Kagaku to Seibutsu 55(3): 152-154 (2017)
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非酵素的ポリケタイド二量化反応の発見と多様な擬天然物の半合成多様性指向型半合成による新たな天然物ケミカルスペースの開拓
Published: 2017-02-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
植物や微生物など,生物は固有の二次代謝経路を使ってさまざまな有機化合物を創り出す.このような天然の有機化合物,いわゆる天然物に見られる化学構造は,骨格レベルと修飾レベル双方で実に多様性に富んでおり,それにより多様な機能を獲得している.このような化学構造の多様性は,二次代謝経路の中の生合成反応によって生み出される.その中心は生合成酵素による酵素反応であり,生合成研究の多くは反応にかかわる酵素の機能解析を中心に発展してきた.一方で,前駆物質の化学的な特性に依存する非酵素的な反応が,複雑かつ多様な骨格を生み出すケースも少なくない(1, 2)1) A. W. Robertson, C. F. Martinez-Farina, D. A. Smithen, H. Yin, S. Monro, A. Thompson, S. A. McFarland, R. T. Syvitski & D. L. Jakeman: J. Am. Chem. Soc., 137, 3271 (2015).2) T. A. Colosimo & J. B. MacMillan: J. Am. Chem. Soc., 138, 2383 (2016)..これら非酵素的な反応を解明し有機化学反応に持ち込むことができれば,反応に必須な化学的性質が保持された基質を自由にデザインすることができ,多様な化学種を生み出すのに強力なツールになりうるという特典も付いてくる.本稿では筆者らが偶然発見した糸状菌ポリケタイドの非酵素的な二量化反応と,その前駆体の反応性を基盤とした半合成プロセスの開発による多様な非天然型ポリケタイド分子の創生について概説する.
筆者らは,ケミカルエピジェネティクスを用いて糸状菌未利用生合成遺伝子に由来する新規物質の探索を展開してきた.そのなかで,インディゴチドCおよびDやケトフェノールEといった特徴的な環構造を有するポリケタイド二量体を取得した(3, 4)3) T. Asai, T. Yamamoto & Y. Oshima: Org. Lett., 14, 2006 (2012).4) T. Asai, T. Yamamoto, N. Shirata, T. Taniguchi, K. Monde, I. Fujii, K. Gomi & Y. Oshima: Org. Lett., 15, 3346 (2013).(図1図1■(A)ケミカルエピジェネティクスで発見したポリケタイド二量体,(B)麹菌pksCH-2異種発現により発見した二量体化反応の推定生成機構).これらの母核の部分はラセミ体として生合成されていたことから,非酵素的な二量化反応の存在が予想されるが,単離当時はそこまでは思いが行き届いてはいなかった.一方で,Chaetomium indicumをヒストン脱アセチル化酵素阻害剤添加条件で培養するとケトフェノール類の生産が誘導される現象について,遺伝子レベルの実験を行うためにケトフェノール類の生合成にかかわる非還元型ポリケタイド合成酵素(NR-PKS)をコードする遺伝子の探索を,麹菌の異種発現系を用いて行っていた.候補遺伝子であるpksCH-2を麹菌で異種発現させた形質転換株の生産物を解析する際,麹菌の培養に一般的に用いられる培地ではなく,筆者らが天然物探索で汎用しているポテトデキストロースブロス培地で培養したところ,2種のメジャーな生成物の蓄積が確認された.それぞれの構造解析を行った結果,驚いたことに,それぞれインディゴチドCとDの二量体骨格AとケトフェノールEの二量体骨格Bを有する化合物であることが判明した.この発見を契機に,さらにいろいろな培養条件の検討,代謝物の経時変化を追跡することで,アルデヒド1からイソクロメン2を経由して二量体3, 4へと変換されることを突き止めた.なお,麹菌で一般的に用いられる培地の場合,2までの変換で止まってしまうため,この二量化反応の発見には至らなかったかもしれない.さらに,1と2を用いた変換実験から,1から2は麹菌の内在酵素による変換で,2から3および4への二量化は酸性度に依存した非酵素反応で進行することを明らかにした(図1図1■(A)ケミカルエピジェネティクスで発見したポリケタイド二量体,(B)麹菌pksCH-2異種発現により発見した二量体化反応の推定生成機構).これが,多様な非天然型ポリケタイドの創生を可能にする新規カスケード反応の発見の経緯である.
発見した二量化反応は酸性条件下で進行することを明らかにし,前駆体であるイソクロメン2とその共鳴構造式の一つであるo-キノンメチド構造と環化付加反応することで形成すると推測した.そして,o-キノンメチドの高い反応性を活用して多様な化学種を生み出すための半合成プロセスを開拓するに至った(図2図2■多様性指向型半合成プロセスと非天然型ポリケタイド分子の例).まず,麹菌の培養システムを利用した多様化を試みた.二量化に必要な構造を有する基質を麹菌に添加するもしくは異種生産することで,3および4のアナログ合成に加え,ユニークな三量体の生成に成功した.次に有機化学反応を用いた多様な分子創生を試みた.ここでは,最適条件で培養すると30 mg/L以上得られる入手容易さとo-キノンメチド等価体としての反応性の高さから2を開始基質として選択した.触媒量の酸条件から過剰量のLewis酸条件や酢酸–加熱還流条件など過激なものまでさまざまな酸性条件で反応させることで,簡単に4種の異なる環構造を有する二量体を作製することができた.さらに,2の電子豊富なベンゼン環の反応性を塩基性条件下と酸化条件下で利用することで,16種のユニークなポリケタイド分子を創り出した.つづいて,医薬品を連想させる構造へと近づけるために,インドール–ポリケタイドハイブリッド分子の創生を試みた.種々の置換様式を有するシンプルなインドール化合物で2由来のo-キノンメチドのトラップを開始とした数段階の反応により,多様な骨格構造を有する14種のハイブリッド分子を効率良く合成することに成功した.このように,非酵素的なポリケタイド二量化反応の前駆体の生合成による供給と化学反応を組み合わせた半合成により,20以上の異なる骨格からなる40以上の非天然型ポリケタイド分子を効率良く創出することに成功した(5)5) T. Asai, K. Tsukada, S. Ise, N. Shirata, M. Hashimoto, I. Fujii, K. Gomi, K. Nakagawara, E. N. Kodama & Y. Oshima: Nat. Chem., 7, 737 (2015)..多くの反応の収率は数パーセントであったが,生合成により開始基質を効率良く供給できたことが,新しい化学種の発見を可能にした.得られた化合物について,抗ウィルス活性試験を評価したところ,アデノウィルスに対して増殖抑制を示す化合物を見いだすことができた.アデノウィルスに対して有効な活性物質がほとんど報告されていないことを考えると,この半合成により新しいケミカルスペースを開拓できたと言えるかもしれない.
筆者らは,ポリケタイド生合成中に偶然見つけた非酵素反応を詳細に解析し,それを基盤とした多様性指向型半合成プロセスを開発することで,生合成研究の新たな出口を示した.まだまだユニークな非酵素反応がさまざまな生合成経路の中に数多く隠されているに違いない.これらが明らかにされ物質創生研究へと応用されることで,新たなケミカルスペースの開拓,ひいては天然物創薬の発展につながることが期待される.