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食物アレルギーの発症における食用油クオリティの影響油の質がアレルギー体質を決める!?

Takahiro Nagatake

長竹 貴広

医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチンマテリアルプロジェクト

Jun Kunisawa

國澤

医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチンマテリアルプロジェクト

大阪大学大学院医学系研究科・薬学研究科・歯学研究科(連携大学院)

神戸大学大学院医学研究科(連携大学院)

東京大学医科学研究所炎症免疫学分野/国際粘膜ワクチン開発研究センター

Published: 2016-12-20

近年,食と健康の重要性が一般的に広く認識されるようになってきており,商業的にもさまざまな特定保健用食品や栄養機能食品,サプリメントが開発されている.特に,エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)が発揮する多彩な生理作用は広く知られており,一般的にも健康に良いイメージが定着している.

EPAやDHAは脂質(油)の一種であり,生化学的には炭素鎖が16以上の長鎖脂肪酸に分類される.長鎖脂肪酸のうち,ω6脂肪酸とω3脂肪酸は生体内で作り出すことのできない必須脂肪酸であり,食事などを介して摂取する必要がある.植物性の食用油に含まれる代表的なω6脂肪酸はリノール酸で,生体内でアラキドン酸へと代謝される.一方,植物性食用油の主なω3脂肪酸はαリノレン酸で,生体内でEPAやDHAへと代謝される.オリーブ油やココナッツ油,ごま油などさまざまな植物性食用油が市場に出回っているが,それぞれリノール酸やαリノレン酸をはじめとする脂肪酸の組成が大きく異なる.サラダ油として主に使用され,かつ多くの市販マウス用餌に用いられている大豆油は,リノール酸を約50%,αリノレン酸を5%程度含む.一方,亜麻仁油やエゴマ油にはαリノレン酸が多く含まれていることが知られており,その割合は大豆油の10倍以上の約60%にもなる(図1図1■亜麻仁油摂取による食物アレルギー抑制のしくみ).

図1■亜麻仁油摂取による食物アレルギー抑制のしくみ

リノール酸とαリノレン酸は体内に吸収された後,それぞれアラキドン酸やEPA/DHAに代謝される.これらはともにシクロオキシゲナーゼやリポキシゲナーゼ,シトクロムP450などの酵素の働きにより,さまざまな脂質メディエーターに代謝される(1)1) M. Arita: J. Biochem., 152, 313 (2012)..アラキドン酸を由来とする脂質メディエーターの多くが炎症の惹起にかかわることから(1)1) M. Arita: J. Biochem., 152, 313 (2012).,EPAやDHAが示す抗炎症作用は,アラキドン酸との代謝酵素の競合阻害が主作用であると考えられてきた(2)2) Gruppo Italiano per lo Studio della Sopravvivenza nell’Infarto miocardico: Lancet, 354, 447 (1999)..しかしながら近年,質量分析技術を利用したリピドミクス解析が発展したこともあり,EPAやDHAはアラキドン酸との競合阻害だけではなく,積極的に抗炎症作用を発揮する脂質メディエーターに代謝されることで,炎症の抑制や収束にかかわっていることが判明してきた.たとえば,EPAとDHAを由来とするレゾルビンE1やプロテクチンD1は腹膜炎モデルにおいて抗炎症作用を発揮することが報告されている(3)3) J. M. Schwab, N. Chiang, M. Arita & C. N. Serhan: Nature, 447, 869 (2007).

