解説

多彩な戦略で挑むシアノバクテリア由来の燃料生産持続可能な第三世代バイオ燃料生産の最前線

Sustainable Bioenergy Production Using Cyanobacteria With Multifarious Strategies

Yukako Hihara

日原 由香子

埼玉大学

Munehiko Asayama

朝山 宗彦

茨城大学

Hiroki Ashida

蘆田 弘樹

神戸大学

Yutaka Amao

天尾

大阪市立大学

Munehito Arai

新井 宗仁

東京大学

Koichiro Awai

粟井 光一郎

静岡大学

Shigeki Ehira

得平 茂樹

首都大学東京

Takashi Osanai

小山内

明治大学

Tatsuya Tomo

達也

東京理科大学

Rei Narikawa

成川

静岡大学

Tomohisa Hasunuma

蓮沼 誠久

神戸大学

Hajime Masukawa

増川

大阪市立大学

Published: 2017-01-20

化石燃料に代わるエネルギー源の確保が課題とされる昨今,光合成効率が高いシアノバクテリアや藻類を用いた燃料生産は,食糧生産と競合せず,カーボンニュートラルである点で注目を集めている.特にシアノバクテリアは,ゲノムや細胞の構造が単純で遺伝子操作が容易,増殖が速い,光合成能が高いなど,燃料生産ホストとして有利な性質を備えている.本稿では,多様性に富むシアノバクテリアのさまざまな性質を活かして,燃料生産技術の開発に取り組んだ最新の成果について解説する.

シアノバクテリアと燃料生産

シアノバクテリア(藍藻)という光合成を行う細菌をご存じだろうか? 海,川,池,はたまた陸上にも,至る所にさまざまな姿かたちのシアノバクテリアが生息している(図1図1■さまざまなシアノバクテリア).一般によく知られているところでは,食用のスピルリナや水前寺海苔,水面に大量発生するアオコ,砂利道の端でも増殖するワカメのようなイシクラゲなどがある.現在,極域から赤道域まで,海洋から砂漠まで,地球上のほとんどすべての環境下で大いに繁栄しているシアノバクテリアであるが,その起源は古く,約30億年前に出現し生物史の要所要所で重要な働きをしてきた.この生物が,酸素を発生する光合成を始めたおかげで,大気中の酸素濃度が増加し,地球上に酸素呼吸を行う生物が繁栄する道が開けた.十数億年前にほかの生物に共生したことから,葉緑体をもつ植物細胞が誕生した.われわれ人類は古くからシアノバクテリアを食糧として利用してきたが,この生物はまたしても人類史上重要な働きをするかもしれない.その旺盛な増殖能と光合成能が,現在われわれが直面しているエネルギー問題の解決に一役買うかもしれないのだ.

図1■さまざまなシアノバクテリア

上段左より,水前寺海苔,水面に広がるアオコ,アオコの代表種Microcystis aeruginosa,庭のイシクラゲ.中段左より,Synechocystis sp. PCC 6803, Synechococcus elongatus PCC 7942, Arthrospira platensis(スピルリナ),下段左より,Anabaena sp. PCC 7120, PseudanabaenaLimnothrix) sp. ABRG5-3, Halomicronema hongdechloris.

化石燃料は近い将来枯渇しようとしており,これに代わるエネルギー源の確保が急務である.現在有望視されている第三世代エネルギー生産系の一つに,シアノバクテリアや真核藻類を利用したバイオ燃料生産がある.水中で増殖する藻類に,光合成により固定された炭素を素材として燃料を生産させるこの系は,食糧生産と競合しない点,カーボンニュートラルである点が大きな長所である.平成23~27年度まで行われた科学技術振興機構(JST)のさきがけ研究「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」においては,研究者たちがさまざまなストラテジーで,シアノバクテリアや藻類を材料とした燃料生産系の開発を目指した.本稿では,シアノバクテリアを材料としてバイオエネルギー生産プロジェクトにかかわった12名の研究成果を紹介したい(図2図2■本稿で紹介する12名の研究課題).

シアノバクテリアは,真核藻類に比べてゲノムや細胞の構造が単純で遺伝子操作が容易,増殖が速い,光合成能が高いなど,燃料生産ホストとして有利な性質を備えている.さまざまな環境に適応して生息しているシアノバクテリアは多様性に富んでおり,どの種のどのような性質を利用して効率の良い燃料生産を実現するかが,それぞれの研究者の腕の見せ所,そのストラテジーも実に多様である.まずはモデルシアノバクテリアの代謝改変から,個別の研究内容を見ていこう.

