Kagaku to Seibutsu 55(1): 16-21 (2017)
解説
トランスグルコシダーゼの摂取が生理機能に及ぼす影響お腹のなかでオリゴ糖をつくる酵素“美味しく食べる健康法”
Effect of Oral Intake of Transglucosidase on Human Physiology
Published: 2016-12-20
今日,食生活の欧米化により健康維持に必要な食物繊維を十分に摂取することが困難になりつつある.そこで筆者らは,食餌から消化管内において食物繊維の代替となる難消化性オリゴ糖を生成する糖転移酵素について研究を進めてきた.糖転移酵素としては,長年食品分野で商業利用されてきた糸状菌Aspergillus niger由来のトランスグルコシダーゼを用いた.これまでヒト臨床試験において,2型糖尿病患者における血糖制御作用,LDLコレステロール値改善および腸内細菌叢改善など,本酵素の摂取による種々の生理機能への効果が見いだされている.本稿では本酵素に関する研究内容について紹介する.
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今日,食生活の欧米化により健康維持に必要な食物繊維の摂取が不足していることが指摘されている.食物繊維摂取量の推移をみて見ると,1947年の約28 g/日に比べて2008年では約14 g/日と半世紀の間に半減している(1)1) E. Harashima, K. Tsuji, Y. Nakagawa & G. Urata: J. Home Econ. Jpn., 45, 1081 (1994)..日本人の食事摂取基準(2015年度版)では18歳以上の目標摂取量は20 g/日と定められていることから(2)2) 厚生労働省:日本人の食事摂取基準の概要(2015年版),http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf, 2015.,満たせていないケースが多いと推測される.また,若年層ほど摂取量が少ないことがわかっている(3)3) 厚生労働省:平成25年国民健康・栄養調査報告,http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/dl/h25-houkoku.pdf, 2015..食物繊維の作用は,保水作用,各種陽イオンや陰イオンとのイオン交換作用,胆汁酸との結合作用など多岐にわたり,またヒト消化管内で消化されにくい難消化性であることから,摂取後に腸管で吸収されずに大腸に移行し,腸内細菌に一部資化されることが知られている.これら作用により糖質消化吸収の遅延,コレステロールの吸収抑制,ならびに腸内細菌叢改善などヒト生理機能へ良い影響を及ぼす.一方で,不足すると肥満,糖尿病,動脈硬化,胆石など欧米型疾病の一因となると考えられている.
難消化性オリゴ糖は食物繊維の代替として先述の生理機能への効果が期待されており,糖尿病や心疾患の予防,大腸がんの抑制効果さらには炎症性腸疾患治療などへの幅広い応用が期待されている(4)4) C. H. M. Leenen & L. A. Dieleman: J. Nutr., 137, 2572 (2007)..種類はイソマルトオリゴ糖,ガラクトオリゴ糖,フラクトオリゴ糖など構成単糖・結合様式は多岐にわたり,それらの生理機能への影響が活発に研究されており,応用面においては特定保健用食品や食品などに利用されている.
本稿で紹介するトランスグルコシダーゼは,消化管内において摂取した食餌から難消化性オリゴ糖を生成し,生理機能にさまざまな効果を及ぼすことが筆者の研究によりわかってきた.また,無理な食事制限を行わずに糖質吸収を抑制することができることから,本酵素の摂取により“美味しく食べて健康を維持”することが可能であると考える.
本研究で用いたトランスグルコシダーゼは,糸状菌Aspergillus nigerの液体培養により得られるα-グルコシダーゼ(EC 3.2.1.20)である.本酵素は主にマルトオリゴ糖の非還元末端側のα-1,4-グルコシド結合を加水分解し,α-グルコースを遊離するエキソ型の酵素である.本酵素は,デンプンを基質とする転移反応によりα-1,6-グルコシド結合を有するイソマルトオリゴ糖の生成も行うことから,トランスグルコシダーゼとも呼ばれている(図1図1■トランスグルコシダーゼのマルトースに対する触媒作用).生成されるイソマルトオリゴ糖にはイソマルトース,イソマルトトリオース,パノースなどがあり,これらはヒト体内の消化酵素により消化されにくい難消化性オリゴ糖として知られている.実際に本酵素は食品添加物として,それらイソマルトオリゴ糖の商業生産に利用されており,生産物は特定保健用食品の関与成分としても配合されている.また本酵素のオリゴ糖生成作用は,酒類生産時の風味改良や炊飯時の粘り増強・硬化防止などへの応用も報告されている.
