Kagaku to Seibutsu 55(1): 5-7 (2016)
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塩を噴く植物ローズグラスの耐塩性機構塩噴き植物は塩害に強い?
Published: 2016-12-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
土壌に過剰量の塩分(主としてナトリウム,Na)が蓄積されると塩害(塩ストレス)が発生し,植物の生産性が低下する.塩ストレスは世界の農耕地の植物生産を減じる主要因となっていることから,植物の耐塩性を向上させる試みが重要である.植物の耐塩性機構には,植物体内に流入したNaを茎葉部に集積させない塩排除機構,細胞に流入したNaの細胞外への排出や液胞への隔離といった組織耐性機構のほか,塩ストレス下で二次的に発生する活性酸素の消去系が関わっている(1)1) R. Munns & M. Tester: Annu. Rev. Plant Biol., 59, 651 (2008)..これらの耐塩性機構には程度の差があるものの,多くの植物種によって共通して見られる仕組みである.
生物のなかには体内の塩分を排出するためのユニークな器官を有した種が存在する.そのような器官の一つである塩類腺(salt gland)は,体内に取り込んだ過剰な塩分を体外に排出するための器官であり,動物では海生の鳥類(カモメやペンギンなど)や爬虫類(ウミガメやイグアナなど)に見られる.ウミガメが産卵時に涙する風景は人間にとっては感動的であるが,あの涙も塩類腺から高濃度の塩分が排出されたものである.植物のなかにも塩類腺を有する種がある.その代表例がヒルギダマシである.汽水域や潮間帯のマングローブを構成する樹木の1種であるヒルギダマシは海生動物と同様に塩分濃度が高い環境下で自生しているため,過剰に取り込んだ塩分を葉表面から排出する器官をもつことは理にかなっているように思われる.一方で,陸上に上がった植物のなかにも塩類腺を有する種が存在し,塩類腺はこれら植物の茎葉部表面に見られる.塩類腺は双子葉類ではハマアカザ属やイソマツ属などの塩生植物に見られるほか,単子葉類ではオヒゲシバ属やギョウギシバ属,シバ属などイネ科ヒゲシバ亜科植物で多く確認されている(2)2) H. Kobayashi: Jpn. J. Plant Sci., 2, 1 (2008)..本稿では,耐塩性に優れたシバの一種であるローズグラスの塩類腺について紹介する.
南アフリカ原産のイネ科オヒゲシバ属ローズグラス(Chloris gayana Kunth)はアフリカヒゲシバとも呼ばれるC4植物であり,暖地型牧草として広く利用されている.イギリスの政治家セシル・ローズによって牧草として広められたことから,ローズグラスと呼ばれる.ローズグラスは作物としては耐塩性や耐乾性に優れ,150 mM程度のNaClストレスでも生育が阻害されない品種が存在する(3)3) 宗廣理子,上田晃弘,実岡寛文:2015年度第111回日本土壌肥料学会関西支部講演会要旨集,p. 9, 2015..またローズグラスがもつ耐塩性や生育の旺盛さを利用して,塩類集積土壌からの塩類除去の試みもなされている(4)4) 大井崇生,笹川正樹,谷口光隆,三宅 博:Jpn. J. Crop Sci., 82, 378 (2013)..ローズグラスが優れた耐塩性を有する理由の一つとして,茎葉部表面に塩類腺をもつことが挙げられる.つまり,塩ストレス下でローズグラス体内に蓄積される過剰量のNaを,塩類腺から体外に排出することが耐塩性に重要であると推察されている.事実,塩ストレス下で栽培したローズグラスの葉表面には白い結晶の析出が確認され,なめてみるとしょっぱい(図1図1■ローズグラスの塩類腺).ローズグラスの塩類腺は基部細胞(basal cell)と帽細胞(cap cell)の2つの細胞からなり,葉内の塩分(主にNaやカリウム(K))は帽細胞から排出される(図1図1■ローズグラスの塩類腺).しかしながら,ローズグラスの塩類腺の機能がどの程度,耐塩性に寄与しているのかはいまだ不明である.筆者らは来歴の異なるさまざまなローズグラス在来品種の塩ストレス下での比較栽培試験を行っており,以下にその知見の一部を紹介する.
