解説

HYBID(KIAA1199)が司る新規なヒアルロン酸分解機構ヒアルロン酸代謝研究の新展開

A Novel Hyaluronan-Degrading Machinery Mediated by HYBID (KIAA1199): New Aspects of Hyaluronan Metabolism

Hiroyuki Yoshida

吉田 浩之

花王株式会社生物科学研究所

Published: 2017-01-20

ヒアルロン酸は,哺乳動物の細胞外マトリックスに広く存在するグリコサミノグリカンの一つであり,その最大の特徴は速い代謝回転にある.これまで組織におけるヒアルロン酸分解機構として,HYAL/CD44依存的なヒアルロン酸分解モデルが定説となっていたが,このモデルでは生体内のダイナミックなヒアルロン酸のターンオーバーを説明するには十分ではなかった.そこで,皮膚線維芽細胞のヒアルロン酸分解を担う分子の包括的な探索により,新たに見いだされたヒトHYBID(KIAA1199)依存的なヒアルロン酸分解機構に関し,その特性や調節機構も含め,生理的なヒアルロン酸代謝や病態における過剰なヒアルロン酸分解へのかかわりなど最近明らかになった知見をまとめて解説する.

はじめに

「ヒアルロン酸(hyaluronic acid=hyaluronan)」という名は,ウシの眼の硝子体から初めて単離された(1)1) K. Meyer & J. W. Palmer: J. Biol. Chem., 107, 629 (1934).ことにちなみ,「硝子体(hyaloid)に由来するウロン酸(uronic acid)」という意味で命名された.それから80年以上経った現在,その優れた保水性・粘弾性・膨潤性や,生体適合性(安全性)の高さが注目され,化粧品だけでなく,変形性膝関節症や肩関節周囲炎の治療を目的とした関節内注射薬にも応用され,またシワの改善やリフトアップを目的としたヒアルロン酸注入が美容医療分野でも広く実施されていることから,近年その知名度は老若男女を問わず高まっている.一方,元来ヒアルロン酸は私たちの体の中で作られ,全身の細胞外マトリックスにおいて重要な機能を果たしていることから,各臓器での代謝やその生理的機能,またさまざまな疾患とのかかわりなどについて脈々と研究が続けられてきた.しかしながら,今なおヒアルロン酸の本質は神秘のベールに包まれており,たとえば生体内のヒアルロン酸代謝一つにしても,基本的なヒアルロン酸の分解を担う分子実体すら十分に明らかにされていないのが現状である.本総説では,近年筆者らが発見したHYBID(KIAA1199)が司る新規なヒアルロン酸分解機構の知見をまとめ,これまで立ち遅れていたヒアルロン酸分解研究の急展開について紹介する.

ヒアルロン酸の構造と機能

ヒアルロン酸はD-グルクロン酸とN-アセチル-D-グルコサミンがβ結合で繰り返し連結された陰イオン性直鎖状グリコサミノグリカンであり,その分子量は数百万にも及ぶ生体で最大の高分子ポリマーである(図1図1■ヒアルロン酸の構造).このような構造はグリコサミノグリカンの中で最も単純であり,分岐もなければ硫酸化などの修飾も受けず,唯一の例外(SHAP: serum-derived hyaluronan-associated proteins)を除いては共有結合でコアタンパク質と結合することもない.生体内においてヒアルロン酸は細胞外マトリックスの主要な構成成分として広く存在し,組織マトリックス全体の構造化や安定性だけでなく,増殖や分化といったさまざまな細胞機能にも寄与している.組織のヒアルロン酸濃度は臍帯で最も高く,次いで関節液,皮膚および硝子体に高濃度に存在する(2)2) J. R. Fraser, T. C. Laurent & U. B. Laurent: J. Intern. Med., 242, 27 (1997)..一方,絶対量としては皮膚に存在するヒアルロン酸が圧倒的に多く,全身の約50%を占めている(2)2) J. R. Fraser, T. C. Laurent & U. B. Laurent: J. Intern. Med., 242, 27 (1997)..またヒアルロン酸は単純な構造をもつ分子にもかかわらず,生理的特徴は多様であり,高分子ヒアルロン酸(分子量1,000 kDa以上)は血管新生を抑制し,抗炎症作用や免疫抑制作用があるのに対し,低分子ヒアルロン酸(分子量数十kDa以下)は血管新生を促進し,炎症の亢進活性,免疫刺激能,抗アポトーシス活性をもつ(3)3) R. Stern, A. A. Asari & K. N. Sugahara: Eur. J. Cell Biol., 85, 699 (2006).

