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長寿・がん化耐性げっ歯類ハダカデバネズミiPS細胞の腫瘍化耐性機構がん化耐性ハダカデバネズミ由来iPS細胞の腫瘍化耐性メカニズム

Shingo Miyawaki

宮脇 慎吾

北海道大学遺伝子病制御研究所動物機能医科学研究室

Kyoko Miura

三浦 恭子

北海道大学遺伝子病制御研究所動物機能医科学研究室

Published: 2017-02-20

ハダカデバネズミ(図1図1■ハダカデバネズミiPS細胞の腫瘍化耐性メカニズム)は,マウスと同等の約10センチメートルの大きさでありながら,寿命がマウスの約10倍(平均生存期間約30年)という長寿命のげっ歯類である.さらに,その長い生涯で極めて腫瘍ができにくいという,がん化耐性の特長を有する(1)1) R. Buffenstein: J. Comp. Physiol. B, 178, 439 (2008)..ハダカデバネズミの長寿やがん化耐性のメカニズムを解明することにより,人間の健康長寿やがんの予防に役立つことが期待され,世界的に注目を集めている(2)2) 河村佳見,宮脇慎吾,岡野栄之,三浦恭子:化学と生物,52, 189 (2014).

図1■ハダカデバネズミiPS細胞の腫瘍化耐性メカニズム

左:ハダカデバネズミ.右:ハダカデバネズミは活性化したARFが抑制されると2つ目の防御機構としてハダカデバネズミ特有の細胞老化(ASIS: ARF suppression induced senescence)を生じる.その結果として,作製されたiPS細胞は腫瘍を形成しない.

正常な体細胞は,がん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝子の不活性化の異常が起こると,腫瘍を形成する.また,体細胞を初期化することで作製される人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells; iPS細胞)は,未分化な状態で生体に移植されると腫瘍(奇形腫)を形成する性質がある.iPS細胞とがん細胞は,半永久的に増殖をする能力があるなど,さまざまな共通点が存在する.近年,体細胞からiPS細胞への初期化過程とがん化過程にも,共通したメカニズムが存在することが明らかになってきている.そこで,筆者らは,ハダカデバネズミのようながん化耐性動物からiPS細胞を作製できるのか,また,作製できた場合にiPS細胞は腫瘍形成能(奇形腫形成能)を有するかを検証した(3)3) S. Miyawaki, Y. Kawamura, Y. Oiwa, A. Shimizu, T. Hachiya, H. Bono, I. Koya, Y. Okada, T. Kimura, Y. Tsuchiya et al.: Nat. Commun., 7, 11471 (2016).

はじめに,ハダカデバネズミの皮膚から線維芽細胞を作製し,マウスやヒトなどほかの動物と同等の方法で,初期化に必要なOct4, Sox2, Klf4, cMycの4因子を遺伝子導入したところ,ハダカデバネズミiPS細胞の作製に成功した.ハダカデバネズミiPS細胞は培養下での多分化能をもつにもかかわらず,未分化な状態で生体に移植しても,ほかの動物のiPS細胞のように腫瘍を形成せず,腫瘍化耐性をもつことが判明した.

次に,ハダカデバネズミiPS細胞の腫瘍化耐性メカニズムを解析した.腫瘍形成能をもつマウスやヒトのiPS細胞では,2つのがん抑制遺伝子Inhibitor of cyclin-dependent kinase 4a(INK4a)とAlternative reading frame(ARF)の発現が強く抑制されている(4)4) H. Li, M. Collado, A. Villasante, K. Strati, S. Ortega, M. Cañamero, M. A. Blasco & M. Serrano: Nature, 460, 1136 (2009)..しかしながら,ハダカデバネズミiPS細胞では,INK4aの発現は抑制されている一方で,ARFの発現は活性化状態が保たれていた.

また,マウスES細胞の腫瘍形成能における重要因子,がん遺伝子ES cell expressed Ras(ERAS)(5)5) K. Takahashi, K. Mitsui & S. Yamanaka: Nature, 423, 541 (2003).の配列を解析したところ,ハダカデバネズミのERASにはほかの動物では認められない4塩基の挿入が存在し,ERASタンパクの機能不全をもたらすフレームシフト変異が生じていた.

これらの知見をもとにして,筆者らは,ハダカデバネズミiPS細胞で,活性化しているARFを人工的に抑制し,機能不全のハダカデバネズミERASの代わりにマウスのERasをハダカデバネズミiPS細胞に導入した.結果として,ハダカデバネズミiPS細胞は腫瘍形成能を獲得し,生体へ移植すると奇形腫を形成した.さらに,ハダカデバネズミから得られた知見をもとにして,マウスから作製されたiPS細胞でハダカデバネズミと同様にArfを活性化させると,生体に移植した際の腫瘍形成能が著しく抑制されることが明らかになった.以上の結果から,ハダカデバネズミiPS細胞は,ARFの活性化とERASの機能欠失により腫瘍化耐性をもっていると考えられた.

