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人工ナノカプセルによるカフェインの高選択的内包カフェインをキャッチするカプセル分子

Sho Matsuno

松野

東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所

Michito Yoshizawa

吉沢 道人

東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所

Published: 2017-02-20

キサンチン骨格を有する有機化合物は自然界に幅広く存在し,日常の飲料にも多く含まれている.たとえば,キサンチンの窒素上に3つのメチル基をもつカフェインはコーヒーに,2つのメチル基をもつテオフィリンとテオブロミンはそれぞれ,緑茶とココアに含まれることが知られている(1)1) B. A. Weignberg & B. K. Bealer: “The World of Caffeine,” Routledge, 2001, pp. 235–265.図1図1■キサンチン化合物とその立体構造).また,これらのキサンチン誘導体は生体内でさまざまな薬理活性を示す(2)2) T. M. Chou & N. L. Benowitz: Biochem. Physiol., 109C, 173 (1994)..カフェインの興奮・覚醒作用は古くから知られており,また,テオフィリンは気管支拡張作用があるため,今でも薬として使われている.同じ有機分子骨格にもかかわらず,比較的小さく,分子間相互作用力の弱いメチル基(–CH3)の数や位置の違いにより,キサンチンの性質が大きく変わる点は興味深い.

図1■キサンチン化合物とその立体構造

キサンチン化合物の薬理活性は,生体内の比較的大きなタンパク質受容体により,分子レベルで認識されることで発現する.Marshallらは,カフェインとA2Aアデノシン受容体(分子量:約40 kDa)の複合体の単結晶を作製し,受容体の疎水性ポケットに1分子のカフェインが内包されることをX線結晶構造解析より明らかにした(3)3) F. H. Marshall et al.: Structure, 19, 1283 (2011).図2図2■A2Aアデノシン受容体の結晶構造).また,その結晶構造から,複合体形成の駆動力は分子間での疎水効果,π-スタッキング,水素結合であることが示唆された.

図2■A2Aアデノシン受容体の結晶構造

カフェインの内包および分子間相互作用(下図は文献33) F. H. Marshall et al.: Structure, 19, 1283 (2011).より転写).

一方,フラスコ内で,人工的な受容体によるキサンチン化合物の認識に関する研究も行われている.2003年にReinhoudtらは,4つのピリジニウム基を有する亜鉛ポルフィリンを合成し,水中でカフェインなどの捕捉を達成した(4)4) D. N. Leinhoudt, R. Fiammengo, M. C. Calama & P. Timmerman: Chem. Eur. J., 9, 784 (2003)..この人工受容体は配位結合と疎水効果により,キサンチン化合物と複合体を形成したが,分子間相互作用は弱く(結合定数:Ka=約6×103 M−1),選択性な捕捉能は示さない.また,2011年にSeverinらは,スルホネート基を含む蛍光性のピレン化合物を用いた,飲料中のキサンチン化合物の定量法を報告している(5)5) K. Severin, S. N. Steinmann, C. Corminboeuf, K. Severin & S. Rochat: Chem. Commun. (Camb.), 47, 10584 (2011)..しかしながら,弱い相互作用のため(Ka=約3×102 M−1),大量の試料や煩雑な抽出作業が必要である.キサンチン誘導体の効率的な捕捉や厳密な識別には,生体受容体と同様に,数ナノサイズの疎水空間を有する三次元構造体の合成が必要である.本稿では,筆者らの最近の研究成果として,有機配位子と金属イオンの自己集合によって形成した人工ナノカプセルを利用し,水中でカフェインの高選択的な内包に成功したので紹介する(6)6) M. Yamashina, S. Matsuno, Y. Sei, M. Akita & M. Yoshizawa: Chem. Eur. J., 22, 14069 (2016).

筆者らの研究グループでは,数ナノメートルサイズの空間を有する分子カプセルやチューブの構築と機能の開発を行っている.2011年に,2つのアントラセン環を含む湾曲型の有機配位子と金属イオン(パラジウムや白金など)の自己集合により,M2L4組成の人工ナノカプセルの合成に成功した(7)7) N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita & M. Yoshizawa: J. Am. Chem. Soc., 133, 11438 (2011).図3図3■人工ナノカプセルとその結晶構造).このカプセルは,8つのアントラセン環で囲まれた約1 nmの内部空間を有し,ピレンやBODIPY,フラーレンC60などの疎水性有機分子を水系溶媒中で,効率的に内包することができる(7, 8)7) N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita & M. Yoshizawa: J. Am. Chem. Soc., 133, 11438 (2011).8) M. Yamashina, M. Sartin, Y. Sei, M. Akita, S. Takeuchi, T. Tahara & M. Yoshizawa: J. Am. Chem. Soc., 137, 9266 (2015)..また,ポリマー合成に使われる高活性なラジカル開始剤(AIBNなど)は,ナノカプセルに内包されることで,光照射や加熱に対して顕著に安定化されることを見いだした(9)9) M. Yamashina, Y. Sei, M. Akita & M. Yoshizawa: Nat. Commun., 5, 4662 (2014)..そこで,この生体受容体より小さなナノカプセル(約4 kDa)の多環芳香族骨格で囲まれた特異空間を利用して,水中でのキサンチン類の選択的な内包を目指した.

図3■人工ナノカプセルとその結晶構造

空間充填モデル表示の結晶構造は,カプセルの外面官能基(R)を省略.

