Kagaku to Seibutsu 55(2): 98-104 (2017)
解説
アワの起源と作物進化雑草ネコジャラシはどのようにして雑穀アワになったのか?
Origin and Crop Evolution of Foxtail Millet from a Genetic Point of View
Published: 2017-01-20
いわゆる「雑穀」の中で,アジアの農耕文化の歴史において重要な役割を果たし,なおかつ最近のゲノム研究で注目されているのが,アワ(Setaria italica (L.) P. Beauv.)である.本稿では,筆者らの研究グループが行っているアワの地方品種群の系統解析の結果と,人為選択や自然選択にかかわる2つの遺伝子の進化遺伝学的研究について紹介したい.また,ゲノムシークエンスを用いた今後の研究の展望についても触れたい.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
人類が農耕を始めた数千年~1万年前に,世界中のさまざまな場所で作物が生みだされたが,このうち種子を利用するイネ科の穀類だけで33種に及ぶとされている(1)1) 阪本寧男:“雑穀の来た道 ユーラシア民族植物誌から”,日本放送出版協会,1988..しかしながら,現在では,さらにこのうちの,イネ,コムギ,トウモロコシが3大穀物となり,それ以外の多くの穀物は,近代化に伴い世界中の畑から消滅している.失われている穀物の典型が,いわゆる「雑穀」であろう(1)1) 阪本寧男:“雑穀の来た道 ユーラシア民族植物誌から”,日本放送出版協会,1988..雑穀の定義もさまざまであるが,阪本(1988)の定義に従い,夏作の小さな種子をつける穀物とすると,アワ,キビ,ヒエ,モロコシ(ソルガム),シコクビエ,ハトムギ,トウジンビエなどが代表的なものであり,エチオピアのテフ,西アフリカのフォニオ,インドのコドなど極めて地域特異的な穀物も知られている.このうち,日本で古くから重要視されているのは,アワ,キビ,ヒエといった穀物である.この中でもアワは,食料としての品質に優れているとされ,日本の農耕の歴史において極めて重要な作物である(1, 2)1) 阪本寧男:“雑穀の来た道 ユーラシア民族植物誌から”,日本放送出版協会,1988.2) 木村茂光編:“雑穀 畑作農耕論の地平”,青木書店,2003..世界に目を転じれば,世界四大文明の一つの黄河文明で主食だったのはアワであるとされている.また,インドやヨーロッパにおいても重要な作物であったようである(1)1) 阪本寧男:“雑穀の来た道 ユーラシア民族植物誌から”,日本放送出版協会,1988..
作物がどのようにしてどこで栽培化されたのかを研究する分野は,広くは栽培植物起源学という.このうち,遺跡などから出土する植物遺体から種を同定し,年代測定することによって作物の伝播などを調査する,考古植物学と呼ばれる分野もあるが,筆者は,現在残っている在来品種の系統解析を行う遺伝学の分野で研究を行っている.本稿の前半ではまずアワの起源と伝播について解説したい.
アワについては,歴史的な価値および現在の中国やインドの乾燥地農業での重要性以外に,もう一つ注目されていることがある.それは,ゲノム研究の材料として優れていることである.優れている点としては,ゲノムサイズが小さく,染色体数の少ない2倍体であること,自殖性であるということ,栽培しやすいことが挙げられる.さらに,C4植物であることや北米などでバイオエタノール作物として利用されているスイッチグラスなどと近縁であることということもあり,祖先野生種のエノコログサ(後述)とともにイネ科キビ亜科のモデル植物という位置づけで,近年,ゲノム配列が解読された(3, 4)3) A. Doust, E. A. Kellogg, K. M. Devos & J. L. Bennetzen: Plant Physiol., 149, 137 (2009).4) J. L. Bennetzen, J. Schmutz, H. Wang, R. Percifield, J. Hawkins, A. C. Pontaroli, M. Estep, L. Feng, J. N. Vaughn, J. Grimwood et al.: Nat. Biotechnol., 30, 555 (2012)..ゲノム配列情報を基に,C4光合成の機構やストレス耐性や収量性などについても研究がなされているが,さらに野生種から作物への栽培化や品種間のさまざまな形質の分化を引き起こした遺伝的なメカニズムも調べることができるようになった.後半は筆者らが行った,人為選択や自然選択にかかわる遺伝子の解析について解説したい.