図1■ヒアルロン酸の構造

ダイナミックなヒアルロン酸のターンオーバー

ヒアルロン酸の最大の特徴はその速い代謝回転にある.体重70 kgの成人では全身の総ヒアルロン酸量は15 g程度であり,毎日その約3分の1のヒアルロン酸が置き換わっていると言われている(4)4) M. S. Pandey, E. N. Harris, J. A. Weigel & P. H. Weigel: J. Biol. Chem., 283, 21453 (2008)..その全体像(図2図2■全身のヒアルロン酸代謝の全体像)としては,まずは末梢の組織で合成された高分子ヒアルロン酸(分子量1,000 kDa以上)が,組織の細胞によって中間サイズのヒアルロン酸(分子量10~100 kDa)に部分分解され,その大部分がリンパ管に入り,リンパ節にてさらなる分解を受ける.実に,組織におけるヒアルロン酸の代謝半減期は,軟骨中では2~3週間,関節液や皮膚では1日程度と驚くほど速い(4)4) M. S. Pandey, E. N. Harris, J. A. Weigel & P. H. Weigel: J. Biol. Chem., 283, 21453 (2008)..そしてリンパ管で分解されなかったヒアルロン酸(分子量10 kDa以下)は血管に運ばれ,最終的には肝臓,腎臓および脾臓においてクリアランスされる(4)4) M. S. Pandey, E. N. Harris, J. A. Weigel & P. H. Weigel: J. Biol. Chem., 283, 21453 (2008)..このように生体内のヒアルロン酸は日々ダイナミックにターンオーバーしており,活発な合成機構と分解機構のもとに維持されていることがうかがえる.

図2■全身のヒアルロン酸代謝の全体像

皮膚線維芽細胞におけるヒアルロン酸の合成機構と分解機構

皮膚は最大の臓器であり,体の最外層から表皮,真皮,皮下組織の3層で構成されている.真皮では細胞外マトリックスがその大半を占め,これを足場に皮膚線維芽細胞が散在している.真皮ヒアルロン酸の機能として,水分保持や弾力性の維持などの物理的役割のみならず,多様な皮膚生理にかかわると考えられている.また上述のとおり,皮膚のヒアルロン酸の代謝半減期は1日程度と極めて速く,活発な合成と分解のバランスの上に成り立っているが,その主役を担っているのが皮膚線維芽細胞である.

ヒアルロン酸合成を担うタンパク質HAS(hyaluronan synthase)の遺伝子(HAS1, HAS2, HAS3)は,1996年に相次いでクローニングされた(5~8)5) N. Itano & K. Kimata: J. Biol. Chem., 271, 9875 (1996).8) A. P. Spicer, M. L. Augustine & J. A. McDonald: J. Biol. Chem., 271, 23400 (1996)..HAS1~HAS3はアミノ酸レベルで互いに64.9~78.4%の高いホモロジーをもち,いずれも6個の膜貫通ドメインと1個の膜結合ドメインからなる.HASは細胞表面において,UDP-グルクロン酸とUPD-N-アセチルグルコサミンの2つの糖ヌクレオチドを基質として,二糖の繰り返し配列であるヒアルロン酸を細胞外に直接伸ばしていく.当研究室では皮膚線維芽細胞のヒアルロン酸合成を担うHASとして,主にHAS1およびHAS2あることを明らかにした(9)9) Y. Sugiyama, A. Shimada, T. Sayo, S. Sakai & S. Inoue: J. Invest. Dermatol., 110, 116 (1998).

一方,皮膚線維芽細胞が培養系でヒアルロン酸分解活性を有することは1990年にすでに報告されていた(10)10) T. Nakamura, K. Takagaki, K. Kubo, A. Morikawa, S. Tamura & M. Endo: Biochem. Biophys. Res. Commun., 172, 70 (1990)..筆者らも,正常ヒト皮膚線維芽細胞Detroit 551株が外的に添加した分子量1,000 kDa以上の高分子ヒアルロン酸を旺盛に低分子化することを確認している.その特徴として,ヒアルロン酸を細胞内でオリゴ糖にまで分解するのではなく,10~100 kDaに断片化された中間サイズのヒアルロン酸を細胞外に放出させることが挙げられる.しかしながら,この活性は極めて繊細であり,細胞を破砕すると活性が完全に消失することが研究の進展を阻み続け,これまで分解を担う分子実体を明らかにすることは困難であった.