図2■本稿で紹介する12名の研究課題

代謝改変により燃料高生産を目指す

細胞内の代謝経路は,さまざまな産物を適切な割合で生み出すためにネットワークを形成し,中間代謝物質を各経路に配分する速度は厳密に調節されている.そのため,燃料生産にかかわる代謝経路の酵素遺伝子や調節因子を改変して生産性を向上させるためには,何よりもまず,物質代謝の流れ(フラックス)を理解し,フラックスを律速する要因を適切に制御する必要がある.蓮沼は,シアノバクテリアの中枢代謝の中間代謝物質を一斉に分析するメタボロミクス技術,および中間代謝物質のターンオーバーを観測するためのin vivo 13C標識技術を確立し,これらを組み合わせることで,ネットワーク全体での代謝フラックスの観測に成功した.具体的には,定常的に光合成を行っている単細胞性のSynechocystis sp. PCC 6803の細胞に13CO2を取り込ませた後,質量分析により代謝物の同位体標識率の経時変化を測定した(1)1) T. Hasunuma, F. Kikuyama, M. Matsuda, S. Aikawa, Y. Izumi & A. Kondo: J. Exp. Bot., 64, 2943 (2013).図3A図3■代謝改変により燃料高生産を目指す).そして,グリコーゲン生合成における律速段階がグルコース-1-リン酸とADP-グルコースの変換反応であることを実験的に初めて示した.また,光合成電子伝達系で酸素の光還元を促進すると,カルビン回路やグリコーゲン生合成,有機酸生合成のフラックスが増大することを明らかにした(2)2) T. Hasunuma, M. Matsuda, Y. Senga, S. Aikawa, M. Toyoshima, G. Shimakawa, C. Miyake & A. Kondo: Biotechnol. Biofuels, 7, 493 (2014)..本技術はシアノバクテリアにおいて初めて炭素同化過程の可視化に成功しただけでなく,その速度を定量化することで炭素同化速度の評価を可能にしたのである.

図3■代謝改変により燃料高生産を目指す

A. 質量分析により調べたグルコース-1-リン酸の同位体標識率の経時変化.グルコースの6つの炭素に,時間とともに13Cが取り込まれていく.B. シアノバクテリア細胞内でのアルカン合成反応.C. RuBisCO増強とエタノール産生代謝改変.D. S. 6803の転写因子cyAbrB2を欠損すると,細胞体積が増加し,グリコーゲンが高蓄積する.E. S. 6803から精製したポリヒドロキシ酪酸(PHB).F. セルロース生産を光で制御するシアノバクテリア株の構築.

さて,このような代謝解析技術を基盤的な武器とし,シアノバクテリアに燃料を生産させようというとき,ストラテジーとしてまず思い浮かぶのは,単細胞シアノバクテリアSynechococcus elongatus PCC 7942(以後S. 7942と略す)やSynechocystis sp. PCC 6803(以後S. 6803と略す)の代謝改変である.これらのシアノバクテリアには,長く分子生物学研究のモデル生物として使われてきた実績があり,遺伝子操作の容易性やゲノム情報の充実というメリットがある.ちなみにS. 6803はわが国のかずさDNA研究所により,世界で初めて全ゲノム塩基配列が解読された光合成生物である(3)3) T. Kaneko, S. Sato, H. Kotani, A. Tanaka, E. Asamizu, Y. Nakamura, N. Miyajima, M. Hirosawa, M. Sugiura, S. Sasamoto et al.: DNA Res., 3, 109 (1996)..代謝改変の方法は,燃料生産にかかわる代謝経路の酵素遺伝子を改変あるいは導入する直接的な方法と,代謝経路の制御にかかわる調節因子を改変する間接的な方法の二つに大別できる.酵素を改変する場合は,目的とする代謝経路の活性化を確実に狙うことができるのに対し,調節因子を改変する場合は,その因子の生理機能に関する十分な知見が必要ではあるが,うまくいけば複数の代謝酵素・代謝経路を協調的に制御することが可能となる.以下,それぞれの改変例を挙げる.

