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“おいしさ”創りのための受容体活用味メカニズムに基づく新味覚化合物の発見が,“おいしさ”創りを変革する

Naohiro Miyamura

宮村 直宏

味の素株式会社食品事業本部食品研究所

Published: 2017-01-20

“おいしさ”を向上させる技術がどう人類に貢献するだろう? 地味な技術にみえるが,とても幅広く貢献すると思っている.すなわち,1)食しにくい栄養を摂りやすくする.また,ナトリウム・糖・脂肪などの過剰栄養摂取を制御できる.したがって,栄養・健康の向上につながる.2)簡単に“おいしく”を進めることができ,調理時間の軽減や食品製造の簡素化になる.したがって,働き方改善につながる.3)いっしょにおいしいものを食するとコミュニケーションがはずみ,相互信頼が開花する.大きく言うと社会平和につながる.では,農芸化学はどう“おいしさ”向上に関係しているだろう.“おいしさ”向上化合物を食品から単離・同定することや,それら化合物の生成機序を解明し効率的に生産できる技術を研究開発することは農芸化学にほかならない.ただ,化合物スクリーニング時の測定が農芸化学的というよりヒトの官能評価主体だったと思う.筆者自身,長きにわたり官能評価を頼りに有効な化合物をスクリーニングし調味技術へつなげてきた.しかし,2000年以降のさまざまな味覚受容体発見により,スキームが変容しようとしている.スクリーニング時測定法への農芸化学的アプローチの始まりである.ここでは筆者がかかわる味覚関連研究からその一端を示したい.

外部刺激(触覚,聴覚,視覚,嗅覚,味覚など)を受容するために生物の細胞は表面にさまざまな受容体を発現させている.舌部に存在する味細胞においても,2000年に,タンパク質T2Rsを,「苦味」味覚受容体(1)1) J. Chandrashekar, K. L. Mueller, M. A. Hoon, E. Adler, L. Feng, W. Guo, C. S. Zuker & N. J. Ryba: Cell, 100, 703 (2000).として認めたという報告がされ,それを皮切りに多数の味覚受容体・チャネルが見いだされた.味覚は,これら味覚受容体が化合物を受容し,味細胞が神経伝達物質を放出,それによる神経シグナルが脳へ伝達され,発現すると捉えられている.“おいしさ”は,その味覚情報に加え,嗅覚・触覚・温度感覚・視覚など情報が大脳皮質連合野に集結し,内臓感覚の情報とともに扁桃体(へんとうたい)へ伝わり,食体験情報などと照合され,好ましいと判断された場合の高揚・安堵した状態と捉えられている.したがって,味覚受容体の活性化は,“おいしさ”への重要な起点の一つと考えられる.

味覚受容体の“おいしさ”向上への活用だが,2つ考えられる.一つは味センサーであろう.もう一つは有望な味覚化合物のスクリーニングであろう.前者については,ヒトの舌部のコピーとなるような味覚受容体を発現させた細胞群を作成し,安定的に味サンプルの情報を取得できるセンサー群とし,そのセンサーに人が“おいしい”と認知するパターンを十分に記憶させれば,気持ち・疲れ・環境などによって感度が振れるヒトの官能評価に比べ,正確に“おいしさ”向上条件を捜せるだろう.ただ,現実には味覚受容体すべてを把握できているわけではないし,さまざまな受容体を理にかなったコストで有効に稼働させることも至難の業と思われる.