HYAL/CD44依存的ヒアルロン酸分解モデルの確立とその矛盾点

そのようななか,1997年にヒアルロン酸分解酵素HYAL1(hyaluronidase 1)遺伝子がクローニングされたことがきっかけとなり(11)11) G. I. Frost, T. B. Csoka, T. Wong & R. Stern: Biochem. Biophys. Res. Commun., 236, 10 (1997).,HYALに着目したヒアルロン酸分解研究が一気に進展した.現在では,ヒトには6つのヒアルロン酸分解酵素(様)遺伝子(HYAL1~4, HYALP1, SPAM1)が存在することが見いだされている(12)12) A. B. Csoka, S. W. Scherer & R. Stern: Genomics, 60, 356 (1999)..そのうち,HYALP1は偽遺伝子であり,SPAM1は精巣など限られた臓器にしか発現していないことが報告された(12)12) A. B. Csoka, S. W. Scherer & R. Stern: Genomics, 60, 356 (1999)..また,HYAL3およびHYAL4もそれぞれ精巣や胎盤など,一部の限られた臓器にしか発現しておらず(12)12) A. B. Csoka, S. W. Scherer & R. Stern: Genomics, 60, 356 (1999).,ヒアルロン酸分解活性も十分に確認されていない(13)13) H. Harada & M. Takahashi: J. Biol. Chem., 282, 5597 (2007)..そのため,全身の構成的なヒアルロン酸分解には,より幅広い臓器で発現するHYAL1HYAL2が主要な役割を担っているとされ,ヒアルロン酸受容体CD44とHYAL1およびHYAL2が共同的に働くヒアルロン酸分解仮説モデルが提唱された(14)14) A. B. Csoka, G. I. Frost & R. Stern: Matrix Biol., 20, 499 (2001).図3図3■HYAL/CD44依存的ヒアルロン酸分解モデル).本モデルでは,カベオラリッチなラフトに集積したCD44が,高分子ヒアルロン酸を細胞内に取り込んだ後,HYAL2がNa-H exchangerにより酸性化した細胞内の微小環境にて,高分子ヒアルロン酸を中間サイズのヒアルロン酸に分解し,最終的にHYAL1がリソソームにてオリゴ糖にまで分解するとされている(14, 15)14) A. B. Csoka, G. I. Frost & R. Stern: Matrix Biol., 20, 499 (2001).15) L. Y. Bourguignon, P. A. Singleton, F. Diedrich, R. Stern & E. Gilad: J. Biol. Chem., 279, 26991 (2004)..本モデルは現在でも有力であり,組織におけるヒアルロン酸分解機構は一見解決したと多くの研究者は信じて疑わなかった.しかしながら,このモデルでは,生体内のダイナミックなヒアルロン酸のターンオーバーを説明するには必ずしも十分ではなかった.その理由として,まずヒアルロン酸を多く含む脳にはHYAL1とHYAL2の発現が認められず(12, 16)12) A. B. Csoka, S. W. Scherer & R. Stern: Genomics, 60, 356 (1999).16) B. Triggs-Raine, T. J. Salo, H. Zhang, B. A. Wicklow & M. R. Natowicz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 6296 (1999).,少なくとも脳にはHYAL以外の分子がヒアルロン酸の分解に関与している可能性がある.第二に,HYAL1は細胞内でヒアルロン酸を0.8 kDaまでのオリゴ糖に分解するため(13, 14)13) H. Harada & M. Takahashi: J. Biol. Chem., 282, 5597 (2007).14) A. B. Csoka, G. I. Frost & R. Stern: Matrix Biol., 20, 499 (2001).,組織のヒアルロン酸分解産物の分子量(10~100 kDa)(図2図2■全身のヒアルロン酸代謝の全体像)とは一致しない.また,HYAL2によるヒアルロン酸分解産物の分子量は~20 kDaであり,組織のヒアルロン酸分解産物の分子量と一致するが,HYAL2はヒアルロン酸分解活性を保持しない,あるいは保持したとしても非常に弱いという報告がある(17)17) S. K. Rai, F. M. Duh, V. Vigdorovich, A. Danilkovitch-Miagkova, M. I. Lerman & A. D. Miller: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 4443 (2001)..第三に,HYAL1あるいはHYAL2のノックアウトマウスは,組織での顕著なヒアルロン酸の蓄積が認められない(18, 19)18) D. C. Martin, V. Atmuri, R. J. Hemming, J. Farley, J. S. Mort, S. Byers, S. Hombach-Klonisch, A. B. Csoka, R. Stern & B. L. Triggs-Raine: Hum. Mol. Genet., 17, 1904 (2008).19) L. Jadin, X. Wu, H. Ding, G. I. Frost, C. Onclinx, B. Triggs-Raine & B. Flamion: FASEB J., 22, 4316 (2008)..最後に,本ヒアルロン酸分解仮説モデルはがん細胞などで得られた知見に基づいており(13, 15)13) H. Harada & M. Takahashi: J. Biol. Chem., 282, 5597 (2007).15) L. Y. Bourguignon, P. A. Singleton, F. Diedrich, R. Stern & E. Gilad: J. Biol. Chem., 279, 26991 (2004).,線維芽細胞など正常細胞のヒアルロン酸分解にこれらの分子が関与することを示すエビデンスは乏しい.これらの理由により,CD44およびHYALが関与しない新規なヒアルロン酸分解機構の存在も考えられ,筆者らは正常皮膚線維芽細胞を用い,ヒアルロン酸分解仮説モデルの検証を行うことにした.

図3■HYAL/CD44依存的ヒアルロン酸分解モデル

文献14を参考にした.

