解説

種子植物における性決定の多様性植物の「性別のしくみ」を解き明かす―柿における発見より―

Diversity of the Sex Determination in Seed Plants: From a Finding of the Sex Determinant in Persimmon

Takashi Akagi

赤木 剛士

京都大学大学院農学研究科

Published: 2016-12-20

植物の「性別」を決定する性染色体の研究が始まって以来,およそ100年もの時間が経つが,いまだにその決定遺伝子や制御機構に関する知見は非常に限られている.ここでは,植物では初めて性別決定遺伝子が同定されたカキ属植物における研究を出発点として,進化理論的観点から見た植物の性別決定メカニズム・性染色体の進化動態など,主に種子植物の性決定に関する一般性と多様性についての最新の知見を紹介していく.

植物の「雌雄異株性」

動物における「性」というと,私たちが普段「オス・メス」と認識している雌雄個体が分離するタイプの性表現が一般的であるが,植物においてはこの概念は必ずしも一般的ではないかもしれない.種子植物において,その性の起源は両性花のみを着生する両全性であるとされているが,この両全性は全(種子)植物種のおよそ70%以上を占めると考えられている.一方で,植物の世界ではマイノリティーではあるが,最大で5%程度の植物種では動物と同様に雌雄個体が分離する性(雌雄異株性)を獲得してきた(1)1) C. Yampolsky & H. Yampolsky: Bibl. Genetica, 3, 1 (1922)..この雌雄異株性の決定因子の進化は植物種間で独立していると考えられ,これまでに主に研究されてきたヒロハノマンテマ,スイバ,ホップなどにおいて決定因子の存在する性染色体は定義されてきたものの,そのなかに存在する明確な決定因子はいずれの植物種においても未同定であった(2)2) R. Ming, A. Bendahmane & S. S. Renner: Rev. Plant Biol., 62, 485 (2011)..

雌雄異株性の性決定因子と性染色体

具体的な性決定因子の同定はなされなかったものの,植物における雌雄異株性に寄与する性染色体の進化成立過程に関する観察・考察は古くから行われてきた(3)3) D. Charlesworth: J. Exp. Bot., 64, 405 (2013)..オスヘテロ接合型の性決定様式(XY型性決定)とその決定因子の性質についての代表的なモデルがD. CharlesworthとB. Charlesworthによって1978年に提唱されており,ここでは両全性(hermaphrodite)からのY染色体の成立について,以下に挙げる2つのイベント,1. 雄化因子(M)の機能損失(M→m),2. 優性の雌化抑制因子(SuF)の成立,が必要であるとされてきた(4)4) B. Charlesworth & D. Charlesworth: Am. Nat., 112, 975 (1978).図1図1■二因子モデル3, 4)による雌雄異株性成立過程).また,由来の古い性染色体では,染色体間の組換え抑制や,大きなY染色体特異的な領域(Male Specific region of Y chromosome; MSY)が形成されることが示唆されている(2, 3)2) R. Ming, A. Bendahmane & S. S. Renner: Rev. Plant Biol., 62, 485 (2011).3) D. Charlesworth: J. Exp. Bot., 64, 405 (2013)..この概念はこれまで解析されてきたいくつかの雌雄異株性植物種では共通しており,植物の遺伝学においては一般的な,組換え価に基づく順遺伝学的アプローチによる性決定因子の同定が難しかったことの理由の一つであると思われる.しかし,以下で紹介するようなカキ属植物を含む非モデル植物を含む多くの雌雄異株性植物でゲノムワイドな解析が進むにつれ,この性染色体や性決定因子における性質は,必ずしも普遍的ではない可能性が示されてきたようにも思える.

