セミナー室

低分子βグルカン摂取により炎症性腸疾患を予防,改善する昆布がお腹の調子を整える!—腸内細菌を介した分子機構の解明—

Ce Tang

東京理科大学生命医科学研究所実験動物学研究部門

Shigeru Kakuta

角田

東京大学大学院農学生命科学研究科実験動物学研究室

Yoichiro Iwakura

岩倉 洋一郎

東京理科大学生命医科学研究所実験動物学研究部門

Published: 2017-01-20

炎症性腸疾患は主として消化管の原因不明の炎症性疾患であり,その予防・治療法の開発が強く求められている.われわれは自然免疫受容体C型レクチンの一種であるDectin-1(デクチン1)を欠損させたマウスは大腸炎を起こしにくく,また,デクチン1の細胞内シグナルに対する阻害作用をもつ低分子βグルカンを摂取することにより大腸炎の病態形成を抑制できることを見いだした.そこで,その抑制メカニズムの解析を行った.その中で,粘膜(腸管)免疫学および食品免疫学の分野に大きく貢献する新たな知見を得ることができたので,その研究成果を紹介したい.

“免疫”は当初,生体内で外来病原性微生物など非自己物質を認識・記憶して,排除・殺滅し,さらに再感染を防ぐ生体防御機構として知られていた.その後,免疫学研究の進展に伴い,病原体感染に対する防御免疫のみならず,化学物質やアレルゲンによって惹起されるアレルギー,自己の組織抗原に反応する自己免疫なども免疫応答であることが知られるようになった.免疫応答には,病原体などの抗原に反応する免疫担当細胞の存在が必要である.血液中,または各組織に常在している白血球はその免疫担当細胞であるが,その中には,積極的に抗原に反応し炎症性サイトカインと呼ばれる免疫応答を惹起・増強する物質を分泌する免疫担当細胞だけがいることでなく,過剰な炎症性免疫応答を抑制することに働く免疫制御性細胞も存在している.

