Kagaku to Seibutsu 55(3): 166-173 (2017)
解説
バイオミネラリゼーションを利用した化合物半導体材料の合成と利用タンパク質で電子デバイスをつくる!
Synthesis and Application of Compound Semiconductor NPs by Using Bio-mineralization and Bio-template
Published: 2017-02-20
化合物半導体と聞いて何を想像するだろう? バイオ研究者にとってはなかなかなじみのない言葉かもしれないが,おおよそ導体と絶縁体の中間的な物質のことを半導体と呼んでいる.近年の情報化社会を支えているスマートフォン,テレビ,車,洗濯機,エアコンなどの電子機器はもちろん,新幹線,ロケット,宇宙ステーションほとんどの電化製品のなかに半導体素子が存在している.このような半導体素子は無機物でできているため,細胞やタンパク質などとは全く関係ないように思えるが,実は多くの生物がさまざまな無機物を戦略的に利用しながら生存している.本稿では生体分子の機能を活用したバイオマテリアルの作製と利用について述べる.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
一口に半導体物質といっても多種多様であるが,材料から分類すると大きく3つに分けられる.
シリコン(Si)は地球上の地殻に非常に豊富に存在する元素であり価格も安定で取り扱いも簡単なので,現在の半導体素子の多くはシリコン系半導体である.また,有機物半導体は近年,注目されている有機ELディスプレイなどに用いられている半導体で,色彩の鮮やかさとフレキシブル化が可能なことや製造コストが安いなどのメリットがある.また化合物半導体は周期表でIIからVI族の組み合わせで形成されるものが多くII–VI族化合物半導体やIII–V族化合物半導体などが存在する.さらに3種類以上の物質からなる三元系の半導体もある.これらはスマートフォンやモニター,テレビなどの液晶で話題となっている高性能液晶(IGZO)や太陽電池(CIGS)などに用いられている.IGZOはインジウム,ガリウム,酸化亜鉛(InGaZnO)からなる化合物(酸化物)半導体である.CIGSは銅(Cu),インジウム(In),ガリウム(Ga),セレン(Se)からなる化合物半導体であり,非常に丈夫で光変換効率も高いので人工衛星などの高性能太陽光パネルや砂漠地帯における大規模発電などに利用されている.また数年前にノーベル賞で話題となった青色発光ダイオード(LED)は窒化ガリウム(GaN)にインジウム(In)を少量混ぜた,InGaNの化合物半導体である.Inを少量添加することでバンドギャップを変化させ青色発光を誘導している.このように半導体にはいろいろな種類があり,その性質や特性を生かして最適なものが利用されている.
さらに半導体はナノ粒子化することで,表面積の増大による触媒活性の上昇や粒子径による蛍光発光変化(サイズ効果)などの特徴も現れるため,ナノ粒子の作製研究が盛んに行われている.すでに一分子計測用の蛍光マーカーや遺伝子標識剤として市販されているものもある.これらの半導体ナノ粒子は主に,物理学的方法,化学的方法,生物学的方法の3つの方法で作製されているが,それぞれの方法にはメリットとデメリットが存在し,目的,使用量,精度,特質などでベストな作製方法が選択される.最も研究され実用化されているのは化学的方法である(1)1) 米澤 徹:“金属ナノ粒子の合成,調整,コントロール技術と応用展開”,技術情報協会,2004, p. 13..代表的なコア–シェル法では大量かつある程度精度の良い化合物半導体ナノ粒子を大量に生産することが可能である.