図1■二因子モデル3, 4)による雌雄異株性成立過程

(A)種子植物は本来,両全性であり,ここでは雄性機能を維持する因子(M)に着目している.(B)M遺伝子座における機能欠損変異のヘテロ性固定により,集団は雌花両性花異株性(ginodioecy)になる.雌雄比の概念から進化理論上起こりやすい変異の固定である.(C)両全性から雌性不稔因子(SuF)の新規獲得により雄花両性花異株性(androdioecy)になる.理論上は起こりにくい.(D)M因子の機能欠損変異(M→m)雌性不稔因子の新規獲得(f→SuF)の両者が同一のハプロブロック内で生じると,雌雄異株性を発現することができるディプロタイプが成立する.

カキ属における雌雄異株性とその決定因子の同定

カキ属植物は500種以上を含む広い属全体において,基本的には雌雄異株性を示すことが示唆されている(5, 6)5) S. Duangjai, B. Wallnöfer, R. Samuelet, J. Munzinger & M. W. Chase: Am. J. Bot., 93, 1808 (2006).6) S. Duangjai, R. Samuel, J. Munzinger, F. Forest, B. Wallnöfer, M. H. J. Barfuss, G. Fischer & M. W. Chase: Mol. Phylogenet. Evol., 52, 602 (2009)..さらに,カキ属が含まれるカキノキ科(Ebenaceae)の周辺属にも雌雄異株性が多く見られることから,その起源は少なくとも2000万年前,最大で5000万年以上前にまでさかのぼると考えられる(5, 6)5) S. Duangjai, B. Wallnöfer, R. Samuelet, J. Munzinger & M. W. Chase: Am. J. Bot., 93, 1808 (2006).6) S. Duangjai, R. Samuel, J. Munzinger, F. Forest, B. Wallnöfer, M. H. J. Barfuss, G. Fischer & M. W. Chase: Mol. Phylogenet. Evol., 52, 602 (2009)..これは,これまで性染色体解析が盛んに行われてきたヒロハノマンテマやパパイヤと比較すると,かなり古い由来をもった雌雄異株性形質であるだろう(7)7) J. Wang, J.-K. Na, Q. Yu, A. R. Gschwend, J. Han, F. Zeng, R. Aryal, R. VanBuren, J. E. Murray, W. Zhang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 13710 (2012)..それにもかかわらず,カキ属の染色体群からは,ヒロハノマンテマなどのような明確な異型性染色体は観察されていなかった.

カキ属の性決定機作は,ほかの雌雄異株性を示す植物種の多くと同様に,XY型性染色体によって制御されている(8, 9)8) T. Akagi, I. M. Henry, R. Tao & L. Comai: Science, 346, 646 (2014).9) T. Akagi, K. Kajita, T. Kibe, H. Morimura, T. Tsujimoto, S. Nishiyama, T. Kawai, H. Yamane & R. Tao: Hort. J., 83, 214 (2014)..カキ属植物はいわゆる非モデル植物であり,全ゲノム情報はおろか,遺伝地図情報や発現データベースさえも構築されていなかったが,次世代シークエンシング(Next Generation Sequencing; NGS)データの新規解釈(図2図2■次世代シークエンシングデータ(Illuminaリード)のサブシークエンス(k-mer)カタログ化に基づく全ゲノム情報のない非モデル植物での目的領域の同定法8))により,2倍体種マメガキ(D. lotus)ゲノムからY染色体上の雄特異的領域(MSY)が特定され,トランスクリプトームデータの統合によって,そこに存在する性決定因子群の解析が行われた(8)8) T. Akagi, I. M. Henry, R. Tao & L. Comai: Science, 346, 646 (2014)..僅か22の遺伝子がY染色体によってコードされる候補遺伝子として検出されたが,多様なカキ属植物における進化学的観点から,このうち21の遺伝子はいずれもカキ属雌雄異株性の成立以後に生じたアレルであり,性決定因子とはなりえないことが示唆された.しかし,残りの一つ,非翻訳small RNAをコードする「OGI(雄木)」と名づけられた遺伝子「のみ」がカキ属植物全体で雄特異的に保存され,性決定を統御している可能性を示された.研究を進めるうち,OGIと相同な配列を有する「MeGI(雌木)」と名づけられたホメオドメイン遺伝子が同定され,この常染色体遺伝子は雄個体で発現が抑制されていることが示唆された.最終的には,形質転換実験などによって,OGIMeGIに対して移行性RNAiのトリガーとなり,雌化の機能をもつMeGIの発現を抑えこむことで雄化を誘導することが示唆された(図3図3■OGI/MeGIシステムによるカキ属植物の性決定メカニズム).

