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糸状菌におけるネクトリシン生合成経路の解明イミノ糖の微生物生産への応用

Ryuki Miyauchi

宮内 隆記

第一三共株式会社モダリティ研究所

Yoichiro Shiba

陽一郎

第一三共株式会社CMC企画部

Published: 2017-02-20

イミノ糖(アザ糖)は微生物や植物などが産生する糖のアナログで,最も基本的なものは,ピラノース環やフラノース環中の酸素が窒素に置換された構造を有する.一般に,イミノ糖はそれぞれに対応した糖の構造を模擬することでそれらに作用するグルコシダーゼなどの酵素を阻害するため,糖尿病治療薬へ応用されている.また,イミノ糖は,N型糖鎖のプロセッシングの過程で働くグリコシダーゼを阻害して細胞表面のタンパク質に結合しているN型糖鎖の成熟を防いだり,ライソゾームの加水分解酵素を阻害しうるため,ウイルス感染やがん,ライソゾーム病などの治療薬への応用が報告されている(1, 2)1) G. Horne, F. X. Wilson, J. Tinsley, D. H. Williams & R. Storer: Drug Discov. Today, 16, 107 (2011).2) R. J. Nash, A. Kato, C.-Y. Yu & G. W. Fleet: Future Med. Chem., 3, 1513 (2011).

初めて見つかった天然のイミノ糖であるノジリマイシンはStreptomyces属から1966年に日本で発見された(3)3) S. Inouye, T. Tsuruoka & T. Nida: J. Antibiot. (Tokyo), 19, 288 (1966)..類似した化合物であるデオキシノジリマイシン(DNJ)は,はじめ1968年に合成され,後に1976年にクワより単離された(2)2) R. J. Nash, A. Kato, C.-Y. Yu & G. W. Fleet: Future Med. Chem., 3, 1513 (2011)..DNJは強いα-, β-グルコシダーゼ阻害活性を有する.Miglitol(N-ヒドロキシエチル-DNJ)やMiglustat(N-ブチル-DNJ)はDNJの誘導体であり,前者は2型糖尿病治療薬,後者は加水分解酵素の遺伝的欠損に起因するライソゾーム病の一種であるゴーシェ病やニーマンピック病C型の治療薬として市販されている.Miglitolは炭水化物のグルコースへの分解を阻害してグルコースの吸収を抑えることで作用する.Miglustatはスフィンゴ脂質のグルコシル化に関係しているグルコシルセラミド合成酵素(グルコシルトランスフェラーゼ)を可逆的に阻害することで機能する.

CS-1036は2型糖尿病治療薬として当社にて創製された化合物であり,イミノ糖であるジデオキシイミノアラビニトール骨格を有する.われわれはCS-1036原薬(医薬品の有効成分)の工業製法を構築するにあたり,製造原価低減のため,ジデオキシイミノアラビニトールに類似した化合物で糸状菌が産生するネクトリシン(1図1図1■T. discophoraにおけるネクトリシンの生合成遺伝子クラスターと推定生合成経路参照)を原薬中間体として利用することを企図した(4)4) Y. Ikeuchi, M. Hayashi, T. Ueda, M. Hara, Y. Shiba & R. Miyauchi: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 72, 557 (2014).

図1■T. discophoraにおけるネクトリシンの生合成遺伝子クラスターと推定生合成経路

ネクトリシンはα-, β-グルコシダーゼ,α-, β-マンノシダーゼ阻害活性を示す(5)5) E. Tsujii, M. Muroi, N. Shiragami & A. Takatsuki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 220, 459 (1996). 5員環を有するイミノ糖で,藤沢薬品工業(現アステラス製薬)により1988年に報告された.当社(当時,三共株式会社)においても1991年に自社の微生物ライブラリーより生産菌を見いだし,さらなる菌株のスクリーニングによって糸状菌であるThelonectria discophora SANK 18292株をネクトリシン高生産株として見いだした.さらに効率的に生産を行うためには,単離した生合成遺伝子を異種発現することが魅力的と考えられたが,ネクトリシンの生合成遺伝子や生合成経路に関する情報は報告されていなかった.

イミノ糖の生合成に関しては実質的には6員環のDNJについて報告があるのみで,知見が乏しい.DNJについては,グルコースを中間体とする生合成経路が同位体添加実験により推定されている(6, 7)6) D. J. Hardick & D. W. Hutchinson: Tetrahedron, 49, 6707 (1993).7) M. Shibano, Y. Fujimoto, K. Kushino, G. Kusano & K. Baba: Phytochemistry, 65, 2661 (2004).