KIAA1199依存的な新規ヒアルロン酸分解機構の発見

まずは皮膚線維芽細胞Detroit 551株おけるCD44, HYAL1およびHYAL2の発現をRT-PCRで調べたところ,CD44およびHYAL2は発現していたが,HYAL1の発現は認められなかった.次に,発現が認められたCD44およびHYAL2についてsiRNAを用いて発現抑制した結果,いずれの発現抑制においてもヒアルロン酸分解には全く影響が認められなかった.これらのことから,筆者らが予見したとおり,皮膚線維芽細胞にはCD44, HYAL1およびHYAL2が関与しない新規なヒアルロン酸分解機構が存在すると考えられた.そこで,ヒアルロン酸分解にかかわる未知の分子の同定を目的とし,線維芽細胞の培養系ヒアルロン酸分解活性と発現の挙動が一致する遺伝子を包括的に探索した.まずはさまざまな生理活性物質で線維芽細胞を刺激したところ,培養系ヒアルロン酸分解活性はヒスタミンにより顕著に亢進し,TGF-β1により顕著に抑制されることを見いだした.次に,マイクロアレイ遺伝子発現解析により,ヒスタミンで発現が亢進し,かつTGF-β1により発現が抑制される遺伝子を調べた結果,25の遺伝子が同定された.そして,それらの遺伝子について,それぞれsiRNAで発現抑制したところ,これまでに機能不明の難聴遺伝子として報告されていた“KIAA1199”の発現抑制により,線維芽細胞のヒアルロン酸分解がほぼ完全に抑制されることを見いだした(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..一方,元々培養系でヒアルロン酸を分解しないHEK293細胞にKIAA1199の全長cDNAを導入した結果,線維芽細胞と同様のヒアルロン酸分解活性を新たに獲得した(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..これらの結果から,KIAA1199こそが皮膚線維芽細胞のヒアルロン酸分解を担う新規で必須の因子であると考えられた.また,in situハイブリダイゼーション法および免疫組織染色法により,KIAA1199は正常ヒト皮膚の線維芽細胞において恒常的に発現していたことから(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013).,KIAA1199は皮膚真皮における生理的なヒアルロン酸分解において中心的な役割を担う分子であると考えられた.

KIAA1199(HYBID)依存的なヒアルロン酸分解機構の特性

1. KIAA1199遺伝子の背景

KIAA1199遺伝子は,かずさcDNA配列決定プロジェクトで最初にクローニングされ,この名前は一時的なシンボルとして付与された(図4図4■推定されるKIAA1199遺伝子の構造).本遺伝子は1,361のアミノ酸からなる分子量153 kDaのタンパク質をコードする4,083 bpのORFを含んでいるが(21)21) S. Abe, S. Usami & Y. Nakamura: J. Hum. Genet., 48, 564 (2003).,興味深いことに,そのアミノ酸配列はHYALを含むほかのタンパク質と相同性を示さない(12, 15)12) A. B. Csoka, S. W. Scherer & R. Stern: Genomics, 60, 356 (1999).15) L. Y. Bourguignon, P. A. Singleton, F. Diedrich, R. Stern & E. Gilad: J. Biol. Chem., 279, 26991 (2004)..一方,KIAA1199には,細胞外リガンドとの結合が推測されているG8ドメイン(22)22) Q. Y. He, X. H. Liu, Q. Li, D. J. Studholme, X. W. Li & S. P. Liang: Bioinformatics, 22, 2189 (2006).,高分子多糖の加水分解への関与が示唆されているPbH1ドメイン(23)23) K. Birkenkamp-Demtroder, A. Maghnouj, F. Mansilla, K. Thorsen, C. L. Andersen, B. Øster, S. Hahn & T. F. Ørntoft: Br. J. Cancer, 105, 552 (2011).,および機能が不明のGGドメイン(24)24) J. Guo, H. Cheng, S. Zhao & L. Yu: FEBS Lett., 580, 581 (2006).が存在する(図4図4■推定されるKIAA1199遺伝子の構造).また,KIAA1199は7つの推定N型糖鎖修飾部位を有し,疎水性の高いアミノ酸で構成されているN末端の30残基はシグナル配列と予想された(23)23) K. Birkenkamp-Demtroder, A. Maghnouj, F. Mansilla, K. Thorsen, C. L. Andersen, B. Øster, S. Hahn & T. F. Ørntoft: Br. J. Cancer, 105, 552 (2011).図4図4■推定されるKIAA1199遺伝子の構造).