図2■次世代シークエンシングデータ(Illuminaリード)のサブシークエンス(k-mer)カタログ化に基づく全ゲノム情報のない非モデル植物での目的領域の同定法8)

ここでは,マメガキ交雑後代においてXY型性染色体をもつ雄個体群における雄特異的領域(MSY)の同定の例を示す.Illuminaリードをゲノム中において特異性が確保される程度の長さにk-mer化し,個体ごとにカタログ化を行う.雌雄プールにおいてカタログの比較を行い,雄プール特異的に出現するk-merを抽出する.この雄特異的k-merはY染色体の性決定因子に対して組換えのない領域の多型を網羅するものであり,この雄特異的k-mersを含む元のIlluminaリードを用いてアセンブリを行うことで, MSYの多型領域のみを構築可能である.

図3■OGI/MeGIシステムによるカキ属植物の性決定メカニズム

雄個体ではY染色体上にあるOGIOppressor of meGI)がsmall-RNAとなって相同なMeGIMale Growth Inhibitor)の発現を抑制する.MeGIは雄器官の発達を阻害するため,発現量が多いと雌花になるが,OGIによってMeGIの発現量が減少すると雄花になる.

さて,ここで思い出したいのは,上述した「Y染色体の成立には2つのイベント(因子)が必要である」というモデル(以降「2因子モデル」と略記,図2図2■次世代シークエンシングデータ(Illuminaリード)のサブシークエンス(k-mer)カタログ化に基づく全ゲノム情報のない非モデル植物での目的領域の同定法8))である.OGI以外のY染色体上における未同定因子もカキ属の性決定に関与している可能性は否定できないが,ここではOGI単一因子による雌雄異株性の成立の可能性も考えてみたい.それというのも,単一因子による雌雄異株性の成立をほのめかすような例や考察が近年になって多く報告されているのである(10)10) S. S. Renner: Am. J. Bot., 103, 587 (2016)..

雌雄異株性成立の道:カキ属は特殊?