われわれはDNJに関する先行研究を踏まえてネクトリシンの生合成中間体としてペントースを推測した.各種ペントースを添加してT. discophoraを培養したところ,D-キシロースをよく資化し,また,D-リボースを添加した場合にネクトリシンの生産量が増加した.そこで,D-キシロースとD-リボースの各種13C同位体を添加し,産生されたネクトリシンへの同位体の取り込みをNMRと質量分析で確認した結果,これらの基質はネクトリシンの中間体であり,その取り込みパターンはペントースリン酸回路を経る経路で矛盾なく説明できた(8)8) R. Miyauchi, T. Takatsu, T. Suzuki, Y. Ono & Y. Shiba: Phytochemistry, 116, 87 (2015).図1図1■T. discophoraにおけるネクトリシンの生合成遺伝子クラスターと推定生合成経路).さらに,T. discophora培養抽出液中に4-アミノ-4-デオキシアラビニトール(2)が含まれていることを精製物のX線結晶構造解析により明らかにした.この化合物に抽出した粗酵素液を添加するとネクトリシンに変換されたことから本化合物がネクトリシンの前駆体であることが示された.この反応を触媒する酵素を同定するため,この酵素を精製した.LC-MS/MSにより推定した部分アミノ酸配列から縮重プライマーを設計し,T. discophoraのゲノムライブラリーをスクリーニングすることで遺伝子全長のクローニングに成功した(9)9) R. Miyauchi, H. Sakurai & Y. Shiba: AMB Express, 6, 6 (2016)..この酵素(NecC)はグルコース–メタノール–コリンオキシダーゼと相同性が高いことから,4-アミノ-4-デオキシアラビニトール(2)の1位のヒドロキシル基の酸化を触媒し,得られたアルデヒド3が環化,つづいて非酵素的に脱水され,ネクトリシンが生成すると推定された(図1図1■T. discophoraにおけるネクトリシンの生合成遺伝子クラスターと推定生合成経路).

次に,残りの生合成遺伝子を見つけるため,多くの糸状菌の2次代謝産物の生合成遺伝子のように,ネクトリシンの生合成遺伝子もクラスター化していると仮定して,ゲノム上のnecC遺伝子座周辺の遺伝子の配列解析を実施した.その結果,アミノトランスフェラーゼとコリンキナーゼに相同性を示す配列(necAnecB)が見つかった.necA遺伝子を破壊するとネクトリシンの生産が観察されなくなり,necA破壊株にnecAを相補するとその生産が回復したことからnecAはネクトリシンの生合成にかかわっていることが示された.NecB遺伝子を破壊するとネクトリシンの生産は親株より顕著に減少した.また,necAnecCを同時に導入した組換え大腸菌によるネクトリシンの生産を認めた.よって,necBはネクトリシンの生合成に関係しているが必須ではないと示唆され,NecBを代替しうる酵素の存在が考えられた(10)10) R. Miyauchi, C. Ono, T. Ohnuki & Y. Shiba: Appl. Environ. Microbiol., 82, 6414 (2016)..以上より,各生合成酵素は図1図1■T. discophoraにおけるネクトリシンの生合成遺伝子クラスターと推定生合成経路に示す反応を触媒していると推定している.この経路は,アミノ化,脱リン酸化,酸化の各反応を含んでいる点がDNJの推定生合成経路と類似している.しかし,これら3つのネクトリシン生合成酵素は,対応するDNJの推定生合成酵素(11)11) L. F. Clark, J. V. Johnson & N. A. Horenstein: ChemBioChem, 12, 2147 (2011).との相同性がいずれも低く,新規性が高い酵素であることが示された.

ネクトリシンの生合成遺伝子の情報を活用することで異種発現によるネクトリシンの直接生産や酵素反応による生産の可能性が示され,実際に遺伝子組換え大腸菌でネクトリシンを生産できた.また,本研究で得られた遺伝子情報を利用して天然物またはデータベース上の遺伝子を探索することで,ほかのイミノ糖の生合成機構の解明にも役立つのではないかと期待している.

Reference

1) G. Horne, F. X. Wilson, J. Tinsley, D. H. Williams & R. Storer: Drug Discov. Today, 16, 107 (2011).

2) R. J. Nash, A. Kato, C.-Y. Yu & G. W. Fleet: Future Med. Chem., 3, 1513 (2011).

3) S. Inouye, T. Tsuruoka & T. Nida: J. Antibiot. (Tokyo), 19, 288 (1966).

4) Y. Ikeuchi, M. Hayashi, T. Ueda, M. Hara, Y. Shiba & R. Miyauchi: J. Synth. Org. Chem. Jpn., 72, 557 (2014).

5) E. Tsujii, M. Muroi, N. Shiragami & A. Takatsuki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 220, 459 (1996).

6) D. J. Hardick & D. W. Hutchinson: Tetrahedron, 49, 6707 (1993).

7) M. Shibano, Y. Fujimoto, K. Kushino, G. Kusano & K. Baba: Phytochemistry, 65, 2661 (2004).

8) R. Miyauchi, T. Takatsu, T. Suzuki, Y. Ono & Y. Shiba: Phytochemistry, 116, 87 (2015).

9) R. Miyauchi, H. Sakurai & Y. Shiba: AMB Express, 6, 6 (2016).

10) R. Miyauchi, C. Ono, T. Ohnuki & Y. Shiba: Appl. Environ. Microbiol., 82, 6414 (2016).

11) L. F. Clark, J. V. Johnson & N. A. Horenstein: ChemBioChem, 12, 2147 (2011).