学界の動き

大学院連合農学研究科の30年の歩み

Ryo Funada

船田

東京農工大学大学院農学研究院

Published: 2016-11-20

連合農学研究科設立の経緯

東京農工大学大学院連合農学研究科のアドミッション・ポリシーには,『地球上の生物が共存できる環境の維持,安全な食料の確保,暮らしを支える資源の確保,健康な生活の維持は,われわれの「いのちと暮らし」を支えるために必要不可欠である.農学はまさに「いのちと暮らし」の総合科学といわれるように,これらの問題解決に繋がる重要な学問分野として位置づけられている.21世紀はまさに農学の時代だといっても過言ではない.農学が人類の生存と福祉に,これまで以上に貢献するためには,高度の研究・分析能力を備えた人材の育成が不可欠である.このような社会要請を受け,連合農学研究科では,茨城大学,宇都宮大学,東京農工大学の農学研究科および農学府での教育を基盤として,日本およびアジアでの中核的な博士課程大学院としての発展を目指し,広い視野,高度な専門知識,理解力,洞察力,実践力を獲得できる創造的で機能性に富んだ教育を追求し,総合的判断力を備え,国際社会に貢献できる高度専門職業人や研究者を養成することを目標としている』,と述べられている.以上のような使命をもって設置された連合農学研究科(後期3年のみの博士課程)が,平成28年3月10日に創立30周年記念式典を行った.そこで,30年の歩みを振り返るとともに,わが国の農学の発展および大学院での教育研究の向上に果たした役割について,以下にご紹介したい.

大学院連合農学研究科は,昭和60年度に,関東地区においては,茨城大学,宇都宮大学,東京農工大学を構成大学とし,それぞれ協力して教育研究にあたるものとして,既存の大学院(修士課程)と別個の独立した大学院として東京農工大学に設置された.また同時に,四国地区においては,香川大学,愛媛大学,高知大学を構成大学として,愛媛大学に設置された.その後,大学院連合農学研究科は,鹿児島大学,鳥取大学,岩手大学,岐阜大学,に次々に設置された.現在,北は北海道(帯広畜産大学)から南は沖縄(琉球大学)までの18大学により構成される全国6連合農学研究科において,大学院博士課程の教育研究を精力的に行っている(図1図1■全国の大学院連合農学研究科).全国6連合農学研究科の連携関係は非常に密接であり,年2回開催する全国連合農学研究科協議会や専任教員会議において,教育研究や運営に関する共通の問題や解決策,わが国の文部科学行政の動向などに関して情報を共有している.特に,平成20年度に特別教育研究経費で東京農工大学に導入され,平成26年度に国立大学法人施設整備費補助金(国立大学改革基盤強化促進費)で更新された多地点制御遠隔講義システムにより,連合一般ゼミナール(日本語と英語)などの共通講義や遠隔会議が可能になったことは,場所的に離れた18大学を有機的に結びつけるうえで大きな役割を果たしている.平成26年度には,それぞれの研究科の教育研究の特色を尊重し,相互の連携と協力体制をさらに深化するため,全国6連合農学研究科の連携協定を締結した.また,農学系博士人材の就職支援活動も全国6連合農学研究科が主体的に行っており,「アグロイノベーション研究高度人材養成事業」や「グローバルアントレプレナー育成促進事業(EDGEプログラム)」によるワークショップ,国内外へのインターンシップ,国際ビジネス研修,などを通じて,社会が求める人材の養成を行っている.

図1■全国の大学院連合農学研究科

連合農学研究科の原点である「農水産系連合大学院設置構想」の歴史は古く,昭和44年度に公表された国立大学協会の大学院制度に関する報告を契機に,昭和45年度からブロック大学院構想などが検討され始められた.その後,約10年間の検討の結果,昭和53年度に東京農工大学に「農水産系連合大学院創設準備室」が設置され,本格的に大学院の設置が準備された.初代の創設準備室長には,諸星静次郎 東京農工大学名誉教授が就任し,諸星室長が学長に就任後は,川村 亮 東京農工大学農学部長が第2代準備室長に就任した.創設準備室では,当初,全国一組織の独立大学院大学構想や地区別傘大学方式などが提案されたが,既設の大学院と著しく制度が異なるため法令の壁が存在することや予算の問題などにより,すぐには概算要求が認められなかった.そこで,船田 周 愛媛大学農学部長が第3代準備室長に就任し,現行法枠内での具体策を文部省とすり合わせを行った結果,連合大学院の類型を作成し,最終的には拠点大学院型の傘大学方式(傘大学と参加大学で構成)で進めることになった.すなわち,世話大学的な性格をもつ傘大学に属する教官は兼担(現在は兼務)として参加し,一方,参加大学の教官は併任(現在は兼職)として参加し,すべての教官が研究科の運営や学生の教育研究に対して平等の権利を有するという大学院の設置を進めた.その後,傘大学という文言は基幹大学となったが,昭和59年4月25日に東京農工大学大学院農学連合研究科および愛媛大学大学院農学連合研究科の設立計画(最終的な大学院の名称は,文部省の意向により大学院連合農学研究科に変更)が文部省に提出され,昭和59年8月に文部省から大蔵省への概算要求書に組み入れられた.昭和59年12月29日に,文部省から東京農工大学と愛媛大学に対して政府予算案の内示が出て,長年の念願であった博士課程をもつ大学院の設置がかなえられた.