本酵素は消化管内においても,食餌中のデンプンから内在の消化酵素により生成されるマルトースに作用し,イソマルトオリゴ糖を生成すると考えられる.実際に食物を用いたin vitroでの試験においては,α-アミラーゼ処理したパスタ,うどんに本酵素を作用させることでイソマルトオリゴ糖の生成が確認された.また,糖尿病モデルビーグル犬での投与試験においては食後の血糖および血中の中性脂肪上昇が抑制された(5)5) T. Sako, A. Mori, P. Lee, H. Goto, H. Fukuta, H. Oda, K. Saeki, Y. Miki, Y. Makino, K. Ishioka et al.: Vet. Res. Commun., 34, 167 (2010)..これは,食餌に含まれるデンプンが消化管内で本酵素によりイソマルトオリゴ糖に変換され,糖質の消化吸収が抑制されたからであると考えられる.これらin vitro試験および動物試験の結果より,ヒトにおいても本酵素の摂取による生理機能への影響が期待できると考え,筆者らは臨床試験にて検証を進めた(6)6) M. Sasaki, T. Joh, S. Koikeda, H. Kataoka, S. Tanida, T. Oshima, N. Ogasawara, H. Ohara, H. Nakao & T. Kamiya: J. Clin. Biochem. Nutr., 41, 191 (2007)..
健常人ボランティア21名(男17,女4,平均年齢49.3歳)を対象にrandomized-placebo-controlled three-way crossover試験を行った.被験者のBody Mass Index(BMI)は24.7±3.1とやや高めで肥満傾向を認めたが,ヘモグロビン(Hb)A1cは5.4±0.5%(4.6–6.4),空腹時血糖は95.3±10.8 mg/dL(77–112)であり,糖尿病患者は含まれなかった.
ボランティアに552 kcalの食餌(タンパク質14.4 g,脂肪2.1 g,炭水化物111 g)とトランスグルコシダーゼ(0, 150, 300 mg)を経口投与し,継時的(0, 30, 60, 90, 120, 150, 180分後)に血糖値,血中インスリン濃度を測定した.その結果,食後の血中インスリン濃度は酵素投与による変化はなかったが,一方で血糖上昇はコントロール群(トランスグルコシダーゼ:0 mg)に対して投与群(トランスグルコシダーゼ:150, 300 mg)で抑制される傾向があった.
しかしながら,トランスグルコシダーゼ非投与時に食後血糖が150 mg/dL以上となる耐糖能異常が疑われる糖尿病予備群(17名)を対象としたサブ解析では,酵素投与群はコントロール群に比し,食後血糖の上昇が有意に抑制され,インスリン分泌も抑制される傾向にあった(図2図2■糖尿病予備群(食後血糖>150 mg/dL)に対するトランスグルコシダーゼ(TG)投与による食後血糖抑制(A)およびインスリン分泌抑制(B)).これらの結果は,食餌中の糖質が内在性消化酵素の作用を経たのち,トランスグルコシダーゼの糖転移作用を受けイソマルトオリゴ糖が生成されたことを示唆する.これにより,摂取した糖質のグルコース転換および吸収が抑制あるいは遅延されたと考える.また難消化性オリゴ糖の摂取が血糖およびインスリン濃度の平常化に寄与することは過去に報告されており(7, 8)7) J. Boucher, D. Daviaud, M. Simeon-Remaud, C. Carpene, J. S. Saulnier-Blache, P. Monsan & P. Valet: J. Physiol. Biochem., 59, 169 (2003).8) M. Hesta, J. Debraekeleer, G. P. Janssens & R. De Wilde: J. Anim. Physiol. Anim. Nutr. (Berl.), 85, 217 (2001).,生成したイソマルトオリゴ糖自体の糖代謝調節作用も本結果より示唆される.
以上より,健常者において,トランスグルコシダーゼの摂取は血糖コントロールに寄与し,2型糖尿病の予防につながると考えられる.その効果は特に糖尿病予備群で期待される.また,摂取カロリー抑制による肥満予防なども期待される.
前項では糖尿病予備軍含む健常人での食後血糖値抑制効果を述べたが,その結果を受けて筆者らは糖尿病患者においてもトランスグルコシダーゼ摂取により改善効果が期待されると考え,これから述べる臨床試験を実施した(9)9) M. Sasaki, K. Imaeda, N. Okayama, T. Mizuno, H. Kataoka, T. Kamiya, E. Kubota, N. Ogasawara, Y. Funaki, M. Mizuno et al.: Diabetes Obes. Metab., 14, 379 (2012)..
