Kagaku to Seibutsu 55(2): 113-118 (2017)
解説
微生物共培養による窒素固定能の発現微生物共生体における窒素からアンモニアへの変換
Expression of Nitrogen Fixation Ability by Microbial Cocultures: Conversion of Nitrogen to Ammonia in Microbial Consortia
Published: 2017-01-20
窒素からアンモニアを合成する化学的窒素固定は高温・高圧下で行われ生成物は肥料原料となる.一方,常温・常圧の温和な条件下で進行する生物学的窒素固定は細菌のニトロゲナーゼにより触媒される.ニトロゲナーゼは酸素やアンモニアにより負の制御を受ける.このため特定の細菌は自然環境下での窒素固定を可能にする阻害回避機構をもつ.一方,独自の阻害回避機構をもたない細菌の窒素固定は嫌気環境などで限定的に行われるため,そのような細菌の一般環境下での窒素固定を可能にすることは持続的な肥料生産を考えるうえで有益であろう.そこで共生微生物の助けを借りて,細菌に自然環境下での窒素固定を行わせるための取り組みについて紹介する.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
アンモニアは化学合成法であるハーバー・ボッシュ法により工業的に生産されており,全世界のアンモニア生産量約1.6億tのおおよそ8割は肥料原料として用いられている.アンモニアの工業生産には高温高圧条件が必要となることから,地球規模での人口増加を支えるのに必要な量の食糧は化石燃料の大量消費を礎に生産されていると言えよう.その一方で,自然界において生物学的窒素固定反応(N2+8H++8e−→2NH3+H2)により,全世界のアンモニア工業生産量と同等量のアンモニアが生成していると見積もられている.生物学的窒素固定反応は原核生物から構成されるジアゾ栄養生物が保有するニトロゲナーゼによって触媒され,上記反応に伴い16分子ものATPが消費される.また,窒素の有無にかかわらずニトロゲナーゼが触媒する反応により水素が生成し,多くの酵素反応と同様に温和な温度圧力条件で反応は進行する.しかしながら,自然界でニトロゲナーゼの触媒作用により生じる膨大なアンモニア生成量を考慮すると,マメ科植物根粒中の根粒細菌によるものなどを除き生物学的窒素固定が農業生産へ大きく寄与しているとは言い難い状況である.このような背景から生物学的窒素固定を介した植物への窒素供給量を増やすことができれば,窒素肥料生産さらには窒素源供給と密接に関係するバイオマス生産における化石燃料への依存度の低減に結びつくことが期待される.
窒素固定を触媒するニトロゲナーゼはO2により失活するため,空気中の窒素を基質として窒素固定が持続的に行われるためには,ニトロゲナーゼの酸素からの防御が必要になる.共生窒素固定細菌のマメ科植物根粒中での窒素固定を考えるうえで,酸化的リン酸化のために一般的に必要とされる酸素濃度(250 μM)とニトロゲナーゼが失活しないような非常に低い酸素濃度(5~30 nM)との大きなギャップを根粒細菌がいかにして埋めているかは興味深い点である.根粒細菌において酸化的リン酸化と窒素固定の両立は,根粒の酸素拡散障壁を介した酸素濃度調節(57 nM)と酸素濃度に対する緩衝作用を有するレグヘモグロビンの働き,低酸素濃度での呼吸鎖の電子伝達を可能にする酸素高親和性のバクテロイドターミナルオキシダーゼによる酸素消費がかかわっている(1)1) J. J. Terpolilli, G. A. Hood & P. S. Poole: Adv. Microb. Physiol., 60, 325 (2012)..この際,マメ科植物の光合成により蓄積した炭水化物由来の炭素源が根粒中の窒素固定細菌へと供給され,酸化的リン酸化や窒素固定に必要な電子供与体を生み出す源として用いられる.その一方で,窒素固定により合成されたアンモニアは窒素源として宿主植物に供給される(2)2) F. Mus, M. B. Crook, K. Garcia, A. Garcia Costas, B. A. Geddes, E. D. Kouri, P. Paramasivan, M. H. Ryu, G. E. Oldroyd, P. S. Poole et al.: Appl. Environ. Microbiol., 82, 3698 (2016)..
