今日の話題

ある種のシダにおいてジベレリンは時空間的なコミュニケーションツールとして使われてきたシダの性決定のしくみがわかってきた

Junmu Tanaka

田中 純夢

名古屋大学生物機能開発利用研究センター

Miyako Ueguchi-Tanaka

上口(田中) 美弥子

名古屋大学生物機能開発利用研究センター

Published: 2016-12-20

植物ホルモンのジベレリン(gibberelline; GA)は,種子発芽,茎の伸長,開花,果実の成熟などさまざまな生長・発達過程において促進作用を示す(1, 2)1) S. G. Thomas, I. Rieu & C. M. Steber: Vitam. Horm., 72, 289 (2005).2) K. Aya, M. Ueguchi-Tanaka, M. Kondo, K. Hamada, K. Yana, M. Nishimura & M. Matsuoka: Plant Cell, 21, 1453 (2009)..しかしながら,これらの作用の多くは被子植物で観察されてきたものであり,それ以前に誕生した植物における作用はよくわかっていなかった.被子植物以前の植物は,裸子・シダ・コケ植物に大別される.最も古いコケ植物では,一部のGA生合成酵素遺伝子がないため最終産物の活性型GAを作ることができない(3)3) K. Hayashi, K. Horie, Y. Hiwatashi, H. Kawaide, S. Yamaguchi, A. Hanada, T. Nakashima, M. Nakajima, L. N. Mander, H. Yamane et al.: Plant Physiol., 153, 1085 (2010)..次に古いシダ植物ではGAは生合成されるものの植物体に投与しても茎の伸長が見られない(4)4) K. Hirano, M. Nakajama, K. Asano, T. Nishiyama, H. Sakakibara, M. Kojima, E. Katoh, H. Xiang, T. Tanahashi, M. Hasebe et al.: Plant Cell, 19, 3058 (2007)..一方,安益ら(5)5) K. Aya, Y. Hiwatashi, M. Kojima, H. Sakakibara, M. Ueguchi-Tanaka, M. Hasebe & M. Matsuoka: Nat. Commun., 2, 544 (2011).は最も古いシダ植物に属する小葉類の一つイヌカタヒバにおける胞子形成にGAが必須であることを示した.では,シダ植物におけるGAは胞子形成においてのみ必要なのだろうか.

筆者らは,いくつかのシダ植物に特徴的なアンセリジオーゲン(Antheridiogen; An)を介した造精器誘導現象に注目した(6)6) J. Tanaka, K. Yano, K. Aya, K. Hirano, S. Takehara, E. Koketsu, R. L. Ordonio, S.-H. Park, M. Nakajima, M. Ueguchi-Tanaka et al.: Science, 346, 469 (2014)..Anとは前葉体世代のコロニーにおいて先に成長した個体が分泌する物質で,遅れて成長した周りの個体を雄化させる作用があり,これによって他家受精が促進されると考えられている.この不思議な現象は古くから多くの植物学者を魅了し,1980年代には山根ら(7)7) H. Yamane, N. Takahashi, K. Takeno & M. Furuya: Planta, 147, 251 (1979).によりフサシダ科に属するカニクサのAnの構造決定が行われている.ここで注目すべき点は,構造が明らかになったカニクサのAnがGAの基本骨格であるent-ジベレラン骨格をもっていたことである(8)8) H. Yamane: Int. Rev. Cytol., 184, 1 (1998)..この構造的特徴からAnの生合成経路が植物ホルモンであるGAの生合成経路の一部と重なっている可能性が考えられた.

Anの生合成の理解に先立ち,筆者らはまずAnの感受性と分泌量の関係について調べた.すると成長初期の前葉体はAnに対する感受性が高い一方でAnの分泌は行わない,成熟期になると逆に感受性がなくなり分泌が盛んになることがわかった.すなわち,Anに対する感受性と分泌量はアンチパラレルな関係にあった.

次に,An合成にGA生合成経路が関与するかを検討した.なぜなら,AnとGAとは構造的共通性が高い一方で,活性型GAに必須な3位水酸基がない,6位カルボキシル基がメチルエステル化されているという構造的な相違があったためである.そこでまず,GAの生合成の初期段階の阻害剤であるウニコナゾールの造精器誘導に対する効果を調べたところ,阻害が認められたことから,An合成とGA初期生合成経路は共通であることが予想された.そこで,カニクサにおけるGA生合成・シグナル伝達関連遺伝子の単離を行い,GAの生合成や信号伝達にかかわる遺伝子の全長cDNAを単離することに成功した.

次に,Anによる情報伝達がGA受容機構により行われるかについて検討した.GA受容の初発反応であるDELLAタンパク質の分解をウェスタンブロットにより調べた結果,GA処理同様,AnでもDELLAタンパク質分解が起こることが明らかとなった.さらに,An処理により変動する遺伝子をGAのそれと比較した結果,両者のパターンは非常に類似していることがわかった.この結果は,AnとGAのシグナル伝達経路が共通であることを示唆する.そこで実際にAnがGA受容体GID1で受容されるのかについて検討したが,単離されたカニクサの2つのGID1とAnとの結合は認められなかった.しかしその一方で,GID1とGAとの結合を競合的に阻害する化合物TSPCを処理すると造精器誘導は阻害され,その阻害はGAを同時に添加すると解除されることがわかった.以上の結果から,AnそのものはGID1により受容されないが,修飾を受けてGAに変換後GID1受容体に受容され造精器誘導を引き起こすと考えられた.