図4■推定されるKIAA1199遺伝子の構造

2. KIAA1199依存的ヒアルロン酸分解機構の特性

筆者らはKIAA1199を安定的に発現する細胞(KIAA1199/HEK293細胞)を作出し,KIAA1199依存的ヒアルロン酸分解機構の特性を調べた.まず基質特異性を調べたところ,KIAA1199/HEK293細胞はほかのグリコサミノグリカン(コンドロイチン硫酸A, C, D, デルマタン硫酸,ヘパリン,ヘパラン硫酸)は分解せず,ヒアルロン酸のみ選択的に分解した(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..また,KIAA1199/HEK293細胞により分解されたヒアルロン酸の還元末端糖および非還元末端糖は,それぞれN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸だった(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013).図5A図5■KIAA1199(HYBID)依存的なヒアルロン酸分解様式).このことから,ヒアルロン酸の切断部位はβ-エンド-N-アセチルグルコサミン結合であり,KIAA1199を介した分解様式は,ヒアルロン酸に特異的なエンド- β-N-アセチルグルコサミニダーゼ様式と考えられた.加えて,各種阻害剤やRNA干渉法により細胞内におけるヒアルロン酸分解の場を調べたところ,ヒアルロン酸はクラスリン経路を介したベシクルエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた後,エンドソームとリソソームの融合前の酸性区画,すなわちクラスリン被覆小胞もしくは初期エンドソームで低分子化され,生じたヒアルロン酸断片(10~100 kDa)はリサイクリング経路により速やかに細胞外に放出されることが示された(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013).図5B図5■KIAA1199(HYBID)依存的なヒアルロン酸分解様式).

図5■KIAA1199(HYBID)依存的なヒアルロン酸分解様式

A. KIAA1199(HYBID)を介して分解されたヒアルロン酸断片の構造.B. KIAA1199(HYBID)を介したヒアルロン酸の分解経路.

全身のヒアルロン酸のターンオーバーにおけるKIAA1199の役割を考えた場合,10~100 kDaのヒアルロン酸分解産物を細胞外に放出する様式は,これまで考えられていた組織における部分的なヒアルロン酸分解様式(図2図2■全身のヒアルロン酸代謝の全体像)とよく一致した.また興味深いことに,KIAA1199は,脳,肺,膵臓,精巣,卵巣を含む幅広い臓器で発現しているものの,ヒアルロン酸のクリアランスを担う肝臓,腎臓,脾臓では発現が認められず(25)25) E. Michishita, G. Garces, J. C. Barrett & I. Horikawa: Cancer Lett., 239, 71 (2006).,逆にこれらの臓器ではHYAL1HYAL2が高発現している(12, 16)12) A. B. Csoka, S. W. Scherer & R. Stern: Genomics, 60, 356 (1999).16) B. Triggs-Raine, T. J. Salo, H. Zhang, B. A. Wicklow & M. R. Natowicz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 6296 (1999)..このことから,KIAA1199は発現が認められたいくつかの臓器における全身のターンオーバーの初発的なヒアルロン酸分解において重要な役割を担っている可能性がある一方,肝臓,腎臓,脾臓における最終的なヒアルロン酸のクリアランスには関与せず,これらはむしろHYAL1やHYAL2が担っている可能性が考えられる.実際に,HYAL1欠損によって引き起こされるIX型ムコ多糖症患者や,HYAL2ノックアウトマウスの血清においてはヒアルロン酸レベルが上昇することが報告されている(16, 19)16) B. Triggs-Raine, T. J. Salo, H. Zhang, B. A. Wicklow & M. R. Natowicz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 6296 (1999).19) L. Jadin, X. Wu, H. Ding, G. I. Frost, C. Onclinx, B. Triggs-Raine & B. Flamion: FASEB J., 22, 4316 (2008)..今後,各臓器や組織におけるKIAA1199やHYALsの発現パターンを詳細に調べ,ヒアルロン酸分解における両者の役割(分担)を明らかにすることで,全身のヒアルロン酸のターンオーバー像をより鮮明に描くことができるであろう.

3. KIAA1199の分子機能

まず種々のグリコサミノグリカン(ヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸A, C, D, デルマタン硫酸,ヘパリン,ヘパラン硫酸)との結合試験を行った結果,少なくともKIAA1199はヒアルロン酸と特異的に結合する能力を有することを見いだした(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..一方,重要な課題として,KIAA1199分子そのものが単独でヒアルロン酸分解活性を有するかはいまだ解決されていない.これまでに,KIAA1199を発現する細胞の溶解液ではヒアルロン酸分解活性が消失してしまい,またコムギ胚芽無細胞タンパク質合成法により調製したリコンビナントKIAA1199ではヒアルロン酸分解活性は認められなかった(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..このことから,KIAA1199を介したヒアルロン酸分解活性には,細胞内の微小環境や,ほかの分子との結合によるKIAA1199の立体構造の変化が必要である可能性が考えられる.一方で,KIAA1199が未知のヒアルロニダーゼのアダプター分子である可能性も否定できない.また,KIAA1199を介したヒアルロン酸分解はエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ様式であり(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013).,ヒアルロン酸をランダムに分解するフリーラジカルとは分解様式が異なるが(26)26) R. Stern, G. Kogan, M. J. Jedrzejas & L. Soltes: Biotechnol. Adv., 25, 537 (2007).,細胞を破砕した途端に活性が消失することを考慮すると,KIAA1199を介したヒアルロン酸分解にフリーラジカルの関与も含めた検討も必要かもしれない.このとおりKIAA1199分子の全容解明には課題が山積みであるが,これまで明らかになった特徴に基づき,筆者らはKIAA1199を“ヒアルロン酸の分解を司るヒアルロン酸結合タンパク質”として,HYBID(HYaluronan Binding protein Involved in hyaluronan Depolymerization)と名づけることにした(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015).(以下,KIAA1199をHYBIDと記載).