D. Charlesworthらが1978年に掲げた2因子モデル(4)4) B. Charlesworth & D. Charlesworth: Am. Nat., 112, 975 (1978).において,雌雄異株性の成立は両全性からの進化であった.実際,雄個体からの変異による両全性(両性花のみを着花する)個体の出現など,このモデルを支持する結果はヒロハノマンテマやパパイヤ,キウイフルーツなど,多くの雌雄異株性の植物種から得られている(7, 11~12).一方で,近年になって単一因子によるモデルもいくつか報告されている.たとえば,雌雄異株性であるイチョウでは,雄個体の一部から枝変わり(芽条突然変異)によって雌花が生じた可能性を示している(13)13) T. Nagata, M. Hasebe, T. Toriba, H. Taneda & P. R. Crane: J. Japan. Bot., (2016), in press..枝変わりにおいて複数の変異が同時に発生したと考えることは難しく,単一因子の成立による雌雄異株性の獲得が起こったことを支持するものであろう.さらに,近年になってウリ科における研究から明確な単一因子による雌雄異株性成立過程が提案された(14)14) A. Boualem, C. Troadec, C. Camps, A. Lemhemdi, H. Morin, M.-A. Sari, R. Fraenkel-Zagouri, I. Kovalski, C. Dogimont, R. Perl-Treves et al.: Science, 350, 688 (2015)..ここでの前提条件は上の2因子モデルとは異なっており,雌雄異花同株性(monoecy)を出発点とした進化である.つまり,図4図4■単一因子モデルによる雌雄異株性成立過程の一例に示したように,雄花・雌花の着生を個体内の内的環境要因に依存させている状態(言い換えると,雌雄いずれへのベクトルも植物がもちあわせた状態)で,雌雄どちらかへのベクトルが強くなるようなイベントが生じた場合,雌雄のバランスを保つ適応進化によって,逆のベクトルが成立されるような遺伝的因子の選抜が行われるだろう,というモデルである(3, 15)3) D. Charlesworth: J. Exp. Bot., 64, 405 (2013).15) D. Charlesworth: New Phytol., 208, 52 (2015)..そのなかの一つ(3)3) D. Charlesworth: J. Exp. Bot., 64, 405 (2013).では,脊椎動物における環境的な要因による性決定進化(16)16) A. E. Quinn, S. D. Sarre, T. Ezaz, J. A. M. Graves & A. Georges: Biol. Let., http://dx.doi.org/10.1098/rsbl.2010.1126 (2011).を植物における雌雄異花同株と同じように捉えた例が示されており,ウリ科のモデルと同様,雌雄へのベクトルを内的環境に依存させている状態(ESD: Environmental Sex Determination)からの遺伝的因子の成立と適応進化が述べられている.

図4■単一因子モデルによる雌雄異株性成立過程の一例

(A)出発点は雌雄異花同株性(Monoecy)である.この段階では,個体内部の性は内的環境に依存しており,環境的性決定(ESD)と定義される.(B)同じくESDであるが,内的環境の寄与が雌雄のどちらかに偏ることがある.自然条件でも頻繁に観察される現象である.しかし,外的環境によっては好ましくない状況にもなる.(C)好ましくない性比の歪みへの適応進化の一つとして,性を画一的に決定する新規遺伝的因子(または機能欠損変異)が発生・選抜され,ヘテロ接合で固定されて遺伝的性決定(GSD)が成立する.内的環境の寄与はもはや優勢ではなくなり,遺伝的因子の影響を補正する方向に固定されて雌雄異株性(Dioecy)が確立される.

このような単一因子の成立に依存した雌雄異株性の獲得の例は,カキ属植物にも適用可能であるかもしれない.そのポイントに関与してくる可能性があるのが,六倍体の栽培ガキ(D. kaki)の性決定メカニズムである.栽培ガキのほとんどの品種は雌花のみを着花する雌個体もしくは雄花・雌花のいずれも着花する雌雄異花同株個体であり,雌雄異株性を示す野生2倍体種とは少々異なる性決定システムを示す.しかし,興味深いことに,この雌雄異花同株個体はすべてY染色体を有しており,「雄性の発現」にY染色体が必要であるという基本機作自体は2倍体の雌雄異株性株も6倍体の栽培ガキも同様であると考えられた(8, 9)8) T. Akagi, I. M. Henry, R. Tao & L. Comai: Science, 346, 646 (2014).9) T. Akagi, K. Kajita, T. Kibe, H. Morimura, T. Tsujimoto, S. Nishiyama, T. Kawai, H. Yamane & R. Tao: Hort. J., 83, 214 (2014)..さて,雌雄異花同株の栽培ガキの場合,雄花を着花できるポテンシャル自体はY染色体に依存しているが,個体中で雄花・雌花どちらを着花するかは何らかの内的環境要因に依存している.もし,Y染色体中に雄性を発現させるための2因子を定義するのであれば,性を決定する内的環境要因の寄与はこの2因子間で完全に同調的な動向を示す必要がある.カキ属の性決定遺伝子OGIは非翻訳遺伝子であり,その機能はMeGIの発現抑制のトリガーに限られ,移行性RNAiを発動したのちは自動的にMeGIの発現抑制のポジティブループが始まる.したがって,2因子を考えるうえではこのMeGIの発現抑制ポジティブループと完全に同調した別のY染色体因子の存在が必要になるわけである.この状況は不可能ではないかもしれないが,考慮するうえでは何か特別な機作が必要であろう.