1. 酵素の高活性化・発現増強

最も注目されているバイオエネルギー物質の一つに,石油に含まれる脂肪族化合物であるアルカンがある.新井はシアノバクテリアによるアルカン合成を実用化するため,その過程を触媒する2つの酵素のアミノ酸置換による高活性化を試みた.シアノバクテリア細胞内では,アシルACP還元酵素(AAR)が脂肪酸アシルACPをアルデヒドに還元後,アルデヒド脱ホルミル化オキシゲナーゼ(ADO)がアルデヒドをアルカンに変換する2段階反応でアルカンが合成されるが(図3B図3■代謝改変により燃料高生産を目指す),これらの酵素活性はとても低い.そこでまず,さまざまなシアノバクテリアに由来するAARとADOの活性を,大腸菌を用いた活性評価法(4)4) Y. Hayashi, F. Yasugi & M. Arai: PLoS ONE, 10, e0122217 (2015).によって比較したところ,S. 7942由来のAARとNostoc punctiforme PCC 73102由来のADOが最も高活性であった.そこで,これらの高活性型AARとADOを構成するアミノ酸一つひとつをアラニンに置き換える網羅的アラニンスキャン変異解析により,高活性化しうる変異部位を探しだし,さらにそれらの部位を野生型以外の19種類のアミノ酸に置換する飽和変異解析によって,高活性化に有効なアミノ酸置換を絞り込んだ.さらに,それらの変異を組み合わせた多重変異体を構築した結果,ついに野生型よりも活性が約3倍にも向上したADO変異体を得ることに成功した.現在,高活性化したAARとADOをS. 6803に導入し,アルカン高生産株の作出をねらっている.

他生物種の遺伝子を導入すれば,アルカンのほかにもシアノバクテリアにさまざまな燃料物質を作らせることができる(5, 6)5) 蘆田弘樹:“藻類オイル開発研究の最前線”,エヌ・ティー・エス,2013, p. 149.6) 蘆田弘樹:生物工学会誌,91, 352 (2013)..蘆田はS. 7942にアルコール発酵菌由来のエタノール合成系遺伝子を導入し,合成されたエタノールが培地中に放出されるエタノール産生株を作出した.そしてエタノール生産性を上げるためにさらに一工夫,光合成炭素固定酵素リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(RuBisCO)の発現量を最適化することによって,光合成能の向上を試みた.シアノバクテリアは,二酸化炭素のみならず酸素をも固定してしまうというRuBisCOの酵素学的欠点を補うため,カルボキシソームと呼ばれる構造体の中に,高い二酸化炭素濃度環境を作り出し,この中でRuBisCOを機能させている.蘆田はS. 7942において,RuBisCOの発現量を人為的に制御すると,カルボキシソームの量と形態が変化し,光合成速度のコントロールが可能であることを見いだした.この知見を活かし,エタノール産生株においてRuBisCOの量を最適化すると(図3C図3■代謝改変により燃料高生産を目指す),ねらいどおり,光合成活性の増加に伴って,エタノール生産量を増加させることができた.この成果により,RuBisCO増強による光合成能の向上が,シアノバクテリアにおいて燃料生産量を増加させる一つの方向性であることが示された.

2. 調節因子の改変

シアノバクテリアが細胞内に貯える多糖グリコーゲンは,重要なエネルギー源物質である.日原はS. 6803において,cyAbrB2という転写因子を欠損すると,細胞体積が野生株の5倍,細胞当たりのグリコーゲン蓄積量が野生株の10倍にも達することを見いだし(図3D図3■代謝改変により燃料高生産を目指す),「器が大きく原料に富む」この株をプラットフォームとした代謝改変により,高蓄積しているグリコーゲンを脂肪酸・油脂に変換できないかと考えた.cyAbrB2欠損株の代謝解析から,cyAbrB2は変動する栄養条件や光条件下で,細胞内の炭素・窒素代謝を円滑に進行させるために必須な転写因子であることが明らかになった(7)7) Y. Kaniya, A. Kizawa, A. Miyagi, M. Kawai-Yamada, H. Uchimiya, Y. Kaneko, Y. Nishiyama & Y. Hihara: Plant Physiol., 162, 1153 (2013)..遊離脂肪酸を培地中に放出する代謝改変を施した株においてcyabrB2遺伝子を破壊したところ,細胞濁度当たりの脂肪酸放出量は対照株の2倍となった(8)8) A. Kawahara, Y. Sato, Y. Saito, Y. Kaneko, Y. Takimura, H. Hagihara & Y. Hihara: J. Biotechnol., 220, 1 (2016)..しかしこの株のグリコーゲン蓄積レベルは依然として高く,今後この余剰炭素を脂肪酸生合成に回す代謝改変に成功すれば,さらなる生産性の向上が期待される.