一方,われわれが行っている生物学的方法(バイオテンプレート法)による化合物半導体ナノ粒子の作製は,イギリスのMann博士らのグループにより約30年前に始まったものであり(2)2) F. C. Meldrum, B. Heywood & S. Mann: Science, 257, 522 (1992).,内部空洞を保持する球殻状のウイルスやタンパク質をテンプレートとし,空洞内部に目的金属イオンを導入後,バイオミネラリゼーションによる酸化還元によりナノ粒子を自発的,自己組織化的に作製する方法である(図1図1■ウマ由来フェリチンとリステリアDpsの模式図(A)とバイオミネラリゼーション機構のモデル図(B)).バイオミネラリゼーションとは生体鉱物形成作用のことを言い,この結果生成した鉱物をバイオミネラルと言う.このバイオミネラルは実は至る所で観察される.たとえば,真珠の美しい光沢は炭酸カルシウムとタンパク質の積層構造からなるバイオミネラルに由来し(3)3) 加藤隆史:“バイオミネラリゼーションとそれに倣う新機能材料の創製”,シーエムシー出版,2007, p. 35.,われわれの骨や歯もバイオミネラリゼーションによって形成される.またヨーロッパの地中海沿岸によく見られる白亜の断崖絶壁は,炭酸カルシウムなどでできた円石と呼ばれるバイオミネラルを外殻にまとっている円石藻という藻類が長い年月をかけて降り積もった結果形成されたものである(4)4) 加藤隆史:“バイオミネラリゼーションとそれに倣う新機能材料の創製”,シーエムシー出版,2007, p. 52..
哺乳類由来のフェリチンは直径12 nmで24個のサブユニットからなっており,一方,細菌由来のDpsは直径約9 nmで12個のサブユニットからなる(A).また,二価鉄イオンは3回対称チャネルから空洞内部に入りバイオミネラリゼーションによって酸化鉄になり不溶化することでナノ粒子コアを形成する(B).
われわれのバイオテンプレート法は,
など多くのメリットがある.
われわれはこのようなメリットを最大限に生かしつつ応用展開を視野に入れて化合物半導体ナノ粒子を作製している.現在,世界中で利用されているタンパク質テンプレートはフェリチンタンパク質(5)5) W. H. Massover: Miron, 24, 389 (1993).,TMV(タバコモザイクウイルス)(6)6) M. Knez, A. M. Bittner, F. Boes, C. Wege, H. Jeske, E. Maiß & K. Kern: Nano Lett., 3, 1079 (2003).,Dps(DNA binding protein from starved cell)(7)7) A. Ilari et al.: Nat. Struct. Biol., 7, 38 (2000).,CCMV(ササゲクロロモットルウイルス)(8)8) T. Douglas & M. Young: Nature, 393, 152 (1998).などの球殻状およびロッド状タンパク質である.これらのタンパク質は内部空洞をもち,遺伝子配列が明確であり,さらにバイオミネラリゼーションのメカニズム解明も進められているものである.以下,最も研究が進んでおりわれわれも利用しているフェリチンを中心に説明する.
フェリチンタンパク質は細菌から哺乳類まで多くの生物に普遍的に存在する鉄貯蔵タンパク質の一つである(図1A図1■ウマ由来フェリチンとリステリアDpsの模式図(A)とバイオミネラリゼーション機構のモデル図(B)).われわれ人間の体内にも存在しており,体内の鉄イオンが過剰になると内部空洞に蓄積し,鉄イオンが不足するとトランスフェリチンと呼ばれるタンパク質と協同して酸化鉄を二価鉄に還元し体内に放出し鉄濃度を一定に保つ働きをしている.体内の鉄イオンの約30%以上はこのフェリチンに蓄積されていると言われ,貧血検査ではおなじみのタンパク質である(5)5) W. H. Massover: Miron, 24, 389 (1993)..このフェリチンタンパク質はヒトのほか,ウマ,ラットさらにダイズ(9)9) T. Masuda, F. Goto, T. Yoshihara, T. Ezure, T. Suzuki, S. Kobayashi, M. Shikata & S. Utsumi: Protein Expr. Purif., 56, 237 (2007).やトウモロコシ(10)10) D. Gerogia et al.: Plant Mol. Biol., 59, 869 (2005).,ラン藻(11)11) J. P. Laulhere, A. M. Labouré, O. Van Wuytswinkel, J. Gagnon & J. F. Briat: Biochem. J., 281, 785 (1992).,ケイ藻(12)12) A. Marchetti, M. S. Parker, L. P. Moccia, E. O. Lin, A. L. Arrieta, F. Ribalet, M. E. Murphy, M. T. Maldonado & E. V. Armbrust: Nature, 457, 467 (2009).