また,非共生窒素固定細菌であるシアノバクテリアの窒素固定に対しては空気中酸素に加えて,光合成により発生する酸素が抑制的に働くことが知られている.ニトロゲナーゼの酸素からの防御機構について種々のジアゾ栄養シアノバクテリアで報告がなされている(3)3) P. Fay: Microbiol. Rev., 56, 340 (1992)..ある種の単細胞シアノバクテリアでは細胞隔壁が外部からの気体拡散速度を調節することで細胞内酸素分圧を低減化するとともにヒドロゲナーゼ活性を高めることで環境中H2の酸化と連動した酸素消費を活性化し細胞内酸素分圧を低下させている.またジアゾ栄養条件で増殖可能な糸状性シアノバクテリアは,環境中のC/Nが増加し窒素固定の必要性が高まった場合にヘテロシストと呼ばれる異質細胞を形成する(4)4) D. Grizeau, L. A. Bui, C. Dupre & J. Legrand: Crit. Rev. Biotechnol., 36, 607 (2016)..ヘテロシストでは光化学系IIが存在しないため水の分解に伴う酸素発生がなく,かつ環境中の酸素分圧に応じて適度な気体拡散速度を保つことができる隔壁が形成される.窒素固定により合成されたアンモニアは栄養細胞から供給されるグルタミン酸と反応しグルタミンへと変換され窒素源として栄養細胞に移送される(2)2) F. Mus, M. B. Crook, K. Garcia, A. Garcia Costas, B. A. Geddes, E. D. Kouri, P. Paramasivan, M. H. Ryu, G. E. Oldroyd, P. S. Poole et al.: Appl. Environ. Microbiol., 82, 3698 (2016)..シアノバクテリアと同様に非共生窒素固定細菌であるアゾトバクター属細菌は好気条件下における優れた窒素固定能を有することが知られている.また,アゾトバクター属細菌は呼吸保護と呼ばれる,細胞内酸素濃度を低く維持するための酸素消費速度の調節機構を有する(5)5) J. C. Setubal, P. dos Santos, B. S. Goldman, H. Ertesvag, G. Espin, L. M. Rubio, S. Valla, N. F. Almeida, D. Balasubramanian, L. Cromes et al.: J. Bacteriol., 191, 4534 (2009)..呼吸保護には細胞表層の局在する,5つのターミナルオキシダーゼによる酸素消費が大きく寄与する.それとともにアルギン酸生合成が構成的に行われており,細胞が覆われるアルギン酸の殻は隔壁として働き細胞内において酸素を低濃度化する.
さらに,ニトロゲナーゼ活性は酸素により阻害されるのみならず,反応生成物の一つであるアンモニアにより遺伝子の転写と翻訳後の各段階で厳密に負の制御を受ける.アンモニアによる負の制御を回避することは,窒素固定細菌にアンモニアを細胞外へと持続的に分泌させるために重要な課題となる.アンモニアはグルタミン合成酵素とグルタミン酸合成酵素から形成される反応サイクルにより同化される(2)2) F. Mus, M. B. Crook, K. Garcia, A. Garcia Costas, B. A. Geddes, E. D. Kouri, P. Paramasivan, M. H. Ryu, G. E. Oldroyd, P. S. Poole et al.: Appl. Environ. Microbiol., 82, 3698 (2016)..筆者らは光合成細菌の一種である紅色非硫黄細菌を触媒とした光水素発生の研究にこれまで取り組んできた.紅色非硫黄細菌による光水素発生はニトロゲナーゼ活性に依存して行われる.紅色非硫黄細菌Rhodovulum sulfidophilumを変異誘起剤で処理した後,グルタミン合成酵素の阻害剤であるメチオニンスルホキシミン存在下で培養を行うことによりその耐性株を取得した.本耐性株は,野生株では完全に抑制されるアンモニア濃度においても水素を発生した(6)6) K. Yagi, I. Maeda, K. Idehara, Y. Miura, T. Akano, K. Fukatu, Y. Ikuta & H. K. Nakamura: Appl. Biochem. Biotechnol., 45/46, 429 (1994)..この結果からメチオニンスルホキシミン耐性株では部分的ではあるがアンモニアによるニトロゲナーゼ活性の負の制御が解除されていることが示唆された.また,Azotobacter chroococcumにおいて育種されたメチオニンスルホキシミン耐性株ではアンモニアの細胞外分泌が向上する傾向が認められている(7)7) K. Lakshminarayana, B. Shukla, S. S. Sindhu, P. Kumari, N. Narula & R. K. Sheoran: Indian J. Exp. Biol., 38, 373 (2000)..