ポリヒドロキシ酪酸(PHB)は環境中の多様な細菌が生産する生分解性のポリエステルである.S. 6803は窒素やリン欠乏条件下において,ほかのバクテリアと同様にアセチルCoAからの3段階の反応でPHBを合成して細胞内に蓄積する.小山内はこれまでにRNAポリメラーゼシグマ因子SigEが,グリコーゲン分解,解糖系,酸化的ペントースリン酸経路など,糖の分解反応である「糖異化」にかかわる遺伝子群の発現を正に制御すると同時に,PHB合成酵素遺伝子の発現制御にも関与する可能性を示唆する結果を得ていた(9)9) T. Osanai, A. Oikawa, M. Azuma, K. Tanaka, K. Saito, M. Y. Hirai & M. Ikeuchi: J. Biol. Chem., 286, 30962 (2011)..そこでS. 6803においてSigEを過剰発現させたところ,糖異化が促進し,PHB合成酵素の発現量も増加して,窒素欠乏下でのPHB蓄積量は実に野生株の約2.5倍に達した(10)10) T. Osanai, K. Numata, A. Oikawa, A. Kuwahara, H. Iijima, Y. Doi, K. Tanaka, K. Saito & M. Y. Hirai: DNA Res., 20, 525 (2013).図3E図3■代謝改変により燃料高生産を目指す).

SigEやcyAbrB2のようなグローバル転写因子の改変は,さまざまな細胞機能にかかわる遺伝子の発現を統合的に制御する可能性を秘めており,今後の代謝工学の分野において重要なストラテジーの一つとなると考えられる.成川はこれに加えて,特定の波長の光の照射によっても統合的な遺伝子発現制御が可能であることを示した.シアノバクテリアにおいて,シアノバクテリオクロムと呼ばれる光センサー群が,多様な光質を感知し,走光性や細胞凝集などの光応答現象を制御していることが解明されつつある.シアノバクテリアは光合成はもちろん細胞内情報伝達にも,さまざまな波長の光を有効利用しているのである.成川はこれらのセンサーの光感知機構の解析,その知見に基づいた受容光質の改変,光センサーと制御系の新たな組み合わせによって,細胞外多糖であるセルロース生産の光制御を目指した.このような用途には,光合成活性への影響が小さい遠赤色光や緑色光を用いることが望ましいが,遠赤色と緑色で変換する光センサーは天然には存在しない.そこで,まず赤と緑色光で変換する既存のシアノバクテリオクロムの色素結合領域の結晶構造を決定し(11)11) R. Narikawa, T. Ishizuka, N. Muraki, T. Shiba, G. Kurisu & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 918 (2013).,その知見を基に結合色素を改変することで,遠赤色光と橙色光で変換するシアノバクテリオクロムの創出に成功した(12)12) R. Narikawa, T. Nakajima, Y. Aono, K. Fushimi, G. Enomoto, Ni-Ni-Win, S. Itoh, M. Sato & M. Ikeuchi: Sci. Rep., 5, 7950 (2015)..現在,橙色光吸収型を緑色光吸収型に短波長シフトさせる変異導入に取り組んでいる.光スイッチでセルロース合成酵素遺伝子をオンオフすることにより,細胞内のセルロース生産を光で制御する系の構築が期待される(図3F図3■代謝改変により燃料高生産を目指す).

さまざまなシアノバクテリアの特性を活かす

次に,多様性に富むシアノバクテリアのさまざまな能力・特徴を活かした研究例を紹介する.「窒素固定細胞ヘテロシストを燃料工場に改造してみよう」「溶けるシアノバクテリアは燃料物質の回収に有利だな」「普段無駄にしている波長の光を吸収するクロロフィル,これを燃料生産に使えないだろうか?」異なった角度からの発想・手法でのアプローチが可能であるところに,シアノバクテリアという研究材料の面白さ・懐の深さが感じられるであろう.

1. 窒素固定を行うシアノバクテリア

ある種のシアノバクテリアは,環境中のアンモニアや硝酸などの窒素化合物が不足すると,大気中の窒素ガスを固定して窒素源として利用する.しかし,窒素固定反応を触媒するニトロゲナーゼは酸素に非常に弱い酵素であるため,活発に光合成を行い,酸素濃度が上昇した細胞の中では窒素固定を行うことができない.そこで昼は光合成,夜は窒素固定と代謝をスイッチングする種や,光合成を行う栄養細胞からヘテロシストと呼ばれる窒素固定に特化した細胞を分化させる種が出現した.これから紹介する3つの研究は,遺伝子操作技術が確立したモデル生物である,糸状性シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120(以後A. 7120と略す)において,ヘテロシストの特性を活かして高効率な燃料物質生産を目指したものである(図4図4■ヘテロシスト形成する窒素固定シアノバクテリアの代謝改変).