私たちの腸管は常に食品に含まれるさまざまな物質にさらされており,これらの中には病原体のほか,アレルギーを誘発したり,粘膜炎症を引き起こしたりする物質も含まれている.腸管免疫系は免疫制御性細胞を介して大量に入ってくる食物抗原によって惹起される食物アレルギーなどの炎症性反応を抑制し,いわゆる経口免疫寛容を起こす.一方,人間の腸内には数百種類,総計約100兆個にも達する腸内細菌が生息し,私たちの健康に多大な影響を及ぼしている.これらの細菌の中には私たちに必須の栄養素を作り出してくれる,あるいは炎症を抑制するような役割を果たす細菌が存在している.これまでの報告により,微生物多糖ポリサッカライドAを分泌することによってマウスの腸管炎症の抑制能をもつ腸内細菌Bacteroides fragilis(1)1) S. K. Mazmanian, J. L. Round & D. L. Kasper: Nature, 453, 620 (2008).と,短鎖脂肪酸である酪酸を分泌することによって免疫制御性細胞の一種である抗炎症性サイトカインを産生する制御性T細胞(regulatory T cells, Treg)の分化を誘導する腸内細菌Clostridium(2, 3)2) K. Atarashi, T. Tanoue, T. Shima, A. Imaoka, T. Kuwahara, Y. Momose, G. Cheng, S. Yamasaki, T. Saito, Y. Ohba et al.: Science, 331, 337 (2011).3) Y. Furusawa, Y. Obata, S. Fukuda, T. A. Endo, G. Nakato, D. Takahashi, Y. Nakanishi, C. Uetake, K. Kato, T. Kato et al.: Nature, 504, 446 (2013).が実験動物および人間の腸内に常在していることがわかっている.その反面,毒素を出したり炎症を引き起こしたりするような細菌,たとえば腸管または全身の炎症性疾患の誘導に働く炎症性サイトカインinterleukin-17(IL-17)の誘導能をもつSegmented filamentous bacteria(4)4) H. J. Wu, I. I. Ivanov, J. Darce, K. Hattori, T. Shima, Y. Umesaki, D. R. Littman, C. Benoist & D. Mathis: Immunity, 32, 815 (2010).などの菌種が哺乳類動物の消化管粘膜上皮細胞に接着することによって粘膜組織に刺激を与え,病原性を示すことも知られている.腸内常在細菌は腸管粘膜上皮細胞のアポトーシス・再生修復,自然・獲得免疫細胞の分化誘導・抑制に影響を及ぼす一方,これらの細菌の増殖は腸管組織細胞や自然免疫細胞から分泌される抗菌ペプチド・タンパク質や獲得免疫細胞から産生される抗原特異的なIgA抗体によって制御されている.抗菌ペプチド(antimicrobial peptide)は腸粘膜自然免疫細胞,上皮細胞またはパネート細胞から分泌される一群の低分子量タンパク質であり,細菌や真菌,ウイルスの増殖に対する抑制能をもっている(5)5) R. L. Gallo & L. V. Hooper: Nat. Rev. Immunol., 12, 503 (2012)..これまで同定されているメジャーな抗菌ペプチドは10種類以上あり,その中には特にCalprotectinやREG3γなどのグラム陽性細菌を優先的に抑制する(6~8)6) B. D. Corbin, E. H. Seeley, A. Raab, J. Feldmann, M. R. Miller, V. J. Torres, K. L. Anderson, B. M. Dattilo, P. M. Dunman, R. Gerads et al.: Science, 319, 962 (2008).7) H. L. Cash, C. V. Whitham, C. L. Behrendt & L. V. Hooper: Science, 313, 1126 (2006).8) S. Vaishnava, M. Yamamoto, K. M. Severson, K. A. Ruhn, X. Yu, O. Koren, R. Ley, E. K. Wakeland & L. V. Hooper: Science, 334, 255 (2011).ものと,α・β-defensinといったさまざまな微生物に対する抑制能をもつものがよく知られている(9, 10)9) A. J. Ouellette: Cell. Mol. Life Sci., 68, 2215 (2011).10) B. C. Schutte & P. B. McCray Jr.: Annu. Rev. Physiol., 64, 709 (2002)..このような腸内常在細菌と宿主側の複雑な生理・免疫学的な相互作用によって腸内環境の恒常性が維持されていると考えられている(11)11) S. Caballero & E. G. Pamer: Annu. Rev. Immunol., 33, 227 (2015)..最新の腸管免疫に関する研究により,腸内細菌と腸管免疫系との相互作用は,腸内環境のみに限局したものではなく,全身性免疫系・全身性免疫疾患にもさまざまな影響を及ぼしていることがわかった(12~14)12) Y. K. Lee, J. S. Menezes, Y. Umesaki & S. K. Mazmanian: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108(Suppl 1), 4615 (2011).13) F. Teng, C. N. Klinger, K. M. Felix, C. P. Bradley, E. Wu, N. L. Tran, Y. Umesaki & H. J. Wu: Immunity, 44, 875 (2016).14) R. Horai, C. R. Zárate-Bladés, P. Dillenburg-Pilla, J. Chen, J. L. Kielczewski, P. B. Silver, Y. Jittayasothorn, C. C. Chan, H. Yamane, K. Honda et al.: Immunity, 43, 343 (2015).

炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease; IBD)は主として食道以下の消化管(胃,小腸,大腸)における慢性・亜急性粘膜組織の炎症の総称で,大別するとクローン病(Crohn’s disease; CD)と潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis; UC)の2種類の疾患からなる.IBDの発症原因はまだ完全に解明されていないが,病原性微生物の感染や自己免疫,食生活の欧米化,精神的なストレス,遺伝的素因など,さまざまな要因により惹起されると考えられている.日本では40年前にはIBDの患者はほとんど見られなかったが,近年増加傾向にあり,現在では18万人を超えるが,米国では140万人もいると言われ,この疾患に対する新たな予防・治療法の開発が強く求められている.本研究室では以前,樹状細胞やマクロファージなどに特徴的に発現するDectin-1(デクチン1)と呼ばれるC型レクチンファミリーに属する1種類の自然免疫受容体が,カンジダ菌など真菌の細胞表面に広く存在する多糖成分の一つ,βグルカン(グルコースがβ1,3-あるいはβ1,6-結合により連結した多糖)を認識することによって,その下流で活性酸素種を誘導したり,サイトカインIL-17を分泌する獲得免疫細胞Th17の分化を誘導したりすることにより,真菌感染防御に重要な役割を果たすことを明らかにした(15)15) S. Saijo, N. Fujikado, T. Furuta, S. H. Chung, H. Kotaki, K. Seki, K. Sudo, S. Akira, Y. Adachi, N. Ohno et al.: Nat. Immunol., 8, 39 (2007)..βグルカンは,真菌の細胞壁の主な構成成分の一つとしてきのこや酵母などの食品中に大量に含まれ,食品添加物としても利用されている.これまでの糖鎖研究により,分子量10,000以上の高分子量βグルカンは,デクチン1に認識された後,細胞内に正のシグナルを伝達することから,いわゆるデクチン1のアゴニストのリガンドとして機能することが知られている.これらのβグルカンは,主にきのこ,大麦,酵母などに含まれている.一方,分子量5,000以下の低分子量βグルカンは,デクチン1と結合するものの,細胞内シグナル伝達を惹起せず,かつ同時に高分子βグルカンとデクチン1との結合を阻害することから,デクチン1のアンタゴニストリガンドとして機能することが知られている.ラミナリンと呼ばれるガゴメ昆布などの海藻由来のβグルカンがこれに該当する.昔から,βグルカンの経口摂取によって免疫力が上がり,抗感染,抗腫瘍,抗炎症効果があると言われていたが,科学的な根拠がほとんど得られていない理由には,このようにβグルカンの分子量により生理活性が変化するなどの複雑な事情があったためと考えられる.一方,デクチン1は大腸において腸管自然免疫細胞上で強く発現しており,デクチン1のシグナルが腸管免疫システムに影響を与える可能性が十分考えられた.そこで,われわれはマウスの実験的大腸炎モデルを用いて,デクチン1の腸管炎症性免疫応答・腸内環境恒常性の維持における役割について検討した(16)16) C. Tang, T. Kamiya, Y. Liu, M. Kadoki, S. Kakuta, K. Oshima, M. Hattori, K. Takeshita, T. Kanai, S. Saijo et al.: Cell Host Microbe, 18, 183 (2015).

デクチン1シグナルは大腸腸管炎症の病態形成に関与している

腸管免疫恒常性・腸管炎症の病態形成に対するデクチン1シグナルの影響を検討するために,われわれはまず,ヒトの潰瘍性大腸炎の実験動物モデルであるデキストラン硫酸ナトリウム(Dextran sulfate sodium salt; DSS)飲料水投与誘導急性大腸炎モデルを用いて,SPF(Specific Pathogen Free)環境下の野生型C57BL/6マウスに大腸炎を発症させた.定常状態のマウスに比べ,炎症発症マウスの大腸腸管でデクチン1をコードする遺伝子Clec7aのメッセンジャーRNAの発現レベルが著しく上昇した.また,デクチン1のタンパク質発現を調べたところ,腸管粘膜層においてデクチン1を発現している主な細胞はF4/80陽性腸管マクロファージであることがわかった.腸内デクチン1のシグナルが本当に腸炎の発症と関与しているのか明らかにするため,われわれはデクチン1の遺伝子を欠損させた(Clec7a−/−)マウスにDSS投与したところ,野生型マウスに比べ,Clec7a−/−マウスでは炎症による大腸組織の腫れと腸管長の短縮が有意に緩和し,組織の炎症像や炎症性細胞の浸潤もほとんど見られなかったことから,デクチン1を欠損させることによってDSS誘導大腸炎に顕著に耐性となることを見いだした(図1A–C図1■βグルカンの受容体デクチン1遺伝子欠損マウスでは大腸炎の発症が緩和される).

図1■βグルカンの受容体デクチン1遺伝子欠損マウスでは大腸炎の発症が緩和される

A) 4%のDSS飲料水投与後の大腸炎増悪化に伴うマウスの生存率を観察した.B) DSS投与後11日後にマウスを解剖し,大腸炎症による腸管の短縮を観察した.C) DSS投与後11日後にマウスを解剖し,腸管組織の炎症像・炎症性細胞の浸潤程度をH–E染色病理切片で観察した.