初期化やがん化の誘導は,正常な細胞に各種のストレスを与える.ARFはこれらのストレスに応答して活性化し,細胞を初期化やがん化から防御する働きがある.このARFによる防御機構を突破した細胞が,iPS細胞やがん細胞になると考えられている.実際に,iPS細胞や多くのがん細胞ではARFが抑制または欠失していることが報告されている(4)4) H. Li, M. Collado, A. Villasante, K. Strati, S. Ortega, M. Cañamero, M. A. Blasco & M. Serrano: Nature, 460, 1136 (2009)..また,マウスにおいて,iPS細胞の作製過程にARFを抑制すると,マウス細胞の増殖速度は上昇し,より多くの細胞がiPS細胞になることが知られている(6)6) T. Kawamura, J. Suzuki, Y. V. Wang, S. Menendez, L. B. Morera, A. Raya, G. M. Wahl & J. C. I. Belmonte: Nature, 460, 1140 (2009).

筆者らは,ハダカデバネズミでも同様の実験を行い,ストレスに対する応答性を検証した.ハダカデバネズミ細胞に初期化因子を導入して初期化ストレスを与えたところ,マウスやヒトと同様にARFの活性化が認められた.次に,初期化ストレス下で活性化したARFを人工的に抑制したところ,マウスとは対照的に,ハダカデバネズミ細胞は増殖を停止し,初期化された細胞が出現しなくなった.解析の結果,ARFが抑制されたハダカデバネズミ細胞は,がん抑制機構の一つである「細胞老化」を生じていた.筆者らはこの現象を,ハダカデバネズミ細胞の腫瘍化耐性機構の一つとして「ASIS: ARF suppression-induced senescence(ARF抑制時細胞老化)」と命名した.つまり,ハダカデバネズミでは,初期化ストレス下でARFが抑制されると,細胞老化が誘導され,細胞が増殖を停止するため,対照的に増殖する細胞であるARFの活性化が維持された腫瘍化耐性iPS細胞が選択されたと考えられる.

次に,ASISが初期化過程のみならず,がん化過程でも生じうるかを検証した.ハダカデバネズミ細胞にがん化ストレスとして,がん遺伝子cMYCの過剰発現や,マイトマイシンCによるDNA障害,および細胞培養による増殖ストレスを加えるとARFの活性化が生じることが知られている(7)7) S. Miyawaki, Y. Kawamura, T. Hachiya, A. Shimizu & K. Miura: Inflamm. Regen., 35, 42 (2015)..ARFが活性化したハダカデバネズミ細胞においてARFを人工的に抑制した結果,これらのがん化ストレス下でも同様にASISが生じることが判明した.

マウスやヒトなどの哺乳類の細胞では,初期化やがん化のストレスを受けると,防御機構としてARFが活性化され,その破綻の結果として腫瘍を形成する能力を有する細胞が出現する.一方で,ハダカデバネズミでは,ARFの活性化のみならず,活性化されたARFが抑制されてしまう状況下でもASISが機能し,二重の防御機構で初期化やがん化を抑制すると考えられる.

iPS細胞は,さまざまな細胞へと分化する多能性をもつことから,細胞移植治療への応用が期待されているが,腫瘍形成能が細胞移植治療の障害の一つになっている.今回明らかになったハダカデバネズミiPS細胞に特有の腫瘍化耐性メカニズムを応用することにより,将来的に,より安全なヒトiPS細胞の作製につながる可能性がある.

ハダカデバネズミには特有のがん化耐性メカニズムの一つであるASISが存在する.今後,ASISの詳細なメカニズムが解明されることによって,ハダカデバネズミの「体のがん化耐性」の仕組みが明らかになり,将来的には人間にも応用できる新たながん化抑制方法の開発につながると期待される.

Reference

1) R. Buffenstein: J. Comp. Physiol. B, 178, 439 (2008).

2) 河村佳見,宮脇慎吾,岡野栄之,三浦恭子:化学と生物,52, 189 (2014).

3) S. Miyawaki, Y. Kawamura, Y. Oiwa, A. Shimizu, T. Hachiya, H. Bono, I. Koya, Y. Okada, T. Kimura, Y. Tsuchiya et al.: Nat. Commun., 7, 11471 (2016).

4) H. Li, M. Collado, A. Villasante, K. Strati, S. Ortega, M. Cañamero, M. A. Blasco & M. Serrano: Nature, 460, 1136 (2009).

5) K. Takahashi, K. Mitsui & S. Yamanaka: Nature, 423, 541 (2003).

6) T. Kawamura, J. Suzuki, Y. V. Wang, S. Menendez, L. B. Morera, A. Raya, G. M. Wahl & J. C. I. Belmonte: Nature, 460, 1140 (2009).

7) S. Miyawaki, Y. Kawamura, T. Hachiya, A. Shimizu & K. Miura: Inflamm. Regen., 35, 42 (2015).