アワの学名はSetaria italica(L.)P. Beauv.といい,祖先野生種はわれわれの身近なエノコログサ(ネコジャラシ(S. italica ssp. viridis=S. viridis))である(5)5) H. Kihara & E. Kishimoto: Bot. Mag., 20, 63 (1942)..考古学的には,旧大陸で最も古くに栽培化された作物の一つであるとされ,最も古いものは,黄河流域の斐李崗遺跡・磁山遺跡で,紀元前およそ5000~6000年と年代測定されている(6, 7)6) Y. Li & S. Z. Wu: Euphytica, 87, 33 (1996).7) H. V. Hunt, M. V. Linden, X. Liu, G. Motuzaite-Matuzeviciute, S. Colledge & M. K. Jones: Veg. Hist. Archaeobot., 17(Suppl.), 5 (2008)..それ以外にもヨーロッパなどでも比較的古い時代の遺跡から見いだされており,ユーラシア初期の農耕を支えていたようである.特に,黄河文明では主食であったとされている(6)6) Y. Li & S. Z. Wu: Euphytica, 87, 33 (1996)..
作物の起源地を探るうえで,大きな手掛かりになるのが祖先野生種の分布であるが,上に述べたエノコログサは,ユーラシアの温帯域に広く分布しており,アワの起源地の問題を複雑にしている.世界中を探索し,栽培植物の起源の研究を推し進めたソ連の遺伝学者N. I. ヴァヴィロフはその著書『栽培植物の発祥地の研究』でアワの品種の多様性の中心は,中国と日本を含む東アジアであるとしている(8)8) N. I. Vavilov: “Studies on the origin of cultivated plants,” Inst. Appl. Bot. Plant Breed., 1926..また,アメリカのJ. R. ハーランは,考古学的なデータから考えるとアワは中国とヨーロッパで独立に栽培化されたのではないかと著書『Crops and Man』で述べている(9)9) J. R. Harlan: “Crops and Man,” Soc. Am. Agron Crop Sci. Soc. America, Madison, WI, 1975..一方で,阪本寧男は,これらと異なる説を提唱している.それは,中央アジアからアフガニスタン–パキスタン–インド北西部の地域でアワが栽培化され東西に伝わったという説である(1)1) 阪本寧男:“雑穀の来た道 ユーラシア民族植物誌から”,日本放送出版協会,1988..この説では,中国が起源地からはずされており,極めてユニークな仮説であるといえる.なお,インドが起源地という説は,農学者・中尾佐助の著作『栽培植物と農耕の起源』でも提唱されている(10)10) 中尾佐助:“栽培植物と農耕の起源”,岩波書店,1966..
アワの在来品種は,極めて多様である.例として,穂の形態の変異を図1図1■ユーラシア各地から収集されたアワの穂の多様性に示す.また,草型について調査すると,日本の品種は,あまり分げつせずに大きな穂を1個体に一つか数個つける品種が多いが,パキスタン北西部やアフガニスタン,中央アジアには,たくさんの分げつに小さな穂をたくさんつける,一見してエノコログサのような草型のものが多く,原始的な草型であるとされる.阪本(1988)はこの原始的なものがユーラシア中央部に見られるということをこの地域が起源地であることの根拠の一つとしている(1)1) 阪本寧男:“雑穀の来た道 ユーラシア民族植物誌から”,日本放送出版協会,1988..しかしながら,一方でこれらは,比較的新しい時代に,ほかの地域のものとは独立に栽培化されたのであるという見方も可能である(11)11) Y. Li, S. Z. Wu & Y. S. Cao: Genet. Resour. Crop Evol., 45, 279 (1995)..形態だけで,起源を論ずるのは限界があるというべきであろう.