デクチン1は腸内細菌を介して腸管炎症を制御する

腸管炎症は腸内細菌と免疫システムとの相互作用によって調節されると考えられている.興味深いことに,デクチン1シグナルの欠失による大腸炎の抑制は,無菌動物では認められなかった.このデクチン1欠損の効果は本当に腸内細菌と関与しているのかを検討するため,SPF状態のClec7a−/−マウス由来の腸内細菌を無菌マウスの腸管に移入してからDSS大腸炎を誘導すると,野生型マウスの腸内細菌よりも,Clec7a−/−マウス由来の腸内細菌が有意に高い大腸炎抑制効果をもつことが確認された.これらの結果から,デクチン1の遺伝子欠損により大腸炎耐性を付与するような腸内細菌叢が形成されることが示唆された.そこでわれわれは,腸内細菌のリボゾームRNAの16S領域の塩基配列に基づいた網羅的な解析手法を用いて,デクチン1の欠損がマウスの腸内細菌叢に与える影響を調べた.その結果,野生型マウスに比べて,腸内細菌叢に門レベルまでの大きな分類では変化がなかったが,Firmicutes門の中の乳酸桿菌Lactobacillusの一種であるLactobacillus murinusL. murinus)がClec7a−/−マウスの大腸で過剰に増殖していたことがわかった(図2A図2■腸内乳酸桿菌L. murinusの増殖がデクチン1シグナルによって制御され,大腸炎を抑制できる).

図2■腸内乳酸桿菌L. murinusの増殖がデクチン1シグナルによって制御され,大腸炎を抑制できる

A)腸内細菌のリボソームRNAの16S領域の配列解析によりL. murinusの存在率を調べた.B) L. murinusを無菌マウスに定着させた後SPFマウスの全腸内細菌叢を接種し,さらにDSS投与して大腸炎を誘導した11日後に,腸管組織の炎症像・炎症性細胞の浸潤程度をH–E染色病理切片で観察した.C) SPFマウスの全腸内細菌叢を無菌野生型とデクチン1欠損マウスに投与し,経時的にL. murinusの存在率をリアルタイム qPCRで調べた.

腸内L. murinusの増殖がデクチン1シグナルによって制御され,大腸炎の発症に関与する

デクチン1の欠損によって過剰増殖した乳酸桿菌L. murinusが大腸炎の抑制機構に関与しているのかを解明するため,L. murinus NBRC 14221単一株を無菌マウスに定着させた後,SPFマウスから腸内細菌叢を移入してDSS大腸炎を誘導していたところ,前定着なし群に比べ,L. murinus前定着群マウスの腸炎の発症は著しく抑制された(図2B図2■腸内乳酸桿菌L. murinusの増殖がデクチン1シグナルによって制御され,大腸炎を抑制できる).無菌のClec7a−/−マウスにSPFマウスの腸内細菌を投与すると,同じ細菌叢を受けた無菌の野生型マウスに比べて,全腸内細菌に対するL. murinusの割合が時間とともにClec7a−/−マウスで顕著に増えていったことから,L. murinusの増殖制御にはデクチン1のシグナルが必須であることがわかった(図2C図2■腸内乳酸桿菌L. murinusの増殖がデクチン1シグナルによって制御され,大腸炎を抑制できる).

L. murinusが腸内制御性T細胞の分化・増殖を誘導できる

デクチン1欠損マウスではL. murinusが増殖していることとともに大腸粘膜固有層に存在する過剰免疫応答の抑制に働くTreg細胞の割合も増加していた(図3A図3■L. murinusの増殖がデクチン1シグナル下流に誘導された抗菌ペプチドCalprotectinによって制御され,その制御が解除されるとL. murinusがTGF-βを誘導しTregの分化を促進させる).この現象から,デクチン1シグナルの欠損が乳酸桿菌の増殖を引き起こし,過剰増殖した乳酸桿菌がTregの細胞分化を誘導していることが示唆された.その可能性を検討するために,L. murinusを無菌マウスに移入してから腸管Treg細胞の増加を調べた.その結果,TregのマーカーであるFoxp3陽性のCD4 T細胞の割合がL. murinusの移入によって有意に増加した(図3B図3■L. murinusの増殖がデクチン1シグナル下流に誘導された抗菌ペプチドCalprotectinによって制御され,その制御が解除されるとL. murinusがTGF-βを誘導しTregの分化を促進させる).Tregの割合だけでなく,炎症抑制性サイトカインであるIL-10の産生性CD4 T細胞もL. murinusによって誘導された.デクチン1の欠損により増加していたTregが炎症抑制に働いているのかを証明するため,T細胞のいないRAG(Recombination Activating Gene)欠損マウスにDSS大腸炎を誘導したところ,RAG-デクチン1二重欠損マウスはRAG欠損マウスと同様に激しい大腸炎を発症し,抑制性T細胞は大腸炎の抑制には不可欠であることが示された.また,腸内L. murinusが増加していたRAG-デクチン1二重欠損マウスにナイーブCD4 T細胞という胸腺で分化成熟し,抗原と一度も遭遇したことのない免疫機能未熟なT細胞を移入すると,同じ細胞を移入した野生型RAG欠損マウスより,ナイーブからTregへの分化が二重欠損マウスの腸管で著しく亢進し,それに伴って大腸炎の発症はRAG-デクチン1二重欠損マウスで有意に緩和されたことから,デクチン1の欠損によるL. murinusの増殖とそれに引き続くTregの増加が大腸炎を抑制していることが強く示唆された.

