セミナー室

miRNAを介した新しい食品機能の発現機構

Takashi Hosono

細野

日本大学生物資源科学部生命化学科

Yori Ozaki-Masuzawa

増澤(尾﨑)

日本大学生物資源科学部生命化学科

Taiichiro Seki

泰一郎

日本大学生物資源科学部生命化学科

Published: 2016-11-20

生活習慣病は,その発症や進展が食生活をはじめとした生活習慣と密接に関連する一連の疾患と定義される.個人の遺伝的な素因に加えて,過食,偏食,ストレス,運動不足などの好ましくない生活習慣が高血圧症,脂質異常症,肥満,耐糖能異常などの危険因子を誘発し,これらの危険因子が複合的に動脈硬化症を進展させ,最終的に虚血性心疾患,脳卒中などの重篤な血管系合併症を惹起する.特に食習慣は,生活習慣病と最も密接に関係する.したがって,食品を介して摂取する栄養の種類,量,摂取のタイミングをコントロールすることが生活習慣病の予防においては重要である(1)1) 関 泰一郎:健康栄養学 第2版,小田裕昭,加藤久典,関 泰一郎編,共立出版(東京),2014, pp. 187–202.

生命機能の維持に必要とされる必須栄養素は,通常食品を介して体内に取り入れられる.食品には大きく3つの機能があり,栄養素供給にかかわる一次機能(栄養),おいしさにかかわる二次機能(嗜好性),からだの働きを整えて疾病を予防する三次機能(生体調節機能)に分類される.このうち三次機能は,特定保健用食品にも応用されている.

私たちは,日常の食事によりイソフラボン,カテキンなどのポリフェノール類をはじめさまざまなphytochemicalを摂取している.これらは,受容体のアゴニストもしくはアンタゴニスト,酵素の活性阻害物質として機能を発現したり,さらにはタンパク質を修飾して細胞機能を制御し,特有の機能性を発現する(図1図1■食品の3次機能とその作用メカニズムの概要).

図1■食品の3次機能とその作用メカニズムの概要

食品には大きく3つの機能が備わっている.そのうち生体調節機能は三次機能と呼称され,食品中の機能性成分が生体内の酵素活性を阻害もしくは増強(賦活化),受容体に対してアンタゴニストもしくはアゴニストとして,特定の遺伝子の発現を抑制もしくは増強して発現すると考えられる.筆者らは,ニンニク由来の機能性成分ジアリルトリスルフィドが腫瘍細胞のβチューブリンの特定のシステイン残基をS-アリル修飾することにより抗がん作用を示すことを明らかにした29, 30)29) T. Hosono, T. Fukao, J. Ogihara, Y. Ito, H. Shiba, T. Seki & T. Ariga: J. Biol. Chem., 280, 41487 (2005).30) 関 泰一郎,細野 崇,深尾友美,有賀豊彦:化学と生物,44, 287 (2006).

一方,近年食品由来の機能性成分の摂取による遺伝子発現の変化が,体内のマイクロRNA(micro RNA ; miRNA)の発現を介して起こることや,摂取した食品自体に包含されるmiRNAが摂食後血中に検出されることなどが報告され,食品の機能性発現の新しい分子機構として注目されつつある(2)2) A. E. Wagner, S. Piegholdt, M. Ferraro, K. Pallauf & G. Rimbach: Food Funct., 6, 714 (2015)..本稿では,miRNAを介した食品由来成分の機能性発現について,特にがん,糖尿病,心血管疾患などの生活習慣病との関連性に着目し,miRNAに関する基礎的事項と併せ概説する.

