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アコヤガイ貝殻の蝶番部靭帯の微細構造形成メカニズムバイオミネラリゼーションによって炭酸カルシウムナノファイバーができるしくみ 真珠貝がもつ多様な炭酸カルシウムを作る能力に迫る

Michio Suzuki

鈴木 道生

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2017-02-20

軟体動物の貝殻は90%以上の炭酸カルシウムと5%以下の少量の有機基質からおもに構成されている.貝殻はその形態が多様なだけでなく,目では見えないマイクロもしくはナノメートル単位の微細構造を有し,この微細構造が有機–無機のハイブリッド構造から構成されることで非常に強い強度と剛性をもち,また真珠光沢のような美しい模様を描き出す.貝殻の炭酸カルシウム結晶の形成において,多形の制御,結晶形態の制御,結晶欠陥の制御,方位の統一性,結晶子サイズの小さいナノ結晶の形成,結晶形成前の不定形状態の持続など,単なる無機化学反応では説明できない特徴的な結晶形成過程を有しており,そのほとんどに有機基質が関与していると考えられているが,有機基質の詳細な役割については依然として不明な部分が多い(1)1) M. Suzuki & H. Nagasawa: Can. J. Zool., 91, 349 (2013).

二枚貝の蝶番部に存在する靭帯と呼ばれる組織においては,約50~100 nmほどの直径をもつ六角形の繊維状の炭酸カルシウム結晶が1 mm以上の長さで連なっており,いわゆるナノファイバー構造となっている(図1図1■アコヤガイ靭帯の構造 ).炭酸カルシウムには複数の結晶多形が存在することが知られており,常温常圧の環境ではカルサイトが最も安定で,アラゴナイトが準安定,ヴァテライトが最も不安定である.アコヤガイ靭帯の繊維状の炭酸カルシウム結晶はアラゴナイトから構成され,常温常圧の炭酸カルシウム過飽和液から析出する菱面体カルサイトとは多形も形状も全く異なっている.アラゴナイト結晶は斜方晶系で,a=0.495 nm, b=0.797 nm, c=0.574 nm, α=β=γ=90°の単位格子をもち,おもにc軸方向に結晶成長することが知られている.このような繊維状アラゴナイト結晶のナノファイバーを常温常圧で形成し,ナノファイバーを特定の方向に配向させるといったことは人工的に試験管内で再現することは不可能であり,アコヤガイがどのようなメカニズムにより靭帯内のアラゴナイト結晶の形成を行っているのか非常に興味深い問題である.