また,近年胃がんの原因として有名となった細菌のヘリコバクターピロリ(9)9) T. Masuda, F. Goto, T. Yoshihara, T. Ezure, T. Suzuki, S. Kobayashi, M. Shikata & S. Utsumi: Protein Expr. Purif., 56, 237 (2007).など多くの生物に存在しているが,その基本構造と機能はほとんど共通である(図2図2■さまざまなフェリチンの立体構造モデル).たとえば,馬の肝臓由来のフェリチンタンパク質は1本のポリペプチド鎖から形成される分子量約20,000のサブユニットが非共有結合で24個集合した(24量体)球殻状タンパク質であり,直径は12 nmで直径7 nmの空洞をもつ.この空洞に1フェリチン分子あたり約4,500個の鉄をフェリハイドライト(5Fe2O3・9H2O)結晶の形で貯蔵することができる(5)5) W. H. Massover: Miron, 24, 389 (1993).(図1B図1■ウマ由来フェリチンとリステリアDpsの模式図(A)とバイオミネラリゼーション機構のモデル図(B)).また鉄イオンと同様にカチオンは溶液条件の検討を行えば比較的簡単に任意のナノ粒子を作製することができるため,世界中でフェリチン内部に多くのナノ粒子が作製されてきた.われわれも現在までにフェリチンを用いて15種類以上のナノ粒子を空洞内に作製している.これらの二価カチオンをはじめとする金属や金属酸化物ナノ粒子の作製方法については多くの参考文献があるのでそれを参照していただきたい(13)13) I. Yamashita, K. Iwahori & S. Kumagai: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 846 (2010)..
一方,バイオテンプレートによる化合物半導体ナノ粒子の作製については,1990年に報告されたCdSナノ粒子の作製が最初である(14)14) K. K. W. Wong & S. Mann: Adv. Mater., 8, 928 (1996)..われわれは将来的な産業利用も視野に入れCdSeやZnSeなどの化合物半導体ナノ粒子の作製を中心に,一溶液中でのone-pod大量合成を行ってきた.フェリチン内部にこれらの化合物半導体ナノ粒子の作製をone-podで行う場合,プラス電荷イオン(Cd2+, Zn2+)とマイナス電荷イオン(S2−, Se2−)を反応溶液に添加するとCdSeやZnSeのバルク沈殿を誘発するためフェリチン内部にナノ粒子を形成することができない.そこで,われわれは反応溶液中に過剰のアンモニウムイオンを添加しCd2+やZn2+をテトラアンミン鎖体にすることで,プラス電荷イオンを保護しバルク沈殿を押さえながらゆっくり粒子形成を行うSlow Chemical Reaction System(SCRY)を開発した(15)15) K. Iwahori, K. Yoshizawa, M. Muraoka & I. Yamashita: Inorg. Chem., 44, 6393 (2005).(図3A図3■Slow Chemical Reaction System(SCRY)の原理(A)とフェリチン内部に作製された種々の化合物半導体ナノ粒子の電子顕微鏡写真(B)).たとえばCdSeナノ粒子の作製は1 mM酢酸カドミウムと0.3 mg/mLウマ由来アポフェリチン,5 mMアンモニア水,40 mM酢酸アンモニウムを添加した溶液に5 mMセレノウレアを添加し溶液をpH 8.0に調整後,一晩室温で反応させる.一晩放置後に得られる褐色の溶液を遠心分離後,透過型電子顕微鏡(TEM)で観察すると図3B図3■Slow Chemical Reaction System(SCRY)の原理(A)とフェリチン内部に作製された種々の化合物半導体ナノ粒子の電子顕微鏡写真(B)のようなきれいなCdSeナノ粒子を観察することができる(16)16) I. Yamashita, J. Hayashi & M. Hara: Chem. Lett., 33, 1158 (2004)..作製したナノ粒子はX線光電子分光(XPS)とX線回折解析(XRD)により,cubicとhexagonal crystal相のCdSeの多結晶体であると示された.なお,このCdSe多結晶コアは約500°Cの不活性ガス中での熱処理により単結晶ナノ粒子にすることも可能である(16)16) I. Yamashita, J. Hayashi & M. Hara: Chem. Lett., 33, 1158 (2004)..