炎症性疾患と同様,花粉症やアトピー性皮膚炎,食物アレルギーに代表されるアレルギー疾患は,近年患者数が増加している疾患である.なかでも食物アレルギーはいまだ有効な治療法が確立されていない難治性疾患であり,アレルゲンを含む食材を摂取しないことが唯一の対処法である.そのため患者やその家族のQuality of Lifeの低下が大きな問題となっている.筆者らは食用油の脂肪酸組成に着目した研究の一つとして,卵タンパク質であるニワトリ卵白アルブミン(OVA)の摂取により下痢を呈する食物アレルギーモデルを用いた解析を行い,食物アレルギーの発症を抑制できる食用油としてαリノレン酸を多く含む亜麻仁油を同定した(4)4) J. Kunisawa, M. Arita, T. Hayasaka, T. Harada, R. Iwamoto, R. Nagasawa, S. Shikata, T. Nagatake, H. Suzuki, E. Hashimoto et al.: Sci. Rep., 5, 9750 (2015)..対照群である大豆油を含む餌で飼育したマウスではOVAに対するIgE抗体の産生とマスト細胞の脱顆粒を伴う下痢症状が観察されたが,亜麻仁油を含む餌で飼育したマウスでは下痢の発症阻害が観察され,特にマスト細胞の脱顆粒抑制が顕著であった(4)4) J. Kunisawa, M. Arita, T. Hayasaka, T. Harada, R. Iwamoto, R. Nagasawa, S. Shikata, T. Nagatake, H. Suzuki, E. Hashimoto et al.: Sci. Rep., 5, 9750 (2015)..また亜麻仁油で飼育したマウスの腸管組織ではαリノレン酸とその代謝物であるEPA/DHAが増加していた.このことから,食用油の脂肪酸組成が生体の脂肪酸組成に直接的に影響を与えること,さらにそれに連動した形で食物アレルギーの発症も変化することが判明した.

前述のように,EPAやDHAの代謝物が示す生理活性に注目が集まっている.筆者らも質量分析を基盤としたリピドミクス解析を行い,マウス大腸の脂質代謝物を網羅的に測定した(理化学研究所・有田 誠博士との共同研究).その結果,亜麻仁油で飼育したマウスの大腸ではEPA代謝物が増加しており,なかでもシトクロムP450によりエポキシ体となった17,18-エポキシエイコサテトラエン酸(17,18-EpETE)の顕著な増加が認められた.次に化学的に合成した17,18-EpETEを通常餌で飼育したマウスに投与した際の抗アレルギー活性について検証したところ,17,18-EpETEの投与だけでもアレルギー性下痢の発症が抑制できることが判明した(4, 5)4) J. Kunisawa, M. Arita, T. Hayasaka, T. Harada, R. Iwamoto, R. Nagasawa, S. Shikata, T. Nagatake, H. Suzuki, E. Hashimoto et al.: Sci. Rep., 5, 9750 (2015).5) J. Kunisawa & H. Kiyono: Front Nutr., 3, 3 (2016).図1図1■亜麻仁油摂取による食物アレルギー抑制のしくみ).したがって,17,18-EpETEは亜麻仁油食で観察された抗アレルギー活性を担う本体であると考えられる.

EPAから17,18-EpETEへと変換するシトクロムP450にはさまざまなサブファミリーや多型が存在することが知られている.そのため,αリノレン酸やEPAを摂取しても,シトクロムP450の型によっては17,18-EpETEが産生されない可能性がある.そのことを考えると,現在,EPAやDHAの健康増進効果に期待した商品が多く存在するが,今後は目的の活性をもつ代謝物そのものを含む機能性食品やサプリメントがより有用であると期待される.このようにω3脂肪酸を対象とした学術研究やその知見を活用した実用化研究は新たな時代に突入していると言え,今後の発展が期待される.

Reference

1) M. Arita: J. Biochem., 152, 313 (2012).

2) Gruppo Italiano per lo Studio della Sopravvivenza nell’Infarto miocardico: Lancet, 354, 447 (1999).

3) J. M. Schwab, N. Chiang, M. Arita & C. N. Serhan: Nature, 447, 869 (2007).

4) J. Kunisawa, M. Arita, T. Hayasaka, T. Harada, R. Iwamoto, R. Nagasawa, S. Shikata, T. Nagatake, H. Suzuki, E. Hashimoto et al.: Sci. Rep., 5, 9750 (2015).

5) J. Kunisawa & H. Kiyono: Front Nutr., 3, 3 (2016).