2型糖尿病患者64名(男37,女27,平均年齢63.8±8.4歳)を対象にrandomized double-blind placebo-control試験を行った.被験者はプラセボ群,トランスグルコシダーゼ(300, 900 mg/day)群にそれぞれ19,23,22名が割り振られ,トランスグルコシダーゼ群の患者は毎日3回の食事において,それぞれ食後に100, 300 mgずつ酵素を摂取した.評価方法として,投与前と投与12週後の血糖,脂質,高分子量アディポネクチン,肝機能,体重,血圧などを各群間で比較した.
その結果,HbA1cが改善した患者はプラセボ群,トランスグルコシダーゼ(300, 900 mg/day)群でそれぞれ18.8,33.3,47.1%であり,トランスグルコシダーゼ摂取によりHbA1cが改善する患者が有意に増加した.また,プラセボ群ではHbA1cが有意に増加したのに対し,トランスグルコシダーゼ群では変化なく,プラセボ群に比べHbA1cの上昇を有意に抑制した(図3A図3■2型糖尿病患者に対するトランスグルコシダーゼ投与によるHbA1c上昇抑制(A)空腹時血糖低下(B)LDL-Cholesterol上昇抑制(C)中性脂肪低下(D)).空腹時血糖は高容量のトランスグルコシダーゼ群においてプラセボ群に比べ,また投与前値に比べ有意に低下した(図3B図3■2型糖尿病患者に対するトランスグルコシダーゼ投与によるHbA1c上昇抑制(A)空腹時血糖低下(B)LDL-Cholesterol上昇抑制(C)中性脂肪低下(D)).また血中インスリン濃度の低下ならびにインスリン抵抗性(HOMA-IR)の改善も認めた.これらから,トランスグルコシダーゼは糖尿病患者の血糖コントロールにも寄与するといえる.
また脂質に対する効果として,LDLコレステロールはプラセボ群で有意に増加したが,トランスグルコシダーゼ群ではむしろ低下し,プラセボ群に比べ有意に低下した(図3C図3■2型糖尿病患者に対するトランスグルコシダーゼ投与によるHbA1c上昇抑制(A)空腹時血糖低下(B)LDL-Cholesterol上昇抑制(C)中性脂肪低下(D)).また中性脂肪についてもトランスグルコシダーゼ群で前値およびプラセボ群に対して有意に低下した(図3D図3■2型糖尿病患者に対するトランスグルコシダーゼ投与によるHbA1c上昇抑制(A)空腹時血糖低下(B)LDL-Cholesterol上昇抑制(C)中性脂肪低下(D)).抗動脈硬化作用を有するとされ(10)10) N. Ouchi, S. Kihara, Y. Arita, Y. Okamoto, K. Maeda, H. Kuriyama, K. Hotta, M. Nishida, M. Takahashi, M. Muraguchi et al.: Circulation, 12, 1296 (2000).,またインスリン感受性の調節因子である(11)11) J. Toneli, W. Li, P. Kishore, U. B. Pajvani & E. Kwon: Diabetes, 53, 1621 (2004).高分子アディポネクチンについては,低用量のトランスグルコシダーゼ群でのみ有意に増加した.さらにプラセボ群では肝機能マーカー(ALT, AST, GGT)が有意に上昇したのに対し,トランスグルコシダーゼ群では変化を認めなかった.このことは,トランスグルコシダーゼが糖・脂質代謝の改善,抗TNF-α作用を有する高分子量アディポネクチン増加作用などにより脂肪肝の進行を抑制した結果と推察される.
以上より,トランスグルコシダーゼは2型糖尿病患者において血糖制御作用,インスリン抵抗性改善作用,脂質代謝改善作用などメタボリズムを制御する効果を有すると考えられる.その結果として,肥満や動脈硬化の予防,血圧の制御などの効果を発揮すると考えられることから,メタボリック症候群から生じる心血管イベントの抑制,それに伴う死亡率の低下に寄与することが期待される.
近年,腸内細菌叢と肥満,糖尿病などさまざまな疾患との関連性が注目され,腸内細菌叢がわれわれの生命維持活動の中心的役割を担っている可能性が示唆されている.大腸内の腸内細菌は数百から1,000種を超えるともいわれ,その生理的役割から一つの臓器として例えられることがしばしばある.そこで,われわれは糖尿病患者と健常人との腸内細菌叢の比較,ならびにトランスグルコシダーゼが糖尿病患者の腸内細菌叢に及ぼす影響を検討した(12)12) M. Sasaki, N. Ogasawara, Y. Funaki, M. Mizuno, A. Iida, C. Goto, S. Koikeda, K. Kasugai & T. Joh: BMC Gastroenterol., 13, 81 (2013)..