ニトロゲナーゼ活性を阻害するそのほかの要因として低C/Nが挙げられる.ニトロゲナーゼが触媒する反応ではATPを多量に消費するため炭水化物などのエネルギー源の供給が必要であり,このことから多くのジアゾ栄養生物にとって活性の発現や持続のためにはC/Nが高い環境が好ましいと言える.このような条件的制約を考えると,生物学的窒素固定反応が生じる自然環境は限定されていると言える.耕作地などにおける空気中窒素の無機態窒素への持続的変換を促すためには,上述の要因によるニトロゲナーゼ活性の阻害を回避することが重要であろう.
ニトロゲナーゼに対する阻害回避機構をもたない細菌の一般環境下での窒素固定を可能にするために,ほかの微生物の代謝に共役させることで窒素固定環境を整え阻害要因を排除する方法が考えられる.その際には窒素固定細菌は,ニトロゲナーゼ活性の阻害要因を取り除いてくれる微生物に窒素源供給という恩恵を与えることができる.
パルプ製紙工場の廃水は活性汚泥によって生物学的に処理される.木質を多く含む廃水は窒素含量が低い.このため汚泥を活性に保つために曝気槽への窒素源供給が必要不可欠である.このような理由から,廃水処理システムにおける窒素固定細菌の菌叢解析が行われた(8)8) F. Gauthier, J. D. Neufeld, B. T. Driscoll & F. S. Archibald: Appl. Environ. Microbiol., 66, 5155 (2000)..その結果,曝気によって好気的環境が保たれる活性汚泥には窒素固定細菌は低頻度でしか検出されず,その一方で最初の沈殿池にはニトロゲナーゼ還元酵素の遺伝子nifHを保有するクレブシエラ属細菌が高頻度で見受けられた.このことから曝気槽の上流に位置する最初の沈殿池において主として窒素固定が行われ,その産物であるアンモニアや尿素が活性汚泥中の微生物の増殖を支えるという流れが示された(図1図1■高C/Nのパルプ製紙工場廃水の処理過程で生じる窒素固定と窒素固定産物の活性汚泥微生物への供給).また,農産工業廃水池においては緑藻Chlorella vulgarisと窒素固定細菌Phyllobacterium myrsinacearumが窒素代謝を介して関係し合うことが認められている(9)9) L. E. Gonzalez-Bashan, V. K. Lebsky, J. P. Hernandez, J. J. Bustillos & Y. Bashan: Can. J. Microbiol., 46, 653 (2000)..両微生物がアルギン酸ビーズ内に固定化され人工培地で培養されたところ,ビーズの空間内で共生関係が保たれることが示された.共培養時にも窒素固定が行われ,その結果Chlorella vulgarisによる窒素やリンの除去能が低下することが示唆されている.
紅色非硫黄細菌はシアノバクテリアのような酸素耐性のヘテロシストを形成する機能をもっていない.このため細胞を窒素源無しの培地に移した後,細胞懸濁液をアルゴンにより脱気し光照射下で培養しない限りニトロゲナーゼ依存の水素発生は認められなかった(10)10) I. Maeda, M. Daba, N. Hirose, H. Nagao, K. Idehara, Y. Miura, K. Yagi & T. Mizoguchi: FEMS Microbiol. Lett., 171, 121 (1999)..このことから紅色非硫黄細菌は低酸素分圧が保たれ,かつ無機態・有機態窒素が枯渇した自然環境においてのみ窒素固定を行っていることが推察される.このように純粋培養では好気条件でニトロゲナーゼ活性を認めることがない紅色非硫黄細菌であるが,筆者らは空気を封入した試験管において無機態・有機態窒素を含まない培地に枯草菌Bacillus subtilisと紅色非硫黄細菌Rhodopseudomonas palustrisを同時に移植することで細胞増殖を確認した.枯草菌は窒素固定能を有しておらず,かつ偏性好気性菌であることから,試験管内に封入された空気中の酸素が枯草菌によって消費された結果,低酸素分圧となり紅色非硫黄細菌が窒素固定を行える環境が整えられたのではないかと考えられた(図2図2■枯草菌との共培養により発現する紅色非硫黄細菌の窒素固定).共培養時に形成されたバイオフィルムを顕微鏡にて観察したところ枯草菌と紅色非硫黄細菌が細胞塊を形成しつつともに細胞が増えていく様子が観察された(図3図3■紅色非硫黄細菌(青色に染色)と枯草菌(赤褐色に染色)の共培養における窒素固定に依存した増殖).