そこで,東京農工大学では昭和60年4月1日開学への準備を急遽開始した.まず,設立準備委員会を設置し,大学設置審議会による教員資格審査,初代研究科長への梶井 功 東京農工大学教授の選出,船田 周 準備室長の専任教官への任用,学生募集要項の作成,研究科の諸規則の立案などを行った.昭和60年4月1日には,農水産系連合大学院設立構想に基づき,茨城大学,宇都宮大学,東京農工大学の連携と協力のもとに設立された連合農学研究科の組織や運営管理の基本的事項に関して,構成大学間で協定書が批准された.さらに,国立大学の法人化に伴い,国立大学法人東京農工大学(設置法人)ならびに国立大学法人茨城大学と国立大学法人宇都宮大学(参加法人)は,平成16年4月1日に,3国立大学法人(構成法人)間の連携,協力のもと連合農学研究科を設置し,東京農工大学を設置大学,茨城大学と宇都宮大学を参加大学として組織し,研究科の適切かつ円滑な運営を図り,その充実発展に努める,などの内容を含んだ協定書を新たに批准している.

入学願書の受付を昭和60年4月2日から8日の間に行い,4月15日と16日に入学試験が実施された.第1期生の合格者は18名で,日本人学生は14名で留学生は4名(中国から2名,バングラデシュから1名,韓国から1名)であった.4月26日に第1回目の入学式が挙行され,連合農学研究科が正式に発足した.入学式には,当時の松永 光 文部大臣からのご祝辞が寄せられ,佐藤禎一 文部省高等教育局大学課長(元文部事務次官)により披露された.ご祝辞には,「本連合農学研究科が,昭和50年以来10年以上にわたり全国の農水産系学部の関係者により検討された新しい構想に基づく大学院であり,設立まで多くの関係者の幾多の努力や苦労があったこと,3大学の連合による層の厚い教育研究体制を整えることにより1大学のみでは難しい幅の広く,かつ水準の高い教育研究が期待されること,社会の要請に適切に対応し社会の各方面で活躍できる人材を養成するとともに留学生を積極的に受け入れることは極めて意義深いこと,日本で初めての試みであるため今後多くの課題があると予想されるが,教職員や学生は使命の重大さを認識し寄せられた期待に十分応えることを切望すること,そして3大学の連携協力による成果を上げ,魅力ある大学院として発展することを心から期待していること」,などが述べられている.文部大臣からのご祝辞にも触れられているように,連合農学研究科の最大の功績は,わが国で初めての組織体制をもつ大学院が構築されたことと言える.茨城大学,宇都宮大学,東京農工大学という異なる複数の大学が教育研究に対して平等に参加することを基本とし,お互いに連携協力して運営する初めての大学院と言える.異なる大学が運営することにより,大学の閉鎖性を打破し,大学の枠を超えて構成大学の「連合」による層の厚い教育研究体制を整えることにより,1大学では達成できない,幅が広く,かつ水準が高い農学教育研究を行うことが可能になったと言える.現在,東京農工大学大学院連合農学研究科では,約230名の教員が発令されており,多様な学問領域で構成される農学の全体をカバーすることができている(なお,獣医学に関する教員は岐阜大学大学院連合獣医学研究科に所属するため,別組織である).さらに,自らの大学に博士課程が設置されたことは,修士課程の大学院生の進路の拡大に大きく貢献したと言える.

連合農学研究科の教育研究と管理運営の特徴

連合農学研究科の教育体制の最大の特徴は,複数の教員による指導体制と学位審査を行うことである.学生は,入学時に,異なる大学の教員により構成する主指導教員1名と副指導教員2名を選ぶ必要がある.また,学位審査においても,3大学の5名以上の教員で構成する学位審査委員会が構成され,審査結果は大講座会議と教授会において審議される.このような指導体制をとることにより,学位論文の質の向上とともに,学位審査の透明性を確保していると言える.また,共通ゼミナールや合宿オリエンテーションなどを行うことにより,異なる専門分野をもつ教員や学生への説明能力やプレゼンテーション能力を磨く機会も与えられている.さらに,平成19年度からは単位制を導入し,学生は農学に関する広い知識と専門分野に関連する知識の修得を義務づけられている.