RNAとエキソソーム

近年,miRNAと呼ばれる22塩基前後の一本鎖RNA分子が遺伝子の転写後の発現制御における重要な調節因子として認知されるようになった.miRNAはタンパク質へ翻訳されないnon-coding RNAの一種で,標的遺伝子のmRNAの3′非翻訳領域に相補的に結合し,おもにその遺伝子の発現を抑制することにより転写後調節を行っている.miRNAは1993年に線虫C. elegansにおいて初めて報告され,当初はstRNAと呼ばれていた.現在では植物および動物に広く保存されていることが明らかとなり,ヒトゲノムには1,000以上のmiRNAがコードされていることが報告されている(3, 4)3) M. R. Friedländer, E. Lizano, A. J. Houben, D. Bezdan, M. Báñez-Coronel, G. Kudla, E. Mateu-Huertas, B. Kagerbauer, J. González, K. C. Chen et al.: Genome Biol., 15, R57 (2014).4) E. Londin, P. Loher, A. G. Telonis, K. Quann, P. Clark, Y. Jing, E. Hatzimichael, Y. Kirino, S. Honda, M. Lally et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E1106 (2015)..さらに重要なことに,ヒトの全遺伝子の約60%がmiRNAによる発現制御を受けることが考えられており(5)5) R. C. Friedman, K. K. Farh, C. B. Burge & D. P. Bartel: Genome Res., 19, 92 (2009).,miRNAを介した遺伝子の発現制御は,細胞の増殖,分化,維持をはじめとした多様な生命現象を調節している.その発現異常は,病気の発症へとつながることから,診断のためのバイオマーカーとしての研究も進められている.そのなかでも,がんに関する研究は最も活発に推進されており,さまざまな種類のがんにおけるmiRNAの発現パターンが解析されている.種々のがんによってmiRNAの発現プロファイルは固有のパターンを示すことから,血中のmiRNAを測定することで,がんの診断に加えて予後の予測のための利用が期待されている(6)6) P. S. Mitchell, R. K. Parkin, E. M. Kroh, B. R. Fritz, S. K. Wyman, E. L. Pogosova-Agadjanyan, A. Peterson, J. Noteboom, K. C. O’Briant, A. Allen et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 10513 (2008)..さらに,バイオマーカーのみならず,さまざまな疾患の治療を目指したmiRNA研究がホットな話題となっている.

1. miRNAの生成

miRNAの合成メカニズムは,多くの総説で詳細に解説されている(7)7) M. Ha & V. N. Kim: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 15, 509 (2014)..したがって,本稿ではその概略を述べる.miRNAの合成に際してはまず,miRNA遺伝子からRNAポリメラーゼⅡにより一本鎖RNAが転写され,5′cap構造およびポリA鎖を有し,ヘアピンループ型の構造をとるprimary miRNA(pri-miRNA)が生成される.生成されたpri-miRNAは,動物の場合核内においてRNaseⅢの一種であるDroshaおよびそのcofactorであるDGCR8の複合体によるプロセッシングを受け,pre-miRNAとなる.pre-miRNAはExportin-5と呼ばれるキャリアタンパク質およびGTP結合性の核タンパク質RAN・GTPと複合体を形成し,核から細胞質へ輸送される.細胞質に輸送されたpre-miRNAは,RNaseⅡの一種であるDicerによるプロセッシングを受けて二本鎖のmiRNAが生成される.二本鎖miRNAはAGOタンパク質に積み込まれ,RNA-induced silencing complex(RISC)を形成し,その後二本鎖RNAが解離して成熟型の一本鎖miRNAとなる(図2図2■miRNAの生合成と細胞外への分泌メカニズム).

図2■miRNAの生合成と細胞外への分泌メカニズム

miRNAをコードする遺伝子からRNAポリメラーゼⅡにより一本鎖RNAが転写されてprimary miRNA(pri-miRNA)が生成される.pri-miRNAは,核内においてDroshaおよびDGCR8の複合体によるプロセッシングを受け,pre-miRNAとなる.pre-miRNAはExportin-5およびRAN·GTPと複合体を形成して細胞質へ輸送され,Dicerによるプロセッシングを経て二本鎖のmiRNAが生成される.二本鎖miRNAはAGOタンパク質に積み込まれてRISCを形成し,その後二本鎖RNAが解離して成熟型の一本鎖miRNAとなる.こうして生成されたmiRNAは,エキソソームやmicrovesicle(MV)などに内包されて細胞外へ放出される.