また,反応で生成したアンモニアはニトロゲナーゼ活性の阻害要因となるが,枯草菌と紅色非硫黄細菌の共培養液において遊離アンモニアは検出されなかった.固定化された窒素は枯草菌と紅色非硫黄細菌に窒素源として消費されたため培養液中で遊離アンモニアとしてニトロゲナーゼ活性を抑制することが回避されたものと考えられた.このように無機態・有機態窒素非存在下の共培養において枯草菌の増殖を支える窒素源は,紅色非硫黄細菌が固定する窒素に依存している.したがって,固定化された窒素のジアゾ栄養生物からの細胞外への分泌速度は,閉鎖空間内で共培養される,窒素固定を行わない微生物への窒素源供給速度に重大な影響をもたらすことになるであろう.
非共生窒素固定細菌であるアゾトバクター属細菌と緑藻の共培養においてニトロゲナーゼ制御系タンパク質への変異導入によりアンモニアの分泌速度を向上させる試みが行われた(11)11) J. C. Ortiz-Marquez, M. Do Nascimento & L. Curatti: Metab. Eng., 23, 154 (2014)..培地に窒素源としてアンモニアを添加しない場合に,変異導入Azotobacter vinelandii株と緑藻Chlorella sorokinianaの共培養によって生じたバイオマス量と脂質量が,野生株との共培養で得られたバイオマス量と脂質量と比較し増加することが示された.
多量のATPと還元当量を消費する窒素固定反応の持続にはエネルギー源と還元力の細胞への供給が必要不可欠である.共生窒素固定を行う根粒細菌の窒素固定のためのエネルギーと還元力を生み出す源となるリンゴ酸は,宿主植物の光合成産物である貯蔵糖から解糖反応により生成された後に根粒細菌へと供給される(2)2) F. Mus, M. B. Crook, K. Garcia, A. Garcia Costas, B. A. Geddes, E. D. Kouri, P. Paramasivan, M. H. Ryu, G. E. Oldroyd, P. S. Poole et al.: Appl. Environ. Microbiol., 82, 3698 (2016)..非共生窒素固定を行うシアノバクテリアでも同様に,光合成産物である炭水化物が栄養細胞からヘテロシストへと移送される.供給された炭水化物はヘテロシスト内で酸化的ペントースリン酸経路やクエン酸回路を経て酸化され,その結果生じる還元型ピリジンヌクレオチドが電子供与体となり酸化的リン酸化あるいは光リン酸化に供されATPが合成される(12)12) H. Böhme: Trends Plant Sci., 3, 346 (1998)..また,還元型ピリジンヌクレオチドはヘテロシストに局在するフェレドキシンを還元することで還元当量がニトロゲナーゼへと供給される.したがって,窒素固定に必要なATPと還元当量が確保されるためには栄養細胞からヘテロシストへの炭水化物の移送は欠くことができない.では,このような細胞間物質移動は,自然環境で生息する異種細菌間においても生じているのであろうか.
熱帯地域に育つサゴヤシからは食用デンプンが採取される.サゴヤシから単離されたKlebsiella pneumoniaeなどの非共生窒素固定細菌は環境に配慮しつつ窒素を植物に供給するシステムの構築を考えるうえで潜在的に利用価値が高いと考えられる.これらの細菌が窒素固定を行うためにはグルコースやスクロースといった単糖や二糖が適している.一方,植物バイオマスとしてはデンプンやペクチン,セルロース,ヘミセルロースといった多糖類が多くの割合を占め,窒素固定細菌がこれらの多糖を直接分解し窒素固定のためのATPと還元当量を獲得することはできない.そこで同じくサゴヤシから単離された,窒素固定能をもたない多糖分解菌と,K. pneumoniaeの共培養が,窒素源を含まずデンプン,ヘミセルロース,あるいはペクチンを唯一の炭素源として含む培地中で行われた(13)13) A. Shrestha, K. Toyota, M. Okazaki, Y. Suga, M. A. Quevedo, A. B. Loreto & A. A. Mariscal: Microbes Environ., 22, 59 (2007)..ニトロゲナーゼ活性はK. pneumoniaeの純粋培養時と比較しデンプン分解菌あるいはヘミセルロース分解菌との共培養時に高い活性が認められたが,ペクチン分解菌との共培養時には活性化は認められなかった.サゴヤシにおいては窒素固定細菌が単独では代謝することができない多糖をデンプンやヘミセルロース分解菌がモノマーやオリゴマーに分解し,その一部が窒素固定の際のエネルギー源や還元力として供給される流れが示された(図4図4■多糖分解菌による多糖の加水分解過程を経由した非共生窒素固定細菌への炭素源の供給).