2型糖尿病患者60名(男35,女25)を対象にrandomized double-blind placebo-control試験を行った.被験者はプラセボ群,トランスグルコシダーゼ(300, 900 mg/day)群にそれぞれ20名ずつが割り振られ,トランスグルコシダーゼ群の患者は毎食後に100, 300 mgずつ酵素摂取した.評価方法として,投与前と投与12週後の各群の腸内細菌叢の変化を検証した.また投与前の糖尿病患者との比較のため,健常人ボランティア10名(男7,女3)の腸内細菌叢も解析した.腸内細菌叢は,患者糞便から抽出したDNAにより,terminal-restriction fragment length polymorphism(T-RFLP)法により解析した.
その結果,まず投与前の糖尿病患者と健常人を比較したところ,糖尿病患者は健常人と比べてClostridium cluster IVとClostridium subcluster XIVaが有意に少なく,一方でLactobacillalesとBifidobacteriumが有意に多かった(図4図4■2型糖尿病患者と健常人の腸内細菌叢比較).またクラスター解析を行いデンドログラムを作成したところ(図5図5■デンドログラムによる2型糖尿病患者と健常人の腸内細菌叢比較,および2型糖尿病患者におけるトランスグルコシダーゼ(TGD)投与前後の腸内細菌叢比較),健常人は主にクラスターIIIに分類され,糖尿病患者とクラスターが異なることが示された.
また糖尿病患者へのトランスグルコシダーゼ投与によりBacteroides/Firmicutes比が有意に増加したが(図6図6■2型糖尿病患者に対するトランスグルコシダーゼ投与によるBacteroides/Firmicutes比の変化),一方でプラセボ群では変化が見られなかった.クラスター解析ではトランスグルコシダーゼ投与によりクラスターIIIに属する患者が増加したことから,トランスグルコシダーゼ投与が糖尿病患者の腸内細菌叢を健常化させたことが示唆された.
2型糖尿病は肥満に関連するインスリン抵抗性によって引き起こされることが多々あり,また最近の研究では肥満や糖尿病のような代謝性疾患と腸内細菌叢の関連が明らかにされつつある.Leyらは,肥満者のBacteroides/Firmicutes比は適体重者より低いものの,低カロリー食を1年間喫食することでその比が増加することを報告している(13)13) R. E. Ley, P. J. Turnbaugh, S. Klein & J. I. Gordon: Nature, 444, 1022 (2006)..またRidauraらの報告では,片方が肥満で他方が適体重の双子の糞便をそれぞれ無菌マウスに移植した結果,肥満者の糞便を移殖したマウスのみが肥満傾向を示し,腸内細菌叢が肥満に直接影響していることが示唆された(14)14) V. K. Ridaura, J. J. Faith, F. E. Rey, J. Cheng, A. E. Duncan, A. L. Kau, N. W. Griffin, V. Lombard, B. Henrissat, J. R. Bain et al.: Science, 341, 1241214 (2013)..本結果においても糖尿病と腸内細菌叢の関連性が示唆され,またトランスグルコシダーゼ投与により糖尿病患者の腸内細菌叢が改善されることが確認された.これは,本酵素により消化管内で食餌から生成された難消化性オリゴ糖が寄与していると示唆される.以上より,糖尿病患者におけるトランスグルコシダーゼの投与により,腸内細菌叢を介した各種代謝疾患の予防もしくは改善が期待されると考える.
以上の試験により,トランスグルコシダーゼの摂取は糖尿病,高脂血症といった代謝疾患に改善効果を示すことがわかった.またこれら効果は腸内細菌叢改善を介したものであると示唆される.現在も腸内細菌叢に関する研究は日進月歩で進んでおり,さまざまな代謝疾患との因果関係およびメカニズムが解明されつつある.筆者らが研究対象としているトランスグルコシダーゼは腸内細菌叢に改善効果を示すため,今回報告した疾患以外に対しても効果が期待されると考える.
Reference
1) E. Harashima, K. Tsuji, Y. Nakagawa & G. Urata: J. Home Econ. Jpn., 45, 1081 (1994).
2) 厚生労働省:日本人の食事摂取基準の概要(2015年版),http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf, 2015.
3) 厚生労働省:平成25年国民健康・栄養調査報告,http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/dl/h25-houkoku.pdf, 2015.
4) C. H. M. Leenen & L. A. Dieleman: J. Nutr., 137, 2572 (2007).
11) J. Toneli, W. Li, P. Kishore, U. B. Pajvani & E. Kwon: Diabetes, 53, 1621 (2004).
13) R. E. Ley, P. J. Turnbaugh, S. Klein & J. I. Gordon: Nature, 444, 1022 (2006).