図3■L. murinusの増殖がデクチン1シグナル下流に誘導された抗菌ペプチドCalprotectinによって制御され,その制御が解除されるとL. murinusがTGF-βを誘導しTregの分化を促進させる

A)定常状態のデクチン1欠損マウスの大腸粘膜固有層にいるFoxp3 Tregの割合をフローサイトメトリーで測定した.B)単一株のL. murinusを無菌マウスに定着させ,3カ月後の大腸粘膜固有層にいるTregの割合をフローサイトメトリーで測定した.C)マウスの大腸粘膜固有層にいるCD11bおよびCD11c陽性抗原提示細胞をAutoMacsで単離した後,単一株の腸内細菌と共培養し,12時間後に細胞でのTGF-βのメッセンジャーRNAの発現上昇をリアルタイムPCRで測定した.D) Recombinant Calprotectin S100A8+A9 5 μMをL. murinusがいる培養液に添加し,3, 9時間後にL. murinusの増殖相対量を分光光度計で測定した.

L. murinusがTGF-βやIL-10の誘導を介してTregの細胞分化・増殖を誘導する

腸管Tregの分化誘導に重要なサイトカインであるTGF-βの発現が野生型マウスに比べてClec7a−/−マウスで有意に亢進していたことから,過剰増殖しているL. murinusがTGF-βを誘導してTregの分化を促進させると想定された.その可能性を検討するため,大腸粘膜固有層に存在するCD11bおよびCD11c陽性の抗原提示細胞を単離し,in vitroL. murinus, E. coliなどの腸内細菌単株と共培養してからTregを誘導するサイトカインの発現レベルを調べた.その結果,ほかの腸内細菌に比較して,L. murinusで刺激した抗原提示細胞からのTGF-βおよびIL-10の産生が極めて強いことがわかった(図3C図3■L. murinusの増殖がデクチン1シグナル下流に誘導された抗菌ペプチドCalprotectinによって制御され,その制御が解除されるとL. murinusがTGF-βを誘導しTregの分化を促進させる).さらに,粘膜固有層全細胞と共培養することによって,L. murinusのみFoxp3の発現が有意に上昇した.これらの結果から,腸内乳酸桿菌が抗原提示細胞からサイトカインTGF-βとIL-10を誘導してTregの分化を促進させると考えられた.

デクチン1シグナルが抗菌ペプチドを介してL. murinusの増殖を制御している

上皮細胞や自然免疫細胞から分泌される抗菌ペプチドは,細菌の表面に接着することにより細菌の動きを止めたり,細胞膜に穴をあけて細菌を殺したりする能力をもち,腸内細菌の増殖を抑制することが知られている(5)5) R. L. Gallo & L. V. Hooper: Nat. Rev. Immunol., 12, 503 (2012).Clec7a−/−マウスの腸管組織では,Calprotectin S100A8や,Reg3γ, Reg3βなどの抗菌ペプチドの発現が野生型に比べ顕著に低下していた.一方,デクチン1のアゴニストリガンドdepleted-Zymosanの刺激によって,腸管組織からのS100A8や,Reg3γの発現が誘導されることから,デクチン1シグナルが腸管の抗菌ペプチドを誘導することがわかった.さらに,recombinant S100A8+S100A9ペプチドがin vitroL. murinusの増殖を有意に抑制することから,腸内デクチン1シグナルが抗菌ペプチドCalprotectinを介して乳酸桿菌の増殖を制御していることが明らかとなった(図3D図3■L. murinusの増殖がデクチン1シグナル下流に誘導された抗菌ペプチドCalprotectinによって制御され,その制御が解除されるとL. murinusがTGF-βを誘導しTregの分化を促進させる).

