exp. Neurol., 199, 92 (2006).28) R. Nochi, T. Kato, J. Kaneko, Y. Itou, H. Kuribayashi, S. Fukuda, Y. Terazono, A. Matani, S. Kanatani, K. Nakajima et al.: Eur. J. Neurosci., 36, 2273 (2011).29) R. Nochi, J. Kaneko, N. Okada, Y. Terazono, A. Matani & T. Hisatsune: J. Neurosci. Res., 91, 1429 (2013)..その後の解析から,周辺に起こった脳梗塞によって二次的に神経活動が過度に上昇し,そのために脳炎症が生じ,海馬機能が低下することが見いだされた.また,この過度の神経活動により,神経幹細胞の細胞分化は促進されるが,新生ニューロンに至るニューロン成熟が阻害されてしまうため,総和としての新生ニューロン機能は低下することなどが見いだされた(28, 29)28) R. Nochi, T. Kato, J. Kaneko, Y. Itou, H. Kuribayashi, S. Fukuda, Y. Terazono, A. Matani, S. Kanatani, K. Nakajima et al.: Eur. J. Neurosci., 36, 2273 (2011).29) R. Nochi, J. Kaneko, N. Okada, Y. Terazono, A. Matani & T. Hisatsune: J. Neurosci. Res., 91, 1429 (2013)..また,薬剤によって脳梗塞後の過度の神経活動を抑えることで神経幹細胞に生じる変化が消失することや,脳炎症にかかわる受容体(P2Y1)をノックアウトしたマウスにおいては,中大脳動脈梗塞後の記憶機能障害が回避されることなども見いだされた(30)30) Y. Chin, M. Kishi, M. Sekino, F. Nakajo, Y. Abe, Y. Terazono, H. Ohsaki, F. Kato, S. Koizumi, C. Gachet et al.: J. Neuroinflammation, 10, 95 (2013)..
また局所脳梗塞モデル動物(サル・マウス)において,一過性の感覚運動機能障害が見られたが,その後数週のうちに回復した(25~27, 30, 31)25) D. Koketsu, Y. Furuichi, M. Maeda, N. Matsuoka, Y. Miyamoto & T. Hisatsune: Exp. Neurol., 199, 92 (2006).27) Y. Chin, Y. Sato, M. Mase, T. Kato, B. Herculano, M. Sekino, H. Ohsaki, N. Ageyama, F. Ono, K. Terao et al.: Neurosci. Res., 66, 406 (2010).30) Y. Chin, M. Kishi, M. Sekino, F. Nakajo, Y. Abe, Y. Terazono, H. Ohsaki, F. Kato, S. Koizumi, C. Gachet et al.: J. Neuroinflammation, 10, 95 (2013).31) Y. Tanaka, Y. Tozuka, T. Takata, N. Shimazu, N. Matsumura, A. Ohta & T. Hisatsune: Cereb. Cortex, 19, 2181 (2009)..マウス大脳皮質局所脳梗塞モデルにおいて,脳血管内に注入した光感受性色素を用いて,光照射を行った脳血管の局所に過酸化ラジカルを発生する方法を用いて脳血管を詰まらせ,大脳皮質の感覚野領域に0.5 mm程度の局所脳梗塞を誘導する.この脳梗塞により生じた一過的な感覚機能障害を感覚行動テストにより評価した.この感覚障害はおよそ1週間のうちに回復した.障害部位からの神経栄養因子(BDNF)の産生を阻害する処置を施したところ,機能回復が遅延したことから,神経栄養因子がこの回復の過程に関与することが示唆された(31)31) Y. Tanaka, Y. Tozuka, T. Takata, N. Shimazu, N. Matsumura, A. Ohta & T. Hisatsune: Cereb. Cortex, 19, 2181 (2009)..また,サル局所脳梗塞モデルは,大腿動脈からカテーテルを中大脳動脈の近くに挿入し,マイクロビーズを注入することによって誘導した.脳梗塞の状態は,MRIで非侵襲的に観測した.数日後をピークに発生した脳組織の変化は,MRI画像によっても,その後次第に消失した(26, 27)26) Y. Sato, Y. Chin, T. Kato, Y. Tanaka, Y. Tozuka, M. Mase, N. Ageyama, F. Ono, K. Terao, Y. Yoshikawa et al.: Neurosci. Res., 65, 71 (2009).27) Y. Chin, Y. Sato, M. Mase, T. Kato, B. Herculano, M. Sekino, H. Ohsaki, N. Ageyama, F. Ono, K. Terao et al.: Neurosci. Res., 66, 406 (2010)..
