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N結合型糖鎖構造解析から植物の変遷を垣間みる植物種間に見られる糖鎖構造の多様性

Risa Horiuchi

堀内 里紗

東洋大学大学院生命科学研究科

Nobumitsu Miyanishi

宮西 伸光

東洋大学大学院食環境科学研究科

Published: 2016-12-20

近年,植物体内における糖鎖の生合成およびその生物学的意義に注目が集まっている.そこで本稿では,植物の発生と生長における糖タンパク質糖鎖の生物学的意義を追求することの重要性について筆者らの見解を述べたい.

糖鎖は十数種類の単糖から構成される生体高分子であり,タンパク質の翻訳後修飾の一つとして重要な役割を果たしている.なかでもN結合型糖鎖は,N-アセチル-D-グルコサミン2分子とマンノース3分子からなるトリマンノシルコア構造(図1図1■植物糖タンパク質における主要な糖鎖構造点線部)をもち,小胞体およびゴルジ器官内におけるさまざまな糖鎖プロセシング酵素により生合成される多様性に富んだ構造をもつ点を特徴とする.図1図1■植物糖タンパク質における主要な糖鎖構造では,植物糖タンパク質で確認されている代表的なN結合型糖鎖を紹介する.まず一つめは,コア構造に1~6分子のマンノース残基が結合したハイマンノース型糖鎖である.2つめはメディアルゴルジからトランスゴルジにおいて高度な修飾を受けたパウチマンノース型で,コア構造へのβ1,2-ザイロースやα1,3-フコースの付加により生合成される.3つめは複合型で,パウチマンノース型糖鎖の非還元末端側にN-アセチル-D-グルコサミンやガラクトース,フコースが結合した構造をもつ.これら3種類の糖の結合様式により,ルイスa構造(Galβ1,3-(Fucα1,4-)GlcNAcβ-)などが構成される.N結合型糖鎖は,哺乳動物において感染や免疫,細胞間情報伝達などさまざまな生理機能が明らかにされている.しかしながら,植物型糖鎖の生理機能やその生物学的意義に関してはさまざまな報告があるものの,確証が得られていないのが現状である.そこで,植物糖タンパク質糖鎖の構造解析や部位特異的な糖鎖発現・分布などに関する研究から,植物糖鎖の生物学的意義の可能性について述べたい.

図1■植物糖タンパク質における主要な糖鎖構造

まず,植物糖タンパク質糖鎖の網羅的な構造解析例として,26種類の植物を用いた2001年のWilsonらによる研究が挙げられる(1)1) I. B. H. Wilson, R. Zeleny, D. Kolarich, E. Staudacher, C. J. Stroop, J. P. Kamerling & F. Altmann: Glycobiology, 11, 261 (2001)..この報告では,植物はその種類とは関係なく,ハイマンノース型やパウチマンノース型,複合型などの幅広い糖鎖多様性をもっていることが示されている.つづいて,裸子植物と被子植物の糖タンパク質糖鎖に焦点を当てた構造解析結果がLéonardらにより報告されている(2)2) R. Léonard, D. Kolarich, K. Paschinger, F. Altmann & I. B. H. Wilson: Plant Mol. Biol., 55, 631 (2004)..この報告では,被子植物と裸子植物から検出された糖鎖は,いずれにおいてもパウチマンノース型と複合型を中心とした糖鎖構成であることが示されている.これらの糖鎖構造解析から,高等植物の果実ないし種子おける糖鎖の構造依存的な分布の差はほとんどないと考えられる.

それでは,発生段階の異なる部位における糖鎖分布についてはどうだろうか.被子植物における一つの解析例として,最近筆者らは,発生・分化に必要な情報が集約・蓄積されているイネ胚部の糖鎖構造解析結果を報告した(3)3) R. Horiuchi, N. Hirotsu & N. Miyanishi: Carbohydr. Res., 418, 1 (2015)..発芽前イネ胚領域ではN結合型糖鎖の多様性が非常に少なく,パウチマンノース型糖鎖を主要糖鎖とする約6種類の糖鎖で構成されていることが明らかとなった.そこで,次に発芽後初期のイネ胚部における糖鎖構造解析を行ったところ,発芽48時間後イネ胚部は複合型糖鎖を主要とする糖鎖構成であることが明らかとなり,発芽前後において糖鎖構成が劇的に変化していることが示された.特に,発芽後イネ胚部における複合型糖鎖のバリエーションは発芽前と比較して劇的に増加しており,さらに興味深いことにフコシル化された複合型糖鎖については全複合型糖鎖の約半分を占めていた.一方,裸子植物における例として,成熟初期段階の銀杏では,パウチマンノース型2種類と複合型2種類が主要糖鎖として存在していたが,成熟度が増加するにつれて複合型糖鎖の割合が減少し,成熟後期においては,全体の9割をパウチマンノース型が占めていたという結果が木村らにより報告されている(4)4) Y. Kimura & S. Matsuo: Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 562 (2000)..これらの結果より,種子植物の発生・生長における糖鎖構造の変動は,種子形成時には複合型からパウチマンノース型へ移行し,種子保存時にはパウチマンノース型糖鎖を主体とする比較的シンプルな少数の主要糖鎖へ集約されることが考えられた.また,種子発芽時の糖鎖構造は再び複雑な構造へと移行するとともに,結合するタンパク質群の発現に伴い多様性が増加することが考えられた.このような植物の発生・生長における一連の糖鎖構造の変遷は,植物の生長サイクルのなかで繰り返し行われると考えられることから,これらの糖鎖構造の変遷は,植物の環境適応と進化における重要な痕跡を残しているのかもしれない.

