Kagaku to Seibutsu 54(12): 929-931 (2016)
農芸化学@High School
アブラナ科植物とその食害昆虫をめぐる化学生態
Published: 2016-11-20
本研究は,日本農芸化学会2016年度(平成28年度)大会(開催地:札幌コンベンションセンター)「ジュニア農芸化学会2016」で発表されたものである.アブラナ科植物がグルコシノレートならびにその代謝産物であるイソチオシアネートを多く含有することに着目し,植物を摂取するモンシロチョウ幼虫と外敵アオムシコマユバチの関係までを考察した,たいへん興味深い研究であった.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
キャベツ,ブロッコリー,ダイコンなどのアブラナ科植物の細胞内には,グルコシノレート(辛子油配糖体)が存在し,細胞内の異なる区画または別々の細胞に酵素ミロシナーゼが存在する.細胞が食害を受けるなどして破壊され,グルコシノレートとミロシナーゼが混ざることで加水分解され,イソチオシアネート(辛子油)に変化する(図1A図1■アブラナ科に含まれるグルコシノレートとその性質).一般的にモンシロチョウの幼虫は,アブラナ科植物を食草としているといわれており,アブラナ科植物とモンシロチョウの独特な関係に注目しアブラナ科植物を原点とする食物連鎖を構成する異種生物間(アブラナ科植物–モンシロチョウ–アオムシコマユバチ)の関係を解明するため化学生態学的観点から研究を行った.
今回の実験で使用したアブラナ科植物は,大阪府立住吉高等学校の圃場で育てたものを使用した.アブラナ科植物は,青首大根の一種である耐病総太り,アブラナ,桜島大根を使用した.
グルコシノレートをすべてイソチオシアネートに変化させ,それを計測する“グロート法”を採用した.測定する試料(葉など)1.00 gを乳鉢と乳棒ですりつぶし,純水1,000 µLを混ぜ,2,000 µLのマイクロチューブに入れ,30°Cで30分間保温した.それを15,000回転の遠心分離機に5分間かけ,上澄み液400 µLとアンモニア・エタノール混合水溶液(エタノール390 mLに市販の28%アンモニア水10 mL加えたもの)1,600 µLを混ぜ,30°Cで60分間保温する.その後,50%酢酸80 µLを入れ,15,000回転の遠心分離機に5分間かけ,上澄み液400 µLと25倍希釈グロート試薬(ニトロプルシドナトリウム0.5 gと塩酸ヒドロキシルアミン0.5 gを10 mLの純水に溶かし,それに炭酸水素ナトリウムを加え,純水で21 mLにメスアップしたものに3%臭素水4 mLを混合した.使用時は純水で25倍希釈)1,600 µLを混ぜ,45分間待つ.その後,15,000回転の遠心分離機にかけ,上澄み液を分光光度計で600 nmの吸光度を測定する.この吸光度を,あらかじめ測定しておいたアリルチオウレアの検量線よりチオウレア含量を求め,イソチオシアネート含量に換算する.
3種類のアブラナ科植物(耐病総太り,桜島大根,アブラナ)と,20時間えさを与えていないモンシロチョウの幼虫(3, 4齢)1体を同じシャーレ内に入れて,モンシロチョウの幼虫がどの種類の葉を選択するのかを観察した(図2B図2■モンシロチョウとアモムシコマユバチの接触試験).
モンシロチョウ幼虫(3齢幼虫7匹と4齢幼虫3匹)の体内におけるグルコシノレート量を前項に従い定量した.
イソチオシアネートは揮発性が高い性質を利用して,葉をすりつぶすことでグルコシノレートをミロシナーゼと反応させイソチオシアネートに変化させた後,シリカゲルで2~3日乾燥させ,イソチオシアネートを揮発させた葉の粉末を作製した.この粉末を用いて,グルコシノレートを含まない人工飼料を作製した.アブラナ科植物の葉粉末とカイコ用の人工飼料(インセクタF-II, NOSAN)と純水を混ぜた.そして,混ぜたものを電子レンジで沸騰するまで加熱後,シャーレに塗布する.
蓋付シャーレ内に,人工飼料で飼育したモンシロチョウの幼虫1匹,野生で育ったモンシロチョウの3齢幼虫(学校内にて捕獲)1匹,アオムシコマユバチ5匹を入れ150分間で,アオムシコマユバチが幼虫に接触し,幼虫が抵抗を見せた回数(幼虫が寄生された回数)を計測した.
3種のアブラナ科植物のイソチオシアネート濃度は,耐病総太りが521 µg/mL,桜島大根が715 µg/mL,アブラナが606 µg/mLだった.また,モンシロチョウの幼虫の摂食回数は,耐病総太りが19回,桜島大根が4回,アブラナが1回だった.最もイソチオシアネート濃度の低い耐病総太りが最も多く選択された.この結果から,モンシロチョウの幼虫の選択する品種はイソチオシアネート濃度の高い品種ではなく濃度の低い品種であることがわかった(図1C図1■アブラナ科に含まれるグルコシノレートとその性質).
モンシロチョウの幼虫の体液中のグルコシノレート含量の平均は,3齢幼虫が約200 µg/mL, 4齢幼虫は約500 µg/mLであった.成長するにつれて体液1 mLあたりに含まれているグルコシノレート量は増加していた(図1D図1■アブラナ科に含まれるグルコシノレートとその性質).
アオムシコマユバチによって寄生された回数は,人工飼料で飼育した幼虫が9回,野生の幼虫が4回と人工飼料で飼育した幼虫のほうが野生の幼虫よりも多く寄生された.この結果からアオムシコマユバチはグルコシノレートを蓄積している野生の幼虫よりも,グルコシノレートを蓄積していない人工飼料で飼育した幼虫を選択する傾向が認められた(図2図2■モンシロチョウとアモムシコマユバチの接触試験).
モンシロチョウの幼虫は,イソチオシアネート濃度の高い品種をあまり選択せずにイソチオシアネート濃度の低い品種の耐病総太りを選択した.イソチオシアネートはモンシロチョウの幼虫に対する忌避効果を発揮し,その忌避効果によりアブラナ科植物は食害を防ごうとしていると考えられる.
モンシロチョウの幼虫は,摂取したグルコシノレートを分解するのではなく,体内に蓄積し,外敵への防御物質としての効果を発揮しているのではないかと推察された.
グルコシノレートを蓄積している野生の幼虫よりも,グルコシノレートを蓄積していない人工飼料で飼育した幼虫をアオムシコマユバチは選択したことから,外敵を忌避させる効果があると考えられる(図3図3■今回の実験から示唆されるアブラナ科植物,モンシロチョウ,アオムシコマユバチの関係).
今回の実験結果に対し,幼虫が摂取したグルコシノレートの動態(体内に吸収しているのか,食べた葉が体内に残っている)を調べる必要がある.また,アオムシコマユバチはどのようにして摂食する幼虫を選択しているのか,実験回数を増やすことで明らかにしていくことが今後の課題である.
(文責「化学と生物」編集委員)
Reference
1) アゲハ人工飼料飼育プロトコール(JT生命誌研究館HP)