こういった軽微な脳梗塞は,高齢者の脳内においては,無症状性にも生じていることが知られている.また,血管の閉塞には至らないにしても,脳の動脈硬化や血管内の炎症性反応などにより,脳血流が低下することなどは,高齢者の脳内において,低くはない頻度で生じていると予測される.そこで,以上のことを考え併せ,加齢によってその頻度を増す脳血管の障害や炎症性の変化が引き金となり,さらに引き続いて発生する脳組織の炎症によりニューロン機能が低下し脳機能が一過的に障害されることが,脳の機能老化の原因ではないかと考えている(図3図3■脳老化と脳機能低下の関係).そして,この原因によるならば,脳の機能老化は可逆的なプロセスであり,外部からの作用によって,脳血管や脳組織内の炎症反応を沈静化することができれば,低下したニューロン機能が回復し脳機能も回復させることが可能であると考える.
そこで,脳老化を抑制する食品成分を検索するスクリーニング研究を行った.この研究においては,脳梗塞モデルに代わり,個体差が少なく再現性に優れるアルツハイマー病モデルマウスを用いた.アルツハイマー病の予防や進行防止に効果をもつ薬剤などを探索するために,これまでに,10種を超えるアルツハイマー病モデルマウスが開発された(32~34)32) K. H. Ashe & K. R. Zahs: Neuron, 66, 631 (2010).34) S. J. Webster, A. D. Bachstetter, P. T. Nelson, F. A. Schmitt & L. J. Van Eldik: Front. Genet., 5, 88 (2014)..筆者らはこのうちで,APP/PS1マウス(35)35) J. L. Jankowsky, H. H. Slunt, T. Ratovitski, N. A. Jenkins, N. G. Copeland & D. R. Borchelt: Biomol. Eng., 17, 157 (2001).を利用して探索研究を行った.過去の論文によると,生後6カ月齢の時点で老人斑が蓄積するとともに,記憶機能においても低下が認められるという報告(36~39)36) J. H. Park, G. A. Widi, D. A. Gimbel, N. Y. Harel, D. H. Lee & S. M. Strittmatter: J. Neurosci., 26, 13279 (2006).39) A. Volianskis, R. Kostner, M. Molgaard, S. Hass & M. S. Jensen: Neurobiol. Aging, 31, 1173 (2010).があるが,筆者らが調べた限りでは,この時期においてはまだ記憶機能の低下は見られないかあるいは非常に軽微であり,通常は12カ月齢あたりまで飼育をしなければ野生型との差を見ることはできなかった.18カ月齢まで飼育すれば,1群10頭前後でも,2群間の有意差を比較的容易に得ることができるが,食品成分の効果を確かめるために,この飼育実験プロトコールが現実的であるとは判断できなかった.
そこで,従来に比して短期間(6カ月)で効果を検証できる新しい飼育試験方法を開発する必要性が生じた.これまでの疫学研究より,糖尿病などの生活習慣病が,脳老化や認知症のリスク因子になっていることがわかっていた(40)40) G. J. Biessels, S. Staekenborg, E. Brunner, C. Brayne & P. Scheltens: Lancet Neurol., 5, 64 (2006)..そこで,アルツハイマーモデルマウスに高脂肪食を摂取させ,糖尿病を併発する新しい認知症モデルマウスを確立した.マウスが4カ月齢になったのち,脂質を32%含む高脂肪食を与え始めた.高脂肪食を投与することにより,血中インスリン濃度や血糖値の上昇を含め糖尿病様の症状を呈するようになる.対照群として脂質含量5%の通常食で飼育を続けた.実験においては,1群が10頭以上になるようにした.高脂肪食投与の2週間後から,さまざまな高機能食品成分(カルノシン,カテキン類(エピガロカテキンガレート;EGCG),フェルラ酸,DHAなど)を投与した.
高脂肪食投与開始の8週間後に文脈恐怖条件付け空間学習テストを実施し,マウスの空間記憶能力を評価した.テスト初日,マウスを条件付け箱に入れた後電撃刺激を行い空間と恐怖の関係を覚えさせた.テスト二日目に,箱に入れただけで恐怖をどの程度思い出すかどうかをすくみ反応(freezing response)の時間割合で定量評価しマウスの空間記憶能力の指標とした.抗酸化・抗炎症作用をもつジペプチドであるイミダゾールジペプチド(カルノシン)に,記憶機能の低下を回避する作用があることを認めた(19)19) B. Herculano, M. Tamura, A. Ohba, M. Shimatani, N. Kutsuna & T. Hisatsune: J. Alzheimer’s Dis., 33, 983 (2013)..また,EGCGやフェルラ酸に関しても記憶機能低下を改善する傾向が見られた.記憶能力の低下改善効果に関して,試した食品成分のなかで,カルノシンが一番優れていることがわかった(表2表2■高機能食品成分の効果(これまでに実施した試験結果)).
