Kagaku to Seibutsu 54(12): 920-923 (2016)
バイオサイエンススコープ
次世代施設園芸について
Published: 2016-11-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
野菜や果樹,花きといった園芸作物はわが国の農業産出額の約4割を占め,わが国農業の重要な柱となっています.また,新規就農者の7割以上が取り組みたいと選ぶ魅力ある分野でもあります.一方で,園芸作物は貯蔵性が低く,1年を通じて安定した供給を行うには,計画的な生産が可能な施設園芸が不可欠です.現在,わが国では,簡易なビニールハウスから鉄骨ハウス,高度に環境が整備された植物工場まで幅広く,全国に約46,000ヘクタールの施設が展開されています(図1図1■わが国の温室の設置面積).
期待される施設園芸ですが,課題もあります.冬に加温が必要な品目も多く,経営コスト削減や地球温暖化対策の面から化石燃料依存からの脱却が必要です.高品質な作物生産を実現している農家の方が培ってきた「匠の技」を新たに農業を始める若い世代がスムーズに習得し,順調に経営を続けられるようなしくみづくりも必要です.46,000ヘクタールのうち温度や湿度,光などの複数の環境を制御できる装置を備えた温室は700ヘクタール程度であることから,今後とも天候に左右されずに野菜などの安定供給を確保するためには,環境制御装置を導入した温室の割合を高め,生産性を向上させることも重要です.
オランダは,九州と同じくらいの国土面積で,農地も日本の半分以下しかありませんが,約1万ヘクタールの施設面積で世界第2位の輸出額を誇る農産物輸出大国となっています.オランダの施設園芸は,産学官が連携して形成されたクラスターが中心となって機械化,ICTの活用などの先端技術の現場への応用が積極的に行われた結果,トマトの収量は10アール当たり60トン以上(わが国は平均11トン)となっています.
平成25年5月,当時の林 芳正農林水産大臣はオランダに行き,園芸生産者,研究機関,関連企業などが連携して施設園芸のクラスターを形成している「グリーンポート」と呼ばれる施設を視察しました.ウエストランド市のパプリカ農場においては,約4ヘクタールの広さをもつ温室で,ICT技術,生産施設に併設された出荷施設,ロッテルダムから購入した二酸化炭素を光合成促進に利用する技術など生産性の高い農業が展開されている様子を,また,ワーヘニンゲン大学においては最先端の研究や産学官の強力な連携もご関心をもってご覧になりました.パプリカ農場を視察した林大臣(当時)は,「進歩した施設園芸の姿を目のあたりにすることができた.オランダと日本では気象条件も違うので,そのままオランダのものをもってくることはできないが,学ぶべきところは大いにあった」と発言し,その後の国会においても,「次世代施設園芸の産地を全国的に展開していきたい」と答弁し,オランダ農業も参考にした事業の本格的検討が開始されました.
「オランダの技術は特別なものではなく,産学官の連携に強みがある.日本の民間の技術力ももっと農業に活用することが重要」と林大臣(当時)が指摘されたのを受け,施設園芸分野における産業界と農業界の連携強化を図るとともに,幅広い参加者から意見を聴取し,今後の政策へ反映させるべく,平成25年10月には「次世代施設園芸セミナー」を開催しました.本セミナーには,民間企業53団体をはじめ,総勢180名の参加がありました.冒頭には林大臣(当時)とともに,日本経済団体連合会の十倉農政問題共同委員長(住友化学株式会社代表取締役)からもご挨拶をいだたきました.これを皮切りに全国の8カ所でも「地域セミナー」を実施し,延べ431団体844名の参加を得て,事業のあり方について幅広い意見交換を行いました.
林大臣(当時)のオランダ視察やセミナーなどを通じたご意見をもとに,平成25年度補正予算において「次世代施設園芸導入加速化支援事業」を創設し,以降,平成28年当初予算まで約120億円の予算を措置し,全国10地区で施設整備が進められています.
本事業の趣旨は,「先進技術と強固な販売力を融合させ,木質バイオマスなどの地域資源エネルギーを活用するとともに,生産から調製・出荷までの施設の大規模な集約化や,ICTを活用した高度な環境制御を行うことにより,低コストな周年・計画生産を実現し,所得向上と地域の雇用を創出することを目的とする」としています.オランダ農業も参考にした大型施設園芸の導入に際しては,いくつかの点で,従来の補助事業にはない考え方が盛り込まれ,また,その整備に際しては,わが国の条件に合わせる形でオランダ施設園芸のアレンジがなされました.以下,その特徴的な部分を説明します.