2. エクソソームとmiRNA

miRNAは細胞内のみならず血清や血漿,唾液,尿および乳中にも検出され,無細胞状態でも安定して体内を循環している(8)8) X. Chen, H. Liang, J. Zhang, K. Zen & C.-Y. Zhang: Trends Cell Biol., 22, 125 (2012)..これらのmiRNAには,細胞の損傷や細胞死に伴って細胞から受動的に放出されるものに加えて,エクソソームやmicrovesicle(微小小胞体,以下MV)と呼称される細胞外小胞,あるいは高密度リポタンパク質(HDL)に内包されて細胞から能動的に分泌されるものも含まれる.エクソソームは後期エンドソームに由来するのに対し,MVは細胞膜から直接形成される.エクソソームとMVを比較すると,MVのほうがサイズが大きいなどの差異はあるものの,いずれもmiRNAをはじめとした核酸やさまざまな生理活性タンパク質が包含された脂質二重膜のvesicleである.エクソソームやMVは種々の産生細胞から血液中に放出され,細胞間の情報伝達機構に重要な役割を演じていることが考えられており,食品成分の機能発現においても重要なメディエーターである可能性がある.

3. 血小板由来のエクソソーム

血小板は骨髄巨核球からちぎれるような形で生成される無核の細胞であり,親細胞由来の種々のRNAを含有し,タンパク質合成能も維持している.血小板にはDicerやAGOなどのmiRNAのプロセッシングに必要なタンパク質も存在し,miRNAを含んだmicroparticle(血小板由来の膜小胞体は,microparticleと呼称される)やMVを分泌する.これらの血小板由来のmiRNAは,血小板自体およびその他の標的細胞に作用し,心臓血管疾患をはじめとした種々の病態の形成に関与する.特に,miRNA-223, miRNA-126, miRNA-21, miRNA-24およびmiRNA-197などのmiRNA分子種は,心臓血管疾患患者の血小板や血小板由来のMV中に高レベルで検出されることから,心臓血管疾患のバイオマーカーとしての有用性も指摘されている.たとえば,血小板に最も強く発現するmiRNA-223は,非ST上昇型急性冠動脈症候群の血中バイオマーカーとして有用である(9)9) E. Fuentes, I. Palomo & M. Alarcón: Life Sci., 133, 29 (2015).

miRNAを介した食品成分の機能発現と生体機能の制御

上述のように,生活習慣病の原因として生活習慣の乱れ,特に食生活の乱れが挙げられ,食事はさまざまな疾患と密接に関連している.一方,食品成分の摂取によりさまざまな疾患の予防や病態改善の可能性が明らかにされており,そのメカニズムの一部にmiRNAの関与が考えられている.本章では,いくつかの食品成分を例に,miRNAの発現調節を介した生体機能の制御について紹介する(表1表1■食品成分によるmiRNA発現調節を介した生体機能制御).

1. 食品の抗がん作用とmiRNA

発がんに関与するmiRNAと,がん抑制に関与するmiRNAが知られている.さらにいくつかのmiRNAは上皮間葉転換(上皮細胞がその細胞極性や周囲の細胞との接着機能を喪失し,未分化な間葉系様細胞へと脱分化することで遊走能や浸潤能を獲得するプロセス)や抗がん剤に耐性をもつがん幹細胞の制御にも関与する.食品成分は,さまざまなmiRNAの発現を制御することで,がん細胞の増殖抑制,アポトーシスの誘導,上皮間葉転換の抑制を起こす.また,従来の治療方法によるがんの治療効果を増強することなどが報告されている(10)10) Y. Li, D. Kong, Z. Wang & F. H. Sarkar: Pharm. Res., 27, 1027 (2010).