記憶低下回避 | 体重増加抑制 | 血中インスリン量増加の抑制 | |
---|---|---|---|
カルノシン | 効果あり | なし | なし |
EGCG | 傾向あり | 効果あり | なし |
フェルラ酸 | 弱い傾向あり | 傾向あり | 傾向あり |
高脂肪食の摂餌2週間後から,各食品成分を6週間連続して投与した.カルノシン(4 mg/day);EGCG (20 mg/day);フェルラ酸(6 mg/day). |
イミダゾールジペプチドであるカルノシンの記憶機能改善作用のメカニズムについて,脳血管の酸化ストレス障害,脳組織の炎症反応,などに着目して研究を行った.この糖尿病併発型アルツハイマー病モデルマウスの脳組織を調べたところ,脳血管系に炎症性の障害があり,脳組織中にもミクログリアの活性化を伴うびまん性の炎症反応が認められた.これらの炎症反応が引き金となり,ニューロン機能が低下し,記憶機能が低下したと推測された.イミダゾールジペプチドであるカルノシンを投与したモデルマウスにおいては,これらの炎症反応が有意に軽減していた.この抗炎症作用により,カルノシンはモデルマウスの記憶機能低下を回避しているものと考えられた(19)19) B. Herculano, M. Tamura, A. Ohba, M. Shimatani, N. Kutsuna & T. Hisatsune: J. Alzheimer’s Dis., 33, 983 (2013)..
イミダゾールジペプチドは脊椎動物の筋肉組織中に含まれるジペプチドである.図4図4■イミダゾールジペプチド(アンセリンとカルノシン)に示すように,アンセリンとカルノシンがある.ヒトの筋肉組織中にはカルノシンが存在するが血漿中に存在するカルノシン分解酵素の影響で血液中の濃度は極めて低いレベルにある.畜肉食品中,牛肉と豚肉中には,カルノシンのみが含まれており,鶏肉中には3 : 1の割合でアンセリンとカルノシンが含まれている.魚肉中には,回遊魚であるマグロやサケにアンセリンが多く含まれている.また,ウナギの中にはカルノシンのみが含まれている.ヒトにおいては,血漿中にある酵素の影響で,イミダゾールジペプチド混合食品(アンセリンとカルノシンを含む)を摂取したとしても,アンセリンの血中濃度上昇は認められるが,カルノシンの血中濃度は上昇することはない.そこで,筆者らは,イミダゾールジペプチドのヒトにおける効果を確かめるために,アンセリンを多く含む鶏肉よりイミダゾールジペプチドを高含有する食品を調整し,ヒト試験を実施した.効果を確かめるために,食品摂取の前後に記憶機能検査ならびにMRI画像取得検査を行った(20, 21)20) J. Rokicki, L. Li, E. Imabayashi, J. Kaneko, T. Hisatsune & H. Matsuda: Frontiers in Aging Neuroscience, 7, 219 (2015).21) T. Hisatsune, J. Kaneko, H. Kurashige, Y. Cao, H. Satsu, M. Totsuka, Y. Katakura, E. Imabayashi & H. Matsuda: J. Alzheimer’s Dis., 50, 149 (2016)..
本ヒト試験において,ボランティア(被験者),試験食配布者,測定者に試験食の種類については告知を行わないランダム化比較試験RCT(Randomized Controlled Trial)を用いた.研究の実施に当たり,農食研究推進事業からの支援を受けた.この研究において,鶏肉イミダゾールジペプチドのはたらきを正確に評価するために,高齢ボランティアを2つのグループに分けた.一つのグループでは1gの鶏肉イミダゾールジペプチド(鶏肉より調製し,水溶性の低分子画分を粉末化し,アンセリンとカルノシンを3 : 1で含む)顆粒食品(21)21) T. Hisatsune, J. Kaneko, H. Kurashige, Y. Cao, H. Satsu, M. Totsuka, Y. Katakura, E. Imabayashi & H. Matsuda: J. Alzheimer’s Dis., 50, 149 (2016).を,またもう一つのグループでは形状や風味などを似せてはいるものの鶏肉イミダゾールジペプチドを含まないプラセボ顆粒状食品を,一定期間毎日摂取した.食品の効果を調べるために,摂取の前と後に,被験者は検査を受け,その検査データを2群間で比較した(図5図5■ヒト試験(RCT)のプロトコール).
研究説明会などで募集した高齢者ボランティアを無作為に2群に分けた.各群は,イミダゾールジペプチド(高機能ジペプチド)を含む食品と含まない食品をそれぞれ摂取した.食品摂取の前後に各種の検査を行い,その検査データを群間で統計学的に比較し,食品の効果を評価した.