CdSeナノ粒子作製溶液中にアンモニアを添加しないとカドミウムイオンとセレニウムイオンがすばやく反応し,溶液中にCdSeの沈殿を形成するためアポフェリチン空洞内部にCdSeのコアを形成できない(A, a).しかし,過剰のアンモニウムイオン添加によりテトラアンミンカドミウム鎖体が形成され,カドミウムイオンが保護されることによりセレニウムイオンとゆっくり反応するために溶液中にCdSeの沈殿は形成されず,アポフェリチン空洞内部に優先的にCdSeナノ粒子が形成する(A, b).フェリチン内部にはさまざまな化合物半導体ナノ粒子を作製可能である.外側の白く見える部分がタンパク質の外殻で,内側の黒いドット部分がナノ粒子部分である.LisDpsは細菌であるリステリア由来のDpsである(B).
このSCRY法がブレークスルーとなり,現在までに反応溶液条件の検討を行うことでCdSe(16)16) I. Yamashita, J. Hayashi & M. Hara: Chem. Lett., 33, 1158 (2004).,ZnSe(15)15) K. Iwahori, K. Yoshizawa, M. Muraoka & I. Yamashita: Inorg. Chem., 44, 6393 (2005).,CdS(17)17) K. Iwahori & I. Yamashita: Nanotechnology, 19, 495601 (2008).,ZnS, CuS(18)18) K. Iwahori, R. Takagi, N. Kishimoto & I. Yamashita: Mater. Lett., 65, 21 (2011).,Au2S(19)19) K. Yoshizawa, K. Iwahori, K. Sugimoto & I. Yamashita: Chem. Lett., 35, 1192 (2006).,ZnO(20)20) M. Okuda et al.: Cryst. Growth Des., 12, 4130 (2012).などの化合物半導体ナノ粒子の作製に成功しており,本法はフェリチンにおける化合物半導体ナノ粒子作製に対して非常に汎用性が高い方法であることが実証されている(図3B図3■Slow Chemical Reaction System(SCRY)の原理(A)とフェリチン内部に作製された種々の化合物半導体ナノ粒子の電子顕微鏡写真(B)).これらの化合物半導体はそれぞれバンドギャップが異なるため使用用途が異なり,発光する際の波長つまり蛍光色も異なるためさまざまな工学的利用が可能である.特にCdSとZnSナノ粒子に関してはUV光照射により,赤色および青色の欠陥格子発光と思われる蛍光発光が確認されており,現在,さまざまな応用研究が進められている.
また,細菌由来の直径9 nm内部空洞直径4.5 nmのフェリチン様小型球殻状タンパク質であるリステリアDps(リステリアDps)の内部にもSCRYによるCdSナノ粒子作製に成功している(21)21) K. Iwahori, T. Enomoto, H. Furusho, A. Miura, K. Nishio, Y. Mishima & I. Yamashita: Chem. Mater., 19, 3105 (2007)..作製されたナノ粒子は直径4.2 nm(±0.4 nm)の非常に直径がそろったものであり,XRD分析よりCdSのcubic crystalであることが確認されている.また,350 nmの励起波長の照射によって赤色蛍光発光が観察されており,これはDpsを用いて化合物半導体ナノ粒子を作製した初めての報告例である(21)21) K. Iwahori, T. Enomoto, H. Furusho, A. Miura, K. Nishio, Y. Mishima & I. Yamashita: Chem. Mater., 19, 3105 (2007)..
フェリチンには3回対称チャネルと4回対称チャネルと呼ばれている2種類のチャネルが存在する.このうち3回対称チャネルは直径0.2~0.3 nmで負電荷アミノ酸であるグルタミン酸とアスパラギン酸から構成されており二価鉄などの正電荷イオンを取り込みやすい構造になっている(図4A図4■フェリチン内部におけるCdSeナノ粒子形成機構のモデル図と3回対称チャネル(A),nucleation site(B)およびCdSeナノ粒子の電子顕微鏡写真(C)).また内部空洞表面には二価鉄を酸化するferrooxidase活性部位や結晶を作製する際の足場である核形成部位(nucleation site)が存在する(図4B図4■フェリチン内部におけるCdSeナノ粒子形成機構のモデル図と3回対称チャネル(A),nucleation site(B)およびCdSeナノ粒子の電子顕微鏡写真(C)).われわれはこれらの部分を遺伝子変異させた数々のリコンビナントウマ由来フェリチンを用いてZnSeナノ粒子形成機構の解明を行った(15)15) K. Iwahori, K. Yoshizawa, M. Muraoka & I. Yamashita: Inorg. Chem., 44, 6393 (2005)..