4. HYBIDの細胞内局在制御

HYBIDを介したヒアルロン酸分解には,素早いベシクルエンドサイトーシスとリサイクリング経路が介在していると考えられたため(図5図5■KIAA1199(HYBID)依存的なヒアルロン酸分解様式),HYBIDの発現は原形質膜付近と予想された.実際,抗HYBID抗体を用いたHYBID/HEK293細胞の免疫染色の結果,HYBIDのシグナルは原形質膜付近のベシクルに観察された(28)28) H. Yoshida, A. Nagaoka, S. Nakamura, M. Tobiishi, Y. Sugiyama & S. Inoue: FEBS Lett., 588, 111 (2014)..そこで,そのベシクルへのHYBIDの局在制御の仕組みを明らかにするため,小胞体へのシグナル配列と予想されていたN末端30アミノ酸に着目した検討を実施した.全長のHYBIDと,あらかじめN末端30アミノ酸を欠失させたHYBID(HYBID(Δ30aa))のcDNAを作出し,HEK293細胞で発現させた結果,全長HYBIDを発現させた細胞ではヒアルロン酸分解能を有し,かつ機能的に成熟したHYBIDはN末端30番目までのアミノ酸が切断されていたのに対し,HYBID(Δ30aa)を発現させた細胞ではヒアルロン酸分解能が全く認められなかった(28)28) H. Yoshida, A. Nagaoka, S. Nakamura, M. Tobiishi, Y. Sugiyama & S. Inoue: FEBS Lett., 588, 111 (2014)..このことから,HYBIDのN末端30アミノ酸残基は,細胞がヒアルロン酸分解能を獲得するうえで重要な役割を担っていることが示された.次にHYBIDの細胞内移行にとって重要な手掛かりとなるN型糖鎖修飾について検討した結果,機能的に成熟したHYBIDはN型糖鎖修飾を受けていたのに対し,HYBID(Δ30aa)は一切修飾を受けていなかった(28)28) H. Yoshida, A. Nagaoka, S. Nakamura, M. Tobiishi, Y. Sugiyama & S. Inoue: FEBS Lett., 588, 111 (2014)..通常N型糖鎖は小胞体にて付与されることから,あらかじめN末端30アミノ酸を欠失させることでHYBIDの小胞体への移行や,その後の移行も正常に行われなかったと推測された.実際に,HYBIDおよびHYBID(Δ30aa)の細胞内分布を調べた結果,HYBIDは原形質膜付近のベシクルに加え,小胞体やゴルジ体にも一部局在していたのに対し,HYBID(Δ30aa)はサイトゾル全体に拡散している様子が観察された(28)28) H. Yoshida, A. Nagaoka, S. Nakamura, M. Tobiishi, Y. Sugiyama & S. Inoue: FEBS Lett., 588, 111 (2014)..これらの結果から,HYBIDのN末端30アミノ酸はシグナル配列として機能し,HYBIDは翻訳時に小胞体に移行後,N末端30アミノ酸の切断とN型糖鎖修飾を受け,ゴルジ体を経由し,成熟したタンパク質としてヒアルロン酸分解に必須な原形質膜近傍のベシクルへ輸送されると考えられた(図6図6■HYBIDの細胞内局在).以上の結果より,HYBIDを介したヒアルロン酸分解活性の調節には,HYBID遺伝子の転写レベルでの制御だけでなく,HYBIDタンパク質の細胞内における空間的な局在制御も考慮に入れることが重要である.

図6■HYBIDの細胞内局在

5. マウスKiaa1199遺伝子の特性

マウスにもヒトKIAA1199HYBID)とDNA配列で86.8%,アミノ酸配列で91%の相同性を示す機能不明のホモログ遺伝子(mKiaa1199)が存在する(21)21) S. Abe, S. Usami & Y. Nakamura: J. Hum. Genet., 48, 564 (2003)..しかしながら,ヒトKIAA1199と同様,これまでその機能は明らかにされていなかった.そこで,mKiaa1199のcDNAを調製しHEK293細胞で発現させたところ,予想どおりヒトKIAA1199と同等のヒアルロン酸分解能,すなわち,クラスリン経路依存的に高分子ヒアルロン酸を細胞内に取り込んだ後,エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ様式で分解し,分解産物(10~100 kDa)を細胞外に放出する能力を獲得することが示された(29)29) H. Yoshida, A. Nagaoka, S. Nakamura, Y. Sugiyama, Y. Okada & S. Inoue: FEBS Open Bio, 3, 352 (2013)..このように,ヒトKIAA1199とmKiaa1199は基本的な機能を共有していたことから,今後,mKiaa1199のノックアウトマウスやトランスジェニックマウスは,生体内でのヒアルロン酸分解におけるKIAA1199の役割を明らかにするうえで有用なツールになりうることが期待された.