品種間の雑種の不稔性は,品種の遺伝的な分化を表す指標である.イネでは,アジアイネの品種間で交雑不稔性により分類すると2つの大きなグループに分かれることが報告されており(12)12) 加藤茂苞・小坂 博・原 史六:九州大学農学部学芸雑誌,3, 132 (1928).,これらはのちにインディカとジャポニカと分類されている.アワでも同様に,ユーラシアの品種間でも同様に雑種不稔性が見いだされた(13)13) M. Kawase & S. Sakamoto: Jpn. J. Breed., 37, 1 (1987)..これらのうち,日本の品種をテスターA,台湾の蘭嶼の品種をテスターB,ベルギーの品種をテスターCとして,ユーラシアのさまざまな地域からの品種とF1雑種を作出し,F1雑種の花粉稔性を調べることによりユーラシア全体の品種を6つのグループ(A, B, C, AC, BC, X型)に分けることができた(13)13) M. Kawase & S. Sakamoto: Jpn. J. Breed., 37, 1 (1987)..A型は日本,韓国,中国北部,B型は日本の南西諸島と台湾,C型は主にヨーロッパに集中的に分布していた.また,X型の一部はのちにD型と分類され,台湾の蘭嶼とフィリピンのバタン諸島に分布していた(図2a図2■さまざまな系統解析法によるアワ地域品種群の分類).AC型とBC型はそれぞれアフガニスタンとインドに集中的に分布していた.阪本の説では,これらACやBC型は,遺伝的に未分化なものと考え,上に述べた原始的な草型と考えあわせて,この地域が起源地であるとしている.
作物の品種分化は,1元起源と仮定した場合,野生種から栽培型(作物)が生みだされてからせいぜい1万年程度であるために,遺伝的な分化の程度は低く,品種の系統関係を明らかにするためには精度の高い解析が必要とされる.筆者らは以下のようないくつの方法で解析しているので紹介したい.
筆者らのグループは62の在来品種に対して16のRFLP遺伝子座の調査を行い,系統関係を調査し,クラスターI~Vに分類した(14)14) K. Fukunaga, Z. M. Wang, K. Kato & M. Kawase: Genet. Resour. Crop Evol., 49, 95 (2002)..図2b図2■さまざまな系統解析法によるアワ地域品種群の分類に示したように,クラスター I および IIは東アジア(日本・韓国・中国)の品種が主に含まれ,クラスター IIIは,日本の南西諸島,台湾,フィリピン,インドの品種といった亜熱帯~熱帯の品種が含まれた.クラスター IVは東アジアやネパール,ミャンマーの品種,クラスター Vにはアフガニスタン,中央アジア,ヨーロッパの品種が含まれ,地域品種群に分化していること,中国の品種が多様であることが示された.
また,リボゾームDNA(rDNA)の遺伝子間領域の長さや塩基置換に着目し,480品種についてPCR-RFLP解析を行ってまとめたものが図2c図2■さまざまな系統解析法によるアワ地域品種群の分類である.I型とII型の違いは遺伝子間領域の長さの違い,その中のa, b, c…は制限酵素サイトの有無などを反映している.雑種不稔性ほど明瞭ではないが,地理的な分化が認められ,東アジア品種が遺伝的に多様であることが明らかとなった(15)15) M. Eda, A. Izumitani, K. Ichitani, M. Kawase & K. Fukunaga: Genet. Resour. Crop Evol., 60, 265 (2013)..
また,近年,ゲノム中のトランスポゾンの配列とAFLPの技術を組み合わせたトランスポゾンディスプレイ(TD)法を用いて,425の在来品種,12系統のエノコログサについて調査し,系統解析を行った(16)16) R. Hirano, K. Naito, K. Fukunaga, K. N. Watanabe, R. Ohsawa, M. Kawase & F. Belzile: Genome, 54, 498 (2011)..この結果に基づき,クラスターごとに分けて地理的な分布を調べると,図2d図2■さまざまな系統解析法によるアワ地域品種群の分類にまとめられるような結果となった.この結果もほかの系統解析の結果と同様に,地理的な分化が認められることと,東アジア品種が多様であることということを示している.
また,中国のグループが近年,916品種(ほとんど中国品種で,日本,韓国,東南アジア,南アジア,中央アジア,ヨーロッパ,アフリカなどの品種も含む)について大規模なSNPの調査を行っている(17)17) G. Jia, X. Huang, H. Zhi, Y. Zhao, Q. Zhao, W. Li, Y. Chai, L. Yang, K. Liu, H. Lu et al.: Nat. Genet., 45, 957 (2013)..結果,292の春播きの品種(タイプ1)と624の夏播きの品種(type 2)に分けられた.中国の中でいうと前者は中国北方の品種であり,後者は中国中部から南部の温暖な気候の品種である.残念ながら,大部分が中国の材料であるので,今後は世界的な品種の詳細な解析が必要とされる.