Cd2+は3回対称チャネルより内部空洞に流入し内側のnucleation siteに結合してここからCdSeの核形成を行いCdSeナノ粒子を形成する.3回対称チャネルおよび nucleation siteにはグルタミン酸とアスパラギン酸が集まっている.反応開始12時間後のCdSe–フェリチンを電子顕微鏡で観察すると中心部が白色にであり空洞が残存している様子が観察されるため,空洞内部表面から結晶成長していることが示唆される.
まず,3回対称チャネル部分のグルタミン酸(E134S)やアスパラギン酸(D131S)をセリンに変えたFer8SフェリチンではZnSeの粒子ができにくいことよりZn2+はすでに明らかになっている二価鉄の場合とほぼ同じように3回対称チャネル部分を通して空洞内部に流入することが示唆された.またnucleation site部分のグルタミン酸(E58K, E61K, E64K)をリジンに変えたFer8AKフェリチンのナノ粒子形成率が13.6%に激減したためZn2+もFe2+と同様にnucleation siteに結合し,結晶核形成の足場にしていることがわかった.さらに,反応溶液中に先にSe2−を入れ次にZn2+を添加した場合ZnSeナノ粒子が全く形成されないので,空洞内部へはZn2+が先に導入され,その後Se2−が入ることが明らかになった.つまりまとめるとZnSeナノ粒子形成機構はZn2+が3回対称チャネルを通過し,内部空洞表面に存在するnucleation siteに結合する.その後,空洞内部の電位変化によりSe2−が内部に流入しZnと結合することで小さなZnSeの結晶核を形成し,その後結晶成長がタンパク質殻いっぱいまで進むことで直径7 nmのZnSeナノ粒子が形成すると考えられる.同じSCRY法によって作製可能なほかの化合物半導体ナノ粒子に関してもおおよそ同じ機構で形成されていると考えているが,Se2−の詳細な流入経路やDpsにおけるミネラリゼーション機構などはまだまだ未知の部分もあるため,引き続き機構解明を進めている.
2009年に世界で初めて,海洋性のケイ藻(Pseudo-nitzschia multiseries)から新規のフェリチンが単離された(12)12) A. Marchetti, M. S. Parker, L. P. Moccia, E. O. Lin, A. L. Arrieta, F. Ribalet, M. E. Murphy, M. T. Maldonado & E. V. Armbrust: Nature, 457, 467 (2009)..このケイ藻は貧鉄海洋域と呼ばれている鉄イオン濃度が極端に低い海洋から単離されたケイ藻で,ウマ由来フェリチンの1/500以下の低濃度の鉄を利用することができる.われわれはこのケイ藻由来フェリチンを利用した極低濃度の有用金属イオン回収とバイオマテリアル作製を目指し研究を進めている.まず,海洋性ケイ藻由来のフェリチン遺伝子を大腸菌にクローニングし,温度制御を伴った大量培養法と精製方法を構築することでケイ藻由来フェリチンの大量合成に成功し3 Lの培養で100 mg以上の精製リコンビナントケイ藻由来フェリチン(FerA)を取得することが可能となった.このFerAのferrooxidase centerや空洞内部構造をウマ由来フェリチンのものと比較するとグルタミン酸やアスパラギン酸といった負電荷アミノ酸が非常に多い構造となっており,これが低濃度二価鉄イオンの取り込みに影響を与えていることが考えられた.そこで精製したケイ藻由来フェリチンとウマ由来フェリチンの鉄酸化活性(ferroxidase活性)を比較すると3倍以上の違いがあることが明らかになった.