一方,連合農学研究科の管理運営も,独自の体制をとっている.教員資格審査に合格した兼担(現在は兼務)または併任(現在は兼職)発令された教員で構成される教授会の開催を年2回とする代わりに,研究科長,専任教員と茨城大学,宇都宮大学,東京農工大学から推薦された教員(代議委員)を基にした代議委員会制をとり,毎月開催される代議委員会の権限を強化することにより,スピード感をもって管理運営を行えるシステムを構築している.また,平成21年度には教員の資格再審査を初めて実施し,平成27年度には第2回目の再審査を行い,教員の研究力と指導力の維持と向上を図っている.

設立当時の最大の懸案は学生の確保だったが,先に述べたように,入学定員の18名は初年度より充足した.その後,入学生は順調に増加し,平成6年度ぐらいからは入学者数が定員の3倍近い50名を超えるようになり,平成15年度には97名が入学した.そのような実績を基に,文部科学省に定員増を要求したところ承認され,平成17年度に定員が40名となり,平成23年度からは45名となっている.また,平成13年度からは社会人特別選抜も開始し,大学と社会との関係を深化させるとともに,社会人の学び直しの機会を提供している.東京農工大学大学院連合農学研究科には,平成28年4月までに1,796名が入学しており,定員は常に満たしている.近年の定員充足率は約140%であり,博士課程としては高い値と言える.

連合農学研究科の特徴として,外国からの留学生が多いことが挙げられる.1,796名の入学者の約40%である652名が,留学生である.留学生の出身国は多様性に富んでおり,アジアやアフリカなどを中心に,これまで約50カ国からの学生を受け入れている.留学生の出身国の上位は,中国,韓国,インドネシア,バングラデシュ,タイ,ベトナム,イラン,ミャンマー,ネパール,フィリピン,アフガニスタンなどである.ただし,社会情勢や学生の留学先の変化などから,中国や韓国からの留学生は近年大きく減少している.近隣国で歴史的に結びつきの深い中国や韓国から,再び留学生が多く来日するような環境整備を行うことが今後の課題である.一方,ガーナなどアフリカ諸国からの留学生は増えており,現地での広報活動などによる優秀な留学生の確保が今後も重要である.

留学生が多い理由としては,教員が留学生を積極的に受け入れる土壌があること,食糧や環境に対する研究がアジアやアフリカ諸国において最重要研究分野の一つであること,学位授与を当初より3月と9月の2回修了にしたこと,平成13年度からは10月入学を始めたこと,多くの教員がアジアやアフリカを研究のフィールドとしており国際共同研究が進んでいること,留学生の出身大学との密接な国際交流が持続されていること,などによるものと言える.また,国費留学生特別プログラム,環境リーダープログラム,リーディング大学院,世界展開力強化事業,などに採択されたことなども追い風になっている.留学生の多くは,学位取得後,母国において教育研究や産業界のリーダーになっており,連合農学研究科は国際ネットワークの構築に大きく貢献していると言える.

さらに,研究活動の国際化を促進するため,カントー大学(ベトナム),チュラロンコン大学(タイ),ボゴール農科大学(インドネシア),ガジャマダ大学(インドネシア)など姉妹校でのフィールド調査(海外フィールド実習),カリフォルニア大学デービス校との共同プログラム(海外短期集中コース),国際学会での成果発表支援(国際学術情報収集援助事業),などのプログラムを連合農学研究科の予算を用いて行い,大学院生の海外派遣を積極的に支援している.これらの取り組みの結果,大学院生の海外派遣率は向上している.

昭和62年度に,8名(留学生3名)の課程修了を認定し,第1回の修了式を昭和63年3月22日に行い,農学博士の学位記を初めて授与した.また,平成元年3月17日には課程を経ない者1名に学位記を授与し,論文博士第1号が誕生した.その後,連合農学研究科では,平成27年度修了時までに,課程修了者(課程博士)1,265名,課程を経ない者(論文博士)354名の合計1,619名が学位を授与されている(表1表1■全国6連合農学研究科における平成27年度修了時までの学位授与の状況).約30年の間に,多くの学位取得者を輩出したことは連合農学研究科にとり大きな財産であり,3大学の研究力の著しい向上,研究条件の改善,教員の指導能力の向上,事務組織の整備,などに大きく貢献したと言える.その結果,文部科学省が平成25年度に行った農学分野のミッションの再定義においては,6大学が博士の人材育成機能の役割が比較的高い大学(年間おおむね50名以上の学位を授与)として評価されたが,東京農工大学もそのうちの1大学に選ばれている.