ここまでの結論であるが,ユーラシア全体のアワの在来品種において,比較的明瞭な地理的なグループに分かれること,中国など東アジアの品種が多様であることは,どの解析でもおおむね一致している.地理的なグループに分かれることはアワの品種群が歴史的に複雑なやりとりをしてきたというよりも,各地域に広がってその土地その土地の在来品種となってきたことを示唆している.多様性が東アジアにあるということについては,さまざまな解釈が可能であろうが,考古学的な古さと考えあわせると,中国は起源地の一つと解釈するべきではないであろうかと考えられる.地理的分化がかなり明瞭であることは,中国以外の場所でも栽培化された可能性も示唆しているが,今後の解析が必要であろう.
上で述べたのは,人為選択や自然選択のかからないような領域による系統解析の結果であるが,近年,栽培化や多様化にかかわる遺伝子を直接,調べることも可能となってきた.ここでは,選択のかかる遺伝子2つの解析結果を取り上げたい.一つは,ウルチ/モチの違いにかかわる顆粒結合性デンプン合成酵素(GBSSI)遺伝子であり,もう一つは,穎果(籾)のフェノール着色性にかかわるポリフェノール酸化酵素(PPO)遺伝子である.
穀類のデンプンは胚乳に貯蔵され,それがわれわれの炭水化物源となる.デンプンは通常のウルチ性では20%程度のアミロースと残り80%程度のアミロペクチンから構成される(18)18) 阪本寧男:“モチの文化誌—日本人のハレの食生活”,中央公論社,1989..われわれが知っている「モチ」性品種は,これから1遺伝子が機能欠失突然変異を起こしたものであり,アミロース含量がほぼ0%で粘り気の多い食感となる.遺伝学には,モチ性変異体は,顆粒結合性デンプン合成酵素(GBSSI)の機能が失われたものである.モチ性の在来品種は,イネ,アワ,キビ,オオムギ,モロコシ,ハトムギ,トウモロコシで知られている(18)18) 阪本寧男:“モチの文化誌—日本人のハレの食生活”,中央公論社,1989..これらに加えて,ここ最近の近代育種でコムギやヒエでもモチ性品種が作られている(19, 20)19) T. Nakamura, M. Yamamori, H. Hirano, S. Hidaka & T. Nagamine: Mol. Gen. Genet., 248, 253 (1995).20) T. Hoshino, T. Nakamura, Y. Seimiya, T. Kamada, G. Ishikawa, A. Ogasawara, S. Sagawa, M. Saito, H. Shimizu, M. Nishi et al.: Plant Breed., 129, 349 (2010)..これらの穀類で,東アジアや東南アジアでのみモチ性の在来品種が成立していることが阪本寧男によって示されており,非常に興味深い.これは,おそらく文化的な嗜好性によるものであろうとされており,文化的な選択のかかった遺伝子と言える(20).穀類の種内ではこのような機能欠失変異は一度起こったものが広がったものなのだろうか,それとも独立に複数回起こったのであろうか? 筆者らはアワの種内でもモチ性の起源をGBSSI遺伝子の構造変異を基に調査した(21, 22)21) K. Fukunaga, M. Kawase & K. Kato: Mol. Genet. Genomics, 268, 214 (2002).22) M. Kawase, K. Fukunaga & K. Kato: Mol. Genet. Genomics, 274, 131 (2005)..
その結果,正常型の遺伝子は14のエキソンと13のイントロンからなる構造をしているが,モチ性のものは,第1イントロン,第3エキソン,第10エキソン,第12イントロンのいずれかにトランスポゾンが挿入されていることが明らかとなった(図3図3■アワGBSSI遺伝子の進化と形質(ウルチ性,低アミロース,モチ性)の関連の簡略).また,モチとウルチの中間の低アミロースも知られているが,第1イントロンに挿入されたトランスポゾンの一部が欠失しているか,第12イントロンの挿入が起こる前に短い挿入があることにより,遺伝子の発現量が低くなっていることも明らかとなった.図3図3■アワGBSSI遺伝子の進化と形質(ウルチ性,低アミロース,モチ性)の関連の簡略にまとめたように,人類がアワを栽培して広げていくという歴史の中で,アワのGBSSI遺伝子の中にトランスポゾンの挿入が起こり,遺伝子が機能欠失することにより食感の粘り気が増したものを人間が選抜するということが複数回独立に起こったと考えられる.これに対して,アジアでもう一つ古い穀物であるイネでは,モチの起源は1回であるとされており(23)23) K. M. Olsen & M. D. Purugganan: Genetics, 162, 941 (2002).,対照的である.イネとアワどちらのほうが古くにモチ性品種が生じたのか興味深いところである.