HYBIDの疾病へのかかわり

1. 関節疾患とのかかわり

生体内において,ヒアルロン酸は皮膚だけでなく,関節の関節液にも高濃度に含まれており,関節が滑らかに動くための潤滑剤や,関節に加わる衝撃の吸収剤としての働きが予想されている.一方,関節炎おいてはヒアルロン酸分解が亢進し,変形性関節炎(OA)や関節リウマチ(RA)患者由来の関節液ではヒアルロン酸の平均分子量が低下し,それが関節の潤滑性の低下や,滑膜の炎症度と逆相関することなどが報告されている(30~33)30) P. Ghosh: Clin. Exp. Rheumatol., 12, 75 (1994).33) E. Vuorio, S. Einola, S. Hakkarainen & R. Penttinen: Rheumatol. Int., 2, 97 (1982)..しかしながら,これまで関節におけるヒアルロン酸分解機構は十分に解明されていない.そこで,筆者らは関節液のヒアルロン酸代謝を担う滑膜細胞に着目し,関節炎患者の滑膜における過剰なヒアルロン酸分解へのHYBIDの関与について検討した(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..まず,培養ヒト滑膜細胞のヒアルロン酸分解活性およびHYBIDの発現を調べた結果,健常人由来細胞に比べ,OAおよびRA患者由来細胞のHYBID分解活性は高く,その活性はHYBID mRNAおよびタンパク質の発現レベルとよく一致した(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..また,siRNAによるHYBIDの発現抑制により,いずれの細胞のヒアルロン酸分解活性もほぼ完全に消失したことから(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013).,HYBIDは滑膜細胞のヒアルロン酸分解においても必須の因子であることが示された.次に,リアルタイムPCR解析では,HYBID遺伝子の発現は非炎症性関節疾患滑膜組織に比べ,OAおよびRA滑膜組織で上昇していた(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..さらに,in situハイブリダイゼーション法および免疫組織染色法により,HYBIDはRA滑膜組織において関節液と接する表層の滑膜細胞で強く発現していることを見いだした(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..以上のことから,関節炎患者の滑膜細胞におけるHYBIDの発現亢進が,関節液におけるヒアルロン酸の過剰な分解に寄与している可能性が示された.今後,関節炎においてHYBIDが発現亢進するメカニズムを明らかにすることが,病態を理解するうえで重要な課題となるであろう.

2. 難聴とのかかわり

HYBIDは内耳で高発現しており,複数の非症候群性難聴家系においてアミノ酸置換を伴う突然変異(ミスセンス突然変異)が見いだされたことから,難聴とのかかわりが考えられてきた(21)21) S. Abe, S. Usami & Y. Nakamura: J. Hum. Genet., 48, 564 (2003)..しかし,これまでHYBIDと難聴との直接的なかかわりについては報告がない.そこで筆者らは難聴患者のミスセンス突然変異がヒアルロン酸分解活性に与える影響を調べた(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..野生型(全長)HYBIDに加え,4種の変異型HYBID(R187C, R187H, H783R, V1109I)のcDNAを作製し,それぞれHEK293細胞で発現させた結果,R187CあるいはR187Hを発現する細胞のヒアルロン酸分解は,野生型のそれより著しく低下していた(20)20) H. Yoshida, A. Nagaoka, A. Kusaka-Kikushima, M. Tobiishi, K. Kawabata, T. Sayo, S. Sakai, Y. Sugiyama, H. Enomoto, Y. Okada et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 5612 (2013)..このことから,ミスセンス突然変異によるヒアルロン酸分解能の低下が,聴力低下に影響を及ぼしている可能性が推測された.これまでにヒアルロン酸は細胞間の分子フィルターとして内耳にも存在すること(34)34) M. Anniko & W. Arnold: ORL J. Otorhinolaryngol. Relat. Spec., 57, 82 (1995).,またHYBIDは内耳液の恒常性維持に重要な働きをする蝸牛管のらせん靱帯に強く発現することが知られている(21)21) S. Abe, S. Usami & Y. Nakamura: J. Hum. Genet., 48, 564 (2003)..そのため,ヒアルロン酸分解の低下は電解質と水の静的平衡に影響を与え,聴力を低下させているのかもしれない.また,HYBIDの187番目のアルギニンは機能が不明のGGドメインに含まれていたため,GGドメインの機能としてヒアルロン酸分解活性に関与する可能性が示された.