デクチン1シグナルの阻害による大腸炎の予防・治療

βグルカンを特異的に認識するタンパク質を用いた解析により,マウスの腸内にはβグルカンをもつ細菌は存在していなかった.一方,哺乳類動物の腸内には真菌が存在し,デクチン1を欠損させると日和見感染している病原性真菌の腸管バリア内への侵入を許し,腸管炎症が増悪化することが米国の研究グループより報告されていたが(17)17) I. D. Iliev, V. A. Funari, K. D. Taylor, Q. Nguyen, C. N. Reyes, S. P. Strom, J. Brown, C. A. Becker, P. R. Fleshner, M. Dubinsky et al.: Science, 336, 1314 (2012).,われわれが解析に用いたSPFマウスは極めて清潔な環境で飼育されており,次世代シークエンサーを用いた解析から腸内に病原性真菌が存在していなかった.しかしながら,実験用マウスの餌の中には,不溶性のβグルカン顆粒が大量に存在していることから,腸内デクチン1は主に餌由来のリガンドによって活性化されているものと考えられた.

ワカメや昆布などの海藻に含まれるβグルカンの一つであるラミナリンは分子量が小さく(3,000,あるいはそれ以下のものが主成分),デクチン1に結合するものの活性化させず,むしろ酵母やきのこ由来の不溶性の大きな分子量をもつβグルカンのデクチン1への結合を阻害する.いわゆるデクチン1のアンタゴニストリガンドとして機能することが知られている.マウスにラミナリンの混合餌を食べさせると,L. murinusとTregの割合が増加する(図4A図4■低分子量のβグルカンを経口投与することによって腸内デクチン1のシグナル伝達を阻止して大腸炎の発症を抑制する)とともに,DSS大腸炎の惹起が抑制されることがわかった(図4B図4■低分子量のβグルカンを経口投与することによって腸内デクチン1のシグナル伝達を阻止して大腸炎の発症を抑制する).この現象はClec7a−/−マウスのフェノタイプと一致していたことから,低分子βグルカンを摂取することによってデクチン1の腸内シグナル伝達を阻止し,マウスの炎症性腸疾患の発症を予防できることがわかった.

図4■低分子量のβグルカンを経口投与することによって腸内デクチン1のシグナル伝達を阻止して大腸炎の発症を抑制する

A) 5%の海藻カゴメ由来の低分子量βグルカンラミナリンをマウスに食べさせ,3日後にDSSを投与し,11日後の大腸粘膜固有層にいるTregの割合をフローサイトメトリーで測定した.B)ラミナリン(デクチン1のアンタゴニストリガンド)またはカードランという高分子量βグルカン(デクチン1のアゴニストリガンド)を経口投与し3日後にDSSを投与してから継時的に大腸炎の重症度を観察した.C)炎症性腸疾患の患者において,腸内L. murinusの近縁乳酸桿菌L. salivariusの糞便中の細菌に占める割合をリアルタイムPCRで測定した.CD: クローン病患者,UC: 潰瘍性大腸炎患者.

おわりに

今回の研究結果は,私たちが日常摂取している食品成分の一つであるβグルカンがどのように腸内の微生物叢に影響を与え,それがどのように免疫系や健康に影響を与えるかについて,初めて詳細なメカニズムを明らかにしたものである.実際に,ヒトの炎症性腸疾患の1種類であるクローン病の患者ではL. murinusと近縁の乳酸桿菌L. salivariusの腸管内の存在割合が健常人より有意に少なくなっていること(図4C図4■低分子量のβグルカンを経口投与することによって腸内デクチン1のシグナル伝達を阻止して大腸炎の発症を抑制する)から,ヒトにおいてもこれらの乳酸桿菌が炎症性腸疾患を抑制している可能性が考えられる.デクチン1の阻害活性をもつ低分子βグルカンを食品添加物として摂取することにより,乳酸桿菌増殖とそれに続く免疫抑制性Treg増加という戦略により,炎症性腸疾患だけでなく,食物アレルギーなどの全身性炎症性疾患の治療および予防効果が期待できると考えられる.この戦略は,食品成分により大腸に共生する有益な細菌を選択的に増殖させるという点で1995年にGibsonらによって提唱された“プレバイオティクス”と似ているものの,有用成分の標的が宿主側という点で異なる新しい概念である.われわれはマウスで見いだされた本現象を実際のヒトへ応用することを検討するため,現在,より有用な低分子量βグルカンの創出を進めている.そして今後,この低分子量βグルカンを用いてヒト前臨床試験を進めていく予定である.

Reference

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