フェノール反応とは,穀物の籾をフェノールの溶液につけておくと,黒く着色される反応のことをいう(24)24) 岡 彦一:育種学雑誌,3, 33 (1953)..イネでは,品種間でフェノール溶液により着色される品種(フェノール反応(+)型)と着色されない品種(フェノール反応(-)型)があることが古くからわかっており,日本の品種を含むいわゆるジャポニカ米の多くは後者でインディカ米の多くは前者であることが知られている.また,オオムギでも品種間差の調査が行われており,ほとんどのオオムギ品種ではフェノール反応(+)型であるが,極めてまれに(-)型があり,(-)型はシルクロード沿いに点在することが報告されている(25)25) K. Takeda & C. L. Chang: Euphytica, 90, 217 (1996)..アワでもこのようなフェノール反応性の変異はすでに報告されており,日本の南西諸島,台湾,フィリピン,ネパール,インドといった南方にフェノール反応(+)型が認められるものの,ほとんどはフェノール反応(-)型であることが知られている(26)26) M. Kawase & S. Sakamoto: Theor. Appl. Genet., 63, 117 (1982)..
これらのフェノール反応(+)型と(-)型の変異は1遺伝子で支配されており,ポリフェノール酸化酵素(PPO)遺伝子が原因であることが明らかとなっている.この形質の分子遺伝学的な解析はイネやオオムギで,比較的最近に行われている(27, 28)27) Y. Yu, T. Tang, Q. Qian, Y. Wang, M. Yan, D. Zeng, B. Han, C. I. Wu, S. Shi & J. Li: Plant Cell, 20, 2946 (2008).28) S. Taketa, K. Matsuki, S. Amano, D. Saisho, E. Himi, N. Shitsukawa, T. Yuo, K. Noda & K. Takeda: J. Exp. Bot., 61, 3983 (2010)..イネやオオムギではPPO遺伝子の正常型(フェノール反応(+)型)から機能欠失型(フェノール反応(-)型)への変異は独立に複数回起こっていることが明らかとなった.特に,オオムギの場合などはシルクロード沿いに極めて低頻度で見つかる変異なのにもかかわらず,独立に複数回機能欠失変異が起こっている.
アワゲノム配列に対して,イネの穎果(籾)で発現するPPO遺伝子をクエリーとしてホモロジーサーチを行ったところ,第7染色体にホモログが発見され,これがアワの穎果で発現するPPO遺伝子すなわちフェノール反応性にかかわる遺伝子であり,3つのエキソンからなることが明らかとなった(29)29) T. Inoue, T. Yuo, T. Ohta, E. Hitomi, K. Ichitani, M. Kawase, S. Taketa & K. Fukunaga: Mol. Genet. Genomics, 290, 1563 (2015)..アワ480品種について,遺伝子の塩基配列レベルで解析したところ,アワのフェノール反応(-)型には3つあることが明らかとなった.すなわち,第1エキソンで終止コドンができているタイプ,第2イントロンで遺伝子全長をはるかに超えるトランスポゾンが挿入されているタイプ,第3エキソンで6-bpの重複が生じ,結果としてアミノ酸2つが重複しているタイプである(図4図4■アワPPO遺伝子の進化とフェノール反応性との関連の簡略図).終止コドン型はアジア・ヨーロッパの広い範囲に,トランスポゾン挿入型はインドを除くアジアおよびヨーロッパに広く分布していた.6塩基挿入型は極めてまれであり,日本の南西諸島にのみ分布していた.これについてはおそらく南西諸島に伝わる過程で生じたものであろう.ちなみに,祖先野生種のエノコログサについても調査を行ったところ,フェノール反応(+)型のみが認められた.イネ,オオムギ,アワでフェノール反応(-)型は,種間で平行して見られ,それぞれの種内においても複数回独立に生じている.このことは,栽培化が進むにつれ,何らかの適応条件下や人為選択下においてはフェノール反応(-)型の方向に淘汰が進むことを示している.ポリフェノール酸化酵素は,耐病性などにかかわるとされ,ある種の環境下や栽培条件下では不要になるのではないかというのが一つの仮説である.
