Kagaku to Seibutsu 55(3): 151 (2017)
巻頭言
女性研究者賞の創設とその意義
Published: 2017-02-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
2017年度,農芸化学会では女性正会員を対象とする「農芸化学若手女性研究者賞」,「農芸化学女性研究者賞」,「農芸化学女性企業研究者賞」が創設された.これらの賞は,植田和光会長の発案を受けて男女共同参画委員会が原案を作成したもので,2016年5月と7月の理事会で審議され設置が認められた.現在,女性賞を設置している日本の学会は非常に少なく(男女共同参画学協会連絡会に加盟している約90の学協会のうち8学会),賞の設置に対してその‘必要性’に疑問をもつ会員もおられることと思う.そこで,賞の原案作成に直接かかわった者として,女性賞創設の背景を紹介し,その意義と必要性を説明したいと思う.さて,経済・社会の状況は日々地球規模で大きく変化している.このような世界情勢の下で日本が新たな未来を切り拓き国内外の諸課題を解決していくためには,科学技術イノベーションを強力に推進していく必要があることは論を俟たない.日本の既存の社会制度は,先の大戦後の日本の発展を支える土壌として有効であったとされる一方,流動性の欠如,ジェンダーによる役割分担,「阿吽の呼吸」による意思決定など,「同質性」を重んじ「異」を排除する特性をもっており,これらは科学技術イノベーションの‘フロンティア’に挑戦する際には足かせとなっている.科学技術基本計画において,この足かせから抜け出す切り札は「人材の多様性確保」と「流動性の促進」であるとされ,女性研究者の活躍促進(最小必要人数の確保と登用)が不可欠であると謳われている所以である.農芸化学会に目を転じてみると,会員の女性比率は学生会員が38%であるのに対して正会員は17%と半分以下,役員や委員として学会の意思決定にかかわる,あるいは学術集会においてリーダーシップをとる女性比率はさらに低く,また,既存の賞の2016年度までの女性受賞者数は,学会賞2名,功績賞1名,奨励賞20名,技術賞12名と,お世辞にも女性研究者が十分に活躍しているとはいえない現状である.このような状況を打破するためには,「支援」,「環境の整備」,「見える化」,「意識改革」,「女子中高生やその保護者への科学技術系の進路に対する興味関心や理解の促進」が必須であり,学会としても意識的な取り組みが求められる.このたび創設された賞は,農芸化学分野で優れた成果を上げている女性研究者を「奨励する」とともに「見える化」することを目的としており,受賞を足がかりとして将来のキャリアアップにつなげてもらうことを狙っている.筆者は賞の原案起草に先立って,日本における男女共同参画の取り組みを牽引されてきた複数の研究者から女性賞について資料の提供および意見やアドバイスをいただいた.特に強いインパクトを受けたのは,ある学会では理事会の反対に遭って女性賞の設置がなかなか実現しなかったが,ようやく賞が設置され候補者を募集すると極めて優秀な女性研究者が少なからずいることがわかり,受賞者は喜びと誇りをもって受賞しているとのお話であった.また,候補者がすぐに枯渇せず,選考基準が明確である賞を創ることが大事との助言をいただいた.このような先駆者の貴重なアドバイス,植田会長の強力な後押し,そして理事の方々のご理解とご支援のお陰で,一度に3つの女性賞創設が実現できたのである.短期間で賞の創設が実現したことはほかの学協会から驚きをもって迎えられており,植田会長の英断に心から敬意を表したい.女性賞が女性研究者の増加と女性リーダーの育成に寄与し,農芸化学会で男女共同参画が当たり前のこととして実現する日を楽しみにしている.