農芸化学@High School

光条件に対する麹菌のアミラーゼ分泌の変化

美晴

横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校

Published: 2017-01-20

本研究は,日本農芸化学会2016年度大会(開催地:札幌)「ジュニア農芸化学会2016」で発表されたものである.発表者は,麹菌の成長や機能が光条件により変化することを見いだした.このことは,光による生体機能制御という新しい概念を提供するとともに,麹菌による新規な物質生産方法の開発につながる可能性があり,生物学,微生物生産学,食品学の観点から興味深い研究である.

本研究の背景・目的,方法および結果

【背景と目的】

2014年,「和食」がUNESCO無形文化遺産に登録された(1)1) 農林水産省:http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/.これは「和食」の特徴である多彩な食材の利用,健康的な栄養バランス,季節の移ろいや年中行事との関連などが世界的に評価されたものであるといえる.和食を特徴づける酒,醤油,味噌,食酢などの調味料の製造には麹菌(Aspergillus oryzae)が必須である.ただ,和食が語られるとき,素材,調理,盛りつけなどが取り上げられることが多いのに対して,麹菌の扱いはどちらかというと地味であり,注目度はあまり高いとはいえない.しかし,麹菌が和食調味料の品質を大きく左右することは言うまでもなく,麹菌は和食の土台を形作る重要な要素である.したがって,麹菌の生態を理解し,それを適切に管理して物質生産につなげることは大切である.

生物には種独自の生体リズムが備わっており,このリズムにより成長,内分泌,行動などが制御されている.生体リズムには概日リズム,概月リズム,概年リズムがあり,このうち概日リズム(サーカディアンリズム)は原核生物であるシアノバクテリアからショウジョウバエ,植物,ヒトに至るまで共通して見いだされるとともに,その分子メカニズムもほぼ保存されている.概日リズムは厳密には24時間周期ではないので,生物は環境因子を手がかりに概日リズムを太陽の周期である24時間と同調させている.光は温度,摂食行動と並ぶ重要な同調因子であり,光量だけでなく,光色(波長)も概日リズムの制御にかかわることが報告されている(2)2) J. Mattis & A. Sehgal: Trends Endocrinol. Metab., 27, 192 (2016).

麹菌においては,光により分生子の形成が抑制されることが報告されている(3)3) 鈴木 聡,楠本憲一:食総研報,77, 63 (2013)..一般的に,調味料製造現場では麹菌は暗所で培養されることが多く,これは明所培養が分生子形成に阻害的に働くという知見と合致する.これらの知見から,光条件が麹菌による物質産生に影響を与える可能性が考えられる.この考えに基づき,本研究では光色の麹菌への影響を成長量と酵素産生能の観点から検討した.その結果,赤色光では麹菌の分生子形成が促進され,青色光では逆に抑制されることが示された.また,赤色光は酵素活性の増加を誘導し,その結果糖化量も増加する可能性を見いだした.このことは,光条件をコントロールすることにより麹菌を用いた物資産生の効率を上げられる可能性を示唆するものである.

【菌株と光条件】

麹菌(Aspergillus oryzae)RIB40株ををそれぞれ赤色,緑色,青色,白色,完全遮光下30°Cで培養した(図1図1■麹菌培養の光条件).このときの光強度はおよそ次のとおりであった.50 µmol/m2 ・ s(赤色),60 µmol/m2 ・ s(緑色),70 µmol/m2 ・ s(青色),60 µmol/m2 ・ s(白色).なお,A. oryzae RIB40株は東京大学大学院農学生命科学科応用生命工学専攻微生物学研究室から分与を受け,常法に従ってPD培地(0.4%デンプン,0.11 Mグルコース,1.5%寒天)で培養した(4)4) R. Hatakeyama, T. Nakahama, Y. Higuchi & K. Kitamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1844 (2007).

図1■麹菌培養の光条件

【実験1】光色が麹菌の成長量に及ぼす影響

光色が麹菌の成長に影響を与えるかを検討した.麹菌の分生子懸濁液(1,000個/µL)をPD培地にスポット植菌し,各光色照射下で4日間培養した.形成された菌叢の縦と横の直径を測定し,その平均値を成長量とした.その結果,光条件が変化しても成長量に変化は認められなかった(図2図2■成長量の比較).この結果は,麹菌の成長は光色によって影響を受けないことを示唆しており,麹菌の分生子形成が明暗条件によって影響を受けるという既報(2)2) J. Mattis & A. Sehgal: Trends Endocrinol. Metab., 27, 192 (2016).と一見すると相反する結果である.そこで,次に成長量を別の観点から評価すべく,分生子形成量に着目した.PD培地にスポット植菌し,4日後菌叢から分生子懸濁液を調製し,分生子数を計測した.その分生子数を菌叢面積で割って得られた値を分生子形成量とした.その結果,分生子形成量は光条件の影響を受けることがわかった(図3図3■分生子形成量の比較).特に赤色光では著しく分生子形成量が増加し,青色光,白色光では完全遮光時よりも分生子形成は抑制されることがわかった.