数千年の歴史を経て野生植物から栽培植物になり伝播の過程でさまざまな環境への適応や人為選択をへて多様化してきた作物の進化の研究は,多くの人々の興味をひき付けてきた.われわれが研究しているアワもイネと並んでアジアをはじめとしたユーラシアの人々の食を古代から支えてきた作物である.ゲノムが解読され,光合成やストレス抵抗性のみならず,栽培化や多様化にかかわるさまざまな遺伝子の研究が進んでいくことも期待される.前半に述べた,栽培化の起源が一元か多元かの問題も,栽培化にかかわる遺伝子について,後半で行ったような構造解析を行っていくことにより解決していくであろう.また,さまざまな形質について多様性が認められているが,われわれの研究室では,穂の形(図1図1■ユーラシア各地から収集されたアワの穂の多様性)の遺伝子について解析中である.たとえば,ネコアシとかネコデと呼ばれる穂の先が枝分かれする形質は世界中のさまざまな地域で見られるが,ゲノム情報を用いて原因遺伝子の単離・解析を行おうとしている(30)30) H. Masumoto, H. Takagi, Y. Mukainari, R. Terauchi & K. Fukunaga: Mol. Breed., 36, 1 (2016)..ほかの作物では見られないような形質についても作物の起源や進化について明らかにしていきたい.アワの形質の遺伝学的研究は,人間の選択下ではどのように作物が多様化するのかを検討するうえで,極めて有用なモデルとなりうるであろうと考えている.
Acknowledgments
共同研究者の皆さん,一緒に研究を行ってくれた研究室の学生の皆さん,本稿の初期稿に目を通してコメントしてくださった県立広島大学生命環境学部,菅裕准教授,藤田景子助教に謝意を表します.
Reference
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2) 木村茂光編:“雑穀 畑作農耕論の地平”,青木書店,2003.
3) A. Doust, E. A. Kellogg, K. M. Devos & J. L. Bennetzen: Plant Physiol., 149, 137 (2009).
5) H. Kihara & E. Kishimoto: Bot. Mag., 20, 63 (1942).
6) Y. Li & S. Z. Wu: Euphytica, 87, 33 (1996).
8) N. I. Vavilov: “Studies on the origin of cultivated plants,” Inst. Appl. Bot. Plant Breed., 1926.
9) J. R. Harlan: “Crops and Man,” Soc. Am. Agron Crop Sci. Soc. America, Madison, WI, 1975.
10) 中尾佐助:“栽培植物と農耕の起源”,岩波書店,1966.
11) Y. Li, S. Z. Wu & Y. S. Cao: Genet. Resour. Crop Evol., 45, 279 (1995).
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18) 阪本寧男:“モチの文化誌—日本人のハレの食生活”,中央公論社,1989.
19) T. Nakamura, M. Yamamori, H. Hirano, S. Hidaka & T. Nagamine: Mol. Gen. Genet., 248, 253 (1995).
20) T. Hoshino, T. Nakamura, Y. Seimiya, T. Kamada, G. Ishikawa, A. Ogasawara, S. Sagawa, M. Saito, H. Shimizu, M. Nishi et al.: Plant Breed., 129, 349 (2010).
21) K. Fukunaga, M. Kawase & K. Kato: Mol. Genet. Genomics, 268, 214 (2002).
22) M. Kawase, K. Fukunaga & K. Kato: Mol. Genet. Genomics, 274, 131 (2005).
23) K. M. Olsen & M. D. Purugganan: Genetics, 162, 941 (2002).
24) 岡 彦一:育種学雑誌,3, 33 (1953).
25) K. Takeda & C. L. Chang: Euphytica, 90, 217 (1996).
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30) H. Masumoto, H. Takagi, Y. Mukainari, R. Terauchi & K. Fukunaga: Mol. Breed., 36, 1 (2016).