これまでの施設園芸の導入支援に係る補助事業は,農業生産の強化の観点から,事業実施主体については農業生産法人や農業協同組合など生産者や生産者団体を対象にしてきました.本事業ではオランダの施設園芸クラスターに倣い,産業界と農業界の連携強化を図る観点から,民間企業,実需者,生産者,都道府県などを必須構成員とするコンソーシアムを事業実施主体としています.特に重要な点は,生産者と実需者が一堂に会して契約栽培を推進することであり,これは,高いレベルでの周年生産が周年の需要先と結びつくことによって,経営収支の早期安定化につなげることを狙ったものです.
また,コンソーシアムには,上記の必須構成員のほか,研究機関や普及機関も参画することにより,研究機関のもつ高度環境制御技術の円滑な導入や普及組織による経営,栽培技術指導など技術的なバックアップが得られることも期待しています.
生産をエネルギーに依存する施設園芸農家にとって,地政学的リスクの高い化石燃料依存からの脱却は極めて重要です.オランダでは,北海由来の天然ガスを燃やして発電や熱利用などを行っていますが,本事業では,これに代わり,わが国に豊富に存在する資源である木質バイオマスなど地域資源活用したエネルギーを施設園芸に活用することといたしました.
本事業が始まるまでは,木質バイオマスボイラーの施設園芸への導入事例は,一部の県を除き少数にとどまっていましたが,林野庁では近年,木質バイオマスの利用促進を図っており,中山間地域の振興や農業と林業の連携の観点からも,今後進展が期待されるところです.
本事業では木質バイオマスを含む地域資源の確保が最も重要なことから,都道府県がその安定供給の責任を担うことといたしました.
ちなみに,事業の政策目標事業要件として事業実施地区においては周辺地域に比べて化石燃料使用量を5年間で3割削減することとしています.
現在の施設園芸産地は,個々の農家が生産物を集出荷施設に搬入し,そこで選別,梱包,出荷する形態が多くなっていますが,搬入などの流通コストの低減を図るためには,「生産場所=出荷場所」となることが理想です.
オランダのように,大規模な施設で生産から調製,出荷までを一気に行うことができれば,大幅なコスト低減が可能となることから,本事業では中核となる施設,すなわち地域資源エネルギー供給施設,完全人工光型植物工場を活用した種苗供給センター,高度な環境制御を行う温室,出荷施設の4施設を1カ所に集約して整備することを必須としています.
温室は,大規模化のメリットが享受できるよう,おおむね3ヘクタール以上の大きさとしているほか,ICTを駆使した高度な環境制御装置を導入することとしています.これにより計画的な周年栽培が可能となり,実需者との結びつきがより強固なものになると考えています.
なお,本事業は,大規模な面積の土地や地域資源エネルギーの確保が条件となっているため,地域において適地を得るのが容易でないと考えられたことから,事業実施地区の地目は農振農用地に限らず,工業用地などでも整備可能としたところです.
次世代施設園芸の整備に際しては,先に述べた地域資源エネルギーの利用として天然ガスの代わりに木質バイオマスなどの地域資源を活用する点以外に,以下の2点でオランダの大規模施設園芸のアレンジを行いました.
本事業は,平成25年度補正予算において設立され,平成26年2月には,北海道,静岡県,富山県,兵庫県,高知県,宮崎県の6地区が採択され,その後,平成26年4月には宮城県,埼玉県,大分県の3地区が,27年4月には愛知県が採択され,計10地区で実施しています.各地区の概要は図2図2■次世代施設園芸導入加速化支援事業実施地区のとおりですが,いくつかの特徴について述べると,以下のとおりです.
①品目はトマトが多くなっています.これはトマトの需要と単価が安定していることや,環境制御による生産性の高い栽培技術が確立していることによります.
②地域資源エネルギーは木質バイオマスのほか,廃棄物由来燃料や温泉熱などの固有の資源を活用しているところもあります.