成長因子によるHYBIDHASの発現制御

組織マトリックスの恒常性維持や,発生・創傷治癒における組織の再構築において重要な役割を担うTGF-β1, bFGF, EGF, PDGF-BBなどの成長因子は,HASの発現誘導を介し,皮膚線維芽細胞のヒアルロン酸合成を高めることが報告されている(9, 35~37)9) Y. Sugiyama, A. Shimada, T. Sayo, S. Sakai & S. Inoue: J. Invest. Dermatol., 110, 116 (1998).35) I. Ellis, J. Banyard & S. L. Schor: Development, 124, 1593 (1997).37) L. Li, T. Asteriou, B. Bernert, C. H. Heldin & P. Heldin: Biochem. J., 404, 327 (2007)..そこで筆者らは,成長因子によるヒアルロン酸代謝調節の理解を深めるため,ヒアルロン酸の合成系(HAS)と分解系(HYBID)への影響を同時に調べた(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015)..まず皮膚線維芽細胞をTGF-β1, bFGF, EGF, PDGF-BBで刺激し,合成系への影響を比較したところ,bFGF, EGF, PDGF-BBはHAS2のみ発現誘導したのに対し,TGF-β1はHAS1HAS2の両遺伝子を発現誘導し,ヒアルロン酸産生を最も強力に促進した(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015)..一方,分解系に対しては,ヒアルロン酸の産生を高めるうえで合目的なことに,TGF-β1, bFGF, EGF, PDGF-BBはいずれもHYBID発現とヒアルロン酸分解を低下させ,なかでもTGF-β1が最も強力に抑制した(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015)..次に,産生されるヒアルロン酸の分子量分布を調べたところ,TGF-β1は高分子ヒアルロン酸のみを産生促進したのに対し,bFGF, EGF, PDGF-BB刺激で産生されたヒアルロン酸は大部分が中間サイズに低分子化していた(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015)..HAS1/2が産生するヒアルロン酸は高分子のみであること,またbFGF, EGF, PDGF-BB刺激による低分子化ヒアルロン酸の産生は,RNA干渉法によるHYBID遺伝子のノックダウンにより高分子ヒアルロン酸の産生に変化したことから,中間サイズのヒアルロン酸はHYBIDを介して低分子化されたものであり,HYBIDの発現量は新しく産生されるヒアルロン酸の分子量を決定づける因子と考えられた.なお,健常人の生検皮膚から抽出したRNAを用い,TGF-βシグナルの律速因子として知られるII型TGF-β受容体遺伝子(TGFBR2)の発現量と,その下流にあるHYBIDHASの発現量との関係性を調べた結果,TGFBR2の発現量はHYBIDの発現量と負に相関し,逆にHAS2の発現量とは正に相関した(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015)..以上の結果から,正常な皮膚真皮におけるヒアルロン酸の合成と分解のバランスは,TGF-βシグナルによって強く制御されていることが示唆された.

一方,興味深いことに,同じ線維芽細胞(fibroblasts)でも,滑膜細胞(synovial fibroblasts)へのTGF-β1の効果は,皮膚線維芽細胞(skin fibroblasts)への効果と異なっていた.つまり,TGF-β1は,正常,OA, RA由来滑膜細胞のHAS発現は誘導したものの,HYBID発現およびヒアルロン酸分解には影響を及ぼさなかった(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015)..先述のとおり,OA, RA由来滑膜細胞ではHYBID発現が亢進していることから,TGF-β1刺激の結果,分解の進んだ低分子ヒアルロン酸の産生が促進されることがわかった(27)27) A. Nagaoka, H. Yoshida, S. Nakamura, T. Morikawa, K. Kawabata, M. Kobayashi, S. Sakai, Y. Takahashi, Y. Okada & S. Inoue: J. Biol. Chem., 290, 30910 (2015)..OA, RA患者の関節液中ではTGF-β1濃度が亢進していると報告されていることから(38)38) K. Tanimoto, A. Suzuki, S. Ohno, K. Honda, N. Tanaka, T. Doi, K. Yoneno, M. Ohno-Nakahara, Y. Nakatani, M. Ueki et al.: J. Dent. Res., 83, 40 (2004).,関節疾患患者の関節液における低分子ヒアルロン酸の蓄積に,TGF-β1が増悪因子として寄与している可能性がある.今後,亢進したHYBIDの働きを抑制し,ヒアルロン酸の合成と分解のバランスを元に戻すアプローチが,新しい治療法の開発につながると期待される.

おわりに

冒頭で述べたとおり,今では“ヒアルロン酸”という言葉は良くも悪くも市民権を得たことから,残念ながら“ヒアルロン酸研究”というとどこか俗物的というイメージをもたれることも少なからずあるようである.しかしながら,本総説により,ヒアルロン酸は真にサイエンスに値する題材であり,ヒアルロン酸が発見されて80年以上が経過した今もなお,多くの研究者を魅了し続けるだけの輝きを失っていないことを少しでも感じていただければ幸いである.筆者らもヒアルロン酸研究の微熱のなか,幸運にもその分解を担う機能未知の遺伝子に巡り合えた.しかしそれはまだヒアルロン酸代謝の全体像の一端を垣間見たに過ぎず,今後さらなる発見により,その全貌が明らかにされていくだろう.

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