ニトロゲナーゼは配位する金属によってMoニトロゲナーゼ,Vニトロゲナーゼ,Feニトロゲナーゼが知られており,それぞれFeMo補因子,FeV補因子,FeFe補因子が配位する(14)14) L. Curatti, P. W. Ludden & L. M. Rubio: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 5297 (2006)..窒素固定細菌によってどの型のニトロゲナーゼを保持するかは異なるが,これまで報告されたどの窒素固定細菌も少なくともMoニトロゲナーゼを保持することがわかっている.ニトロゲナーゼは活性中心を含むニトロゲナーゼ二量体とニトロゲナーゼ還元酵素二量体から構成される.ともにメタロプロテインでありMoニトロゲナーゼの場合,ニトロゲナーゼ二量体はFeとMoを,ニトロゲナーゼ還元酵素二量体はFeを含有する.筆者らはR. palustris細胞中の金属含量の変動を調べたところ,ニトロゲナーゼ活性の脱抑制条件下ではアンモニウムイオンを含む抑制条件下と比較し5倍から10倍程度Mo含量が高くなることを見いだした(15)15) T. Naito, B. Sachuronggui, M. Ueki & I. Maeda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 407 (2016)..一方,Fe含量はMo含量と比較し2桁程度高い値を示したが,脱抑制と抑制の条件間において顕著な変動は認められなかった.レアメタルであるMoは細胞含量がほかの金属と比較し相対的に低いにもかかわらず,窒素固定細胞においてはその要求性が飛躍的に高まるために持続的な窒素固定に対する制限因子となりうることが示唆された.
また別の研究においては,熱帯雨林土壌にMoもしくはリン酸,あるいはそれらの両方を添加することで非共生窒素固定菌の窒素固定能がどのように変動するかが調べられた.その結果,窒素固定能の増大はMoが添加された場合のみ認められたことから,Moが熱帯雨林土壌の窒素固定における制限因子であることが示された(16)16) A. R. Barron, N. Wurzburger, J. P. Bellenger, S. J. Wright, A. M. L. Kraepiel & L. O. Hedin: Nat. Geosci., 2, 42 (2009)..環境中に元々存在するMo量は少ないことや,どの程度の割合のMoが生物に利用されやすい形態で存在するのか不明な部分も多いのが現状である.これらの結果はMoの窒素固定系への供給速度が系を制御しうる要因になる可能性や,非窒素固定菌の代謝や機能が窒素固定細菌へのMo供給にプラスに働く可能性を示している.
非共生窒素固定細菌による生物学的窒素固定の農業生産への寄与拡大に有効な手段の一つとして,窒素固定細菌にとって有利に働く微生物との共培養系や共生系の確立が挙げられる.移植される微生物には,天然素材を代謝しやすい化学構造に変換しエネルギー源や還元当量の生成を促す役割や,酸素を好んで消費し環境を低酸素分圧に保つ役割,生成した遊離アンモニアを活発に細胞内に取り込む機能,天然に存在するMoやFeを細胞内に取り込みやすい形態に変換する機能などが期待される.生物学的窒素固定を軸にした異種微生物間の共生関係は報告例が少ないのが現状ではあるが,その内容からは創り出される生息環境あるいは培養環境が窒素固定条件に合致する場合には共培養系や共生系は成立することが推察される.このため今後は,自然環境で形成された菌叢を構成する微生物の代謝や微生物間の物質移動が窒素固定とどのような関係性をもつのかがより詳細に明らかになり,それらの情報を基により多様な環境での人為的な共生関係の構築が可能になることが望まれる.
Reference
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15) T. Naito, B. Sachuronggui, M. Ueki & I. Maeda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 407 (2016).