ローズグラスはその旺盛な生育力から休閑地や荒廃地に最初に定着する先駆植物としても知られており,世界中の温帯や亜熱帯,熱帯地域に広く自生している.ゆえに,世界各地にはその土地の風土気候に適応した在来品種が多く存在する.そこで約30種類の在来品種と2種類の栽培品種を用いて塩ストレス下での栽培試験を行ったところ,ローズグラスの耐塩性には大きな品種間差が存在することがわかった.塩類腺からのNa排出量は耐塩性が強い品種群では多く,耐塩性が弱い品種群では少ないことがわかった.葉内Na蓄積量および塩類腺を介して葉外へ排出されたNa量の関係を調べてみると,排出されたNa量が多い品種では葉内のNa蓄積量も多く,排出されたNa量が少ない品種では葉内のNa蓄積量も少ないことがわかった.塩類腺からのNa排出が積極的なものであれば,葉内のNa蓄積量は少なくなるはずであるが,そのような品種はこれまでのところ見つかっていない.おそらく葉内に流入したNaは塩類腺から直ちに排出されるのではなく,ある一定量のNaが葉内に蓄積されてから塩類腺を介して体外へと排出されているのではないかと考えられる.
では,塩ストレスに弱い品種は,もともと有する塩類腺の数が少ないのであろうか? あるいは個々の塩類腺の塩排出能が低いのであろうか? この問いに答えるべく,ローズグラスの耐塩性が強い品種と弱い品種を用いて,葉面の塩類腺密度の計測を行った.その結果,非ストレス下,塩ストレス下ともに,葉面の塩類腺密度には大きな品種間差がないことがわかった.塩類腺1個当たりのNa排出量を算出してみたところ,耐塩性が強い品種は弱い品種と比較して最大9倍も高いNa排出能を有していることがわかった.以上のことから,ローズグラスの優れた耐塩性には,単に塩類腺を有するだけではなく,Na排出能が高い塩類腺を有することが重要であることが示唆された(5)5) A. Ueda, R. Munehiro & H. Saneoka: submitted (2016)..
さて,塩類腺は排出する塩類の選択性を有しているのだろうか.植物の塩類腺からはさまざまな塩類(Na, K, Ca, Mg, Fe, Mn, Zn, Cd, Cr, Cu, Hg, Ni, Pbなど)が排出されることがわかっている(6)6) W. W. Thomson: “Plants in Saline Environments,” Springer-Verlag, 1975..ローズグラスの耐塩性には,塩類腺が高いNa排出能を有することが重要であると先に述べたが,排出される塩類はNaのみなのであろうか? 筆者らはこれまでにNa以外にも,KやMg, Ca, Mn, Cl, SO4, PO4などもローズグラスの塩類腺から排出されることを確認している.これらのなかでもNaやKはほかの塩類と比較してより多く排出されることから,排出される塩類にはある程度の選択性があると考えられる.また,塩ストレス処理に用いる塩の種類によって,排出される塩類の量が変化することも見いだしている.たとえば,塩ストレス研究において一般的に用いられる塩化ナトリウム(NaCl)と比較した場合,リン酸ナトリウム(Na2PO4)や酢酸ナトリウム(CH3COONa)処理下では排出されるNa量は減少する.同様の現象は,カリウム塩を用いたときにも観察されることから,塩ストレス処理時におけるカウンターアニオンの影響も大きいと考えられる.残念ながら,塩類腺細胞内から細胞外への塩類排出を担う輸送体はいまだ同定されていない.比較的排出量が高い塩類(NaやK)に対する基質特異性が高い輸送体が存在するのか,それともさまざまな塩類を輸送するが基質特異性が低い輸送体が存在するのか,またその輸送形式は能動輸送であるのか受動輸送であるのか,は今後の研究の進展により明らかになるであろう.
植物の耐塩性を向上させるためには,塩類腺からの塩分排出のようなユニークな仕組みを理解することも重要である.塩類腺をもつだけではなく,高いNa排出能を有していることがローズグラスの耐塩性の鍵となっているため,塩類腺において塩類の排出を担っている輸送体の同定は,植物の耐塩性分子育種に貢献すると期待される.また,塩類腺は葉茎の表皮細胞の一種であるが,その形成機構についてはほとんど理解されていない.塩類腺形成機構の理解や形成に関わるマスター遺伝子の同定を行うことができれば,耐塩性が弱い作物種にも塩類腺を形成させることが夢ではなくなるのかもしれない.
Reference
1) R. Munns & M. Tester: Annu. Rev. Plant Biol., 59, 651 (2008).
2) H. Kobayashi: Jpn. J. Plant Sci., 2, 1 (2008).
3) 宗廣理子,上田晃弘,実岡寛文:2015年度第111回日本土壌肥料学会関西支部講演会要旨集,p. 9, 2015.
4) 大井崇生,笹川正樹,谷口光隆,三宅 博:Jpn. J. Crop Sci., 82, 378 (2013).
5) A. Ueda, R. Munehiro & H. Saneoka: submitted (2016).
6) W. W. Thomson: “Plants in Saline Environments,” Springer-Verlag, 1975.