図4■ヘテロシスト形成する窒素固定シアノバクテリアの代謝改変

ヘテロシストは窒素固定に特化した細胞で,その特性を活かすことで各種の燃料生産が可能である.エタノール生産:エタノール合成経路をヘテロシスト特異的に発現させることで実現した.また,ヘテロシストでの糖代謝を活性化して生産性を向上させることにも成功した.脂肪アルコール生産:ヘテロシスト外から流入する酸素を防ぐバリアを形成する糖脂質の前駆体である脂肪アルコールの蓄積株を作出した.水素生産:ニトロゲナーゼ反応における窒素固定を抑えることで,水素生産の効率と持続性を向上させた.ヘテロシスト形成頻度を増加させることでも,水素生産効率が向上した.OPP…酸化的ペントースリン酸経路.

A. 7120において,十数個の細胞おきに1個の割合で形成されるヘテロシストは細胞分裂せず,細胞内の酸素濃度を低く保つため酸素発生を伴う光合成も行わない.隣接した栄養細胞が光合成により作り出したスクロースを代謝してエネルギーを得て,窒素を固定して栄養細胞に供給し続ける窒素化合物生産細胞としての役割に徹している.得平はこの特性を活かし,ヘテロシストを利用したエタノール生産を試みた.まずヘテロシスト特異的に発現する遺伝子のプロモーターを利用して,エタノール合成系酵素をヘテロシスト内でのみ発現する株を作製した(13)13) S. Ehira: Russ. J. Plant Physiol., 60, 443 (2013)..さらにエタノール生産性を向上させるため,スクロース分解酵素をヘテロシストにおいて過剰発現させ,糖代謝を活性化させた.この代謝改変により,エタノール生産性は2倍に増加した.つづいて培養条件の検討を行い,生産性をさらに10倍に増加させることに成功した.本研究におけるヘテロシストでのエタノール生産量は,単細胞性シアノバクテリアでの生産量と同程度に達している.ヘテロシストの割合は全細胞の10%程度であり,1細胞での生産性を考えると,ヘテロシストは栄養細胞の数倍のエタノールを生産できることが示された.

ヘテロシストは外膜の外側に糖脂質の膜(バリア)を形成し,外からの酸素流入を防いでいる.この糖脂質は脂肪アルコールにグルコースが1分子付加した構造をもち,A. 7120では炭素数26の3価脂肪アルコールが用いられている.粟井はこの糖脂質合成の最後の反応を担う糖転移酵素をコードする遺伝子hglTを同定し,その遺伝子破壊株のヘテロシストでは,糖脂質の膜が形成されず,かわりに前駆体である脂肪アルコールが蓄積することを見いだした.バリアをもたないヘテロシスト内ではニトロゲナーゼは機能しないと予想されたが,実際にはhglT破壊株は,野生株よりは低いものの窒素固定活性をもっており,窒素欠乏条件で生育できることがわかった.このようにして,窒素固定能を維持しつつ,エネルギー物質である脂肪アルコールを蓄積する株を得ることができた(14)14) H. S. M. Halimatul, S. Ehira & K. Awai: Biochem. Biophys. Res. Commun., 450, 178 (2014)..現在は,ヘテロシスト分化の制御因子を改変することにより,ヘテロシストの出現頻度を調整し,より多くの脂肪アルコールを生産する株の開発を進めている.

水素は,将来のクリーンな再生可能エネルギーとして注目されている.現在,その大半は化石燃料から製造されているが,将来的には太陽光などの再生可能エネルギーを用いて二酸化炭素排出を伴わない水素生産システムが期待される.ヘテロシスト中のニトロゲナーゼは,空気中の窒素ガスをアンモニアへと固定する際に必然的な副産物として水素を発生する.増川はこの水素生産活性に着目し,A. 7120に遺伝子改変を施して,太陽光をエネルギー源,水を電子供与体とした光合成的水素生産の実現を目指した.まず,ヘテロシスト形成頻度を増加させれば水素生産性も増加すると考え,ヘテロシスト形成の調節遺伝子の変異株を作製した.その結果,ヘテロシスト形成頻度,水素生産活性とも約2倍上昇させることに成功した.次にニトロゲナーゼの活性中心部位近傍アミノ酸残基の改変により,アンモニア合成が抑制され,窒素ガス気相下で高い水素生産活性が保たれる変異株を作製した(15)15) H. Masukawa, M. Kitashima, K. Inoue, H. Sakurai & R. P. Hausinge: Ambio, 41(Suppl. 2), 169 (2012)..それまでは,ニトロゲナーゼ反応の産物であるアンモニアがニトロゲナーゼ自身の活性を低下させることが問題であったが,アンモニア合成を抑制することにより,高い水素生産活性が3週間にわたり持続するという,培養の低コスト化につながる成果を得た(16)16) H. Masukawa, H. Sakurai, R. Hausinger & K. Inoue: Int. J. Hydrogen Energy, 39, 19444 (2014).