性染色体の進化の一般性? 多様性?

上述のように,由来の古いY染色体(ZW型性決定の場合はW染色体)は対となるX染色体に対して特異的な領域(MSY)を拡大することが示唆されている(10, 11)10) S. S. Renner: Am. J. Bot., 103, 587 (2016).11) Y. Kazama, K. Ishii, W. Aonuma, T. Ikeda, H. Kawamoto, A. Koizumi, D. A. Filtov, M. Chibalina, R. Bergero, D. Charlesworth et al.: Sci. Rep., 6, 18917 (2016)..パパイヤの性染色体進化の例を見てみると,性染色体の成立が200~900万年前程度であっても,5~10 Mbといった広い領域でMSYを形成しており(7, 17)7) J. Wang, J.-K. Na, Q. Yu, A. R. Gschwend, J. Han, F. Zeng, R. Aryal, R. VanBuren, J. E. Murray, W. Zhang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 13710 (2012).17) R. VanBuren, F. Zeng, C. Chen, J. Zhang, C. M. Wai, J. Han, R. Aryal, A. R. Gschwend, J. Wang, J.-K. Na et al.: Genome Res., 25, 524 (2015).,成立がより古いヒロハノマンテマでは,さらに広い範囲でMSYを形成し,性染色体の異型化が進んでいる(2, 3, 11)2) R. Ming, A. Bendahmane & S. S. Renner: Rev. Plant Biol., 62, 485 (2011).3) D. Charlesworth: J. Exp. Bot., 64, 405 (2013).11) Y. Kazama, K. Ishii, W. Aonuma, T. Ikeda, H. Kawamoto, A. Koizumi, D. A. Filtov, M. Chibalina, R. Bergero, D. Charlesworth et al.: Sci. Rep., 6, 18917 (2016)..一方で,カキ属植物の解析においては,顕著なMSYは1~2 Mb程度であるという可能性も推察された(8)8) T. Akagi, I. M. Henry, R. Tao & L. Comai: Science, 346, 646 (2014)..このカキのMSY領域内では,反復配列やトランスエレメントの蓄積など,哺乳類などで定義されている性染色体の特徴自体は保存されていた.しかし,カキ属の雌雄異株性起源(つまり性染色体の成立)が少なくとも2000万年にさかのぼり,パパイヤやヒロハノマンテマの性染色体成立年代と比較すると古いものであることを考えると,その進化(あるいはY染色体の退化?)は非常に遅いことが示唆される.興味深いことに,同じような例は雌雄異株性の木本性植物に共通して見られる.キウイフルーツを含むマタタビ属(Actinidia)も属全体に雌雄異株性が保存されており,それを統御するY染色体因子は属内で共通である可能性が示唆されている(2, 18)2) R. Ming, A. Bendahmane & S. S. Renner: Rev. Plant Biol., 62, 485 (2011).18) L. G. Fraser, G. K. Tsang, P. M. Datson, H. N. De Silva, C. F. Harvey, G. P. Gill, R. N. Crowhurst & M. A. McNeilage: BMC Genomics, 10, 102 (2009)..マタタビ属の起源も古いものであると考えられるが,性染色体の異型化は見られず,交雑分離後代における組換え調査によってY染色体のごく狭い領域まで性決定遺伝因子の存在領域を特定することが可能である(19)19) Q. Zhang, C. Liu, Y. Liu, R. VanBuren, X. Yao, C. Zhong & H. Huang: DNA Res., 22, 367 (2015)..さらに,ブドウ属(Vitis)も属全体で雌雄異株性が保存される(栽培ブドウなど一部例外を含む)が,その性決定因子存在領域は,交雑分離後代における組換え調査およびブドウ属の多様な種における連鎖不平衡解析より,僅か150 kb程度にまで限定することが可能であるという報告がある(20)20) S. Picq, S. Santoni, T. Lacombe, M. Latreille, A. Weber, M. Ardisson, S. Ivorra, D. Maghradze, R. Arroyo-Garcia, P. Chatelet et al.: BMC Plant Biol., 14, 229 (2014)..ブドウ属のケースでは,報告されているデータのうえでは,明確なMSYは見受けられず,X–Y間は常にPARのような(X–Y間で相同塩基配列が保存される)状態で保存されている可能性が示されている.