まず,白金イオンで架橋したナノカプセルを溶解した水溶液(D2O)に,2当量のカフェインを加え,室温で30分間撹拌した.その結果,カプセルに2分子のカフェインが定量的に取り込まれることが明らかになった.核磁気共鳴装置(1H-NMR)による生成物のスペクトルでは,内包されたカフェインのメチル基に由来する3つのシグナルが,大きくシフトして観測された.また,それぞれのシグナル面積の比較と生成物の質量分析(ESI-TOF MS)などにより,2分子のカフェインがナノカプセルに強く内包されていることを明らかにした(Ka=>108 M−2).

次に,1~3つのメチル基を有するキサンチン化合物(図1図1■キサンチン化合物とその立体構造)を用いて,ナノカプセルによる内包の競争実験を行った.ナノカプセルの水溶液に,等量のカフェインとテオブロミンを加えたところ,前者が選択的(>99%)に内包されることが,1H-NMRおよびESI-TOF MS解析で明らかになった(図4a図4■ナノカプセルによる内包の競争実験の右側と4b図4■ナノカプセルによる内包の競争実験).また,2つのメチル基をもつテオブロミンとテオフィリンの競争実験では,どちらも同じ比率でカプセルに内包された.さらに,テオブロミンと3-メチルキサンチンの競争実験では,前者が選択的(>99%)に内包された(図4a図4■ナノカプセルによる内包の競争実験の左側と4c図4■ナノカプセルによる内包の競争実験).すなわち,ナノカプセルは,キサンチン骨格に含まれるメチル基の数を厳密に認識して,カフェイン>テオブロミン=テオフィリン>3-メチルキサンチンの順位で明確にこれらの分子を識別できることを明らかにした.

図4■ナノカプセルによる内包の競争実験

(a,上部;c)カフェインの選択的内包とその1H-NMRおよびESI-TOF MSスペクトル(緑丸;ナノカプセル),(b)空のナノカプセルの1H-NMRおよびESI-TOF MSスペクトル,(a,下部;d)テオブロミンの選択的内包とそのスペクトル.

分子間相互作用の詳細を解明するため,内包体のX線結晶構造解析を行った.カフェインを内包した生成物の溶液を,室温でゆっくり濃縮することで(約2カ月),黄色透明の結晶が得られた.その構造解析の結果,ナノカプセル内に2分子のカフェインが重なり合って完全に内包されていることが明らかになった(図5a~c図5■カフェインを内包したナノカプセルの結晶構造).また,その2分子は,カプセル骨格の2つのアントラセン環に挟まれていた(図5b図5■カフェインを内包したナノカプセルの結晶構造).それらの面間距離は約3.4 Åであった.また,注目すべきことに,2分子のカフェインの合計6つのメチル基はアントラセン環と近接し(約3.5 Å),CH3–π相互作用の存在が示唆された(図5d図5■カフェインを内包したナノカプセルの結晶構造).一方,2分子のテオブロミンを内包したナノカプセルの結晶構造では,4つのメチル基がCH3–π相互作用していた.内包の駆動力は,ホスト–ゲスト間の疎水効果およびπ-スタッキングであるが,この分子間CH3–π相互作用の数の違いが,カフェインの高選択的な内包の最大の要因と結論づけた.

図5■カフェインを内包したナノカプセルの結晶構造

(a, b)シリンダー表示のナノカプセルと空間充填モデル表示のカフェイン(前および横向き),(c)空間充填モデル表示,(d)メチル基とアントラセン環のCH3–π相互作用.

本稿で紹介した厳密なメチル基の識別は,既報の人工受容体で達成した例はなく,多環芳香族骨格で囲まれた空間を有する本ナノカプセルに特有の機能である.最後に,市販のインスタントコーヒーの水溶液に,ナノカプセルを加えたところ,その複雑な混合物の中からでも,カフェインを選択的に内包できることが明らかになった.今後は,これらの知見を活かし,人工受容体による,複雑な分子骨格を有する生体関連化合物の選択的な内包と高感度な検出法の開発に挑戦していきたい.

Reference

1) B. A. Weignberg & B. K. Bealer: “The World of Caffeine,” Routledge, 2001, pp. 235–265.

2) T. M. Chou & N. L. Benowitz: Biochem. Physiol., 109C, 173 (1994).

3) F. H. Marshall et al.: Structure, 19, 1283 (2011).

4) D. N. Leinhoudt, R. Fiammengo, M. C. Calama & P. Timmerman: Chem. Eur. J., 9, 784 (2003).

5) K. Severin, S. N. Steinmann, C. Corminboeuf, K. Severin & S. Rochat: Chem. Commun. (Camb.), 47, 10584 (2011).

6) M. Yamashina, S. Matsuno, Y. Sei, M. Akita & M. Yoshizawa: Chem. Eur. J., 22, 14069 (2016).

7) N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita & M. Yoshizawa: J. Am. Chem. Soc., 133, 11438 (2011).

8) M. Yamashina, M. Sartin, Y. Sei, M. Akita, S. Takeuchi, T. Tahara & M. Yoshizawa: J. Am. Chem. Soc., 137, 9266 (2015).

9) M. Yamashina, Y. Sei, M. Akita & M. Yoshizawa: Nat. Commun., 5, 4662 (2014).