③地域の特色を活かし,たとえば,北海道拠点では冷涼な気候を利用したいちごの周年生産が行われており,富山県拠点では水田単作農業からの脱却を目指したトマトや花き(トルコキキョウ,ラナンキュラス)の生産が行われています.また,降雪への対応のため,富山県拠点ではあえて連棟にせず単棟ハウスを整備しています.
④施設園芸のモデル拠点として人材育成の機能も有しており,たとえば高知県拠点では隣接する担い手育成センターと,宮崎県拠点ではJAの担い手育成システムと連携しています.
各拠点の整備計画はおおむね2~3年となっており,28年9月30日現在,富山県拠点,宮崎県拠点,兵庫県拠点,高知県拠点,静岡県拠点,大分県拠点の6拠点が竣工し,北海道拠点では整備面積の半分の2ヘクタールについて生産が始まっています.残る宮城県拠点,埼玉県拠点,愛知県拠点と北海道拠点の残りの2ヘクタールについても施設整備が進んでおり,28年度中には全10拠点が完成する見込みとなっています.
本事業の創設に触発される形で,新たな施設園芸の取り組みが各地で起こっています.たとえば,民間企業が中心となって共同出資会社を設立し,ICTを活用した高度環境制御による大規模施設園芸団地を建設し,生産法人に貸し出す仕組みが計画されています.これは,本事業による運営と重なるものです.また,民間企業と農業生産法人が共同出資会社を設立し,木質チップを燃料とするバイオマスボイラーを利用した大規模施設園芸を実施している例もあります.
また,本事業で得られた知見,
については,全国的に展開できる可能性があることから,拠点で得られた知見を全国で横展開すべく「強い農業づくり交付金」に次世代型の施設園芸整備を行う場合の「優先枠」を設けているところです.
さらには,地域での経営の核となる人材の育成および高度な栽培技術の普及については,施設園芸の担い手の高齢化が進むなか,早急に取り組むべき課題であり,拠点を活用した研修などを行うなどの取り組みを進めています.
本事業は,施設園芸の先進地であるオランダに学ぶべきところは学びながら,わが国の技術や資源を駆使し,わが国の気象条件などに合わせてオランダの取り組みをアレンジしつつ,これまでになかった規模での施設を集積した事業であり,「攻めの農林水産業」の旗艦というべきものです.
もとより施設園芸は露地栽培に比べて生産性が高いものですが,その改良・普及は農家個々の努力に委ねられてきた面が強くありました.研究者をはじめとする多くの関係者により,生産現場で起きている事象の丹念な観察が行われるとともに,センサー技術やビッグデータの利用など農業以外を含むさまざまな分野の研究の蓄積と融合の取り組みがなされたことで,農家の「匠の技」の一部を数値化し,複合環境制御技術に置き換えることなどが可能となりつつあります.次世代施設園芸は,これらの成果を利用することでこれまでの施設園芸の生産性をさらに一段高めたものです.
先日,ある会議でオランダの花き生産者からトルコキキョウの年6回収穫に挑戦している話を聞く機会がありました.普通は年1回のものを6回作るのですから,どのような特別な技術が使われているのかと思って聞いてみると,施設内の環境制御を前提として,機械による苗の自動定植と一斉収穫,スチームによる土壌消毒を繰り返すことにより,定植から次の定植まで9週間のサイクルを実現することで可能としているとのことでした.もちろんこうやって作られたトルコキキョウはわが国の「仕立て栽培」で生産されたものとは品質面で大きな違いがあり,栽培方法の優劣を云々するものではありませんが,施設内の環境を自在にコントロールできる手段を有することが,従来にない発想を生み出していることも確かです.そして,これらの技術を構成する各要素は,決して天才による飛躍的発想に基づくものではなく,むしろ,従来の技術を応用したり,少しだけ改良したりといった積み重ねであり,この積み重ねが気がつくと大きな違いを生み出しているように思います.
農林水産省では,次世代施設園芸の各拠点の運営をいち早く軌道に乗せ,全国のモデルとして,得られた成果をほかの地域へと普及させることにより,施設園芸団地の構造改革と地域農業の発展につなげることとしております.この分野に多くの若い才能が参入することを心より望む次第です.
さらに詳しい情報をお知りになりたい方は,以下の情報をご覧ください.
・農林水産省のHP: http://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/engei/NextGenerationHorticulture/index.html
・日本施設園芸協会のHP: http://www.jgha.com/jisedai/h27/pl/h28jisedai2.pdf