このような状況が見られる理由はいくつか考えられる.カキ属・マタタビ属・ブドウ属,いずれも基本的に木本性種で構成される属であり,世代交代時間は草本性植物と比較してはるかに長い.さらに,木本性植物の特徴の一つとして,栄養繁殖が可能であり容易に世代間での交雑も頻繁に行われる.染色体の乗換えとその結果として生じる組換えは生殖細胞における減数分裂時に見られる現象であり,木本性植物と草本性植物では,この頻度が大きく異なり,その結果として一見異なった性染色体進化を示すように見えているのかもしれない.

雌雄異株性から柔軟な性表現への進化

雌雄異株性は時として多様な性表現への変化を示すことが示唆されており,植物種間で多様なパターンが見られる.たとえばパパイヤ(7, 17)7) J. Wang, J.-K. Na, Q. Yu, A. R. Gschwend, J. Han, F. Zeng, R. Aryal, R. VanBuren, J. E. Murray, W. Zhang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 13710 (2012).17) R. VanBuren, F. Zeng, C. Chen, J. Zhang, C. M. Wai, J. Han, R. Aryal, A. R. Gschwend, J. Wang, J.-K. Na et al.: Genome Res., 25, 524 (2015).やキウイフルーツ(12)12) M. A. McNeilage: Sex. Plant Reprod., 4, 274 (1991).のように雄個体由来の両全性が生じる場合があるが,これは上述した両全性からの2因子モデルにおいて雌化抑制因子(SuF)に変異が生じたパターンであると考えられている.近年の報告(17)17) R. VanBuren, F. Zeng, C. Chen, J. Zhang, C. M. Wai, J. Han, R. Aryal, A. R. Gschwend, J. Wang, J.-K. Na et al.: Genome Res., 25, 524 (2015).から,パパイヤでは栽培化(または特定の品種群分化)において,この「両全性への回帰(SuFへの変異)」に強い選抜圧がかかっていることが示されている.栽培化の過程では,一般的に,性決定や自家不和合性といった他殖性が打破されると考えられており(21)21) D. G. Rowlands: Euphytica, 13, 157 (1964).,パパイヤの例はこの仮説と一致するだろう.ブドウ属においても,野生種は基本的に雌雄異株性を示すにもかかわらず,栽培ブドウ(V. viniferaなど)は雌雄性決定遺伝子座において両全性アレル(SuFへの変異だろうか?)を有することからも(20)20) S. Picq, S. Santoni, T. Lacombe, M. Latreille, A. Weber, M. Ardisson, S. Ivorra, D. Maghradze, R. Arroyo-Garcia, P. Chatelet et al.: BMC Plant Biol., 14, 229 (2014).,同様の栽培化の過程における両全性への選抜が疑われるかもしれない.上述のように,栽培ガキ(D. kaki)の性決定にも,ある種の「柔軟性」があり,Y染色体をもっていても雄花・雌花の両者が着花可能である.この柔軟性の発現機作については,現在,鋭意解明中ではあるが,やはり性決定遺伝子OGIとそのターゲットであるMeGIを中心とした発現制御がかかわっている可能性が示唆されている.カキ属の2倍体野生種で見られるような雄個体・雌個体が完全に分離する画一的な性決定から,より柔軟で可塑性に富んだ性決定を発現するための変異には選抜(あるいはボトルネック)の形跡も見えており,ここではゲノム構造だけではなく,エピジェネティックな制御機作についても研究が進められている(22)22) T. Akagi, I. M. Henry, T. Kawai, L. Comai & R. Tao: Plant Cell, (2016), in press..このような,本来は雌雄異株性であったカキ属植物における性の可塑化は,栽培ガキに限った話ではなく,6倍体カキ属種のコクタン(D. ebenum)においても見られる現象である.コクタンは栽培ガキと同じく高次倍数体種であることや,同様に高次倍数体であるロウヤガキ(D. rhombifolia)においても性の柔軟化(両性花様の着生)が見られることから,カキ属の倍数化と性決定の柔軟性には何らかの共通した機作が潜んでいる可能性もあるだろう.