表1■全国6連合農学研究科における平成27年度修了時までの学位授与の状況
設置大学課程博士数論文博士数合計数
岩手大学668 (276)172 (18)840 (294)
東京農工大学1,265 (501)354 (23)1,619 (524)
岐阜大学654 (327)145 (18)799 (345)
鳥取大学676 (409)121 (27)797 (436)
愛媛大学943 (596)177 (43)1,120 (639)
鹿児島大学862 (512)134 (23)996 (535)
合計数5,068 (2,621)1,103 (152)6,171 (2,773)
( )内は留学生数.

また,全国6連合農学研究科全体を見ても,順調に博士を輩出しており,これまでに課程修了者(課程博士)5,068名,課程を経ない者(論文博士)1,103名の合計6,171名が学位を授与されており,わが国の農学の発展に大きく貢献している(表1表1■全国6連合農学研究科における平成27年度修了時までの学位授与の状況).また,留学生の学位取得者は約45%の2,773名であり,世界,特にアジアやアフリカ諸国の農学の発展や教育研究のレベルの向上とリーダー養成に大きく貢献している.

研究の動向

東京農工大学大学院連合農学研究科では,現在,生物生産科学専攻,応用生命科学専攻,環境資源共生科学専攻,農業環境工学専攻,農林共生社会科学専攻,の5専攻9大講座が設置されて,農業生産,生命科学,環境科学,農業生産工学,農業にかかわる人文社会学,などの分野で精力的に教育研究を行っている(図2図2■東京農工大学大学院連合農学研究科の構成).特に,イネの新品種開発などの食糧科学,植物工場による園芸作物学,生物化学分野におけるゲノム情報解析,生理活性物質の合成化学,海洋プラスチック・オゾン・エアロゾル・重金属など環境汚染物資の動態解析,植物の病虫害防除,雑草防御,木質バイオマスの利活用,精密農業,農村計画学,持続的な食糧生産のための農業経済学,などの研究分野が高い評価を得ている.また,連合農学研究科の特徴を生かした構成大学間での共同研究もスムーズに行われており,生態系管理手法や野生動物管理システムの開発などで成果を上げている.さらに,福島農業復興支援プロジェクトにも多くの教員が参加し,放射性セシウム除去技術など研究成果の社会的還元を積極的に行っている.

図2■東京農工大学大学院連合農学研究科の構成

連合農学研究科で得られた成果の多くは,論文や著書として広く公開されており,各専門分野で評価の高い国際雑誌への論文掲載数や論文全体に占める割合が増加している.また,「QS World University Rankings(Agriculture & Forestry)」において100位以内にランキングされるなど,外部機関からの高い評価も得ている.その結果,先に述べた農学分野のミッションの再定義においても,東京農工大学は「国際的に高く評価される大学」と評価された.また,国際共著論文数や国際共著相手国も増えており,国際共同研究が進んでいるとともに,外国人修了生へのフォローアップが十分行われている成果と言える.

今後,得られた研究成果を,食糧問題や環境問題など世界規模の問題解決,農業分野への実装,学際領域の開拓や発展,など社会からの要請に応え,農学の本体である実学に直結させることが重要である.

今後の課題

以上,東京農工大学大学院連合農学研究科の30年の歩みを簡単に紹介させていただいた.現在人類は,持続的な食糧,資源,エネルギーの確保や環境問題に関して,かってないほどの危機に直面している.平成23年3月11日には,東日本大震災と津波により大規模な被害が発生し,さらに福島原子力発電所の事故に伴う放射性物質の大量放出や風評被害などにより,東北や関東地域における農業・林業・林産業・酪農畜産業・水産業等々が広範囲でダメージを受け,まだ傷跡が深く残っていることは,憂慮すべき事態である.これらの複合的な問題の解決に対して,農学が果たすは非常に大きい.諸問題の解決のためには,中長期的な視野に立ち,農学に関する高度な研究・分析能力や課題解決能力を有し,多様な価値観を尊重できるグローバル人材の育成が不可欠と言える.異なる大学により運営される連合農学研究科は,多様な専門分野で構成される農学を大学院生が学ぶ上で優れた教育研究体制と言える.創立30周年記念式典においても,常磐 豊文部科学省高等教育局長から「連合農学研究科において世界最高レベルに伍する最先端研究が行われ,高度人材の養成が進むことを期待している」というご祝辞をいただき,土生木茂雄高等教育局視学官から披露された.今後も,連合農学研究科の特徴を生かしながら,茨城大学,宇都宮大学,東京農工大学間の連携と協力体制を強力にし,ともに向上していく努力を惜しまなければ,世界トップレベルの農学研究の遂行とグローバル人材の育成は可能であると確信している.

最後に,わが国で最初の教育研究体制である連合農学研究科の設置と発展にかかわった多くの教職員のご尽力と文部科学省のご支援に対し感謝申し上げたい.