後者については,単独の味覚受容体から始めるので,受容体の選択がポイントだが,前者ほどの困難なく“おいしさ”創りに活用できるだろう.また受容体を発現させた培養細胞を利用するので,サンプルに関し,ヒトの官能評価に比べごく微量で済ますことができる.筆者らは後者を検討中である.具体的には,“グルタチオン”の味覚受容体を用い,“基本味”とは異なる“味覚修飾”化合物のスクリーニングを進めている.“味覚修飾”とは,たとえば「酸味を強めているが,刺激的な酢カドは抑えられている」というように,味の増強ではなく特徴を変化させることと理解される.一方,“味覚増強”の例としては,“グルタミン酸”の“うま味”に“核酸”を合わせことで発現する“相乗効果”があるだろう.“グルタチオン”の味覚受容体としては,いくつかのペプチドを受容し,舌部にも存在するCaSR(Ca感知受容体)が絞り込まれた.CaSRアゴニストのスクリーニングからは,熟成チーズなどに存在し“グルタチオン”の10分の1の濃度でも高い“味覚修飾”を発揮するトリペプチド“γ-Glu-Val-Gly”が発見された(2)2) T. Ohsu, Y. Amino, H. Nagasaki, T. Yamanaka, S. Takeshita, T. Hatanaka, Y. Maruyama, N. Miyamura & Y. Eto: J. Biol. Chem., 285, 1016 (2010)..本化合物については,低脂肪ピーナッツバターの味質が改善されたとの報告(3)3) N. Miyamura, S. Jo, M. Kuroda & T. Kouda: Flavour, 4, 16 (2015).があり,さまざまな食品への利用が期待できる.本手法の現状だが,絞り込み中の化合物が複数の味作用を発現する場合があり,「化合物が実際に有効か」判断するために,訓練をつんだヒトによる官能評価を複数回実施する必要がある.

ここまで読まれた読者が,“味覚増強”や“味覚修飾”のメカニズムについて興味をもたれているのではと思い,関係するいくつかの報告を次に示す.“グルタミン酸”と“核酸”による“うま味の相乗効果”については,“グルタミン酸”の受容体T1R1・T1R3への受容とともに,“核酸”の同受容体にある別サイトへの受容が観察されている(4)4) F. Zhang, B. Klebansky, R. M. Fine, H. Xu, A. Pronin, H. Liu, C. Tachdjan & X. Li: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 20930 (2008)..“グルタチオン”,“γ-Glu-Val-Gly”の作用に関しては,マウス神経において,“うま味物質”溶液のシグナルが,“グルタチオン”の付加によって増幅されることを観察した報告(5)5) T. Yamamoto, U. Watanabe, M. Fujimoto & N. Sako: Chem. Senses, 34, 809 (2009).がある.また,CaSRとうま味・甘味受容体を発現する味細胞が異なることを確認した報告(6)6) 宮村直宏,丸山 豊:日本味と匂い学会誌,19, 205 (2012).があり,CaSR発現味細胞から別味細胞への作用が考えられる.したがって,嗅覚において,脳だけではない嗅覚受容体・嗅細胞・嗅球など神経末端周辺での情報変化が知られるが,味覚においても,嗅覚とは様式が異なるだろうが,末端周辺での情報変化が多々あると考えられる(図1図1■“おいしさ”に至る情報伝達・変化のイメージ図(味覚の一例)).

図1■“おいしさ”に至る情報伝達・変化のイメージ図(味覚の一例)

以降,結びとなる.“おいしさ”を向上させる技術創りは,農芸化学的アプローチにおける受容体を含む神経末端から脳までの神経生理学的な研究が進むことで,新たな価値が生まれるフロンティア領域だと思う.官能評価技術が神経生理学知見を吸収し発展すれば,さらに加速するだろう.“おいしさ”を向上させる技術創りは,平和的に世界に貢献する,まさに日本的な科学技術分野だと考える.

Reference

1) J. Chandrashekar, K. L. Mueller, M. A. Hoon, E. Adler, L. Feng, W. Guo, C. S. Zuker & N. J. Ryba: Cell, 100, 703 (2000).

2) T. Ohsu, Y. Amino, H. Nagasaki, T. Yamanaka, S. Takeshita, T. Hatanaka, Y. Maruyama, N. Miyamura & Y. Eto: J. Biol. Chem., 285, 1016 (2010).

3) N. Miyamura, S. Jo, M. Kuroda & T. Kouda: Flavour, 4, 16 (2015).

4) F. Zhang, B. Klebansky, R. M. Fine, H. Xu, A. Pronin, H. Liu, C. Tachdjan & X. Li: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 20930 (2008).

5) T. Yamamoto, U. Watanabe, M. Fujimoto & N. Sako: Chem. Senses, 34, 809 (2009).

6) 宮村直宏,丸山 豊:日本味と匂い学会誌,19, 205 (2012).