おわりに

本稿では,種子植物の性決定について,主にその進化や遺伝的因子の多様性について述べさせていただいた.理論的なモデルから一般性が推定されるようで,しかし,それがすべてではないような…何とも煮え切らない定義のなかにある植物の雌雄異株性であるが,この煮え切らなさの由来は,つまるところ雌雄異株性は植物種間で独立して獲得されてきた,ということにあるのだろう.一種の収斂進化として雌雄異株性という共通概念はあるものの,特に雄性器官の発達についてはさまざまな段階での機能不全によって雌個体という概念が成立する(23)23) S. L. Dellaporta & A. Calderon-Urrea: Plant Cell, 5, 1241 (1993)..生理機作という観点においては,雄ずいがそもそも形成されないことと,葯内のタペート組織が崩壊しないことは全く異なる現象であるが,性進化という観点では一様に「雄性機能欠損」とも言えるだろう.これと関連して,「性決定の多様性」というと,植物ではその生理経路において顕著である.たとえば,ウリ科ではエチレン経路を中心とした作用が機能しているのに対して(14)14) A. Boualem, C. Troadec, C. Camps, A. Lemhemdi, H. Morin, M.-A. Sari, R. Fraenkel-Zagouri, I. Kovalski, C. Dogimont, R. Perl-Treves et al.: Science, 350, 688 (2015).,トウモロコシではブラシノステロイド経路もその性決定に関与していることが示されている(24)24) T. Hartwig, G. S. Chuck, S. Fujioka, A. Klempien, R. Weizbauer, D. P. V. Potluri, S. Choe, G. S. Johal & B. Schulz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 19814 (2011)..外的処理では,サイトカイニンはアサなどで雄性化を誘導する一方で,ホウレンソウ・ブドウやカキでは雌性化に影響を与え,オーキシンはアスパラガスやホップなどでは雄性化を誘導するが,アサでは雌性化に寄与する(25, 26)25) S. Grant, A. Houben, B. Vyskot, J. Siroky, W. Pan, J. Macas & H. Saedler: Dev. Genet., 15, 214 (1994).26) S. S. Negi & H. P. Olmo: Science, 152, 1624 (1966)..これだけ見ても共通性を見いだすのは難しい.もっとも,これは雌雄異株性の話ではなく,もっと広義の性,雌雄異花同株性なども考慮した際の多様性である.

現在,筆者が個人的に知る限りでも,いくつかの植物種において雌雄異株性の性決定因子が単離間近(もしくは同定済み)という状況である.今後,カキ属植物に限らず,多くの植物種でその最上流因子となる遺伝因子が同定されれば,おのずとその進化や機作の一般性・特殊性は定義できるようになるだろう.最後に,性表現は育種や栽培の側面で考慮すべき最重要課題の一つである.農学研究者という立場から,今後の植物の性決定に関する研究の進展が大いに農学分野に応用され,多くの農作物において性表現型の人為的な選抜・改変・制御が可能になってくることを期待したい.

Reference

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