赤ワインに多く含まれるポリフェノール,レスベラトロールには抗酸化作用や抗がん作用が報告されている.複数の乳がん細胞株において,リスベラトロールの処理は薬剤耐性の減弱や浸潤能を低下させる(11)11) K. Hagiwara, N. Kosaka, Y. Yoshioka, R. U. Takahashi, F. Takeshita & T. Ochiya: Sci. Rep., 2, 314 (2012)..また,免疫不全マウスに乳がん細胞を移植後,レスベラトロールを投与すると腫瘍形成能は低下した.レスベラトロールを乳がん細胞に添加培養すると,miR-16, miR-141, miR-143, miR-200cなど複数のがん抑制的なmiRNAの発現上昇や,miRNAと結合して標的mRNAを切断するタンパク質Argonaute 2の発現が誘導され,抗がん作用を示す(11)11) K. Hagiwara, N. Kosaka, Y. Yoshioka, R. U. Takahashi, F. Takeshita & T. Ochiya: Sci. Rep., 2, 314 (2012)..乳がんの95%以上は上皮細胞由来であり,上皮間葉転換によってほかの臓器への浸潤・転移能を獲得し,悪性化する.リスベラトロール誘導体のプテロスチルベンを処理した乳がん細胞では,遺伝子の転写を調節するmiR-205が著しく増加しており,その結果,がん遺伝子Srcが低下し上皮間葉転換を抑制することが報告されている(12)12) C. M. Su, W. H. Lee, A. T. Wu, Y. K. Lin, L. S. Wang, C. H. Wu & C. T. Yeh: J. Nutr. Biochem., 26, 675 (2015)..また,緑茶に含まれるポリフェノールであるエピガロカテキンガレートにもmiRNAを介した抗がん作用が報告されている.エピガロカテキンガレートを悪性黒色腫(メラノーマ)に作用させると,その受容体である67-kDaラミニン受容体(67LR)を活性化し,がん抑制作用を示すmiRNAであるlet-7bの発現を上昇させ,がん遺伝子のRasやHMGB2発現を抑制する(13)13) S. Yamada, S. Tsukamoto, Y. Huang, A. Makio, K. Kumazoe, S. Yamashita & H. Tachibana: Sci. Rep., 6, 19225 (2016).

ウコンに含まれる黄色のポリフェノールであるクルクミンは,転写因子NF-κBの遺伝子産物の発現量の低下やアポトーシスを誘導することでがん細胞の増殖を抑制し,抗がん作用を示すと考えられている.そのメカニズムについてクルクミンで処理したヒト膵臓がん細胞のmiRNAプロファイルをマイクロアレイで検討した結果,miR-22の発現上昇,miR-199aの発現抑制が認められた(14)14) M. Sun, Z. Estrov, Y. Ji, K. R. Coombes, D. H. Harris & R. Kurzrock: Mol. Cancer Ther., 7, 464 (2008)..クルクミン処理と同様,miR-22のトランスフェクションによって標的遺伝子のSP1転写因子とエストロゲン受容体1(ESR1)発現が抑制され,クルクミンはmiRNAの発現調節を介して抗がん作用を示すことが示唆された.ポリフェノール以外の食品成分にも抗がん作用が報告されている.ビタミンDの一種のカルシトリオールを大腸がん細胞に処理すると,ヒストン脱メチル化酵素の抑制,miR-627発現の誘導によって,ヒストンH3K9のメチル化を促進し,増殖因子の発現を抑制した(15)15) S. K. Padi, Q. Zhang, Y. M. Rustum, C. Morrison & B. Guo: Gastroenterology, 145, 437 (2013)..ヒト大腸がん細胞のHCT-116を免疫不全のヌードマウスに移植した担がんモデルマウスにカルシトリオールを投与すると,腫瘍の形成が抑制された.miR-627の過剰発現がカルシトリオール投与と同様に腫瘍サイズを抑制したことから,カルシトリオールはmiR-627の発現上昇を介して大腸がん細胞に抗がん作用を示すことが考えられている(15)15) S. K. Padi, Q. Zhang, Y. M. Rustum, C. Morrison & B. Guo: Gastroenterology, 145, 437 (2013).

これらの結果は,食品成分の摂取により発がんに関与するmiRNAの発現抑制,がん細胞の増殖を抑制するmiRNAの発現誘導が起こり,さまざまな種類のがんに対して予防や治療効果を示すことを示唆している.