このような構造を持つケイ藻由来フェリチンは低濃度二価鉄イオンのみならず,低濃度カチオンの取り込みに非常に特化したフェリチンに進化しているのではないかと考え,われわれはさらにこのFerAの外殻に存在するシステイン残基を除去することでCdイオンの結合を抑えたFerA–dCysリコンビナントフェリチンを作製し,環境汚染物質であるが半導体材料としては非常に重要なカドミウムイオン(Cd)低濃度の取り込みとCdSeナノ粒子の作製を試みた.その結果,ウマ由来のフェリチン場合1 mMのCdイオン存在下でCdSeナノ粒子を作製していたが(16)16) I. Yamashita, J. Hayashi & M. Hara: Chem. Lett., 33, 1158 (2004).,FerAはウマ由来フェリチンの1/50以下の0.02 mMという低濃度CdイオンでもCdSeナノ粒子を作製が可能であることを明らかになった(22)22) K. Iwahori, M. Yamane, S. Fujita & I. Yamashita: Mater. Lett., 160, 154 (2015)..現在,ケイ藻由来フェリチンの詳細なCdイオン取り込み機構とCdSeナノ粒子形成機構の解明を行っており,今後,さらにイオン取り込み能力を改良,強化することでCdイオンのみならず環境中の低濃度有害金属の除去とバイオナノ粒子の作製の同時達成を目指して研究を進めていく予定である.
現在までにフェリチンを用いた30種類以上のナノ粒子の作製が可能となっており,CdSe, ZnSe, CdS, ZnS, Au2S, PtSなど6種類以上の化合物半導体ナノ粒子も作製できるようになっている(13)13) I. Yamashita, K. Iwahori & S. Kumagai: Biochim. Biophys. Acta, 1800, 846 (2010)..このように作製したバイオ半導体ナノ粒子の特徴を生かしたさまざまな応用展開も行っている.ここでは最近のいくつかの試みを示したいと思う.
フェリチン内部にCdSナノ粒子を作製したCdS–バイオナノ粒子は波長 700 nm付近の赤色の蛍光発光が観察される.この蛍光発光を詳細に検討した結果,CdS–バイオナノ粒子が円偏光蛍光発光(CPL)を発していることが世界で初めて確認された(23)23) M. Naito, K. Iwahori, A. Miura, M. Yamane & I. Yamashita: Angew. Chem. Int. Ed., 49, 7006 (2010)..CPLというのは光の振動方向が円を描くように変化する蛍光発光であり,高輝度液晶ディスプレイ用の偏光光源,3次元ディスプレイ,セキュリティーペイントや光通信などの高度な光情報プロセシングへの応用が期待される.今まで,化学合成法などでは円偏光性の蛍光発光が観察される化合物半導体ナノ粒子を作製することが難しかったが,フェリチンの内部空洞を用いることで初めて円偏光を発する粒子の作製に成功した.これは,フェリチン外殻がキラルなタンパク質テンプレートとしてナノ粒子作製に役立っているためではないかと考えられ,タンパク質で作製した化合物半導体ナノ粒子は一般的な化学合成のものとは異なる性質を付与できる可能性を示している(23)23) M. Naito, K. Iwahori, A. Miura, M. Yamane & I. Yamashita: Angew. Chem. Int. Ed., 49, 7006 (2010)..この円偏光性CdS–バイオナノ粒子を利用して,現在,さまざまな光デバイスへの応用展開を進めている.
ワイヤレスセンサーネットワークなどに使われる孤立電子機器の電源として,人体を含む生活空間から出る微小廃熱を利用した発電が進められている.人間一人が発生する熱量は約100 Wと言われており,このような微少な熱を効率的に電気に変える熱電素子の開発が進んでいる.奈良先端科学技術大学院大学の中村グループは,カーボンナノチューブ(CNT)とCdSeナノ粒子を内包したリステリアDps タンパク質を用いることでより効率良い熱電素子の作製を行っている(図1図1■ウマ由来フェリチンとリステリアDpsの模式図(A)とバイオミネラリゼーション機構のモデル図(B)).Dpsは疎水性のCNTに結合しないが,Dps外殻にCNTに特異的に結合するペプチドを修飾したCNTリコンビナントDps(C-Dps)を作製し選択的にCNTに結合するようにし,さらに内部にCdSeナノ粒子を作製した(C-Dps–CdSe).炭素繊維であるCNTにはP型とN型が存在するがN型CNTにC-Dps–CdSeを結合させると,ゼーベック効果(物体の温度差が電圧に直接変換される現象)がさらに増強される可能性が示唆されており(24)24) M. Ito, N. Okamoto, R. Abe, H. Kojima, R. Matsubara, I. Yamashita & M. Nakamura: Appl. Phys. Express, 7, 065102 (2014).,バイオ半導体ナノ粒子を用いたより効率の良い熱電素子の開発が期待される.