つづいて,定量的RT-PCRにより前葉体生育過程におけるGA関連遺伝子発現の消長を調べた.その結果,GA生合成過程の最終段階を触媒するGA3oxを除くすべての酵素が成長に伴い発現が増大する一方,GA3oxおよび受容体GID1は成長初期において最も強い発現を示し,成長するにつれ発現が減少することがわかった.このGA3oxを除く生合成遺伝子と受容体遺伝子のアンチパラレルな発現パターンは,Anの分泌量と感受性の関係とよく一致していた.一方,GAの3位水酸基を添加する反応を触媒するGA3ox発現は,GA生合成酵素群のなかで唯一例外的な発現パターンを示したが,これはAnが3位水酸基をもたないことを考えると理解できる.すなわち,Anは活性をもたない活性型GAの前駆体として成熟前葉体から分泌され,受容側である若い前葉体に取り込まれた後,若い個体のみ存在するGA3oxにより活性型GA変換されて初めて生理活性をもつと仮定した.実際,AnをGA3oxの特異的競合阻害剤であるプロヘキサジオンとともに添加したところ造精器誘導が阻害され,同時にGAを添加するとその阻害は解消された.この結果は,3位水酸基をもたないAnが作用するために3位水酸化を触媒するGA3oxが必要であることを示しており,上記の仮説を強く支持した.

最後に6位カルボキシル基に対するメチルエステル化が謎として残った.筆者らは,カニクサ前葉体群落内における個体間の物質移動おいて,3位水酸基を欠如したGA前駆体よりもメチルエステル化されたGA前駆体のほうが効率的ではないかと考えた.そこでRIラベルしたAnとGAを培地に加えて前葉体を生育させたところ,Anのほうがより多く前葉体に取り込まれることが明らかとなった.さらに,若い前葉体のみがAnを脱メチル化できることをガスクロマトグラフィー質量分析法により直接的に証明した.

以上の結果を図1図1■アンセリジオーゲンによる造精器誘導メカニズムにまとめた.今回の研究において,筆者らは,シダ植物においてGAは胞子形成だけでなく,性決定においても重要な役割を果たしていることを明らかにした.また,その性決定のしくみは,GA生合成経路を成長段階の違う個体間で2つに分けて所有するというたいへん巧妙なやり方であった.先に安益ら(5)5) K. Aya, Y. Hiwatashi, M. Kojima, H. Sakakibara, M. Ueguchi-Tanaka, M. Hasebe & M. Matsuoka: Nat. Commun., 2, 544 (2011).は,GAおよびその受容機構をもたないヒメツリガネゴケでも,シダ・種子植物の胞子・花粉形成にかかわる転写因子GAMYBとその転写制御機構をもちコケ植物の胞子形成に関与することを報告している.このことは,コケ植物の時代にすでにあった胞子形成システムを丸ごとシダ植物の時代にGAの制御下に置いたと考えれば説明できる.そして,このGA制御機構を,種子植物の時代になって今度は茎や根の伸長制御にも活用したのかもしれない.GA研究者としての興味は尽きない.

図1■アンセリジオーゲンによる造精器誘導メカニズム

カニクサ前葉体群落において,先に成長した個体から分泌されたアンセリジオーゲンは,遅れて発生した個体内でジベレリンに変換されることで造精器を誘導する.

Reference

1) S. G. Thomas, I. Rieu & C. M. Steber: Vitam. Horm., 72, 289 (2005).

2) K. Aya, M. Ueguchi-Tanaka, M. Kondo, K. Hamada, K. Yana, M. Nishimura & M. Matsuoka: Plant Cell, 21, 1453 (2009).

3) K. Hayashi, K. Horie, Y. Hiwatashi, H. Kawaide, S. Yamaguchi, A. Hanada, T. Nakashima, M. Nakajima, L. N. Mander, H. Yamane et al.: Plant Physiol., 153, 1085 (2010).

4) K. Hirano, M. Nakajama, K. Asano, T. Nishiyama, H. Sakakibara, M. Kojima, E. Katoh, H. Xiang, T. Tanahashi, M. Hasebe et al.: Plant Cell, 19, 3058 (2007).

5) K. Aya, Y. Hiwatashi, M. Kojima, H. Sakakibara, M. Ueguchi-Tanaka, M. Hasebe & M. Matsuoka: Nat. Commun., 2, 544 (2011).

6) J. Tanaka, K. Yano, K. Aya, K. Hirano, S. Takehara, E. Koketsu, R. L. Ordonio, S.-H. Park, M. Nakajima, M. Ueguchi-Tanaka et al.: Science, 346, 469 (2014).

7) H. Yamane, N. Takahashi, K. Takeno & M. Furuya: Planta, 147, 251 (1979).

8) H. Yamane: Int. Rev. Cytol., 184, 1 (1998).