2. miRNA発現を介した抗肥満,抗糖尿病作用

糖尿病は自己免疫やウイルス感染などによって膵臓のβ細胞が傷害され,インスリン分泌能が低下することで血中のグルコースが細胞に取り込まれなくなる1型糖尿病と,肥満によってインスリンの分泌が減少したり,インスリン標的臓器のインスリン感受性が低下したりすることで血糖値のコントロールができなくなる2型糖尿病に分類される.糖尿病は高血糖状態が持続することによって毛細血管が障害され,糖尿病性網膜症,糖尿病性腎症,糖尿病性神経症などの合併症を発症する.さらに動脈硬化性疾患のリスクも増加する.このような糖尿病の合併症の発症においてもmiRNAの関与が指摘されている(16)16) P. Kantharidis, B. Wang, R. M. Carew & H. Y. Lan: Diabetes, 60, 1832 (2011).

n-3系多価不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)は強い血小板凝集抑制作用を示し,心筋梗塞などの虚血性心疾患の予防効果がある.さらにEPAの摂取により,褐色脂肪組織における体熱産生や酸素消費量が増加し,脂肪重量が減少することが報告されている(17)17) J. Kim, M. Okla, A. Erickson, T. Carr, S. K. Natarajan & S. Chung: J. Biol. Chem., 291, 20551 (2016)..そのメカニズムとして,n-3系多価不飽和脂肪酸の受容体である遊離脂肪酸受容体4(FFAR4)を介したmiR-30bとmiR-378の発現上昇により,褐色脂肪細胞のマーカー遺伝子の発現上昇や酸素消費量が増加すると考えられている.一方,飽和脂肪酸を多く含む食事は,肥満や脂肪肝とそれに伴うインスリン抵抗性を引き起こし,2型糖尿病のリスクを増加させるが,この際にmiR-15bの増加が確認されている(18)18) W. M. Yang, H. J. Jeong, S. W. Park & W. Lee: Mol. Nutr. Food Res., 59, 2303 (2015)..miR-15bを肝細胞に過剰発現させると,インスリン受容体の発現レベルが低下し,インスリンシグナルの障害とグリコーゲン合成の抑制が観察される.また,飽和脂肪酸であるパルミチン酸はmiR-29aを誘導することで筋肉細胞でのインスリン受容体基質1(IRS-1)の発現を低下させ,インスリンによるAktのリン酸化を抑制する(19)19) W. M. Yang, H. J. Jeong, S. Y. Park & W. Lee: FEBS Lett., 588, 2170 (2014).

これらの結果は,食品成分はさまざまなmiRNAの発現を調節することでエネルギー代謝やインスリン抵抗性などを改善し,その機能性を発揮することを示唆している.さらに,各種ビタミン,ミネラルなどの微量栄養素のmiRNAを介した機能発現についても報告されている.これらに関しては,最近の総説を参照されたい(20)20) E. L. Beckett, Z. Yates, M. Veysey, K. Duesing & M. Lucock: Nutr. Res. Rev., 27, 94 (2014).

表1■食品成分によるmiRNA発現調節を介した生体機能制御
食品中の機能性成分発現上昇miRNA発現抑制miRNA生体に及ぼす効果文献
レスベラトロールmiR-16, miR-141, miR-143, miR-200c乳がん細胞の抗がん剤耐性の減弱,腫瘍形成能の低下11
プテロスチルベンmiR-205乳がん細胞の上皮間葉転換,転移の抑制12
エピガロカテキンガレートlet-7bメラノーマ細胞の増殖抑制13
クルクミンmiR-22miR-199a膵臓がん細胞の増殖抑制,アポトーシス誘導14
カルシトリオールmiR-627大腸がん細胞の増殖抑制,腫瘍成長の抑制15
エイコサペンタエン酸miR-30b miR-378褐色脂肪のマーカー遺伝子発現上昇,酸素消費量の増加17
飽和脂肪酸miR-15bインスリン抵抗性誘導,グリコーゲン合成抑制18
パルミチン酸miR-29a筋肉細胞のインスリン受容体基質1発現を低下,Aktリン酸化の抑制19