シリコン(Si)薄膜やアモルファスシリコン(a-Si)薄膜は現在,携帯電話,TV,パーソナルコンピューターなどのディスプレイ画面に利用されている.さらに近年,多結晶ゲルマニウム(poly-Ge)でできた薄膜は高い電子移動度が実現できるため大変注目されている.この薄膜が低温で簡単に作製できれば,紙やプラスチックのように熱に弱いものにもCPUやメモリを低価格で作製できるようになるため,プラスチックや紙製のパネル上にCPUやメモリが搭載したシートパソコンや使い捨てデバイスといった次世代の柔らかいシステムオンパネルの実現が可能となる.そこで,フェリチン内部に作製したCuS–バイオナノ粒子をアモルファスゲルマニウム(a-Ge)薄膜表面に配置し,この部分を結晶成長の核として熱処理することで大面積のpoly-Ge薄膜を簡単に作製する方法の開発を行っている.これはMILC法と呼ばれ,今まではニッケル(Ni)-バイオナノ粒子を用いて結晶核形成をしていたが(25)25) H. Kirimura, Y. Uraoka, T. Fuyuki, M. Okuda & I. Yamashita: Appl. Phys. Lett., 86, 262106 (2005).,CuS–バイオナノ粒子を結晶成長の核にすることで,今まで500°Cで作製していたpoly-Ge薄膜を300°C以下の温度で作製することが可能となった(26)26) M. Uenuma, B. Zheng, K. Bundo, M. Horita, Y. Ishikawa, H. Watanabe, I. Yamashita & Y. Uraoka: J. Cryst. Growth, 382, 31 (2013)..現在,さらに温度を下げるべく研究を進めている.
そのほかにAu2S-バイオナノ粒子を用いたバイオセンサーやPtS–バイオナノ粒子を用いた新型メモリである抵抗変化メモリ(ReRAM)(27)27) M. Uenuma, B. Zheng, K. Kawano, M. Horita, Y. Ishikawa, I. Yamashita & Y. Uraoka: Appl. Phys. Lett., 100, 083105 (2012).あるいは,太陽電池作製などへの応用展開も行っており,化合物半導体バイオナノ粒子の応用展開は電子デバイス分野を中心に,環境や医療分野へも広がりつつある.
われわれは球殻状タンパク質であるフェリチンタンパク質の形状とその特徴であるバイオミネラリゼーション能力を有効に利用することで,空洞内部に多種多様なバイオナノ粒子を作製し,さらにバイオ電子デバイス分野への展開を行ってきた.現在,フェリチン以外のタンパク質も含めて世界中でこのような研究が積極的に進められている.タンパク質がもつ特殊機能を有効活用することで,今までの技術では作製が難しかった水溶液に分散したり,CPL発光するといった新機能をもつ半導体材料の作製が可能となり,さらにタンパク質–化合物半導体ナノ粒子をバイオマテリアル素材として,さまざまなデバイスに利用できるようになってきている.さらに,近年では,ケイ藻由来フェリチンのように従来フェリチンの能力を凌駕しているものも発見され,われわれはこの能力を用いて有害金属からの有用物質作製と環境浄化の両立という環境分野への展開も始めている.自然界にはまだまだ不思議なタンパク質が数多く存在する.もともとタンパク質と金属は切っても切れない関係であり,太古の昔より生物の生存戦略を支えてきたものでもある.タンパク質のバイオミネラリゼーション能力を理解しバイオとマテリアルの融合研究を行っていくことで,現代の多くの問題を解決する新素材マテリアルを創成することができるのではないかと考えている.
Reference
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