記憶機能検査では,物語に対する記憶の能力を評価した.25個の単語からなる簡単な物語を聞かせ,その30分後にいくつの単語を記憶できていたかを評価した.記憶機能は25点満点で評価した.そのほかの認知機能検査として,会話能力,情緒に対する安定性など,各種の脳機能を調べた.また,脳MRI画像検査では,脳の大きさの(mm単位の微妙な)変化をはじめとして,脳血流や脳機能の状態を調べた.本研究では,独立した2回のランダム化比較試験(RCT)において,イミダゾールジペプチドの摂取により高齢者の記憶機能が改善するかどうかを調べた.試験では,高齢被験者は,無作為に2群に分かれ,試験食品(イミダゾールジペプチドを一日当たり1 g摂取)あるいはプラセボ食品を摂取した.食品摂取の前後に,二重盲検下で各種の検査を行い,得られた記憶機能データなどを生物統計学的に検定し,食品成分の効果を検証した.
記憶機能に関し,図6図6■イミダゾールジペプチド摂取による高齢者の記憶機能の改善に示すように,第1回RCTの高齢被験者において,試験食摂取群(19名)はプラセボ群(20名)に比べ記憶機能が有意(p<0.05)に改善した.この結果は第2回RCTにおいても再現し,試験食群(42名)はプラセボ食群(42名)に比べ,記憶機能が有意(p<0.05)に改善した.MRI脳血流解析の結果から,イミダゾールジペプチド摂取により脳血流が改善することを認めた(図7図7■イミダゾールジペプチド摂取による高齢者の脳血流の改善).
第1回RCTは食品摂取期間を3カ月とし,高齢者(60~80歳)39名が試験に参加した.第2回RCTでは,高齢者(60~80歳)84名の食品摂取期間(6カ月時)の中間検査データを解析した.両試験において,イミダゾールジペプチドは,統計学的な有意差(p<0.05)をもって,記憶機能を改善することが示された.
鶏肉イミダゾールジペプチドを摂取したグループと摂取しなかったプラセボ群との間で,記憶機能検査ならびに脳MRI画像検査の両方で有意な差が得られたことから,鶏肉イミダゾールジペプチドの摂取によって,ヒトにおいて記憶機能の面において脳老化が改善する可能性があることが示された.
食生活の改善を通じて,認知症予防を含め健康寿命を延伸する方法を開発することに期待が寄せられている.食品成分のもつ機能性を活用した食品と健康に関する研究の成果として,生活習慣病改善の分野で機能性食品成分を含む食品(「特定保健用食品」)が開発され,国民の健康維持に貢献をしてきた.2015年より,「機能性表示食品」という新しい制度も整備された.認知症の発症率が高まる前の年代である70歳代より,食生活を改善することにより脳老化を改善し認知症を予防する食生活習慣を提案したいと考えている.
肉を食べると元気になるという.高齢になっても,バランスの良い食生活を続けることにより,心身ともに健康を維持できると思われる.とは言え,年をとるにつれて,どちらかと言えばあっさりした淡白な味のものを欲したくなる.実際,肉類の消費量は年齢とともに次第に減ること(国民栄養調査の結果),そして肉を食べる機会も年齢とともに減る傾向にあることは,筆者らが研究のなかで調べた高齢者の食事頻度調査の結果からも明らかとなった.鶏肉には,本研究で対象とした高機能成分であるイミダゾールジペプチドがとても多く含まれている.特に,鶏胸肉には含有量が多く,100 gあたり1 gを超えるイミダゾールジペプチドが含まれている.このイミダゾールジペプチドには,筋肉の疲労を和らげる効果があることが知られていたが,筆者らが行った研究から脳老化に対しても改善効果があることがわかった.鶏胸肉はその栄養面でも,またその機能面でも優れた食材であると言える.鶏胸肉は,高タンパク質で低脂肪であることから,生活習慣病が気になる高齢者にも,適した食材であると思われる.日々の食生活のなかで,程よい頻度で鶏胸肉を摂取していただくことを通じて,脳老化の改善が可能になると考えており,このことを証明する研究に,今後取り組みたいと思う.
また,「食品成分による認知症予防法」の開発を実際に進めるために,認知症予備群とされる軽度認知機能障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)者を対象としたRCT試験を医療関係者の協力を得て始めることができた.MCI者に対するイミダゾールジペプチドの記憶機能改善効果,さらには認知症予防効果を明らかにすることを目的とした研究である.MCIは,軽度に記憶機能のみが障害されている状態を指すが,この状態になると約半数が5年以内に認知症を発症する.いったん認知症が発症すると,治療することは困難であり,MCI期に認知症を予防することが,全世界的に希求されている.イミダゾールジペプチドを摂取する前と,3カ月摂取後の記憶機能を心理記憶検査で評価する.そして,認知症の進行は診断により評価する.この本格的な臨床研究により,イミダゾールジペプチドの認知症予防効果を明らかにしていきたい.
Acknowledgments
本研究は,農芸化学会研究企画賞,農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業,文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「記憶ダイナミズム」から研究実施における支援を受け,実施いたしました.深謝いたします.
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