以上の3つの研究例は,栄養細胞とは独立に,ヘテロシストの代謝のみを改変して物質生産細胞として利用可能であることを示した.今後,栄養細胞とヘテロシストの代謝系をそれぞれ改変することにより,生産性向上の相乗効果も期待できる.糸状性シアノバクテリアの分化細胞ヘテロシストは,バイオ燃料生産の有力なオプションとして,今後精力的に開発が進められていくだろう.

2. 自己溶菌するシアノバクテリア

バイオ燃料生産を実用化するためには,使用する藻種や目的物質を高生産させる技術に加え,回収法についても検討する必要がある.朝山は,細胞増殖が速く,二酸化炭素固定能にも優れており,培養条件に依存して自己溶菌する特徴を有するシアノバクテリアPseudanabaena(Limnothrix) sp. ABRG5-3株に着眼し,有用物質を高生産しそれを簡便に回収する技術の開発を目指した.まずABRG5-3株の最も際立った特徴である自己溶菌についての解析を行い,「振とう→静置の二段階培養」に「暗黒条件」を加えることで,低コストかつ容易に自己溶菌を誘導できることを見いだした.また,ポリリン酸が溶菌直前の細胞内で顕著に蓄積していることを突き止めた(17)17) C. Kitazaki, S. Numano, A. Takanezawa, T. Nishizawa, M. Shirai & M. Asayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 2339 (2013)..ポリリン酸の蓄積は一般的には生存戦略であるが,ABRG5-3株の場合は,ポリリン酸蓄積が逆にストレスとなって細胞構造の歪みを誘発し,溶菌を引き起こしている可能性がある.次に,任意のバイオ燃料を効率良く生産させるための藻発現ベクターを構築し,これを用いてアルカンをABRG5-3株細胞内に高生産させ,細胞を自己溶菌させて培地中から目的物質を回収することに成功した(18)18) S. Yoshida, M. Takahashi, A. Ikeda, H. Fukuda, C. Kitazaki & M. Asayama: J. Biochem., 157, 519 (2015).図5A図5■さまざまなシアノバクテリアの特性を活かした燃料生産).現在,高密度培養のための装置の開発も手掛けており,これらの技術を組み合わせることにより,目的物質生産性向上の相乗効果が期待される.

図5■さまざまなシアノバクテリアの特性を活かした燃料生産

A. 生産した有用物質を回収する際,通常のシアノバクテリアでは細胞を破砕する必要があるが,ABRG5-3株の場合,自己溶菌させた後に培養上澄液より目的物質(バイオ燃料や青色素タンパク質フィコシアニンなど)を簡便に回収できる.B. Chl aおよびChl fの構造および吸収スペクトル.C. スピルリナ(Arthrospira platensis)から得られた光合成膜集積電極を作用極,酵素固定電極を対極とした太陽光駆動型バイオ燃料電池の模式図.光合成膜集積電極:酸化チタンナノ結晶薄膜上に光合成膜を集積.酵素固定電極:電極表面に形成したビオローゲン薄膜上にギ酸脱水素酵素を集積.

