Kagaku to Seibutsu 55(2): 73-74 (2017)
巻頭言
応用微生物学の将来についての一考察
Published: 2017-01-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
有用物質を生産する微生物を自然界から探し出し,その生産性,活性を向上させるために突然変異をランダムに起こさせ,優良な形質の変異株を選択するのが応用微生物学の技術発展の出発点であった.20世紀末,特定の遺伝子を選別し,狙い撃ちで変異を付与する,必要な遺伝子だけを増幅させる,不要有害な遺伝子は欠損させるなど,遺伝子組換え技術を駆使する手法が登場し,目的物質の生産微生物の育種を,科学的な推測を行いながら短時間に進める技術が,分子生物学の応用として展開してきた.
近年,すべての生物の設計図であるゲノム配列の解析・分析が容易に安価にできる技術が登場し,機能発現の第一歩である転写も定量が行えるようになり,タンパク質解析も個々の成分を分離することなく混合物のままの分析が可能となった.代謝産物の分析・定量も大部分の化合物について可能となり,機能が発揮された形質として推測・評価することもできるようになりつつある.有用な生体物質生合成経路の改良設計や新規化学構造をもつ物質の生合成経路の提案,物質生産のための宿主細胞の最適化をゲノムデザインによって行うなど,新しい展開も進んでいる.この情報解析とデザインは,自己学習機能をもつAIによって,自動化される将来も見え隠れしている.
応用微生物学のもう一つの技術の柱に,探索(スクリーニング)がある.目的物質の生産菌を自然界から分離したり,出現頻度が10−6以下の突然変異株を効率良く見いだす方法,10−8にも及ばない低い形質転換効率から遺伝子導入株を見つけ出すなど育種の重要段階では,目的微生物の検出方法に研究者のアイデアに富んだ工夫が必須で,まさに腕の見せ所である.
この目的微生物の探索の効率化は,重要な技術開発項目であり,特に自然界からの探索は生物生産プロセス開発の第一歩として,新しい技術開発が求められている.
土壌中の微生物はその99%以上が寒天平板上に生育しないことから,工業的には未利用である.それを活用する方法の一つとして,微生物を培養せずにDNAとして直接抽出し,それを探索に用いるという方法が登場している.技術改良が懸命に行われているが,新規性,発現,活性検出など課題が残されている.
純粋培養された単一菌ではなく,混合微生物系の活用は,日本酒製造での麹菌と酵母の並行複発酵系,活性汚泥法による下水処理や有機排水のメタン発酵法などがあり,腸内細菌群と疾病との関係が明らかになりつつある状況では,重要な研究課題となった.
近年,バイオインダストリー関連の政府の政策は,医療医薬には大きな研究開発投資がされているが,それ以外の産業領域には積極性が薄れている.それは,21世紀当初のバイオ燃料への大きな期待に十分応えられなかったことも原因かもしれない.しかしながら,海外ではバイオエコノミーをキーワードとする政策が各国で提示され,積極的な研究開発投資が進んでいる.わが国のこの状況は極めて憂慮すべきものであり,当学会をはじめとする産官学の密接な連携の下,十分な意見交換をしながら,政府への提言を進める必要がある.その際には,わが国の産業,資源,研究実績,人材,技術などの特徴を精緻に検証し,欧米,中国などのコピーではない,一歩先を走る技術開発を目指すべきである.
探索技術の勝利ともいえる大村智先生,生物の基本機能を微生物で証明した大隅良典先生と2年続けてのノーベル賞受賞は,わが国の微生物研究の大きな果実である.10年後もわが国のこの分野の研究が,世界の先頭を走っていられる科学技術政策を期待するものである.