機能性成分としての食品由来miRNA

われわれが日常食する植物性,動物性食品にはmiRNAが含まれており,これらが活性を維持したまま体内に取り込まれ,遺伝子発現を制御している可能性がある(2, 20)2) A. E. Wagner, S. Piegholdt, M. Ferraro, K. Pallauf & G. Rimbach: Food Funct., 6, 714 (2015).20) E. L. Beckett, Z. Yates, M. Veysey, K. Duesing & M. Lucock: Nutr. Res. Rev., 27, 94 (2014)..このようなsmall RNAを介したcross-taxonomic regulationは,バクテリア,ウイルス,蠕虫などさまざまなモデル系で観察されている(21)21) P. A. Newmark, P. W. Reddien, F. Cebrià & A. Sánchez Alvarado: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 11861 (2003)..また,miRNAは,母乳や牛乳中にも分泌されており,哺乳を介した生物学的なコミュニケーションの一手段とも考えられる(22, 23)22) Q. Zhou, M. Li, X. Wang, Q. Li, T. Wang, Q. Zhu, X. Zhou, X. Wang, X. Gao & X. Li: Int. J. Biol. Sci., 8, 118 (2012).23) H. Izumi, N. Kosaka, T. Shimizu, K. Sekine, T. Ochiya & M. Takase: J. Dairy Sci., 95, 4831 (2012).

食用植物中にもmiRNAは検出されるが,小麦,米,ジャガイモなどの加工食品にも検出される(24)24) L. Zhang, D. Hou, X. Chen, D. Li, L. Zhu, Y. Zhang, J. Li, Z. Bian, X. Liang, X. Cai et al.: Cell Res., 22, 107 (2012)..牛乳中のmiRNAは,通常のmiRNAの変性条件においても安定である.ほかの食品についても調理・加工条件(方法,温度,時間)の検証が必要であるが,コレステロールやタンパク質などのほかの成分がmiRNAの安定性を向上させている可能性がある(25)25) M. Jiang, X. Sang & Z. Hong: BioEssays, 34, 280 (2012).

最近,ヒトにおいても,内因性のmiRNAと比較すると僅かではあるが外因性のmiRNAの取り込みが報告されており,約30種類の植物由来のmiRNAがヒト血清中に検出されている.これらのうちmiR-156a,-168はコメやアブラナ科植物に多く含まれている(24)24) L. Zhang, D. Hou, X. Chen, D. Li, L. Zhu, Y. Zhang, J. Li, Z. Bian, X. Liang, X. Cai et al.: Cell Res., 22, 107 (2012)..また,コメを給餌したマウスにおいてもこれらのmiRNAが給餌6時間後に血清,組織で検出されている.さらにコメから単離したmiR-168,合成miR-168,合成メチル化miR-168をマウスに経口投与したところ,3時間後に血清,肝臓での上昇が観察された(24)24) L. Zhang, D. Hou, X. Chen, D. Li, L. Zhu, Y. Zhang, J. Li, Z. Bian, X. Liang, X. Cai et al.: Cell Res., 22, 107 (2012).

一方で,相反するデータも発表されており,これらの試験の再現性の確認も必要である.ブタオザルに植物由来miRNAを投与したところ,血漿中にはごく僅かのmiRNAしか検出されず(26)26) K. W. Witwer, M. A. McAlexander, S. E. Queen & R. J. Adams: RNA Biol., 10, 1080 (2013).,ヒト,マウスを用いた投与実験では,有意なmiRNAは検出されていない(27)27) J. W. Snow, A. E. Hale, S. K. Isaacs, A. L. Baggish & S. Y. Chan: RNA Biol., 10, 1107 (2013)..また,食物を介して摂取され,吸収後全身性に機能を発現するのに必要なmiRNA量は,食事からの供給量を超えているとの見解や,内因性のmiRNAを外因性のmiRNAと誤評価している可能性なども指摘されている(28)28) J. S. Petrick, B. Brower-Toland, A. L. Jackson & L. D. Kier: Regul. Toxicol. Pharmacol., 66, 167 (2013).

これらの点に関しては,被験者数,投与量,投与期間,解析方法の改良など,さらなる検討が必要である.いずれにしても,植物由来のmiRNAがヒトの循環血中に存在することが証明されれば,内因性のmiRNAの作用を介した食品の機能発現に加えて,機能性成分としてのmiRNAの特徴を明確にする必要がある.さらに病態生理学的な観点からのmiRNA発現プロファイルと食品機能性との関連を明らかにするためのコホート研究などが必要になると考えられる.

栄養・食品機能とmiRNAに関する研究は始まったばかりである.今後の研究の発展によりmiRNAをターゲットとした機能性食品やサプリメントの開発など,新しい活路を見いだせる可能性がある.

Reference

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