蝶番部靭帯はアコヤガイ貝殻からスパーテルとピンセットを用いて取り外し,靭帯のみを単離することができる.筆者らの研究により,靭帯からアラゴナイト結晶ナノファイバーのみを取り出す方法として,靭帯を次亜塩素酸ナトリウムで処理することにより,アラゴナイト結晶ナノファイバーを覆う有機基質を除く方法が考案された(2)2) M. Suzuki, T. Kogure, S. Sakuda & H. Nagasawa: Mar. Biotechnol., 17, 153 (2015)..次亜塩素酸ナトリウム処理後に残った繊維状のアラゴナイト結晶ナノファイバーを酢酸で脱灰し,結晶内に含まれる有機成分の抽出を試みた.抽出した有機成分について質量分析などを行った結果,低分子のペプチドが特異的にアラゴナイト結晶ナノファイバーに含まれることが判明したため,逆相HPLCで分離,精製を行った.精製した低分子ペプチドに対しプロテインシーケンサおよび質量分析を組み合わせた解析を行ったところ,N末端にピログルタミン酸が存在し,pQPDHEGTYDYの配列をもつことが判明した.この新規のペプチドをLigament IntraCrystalline Peptide(LICP)と命名した.LICPは10アミノ酸から構成され,3つの酸性アミノ酸を含む酸性ペプチドであることが判明した.この配列をコードする遺伝子はアコヤガイゲノムデータベース内の遺伝子モデルには存在せず,アコヤガイのゲノム配列内に部分塩基配列が存在するだけであった.この部分塩基配列を基にRT-PCRおよび3′-RACEを行うことにより,LICPをコードする遺伝子の全領域を決定した(図2図2■LICPのアミノ酸および塩基配列 ).その結果,LICPはシグナルペプチドをもつ分泌性のタンパク質であり,LICPの下流に別のペプチドもコードされることが判明した.LICPは酸性のペプチドであったが,下流にコードされたアミノ酸配列の等電点は塩基性であった.炭酸カルシウム結晶との相互作用の強さを明らかにする炭酸カルシウム結晶形成阻害実験の結果から,LICPは炭酸カルシウム結晶と相互作用することが明らかとなったが,下流にコードされたアミノ酸配列をもつペプチドは炭酸カルシウム結晶と相互作用しないことがわかった.さらに,LICPの詳細な機能を明らかにするため,in vitroでLICPを含む炭酸カルシウム飽和液内でアラゴナイト結晶を形成させたところ,結晶のc軸方向への成長が抑制された長さが100~200 nm程度,太さが50~100 nm程度のアラゴナイト結晶が多数観察された.以上の結果から,LICPは転写翻訳後に切断修飾を受け,前半の配列のみが靭帯内に移行し,アラゴナイト結晶と相互作用することで結晶の内部に取り込まれ,アラゴナイト結晶の成長を抑制することが示唆された.靭帯の繊維状アラゴナイト結晶ナノファイバーとin vitroでLICPとともに形成したアラゴナイト結晶を比較すると,太さが50~100 nmという結果は一致していたが,c軸方向の長さが靭帯では1 mm以上,in vitroのアラゴナイト結晶では100~200 nm程度と全く異なっており,LICPの役割については不明のままであった.

図1■アコヤガイ靭帯の構造

図2■LICPのアミノ酸および塩基配列

過去の研究において,靭帯を形成すると考えられているmantle isthmusという軟体組織から,靭帯が形成される初期部位の超薄切片の透過型電子顕微鏡像が過去の文献において報告されている(3)3) G. Bevelander & H. Nakahara: Calcif. Tissue Res., 4, 101 (1969)..この文献においては,靭帯の形成初期では多数の小さなアラゴナイト結晶が軟体組織より分泌され,それらが列をなして配向し,c軸方向に積み重なることで,繊維状のアラゴナイト結晶が形成される様子が観察されていた.この過去の報告と今回の結果を考え合わせると,LICPは靭帯のアラゴナイト結晶の内部に局在することで,アラゴナイト結晶のc軸方向への成長を抑制し,小さい結晶のまま靭帯内に取り込まれ,それらが靭帯内の有機膜内で配向し,繊維状のアラゴナイト結晶ナノファイバーを形成するという役割があると考えられた.

今回の研究の結果,靭帯の繊維状アラゴナイト結晶ナノファイバーは繊維状のアラゴナイト結晶を単結晶として連続的に作るのではなく,LICPの働きにより小さい結晶の形態を維持し,それらを断続的に配置することでナノファイバーを形成することが判明した.アラゴナイト結晶はc軸方向に優先的に成長することはよく知られているが,c軸方向への成長は少なからずa軸およびb軸方向への成長も引き起こし,無機的な条件では放射状に成長した太い結晶になってしまうため,貝類はこのような短い結晶を断続的に並べる手法を採用していると思われる.今後は,これらの短いアラゴナイト結晶をどのようにc軸方向に並べ,お互いに平行に配向することができるのか,さらなるメカニズムの解明が求められる.このような生物の精緻な自己組織化メカニズムの解明は新規の機能性材料の開発などに役立つと考えられ,今後の発展が期待される.

Reference

1) M. Suzuki & H. Nagasawa: Can. J. Zool., 91, 349 (2013).

2) M. Suzuki, T. Kogure, S. Sakuda & H. Nagasawa: Mar. Biotechnol., 17, 153 (2015).

3) G. Bevelander & H. Nakahara: Calcif. Tissue Res., 4, 101 (1969).