3. 長波長光を吸収するクロロフィルをもつシアノバクテリア

希薄な太陽光エネルギーを生命活動に利用するため,光合成生物は集光性色素クロロフィルを用いて光を濃縮している.これまでに同定されたクロロフィルはすべて,太陽光の吸収極大である約400~700 nmの可視領域に吸収帯をもつことから,太陽光エネルギーの4割を占める700 nmより長波長の近赤外光は光合成に用いることができないと従来考えられていた.ところが近年,いくつかのシアノバクテリア種から,700 nmよりも長波長の光を吸収するクロロフィル分子種が単離同定された.鞆はその中で最も長波長側に吸収極大が存在するChl fを含むHalomicronema hongdechlorisの集光装置に着目し,そのエネルギー移動機構の解明を目指した.クロロフィルはクロリン環の側鎖が変化することにより,吸収特性が変化する.もっとも一般的なクロロフィルであるChl aのクロリン環C2位の側鎖がメチル基からホルミル基に変わったものがChl fである(図5B図5■さまざまなシアノバクテリアの特性を活かした燃料生産).H. hongdechlorisは白色光培養ではChl aのみをクロロフィルとしてもつが,700 nmより長波長側の光で培養すると最大10%のChl fを蓄積する.この条件で培養したシアノバクテリアを用いてエネルギー移動の測定を行った.その結果,低温においてフェムト秒レーザーで励起後すぐにChl aからChl fへのエネルギー移動が観測されたこと,室温においてChl f励起後,Chl a帯での吸収変化が観測されたことなどから,Chl fがある特定のChl aの近傍に位置し,互いにエネルギーを共有していることが明らかになった.この結果は,室温で起きうる低エネルギー側から高エネルギー側へのアップヒルなエネルギー移動が,700 nmより長波長側の光での光合成を可能にしていることを示している(19, 20)19) T. Tomo, T. Shinoda, M. Chen, S. I. Allakhverdiev & S. Akimoto: Biochim. Biophys. Acta, 1837, 1484 (2014).20) S. Akimoto, T. Shinoda, M. Chen, S. I. Allakhverdie & T. Tomo: Photosynth. Res., 125, 115 (2015)..Chl fを用いた光エネルギー変換の仕組みを解き明かすことができれば,われわれの眼には極めて暗く見える近赤外光のエネルギーを用いることが可能となり,太陽光をあますことなく使用したエネルギー生産が実現すると考えられる.

シアノバクテリアを素材として用いる

本稿の最後に,シアノバクテリアに燃料を生産させるのではなく,シアノバクテリアから単離した光合成膜を素材として,バイオ燃料電池を構築した研究を紹介する.酸素発生型光合成反応は,太陽光エネルギーを駆動力とし,水を電子媒体とした酸化還元系であり,水を酸化して酸素を発生する酸化反応系である光化学系IIと,還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)を生成する還元反応系である光化学系Iの2つの反応系が連結している.天尾はこの光合成機能を利用して,スピルリナ(Arthrospira platensis)から得られた光合成膜集積電極を作用極,酵素固定電極を対極としたバイオ燃料電池を構築した(図5C図5■さまざまなシアノバクテリアの特性を活かした燃料生産).光合成膜集積電極は,光触媒でよく知られている酸化チタン微粒子(粒径約25 nm)を導電性透明ガラス電極上に薄膜化し,薄膜化した酸化チタンにスピルリナ由来の光合成膜を固定したものである(21)21) Y. Amao, A. Tadokoro, N. Shuto, M. Nakamura & A. Kuroki: Res. Chem. Intermed., 40, 3257 (2014)..酵素固定電極は二酸化炭素をギ酸に変換する反応を触媒するギ酸脱水素酵素,ギ酸をホルムアルデヒドに変換する反応を触媒するアルデヒド脱水素酵素,ホルムアルデヒドをメタノールに変換する反応を触媒するアルコール脱水素酵素を,人工補酵素として働くビオローゲンとともに導電性透明ガラス電極上に固定したものである(22)22) Y. Amao & N. Shuto: Res. Chem. Intermed., 40, 3267 (2014)..二酸化炭素を飽和した電解溶液中で光合成膜集積電極側から可視光を照射すると,光合成膜中に含まれる光化学系IIの作用により水が分解し酸素生成と同時にプロトンおよび電子が放出される.放出された電子は酵素固定電極側に移動し,電解溶液中の二酸化炭素がギ酸,ホルムアルデヒドを経由してメタノール燃料に変換される.現在までに光合成膜固定電極とギ酸脱水素酵素・ビオローゲンを固定した電極を用いることで,可視光照射により,光合成膜固定電極側から酸素が,酵素固定電極側ではギ酸が生成し,発生した酸素と生成したギ酸の生成比が1 : 2と化学量論に従うことを見いだした.太陽光で駆動され,太陽電池,二酸化炭素還元能,燃料生成機能を併せ持つ点で,この太陽電池はとても画期的であり今後の実用化が期待される.

おわりに

地球上の至るところでたくましく生き抜いているシアノバクテリアに燃料を生産させるというアイディアの実現を目指し,さまざまなバックグラウンドの研究者が,さまざまなシアノバクテリアを用いて,さまざまなアプローチで取り組んだ成果を紹介した.これらの成果は現時点では社会実装に至っておらず,モデルシアノバクテリアを用いた代謝改変の場合には,大量培養系の確立やコスト計算などが,特徴的なシアノバクテリアを用いた場合には,遺伝子操作技術の確立などが,今後待ち受ける課題であろう.しかし,多くの研究者がさまざまな角度から粘り強く研究を続けていくことで,初めてエネルギー問題を解決する新技術の誕生に結びつく.また,このような応用を志向した研究から,想定外に基礎的な知見が得られ,それがさらなる応用研究へとフィードバックされた事例もある.本稿で紹介した研究者には,当初から応用的な研究に従事していた者と基礎研究に従事してきた者とが入り混じっている.このような異なるバックグラウンドの研究者が一つのコミュニティを形成することで,これまでにないブレイクスルーが産まれるのではないだろうか.シアノバクテリアのエネルギー生産能力と研究者らの情熱に期待しよう.