高等植物の種子において主要な糖鎖構造として確認されているM3FX構造(図1図1■植物糖タンパク質における主要な糖鎖構造)は,植物の変遷を語るうえで鍵となる重要な糖鎖構造の一つである.たとえば,コケ・シダ植物の糖タンパク質糖鎖の解析において,M3FX構造は少なくともコケ植物から出現し始め,さらにシダ植物では基本骨格の一つとしてM3FXを有するほか,ルイスa構造を有する複合型糖鎖の存在が確認されている(5, 6)5) T. Mega: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 2893 (2007).6) V. Gomord, A. C. Fitchette, L. Menu-Bouaouiche, C. Saint-Jore-Dupas, C. Plasson, D. Michaud & L. Faye: Plant Biotechnol. J., 8, 564 (2010).図2図2■植物進化に伴う糖鎖構造の変化).また,ゴルジ局在型糖鎖関連遺伝子であるα-マンノシダーゼ遺伝子やフコース転移酵素遺伝子はほとんどの藻類で確認されている一方で,N-アセチル-D-グルコサミン転移酵素遺伝子は種分布に差があることから(7)7) E. Mathieu-Rivet, M. C. Kiefer-Meyer, G. Vanier, C. Ovide, C. Burel, P. Lerouge & M. Bardor: Front. Plant Sci., 28, 359 (2014).,糖鎖生合成酵素遺伝子の選択による糖鎖構造の多様化の痕跡は進化的により古い植物種にも残されているようである.このような植物進化に伴う複合型糖鎖構造の多様化は,植物の根における塩ストレス耐性など,環境変化への適応に関与していることが考えられている(8)8) J. S. Kang, J. Fran, C. H. Kang, H. Kajiura, M. Vikram, A. Ueda, S. Kim, J. D. Bahk, B. Triplett, K. Fujiyama et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 5933 (2008)..これらの報告から,M3FX構造やルイスa構造含有複合型糖鎖の出現は,極度な乾燥や紫外線を含む強い光線,土壌中のミネラルの変化などといった,新たな環境への適応を繰り返してきた植物の進化に付随した,ゴルジ器官の高等化に伴う糖鎖の進化における重大な変化と見ることができる.今後,高温や乾燥,重金属汚染など,さまざまな環境圧下における植物のN結合型糖鎖構造解析や糖鎖生合成関連遺伝子の詳細な挙動解析が進展することにより,植物進化において糖鎖構造の多様化が果たしてきた役割が明らかにされるであろう.

図2■植物進化に伴う糖鎖構造の変化

Reference

1) I. B. H. Wilson, R. Zeleny, D. Kolarich, E. Staudacher, C. J. Stroop, J. P. Kamerling & F. Altmann: Glycobiology, 11, 261 (2001).

2) R. Léonard, D. Kolarich, K. Paschinger, F. Altmann & I. B. H. Wilson: Plant Mol. Biol., 55, 631 (2004).

3) R. Horiuchi, N. Hirotsu & N. Miyanishi: Carbohydr. Res., 418, 1 (2015).

4) Y. Kimura & S. Matsuo: Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 562 (2000).

5) T. Mega: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 2893 (2007).

6) V. Gomord, A. C. Fitchette, L. Menu-Bouaouiche, C. Saint-Jore-Dupas, C. Plasson, D. Michaud & L. Faye: Plant Biotechnol. J., 8, 564 (2010).

7) E. Mathieu-Rivet, M. C. Kiefer-Meyer, G. Vanier, C. Ovide, C. Burel, P. Lerouge & M. Bardor: Front. Plant Sci., 28, 359 (2014).

8) J. S. Kang, J. Fran, C. H. Kang, H. Kajiura, M. Vikram, A. Ueda, S. Kim, J. D. Bahk, B. Triplett, K. Fujiyama et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 5933 (2008).