図2■成長量の比較

平均値±標準偏差.赤色光,青色光,完全遮光はn=12: 緑色光,白色光はn=9

図3■分生子形成量の比較

平均値±標準偏差.赤色光,青色光,完全遮光はn=6: 緑色光,白色光はn=3.

【実験2】光色がα-アミラーゼ産生量に及ぼす影響

細胞分裂が盛んなときは,エネルギー代謝や物質代謝が盛んになるため,さまざまな生体資源(エネルギーや生体分子)が必要となる.光色により分生子形成量が変化していることから,各光色下での培養ではこれらの代謝にかかわる酵素や代謝産物も同時に変動している可能性がある.なかでも,グルコースはエネルギー分子であると同時に,生体の構成分子前駆体として使われる重要な分子である.そこで,各光色培養下におけるα-アミラーゼの生産量を検討した.

麹菌を培養した米を酢酸緩衝液(100 mM酢酸ナトリウム,pH 4.7)に3時間浸し,得られたろ過液をアミラーゼ抽出液とした.デンプンを加えた10%アクリルアミドゲルの電気泳動にこのアミラーゼ抽出液20 µLを供し,電気泳動後ゲルをヨウ素液で染色した.ゲル中のアミラーゼ局在部分ではデンプンがアミラーゼによって分解されるため,ヨウ素デンプン反応が起こらない.したがって,アミラーゼ局在部分でのみ(ヨウ素デンプン反応の)紫色が消失するため,アミラーゼの存在と量がわかる(図4図4■光条件によるα-アミラーゼの生産量への影響).

図4■光条件によるα-アミラーゼの生産量への影響

α-アミラーゼの分子サイズ(46 kDa)に相当する位置にバンドが検出されることから,麹菌によるα-アミラーゼの産生が確認できた.分生子形成量が少なかった青色光培養下では,バンドの濃さがほかに比べて薄く,産生されるα-アミラーゼ量が少ないことがわかる.一方,赤色光培養下のバンド量は比較的多いことから,α-アミラーゼ産生量は多いと考えられる.このことは,発酵における重要な因子であるα-アミラーゼ産生量に光色が影響を及ぼす可能性を示す.

【実験3】光色がα-アミラーゼ活性に及ぼす影響

赤色光培養下ではα-アミラーゼの産生量が増加するという結果を酵素活性の観点から確かめた.実験2で調製した各種培養下での酵素抽出液を「α-アミラーゼ測定キット」(Kikkoman)に供して,酵素活性を測定した(図5図5■α-アミラーゼの活性).その結果,赤色光培養下では青色光培養下より高い酵素活性を示した.このことは図4図4■光条件によるα-アミラーゼの生産量への影響における青色光,赤色光のα-アミラーゼ産生量のパターンと一致し,赤色光培養下ではα-アミラーゼ産生量が増加するという結果と矛盾しない.

図5■α-アミラーゼの活性

エラーバーは平均値±標準偏差.赤色光,青色光,完全遮光はn=9.緑色光,白色光はn=3.

【実験4】光色が糖化量に及ぼす影響

各光色培養下における糖化量の変化も検討した.炊いたコメに麹菌を植菌し,各光色下で4日間培養し,試料中のグルコース濃度をグルコース計で測定した.培養前のコメのグルコース濃度を1とし,相対量で示した.その結果,赤色培養下で糖化量が最も多く,青色光では赤色光に比べ糖化量が少ないという結果が得られた(図6図6■糖化量の比較).このことは,赤色光と青色光において,α-アミラーゼ量の変動パターンと酵素活性・生成産物量(グルコース量)の変動パターンが相関している可能性があることを示している.

図6■糖化量の比較

エラーバーは平均値±標準偏差.赤色光,青色光,完全遮光はn=9.緑色光,白色光はn=3.

まとめと今後の展望

麹菌に赤色光を照射したときにα-アミラーゼ産生量が増加し,それに対応して酵素活性,生成量が増加していることが示され,麹菌による物質生産において光色が影響を与えている可能性を示すことができた.このことは,和食調味料において重要な役割を果たす麹菌を培養,維持,管理するときの光条件の重要性を示唆している.また,光条件を変化させることにより,麹菌の物質生産を改善,改良できる可能性も示している.一方,今回の実験結果では赤色光と青色光以外の光色(緑色光,白色光,遮光下)において,α-アミラーゼ産生量と酵素活性・生成産物量との間には明確な相関は認められなかった.このことから,麹菌培養における光色の影響,物質生産への効果,そのメカニズムについては今後も実験を進める必要があると考える.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) 農林水産省:http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/

2) J. Mattis & A. Sehgal: Trends Endocrinol. Metab., 27, 192 (2016).

3) 鈴木 聡,楠本憲一:食総研報,77, 63 (2013).

4) R. Hatakeyama, T. Nakahama, Y. Higuchi & K. Kitamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1844 (2007).