Acknowledgments

本稿で紹介した12名の研究成果は,科学技術振興機構(JST)さきがけ「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」(平成23~27年度)の助成によるものです.総括の松永 是先生はじめ,関係する方々に深く御礼申し上げます.また,本稿の執筆にあたり,大森正之先生には貴重なご助言をいただきました.この場を借りて御礼申し上げます.

Reference

1) T. Hasunuma, F. Kikuyama, M. Matsuda, S. Aikawa, Y. Izumi & A. Kondo: J. Exp. Bot., 64, 2943 (2013).

2) T. Hasunuma, M. Matsuda, Y. Senga, S. Aikawa, M. Toyoshima, G. Shimakawa, C. Miyake & A. Kondo: Biotechnol. Biofuels, 7, 493 (2014).

3) T. Kaneko, S. Sato, H. Kotani, A. Tanaka, E. Asamizu, Y. Nakamura, N. Miyajima, M. Hirosawa, M. Sugiura, S. Sasamoto et al.: DNA Res., 3, 109 (1996).

4) Y. Hayashi, F. Yasugi & M. Arai: PLoS ONE, 10, e0122217 (2015).

5) 蘆田弘樹:“藻類オイル開発研究の最前線”,エヌ・ティー・エス,2013, p. 149.

6) 蘆田弘樹:生物工学会誌,91, 352 (2013).

7) Y. Kaniya, A. Kizawa, A. Miyagi, M. Kawai-Yamada, H. Uchimiya, Y. Kaneko, Y. Nishiyama & Y. Hihara: Plant Physiol., 162, 1153 (2013).

8) A. Kawahara, Y. Sato, Y. Saito, Y. Kaneko, Y. Takimura, H. Hagihara & Y. Hihara: J. Biotechnol., 220, 1 (2016).

9) T. Osanai, A. Oikawa, M. Azuma, K. Tanaka, K. Saito, M. Y. Hirai & M. Ikeuchi: J. Biol. Chem., 286, 30962 (2011).

10) T. Osanai, K. Numata, A. Oikawa, A. Kuwahara, H. Iijima, Y. Doi, K. Tanaka, K. Saito & M. Y. Hirai: DNA Res., 20, 525 (2013).

11) R. Narikawa, T. Ishizuka, N. Muraki, T. Shiba, G. Kurisu & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 918 (2013).

12) R. Narikawa, T. Nakajima, Y. Aono, K. Fushimi, G. Enomoto, Ni-Ni-Win, S. Itoh, M. Sato & M. Ikeuchi: Sci. Rep., 5, 7950 (2015).

13) S. Ehira: Russ. J. Plant Physiol., 60, 443 (2013).

14) H. S. M. Halimatul, S. Ehira & K. Awai: Biochem. Biophys. Res. Commun., 450, 178 (2014).

15) H. Masukawa, M. Kitashima, K. Inoue, H. Sakurai & R. P. Hausinge: Ambio, 41(Suppl. 2), 169 (2012).

16) H. Masukawa, H. Sakurai, R. Hausinger & K. Inoue: Int. J. Hydrogen Energy, 39, 19444 (2014).

17) C. Kitazaki, S. Numano, A. Takanezawa, T. Nishizawa, M. Shirai & M. Asayama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 2339 (2013).

18) S. Yoshida, M. Takahashi, A. Ikeda, H. Fukuda, C. Kitazaki & M. Asayama: J. Biochem., 157, 519 (2015).

19) T. Tomo, T. Shinoda, M. Chen, S. I. Allakhverdiev & S. Akimoto: Biochim. Biophys. Acta, 1837, 1484 (2014).

20) S. Akimoto, T. Shinoda, M. Chen, S. I. Allakhverdie & T. Tomo: Photosynth. Res., 125, 115 (2015).

21) Y. Amao, A. Tadokoro, N. Shuto, M. Nakamura & A. Kuroki: Res. Chem. Intermed., 40, 3257 (2014).

22) Y. Amao & N. Shuto: Res. Chem. Intermed., 40, 3267 (2014).