Kagaku to Seibutsu 55(3): 174-181 (2017)
解説
植物の概日時計と和時計植物に内在する時計のしくみ
Plant Circadian Clock and Traditional Japanese Clock
Published: 2017-02-20
移動することができない植物にとって季節による日長や気温の変化に適切に対応することは植域を広げながら繁栄するのに必要な性質と考えられる.この点で植物の概日時計が重要な役割を担っていると考えられる.シロイヌナズナの研究から植物の概日時計の実体が明らかにされつつある.これらの知識を基盤にして,筆者らは次のような具体的疑問に答えようと試みている.日長や気温の季節による変化(シグナル)は概日リズムを生む中心振動体の「どの因子」に「どのような機構で」入力されているのだろうか.本稿ではこの問題に焦点を絞り最近の筆者らの成果を解説する.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
植物が「太陽電池で動くカレンダー付き電波時計」をもっていたら便利であろう.24時間周期で自転し,365日周期で太陽の周りを公転する地球上に暮らすわれわれにとって時計やカレンダーは必須ではないが何かと便利である.見たところ植物が「カレンダー付き時計」をもっているようには見えない.しかし昔から人類は「植物はカレンダー付き時計らしき物をもっている」と考えてきた.24時間周期の葉の上下運動は植物が1日を刻む時計をもっていることを暗示している.季節ごとの日の長さ(日長:photoperiod)の変化を感知して花芽を形成することは植物がカレンダーをもっていることを暗示している(光周性:photoperiodism).20世紀初頭から植物を対象とした実証的時計研究が積み重ねられ,今日ではシロイヌナズナを用いた研究からその実体が明らかになってきている(1~6)1) I. Carre & S. R. Veflingstad: Semin. Cell Dev. Biol., 24, 393 (2013).2) C. R. McClung: Adv. Genet., 74, 105 (2011).3) D. H. Nagel & S. A. Kay: Curr. Biol., 22, R648 (2012).4) A. Pokhilko, A. P. Fernandez, K. D. Edwards, M. M. Southern, K. J. Halliday & A. J. Millar: Mol. Syst. Biol., 8, 574 (2012).5) S. E. Sanchez & M. J. Yanovsky: eLife, 2, e00791 (2013).6) P. Y. Hsu & S. L. Harmer: Trends Plant Sci., 19, 240 (2014)..植物を24時間の明暗周期(light/dark cycles)で育てた後に恒明(constant light),あるいは恒暗(constant dark)条件下に移した後も約24時間周期の概日リズム(circadian rhythm)が継続(free-running)する生理現象が数多く見られる(Graphical Abstractを参照).この約24時間周期の振動を駆動している自立的で内在的な中心振動体(central oscillator)が概日時計の本体である.植物を恒明条件下で24時間周期の高温/低温サイクルで育てた後に温度を一定にしても同様の約24時間周期の自律的リズムが継続する.すなわち温度サイクルは光サイクルと同様に時計を駆動することができる(temperature entrainment).このことは植物の中心振動体は「光シグナル」に加え「温度シグナル」も敏感に受容できることを示している.しかし,移した後の環境温度にはほかの化学反応と比べ鈍感であり,約24時間のリズムの周期性にはあまり影響を及ぼさない(温度補償性,temperature compensation).このように温度に対する中心振動体の奇妙な振る舞いを理解することは,永くこの分野の課題となっている(7~11)7) K. D. Edwards, J. R. Lynn, P. Gyula, F. Nagy & A. J. Millar: Genetics, 170, 387 (2005).8) P. D. Gould, N. Ugarte, M. Domijan, M. Costa, J. Foreman, D. Macgregor, K. Rose, J. Griffiths, A. J. Millar, B. Finkenstadt et al.: Mol. Syst. Biol., 9, 650 (2013).9) C. R. McClung & S. J. Davis: Curr. Biol., 20, R1086 (2010).10) P. A. Salome & C. R. McClung: Plant Cell, 17, 791 (2005).11) P. A. Salome, D. Weigel & C. R. McClung: Plant Cell, 22, 3650 (2010)..本稿では植物の概日時計研究の歴史を俯瞰したり,研究の最前線をまとめたりすることは最小限にとどめ,季節により変動する「光シグナル」と「温度シグナル」が中心振動体を構成するどの遺伝子産物に入り,その入力が「カレンダー付き時計」としてどのような役割を果たしているかに焦点を当てたわれわれの最近の研究成果を紹介する(12~15)12) T. Mizuno, Y. Nomoto, H. Oka, M. Kitayama, A. Takeuchi, M. Tsubouchi & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 55, 958 (2014).13) T. Mizuno, A. Takeuchi, Y. Nomoto, N. Nakamichi & T. Yamashino: Plant Signal. Behav., 9, e28505 (2014).14) T. Mizuno, M. Kitayama, H. Oka, M. Tsubouchi, C. Takayama, Y. Nomoto & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 55, 2139 (2014).15) T. Mizuno, M. Kitayama, C. Takayama & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 56, 1738 (2015)..加えてわれわれの研究結果の意味するところを「日本の伝統的な和時計」と比較しながら考察したい.
まず中心振動体の実体に関して現時点での理解について簡単に述べる.シロイヌナズナを用いた研究から現在では中心振動体を構成する時計関連遺伝子が数多く同定されている(1~6)1) I. Carre & S. R. Veflingstad: Semin. Cell Dev. Biol., 24, 393 (2013).2) C. R. McClung: Adv. Genet., 74, 105 (2011).3) D. H. Nagel & S. A. Kay: Curr. Biol., 22, R648 (2012).4) A. Pokhilko, A. P. Fernandez, K. D. Edwards, M. M. Southern, K. J. Halliday & A. J. Millar: Mol. Syst. Biol., 8, 574 (2012).5) S. E. Sanchez & M. J. Yanovsky: eLife, 2, e00791 (2013).6) P. Y. Hsu & S. L. Harmer: Trends Plant Sci., 19, 240 (2014).(図1図1■シロイヌナズナの中心振動体をかたちづくる転写ネットワーク).朝方遺伝子としてはCCA1とそのホモログであるLHYが同定されており,Myb型転写因子をコードしている.昼間に発現する遺伝子としてはPRR9とPRR7が知られており,夕方遺伝子であるPRR5やTOC1(またの名をPRR1)とPRR遺伝子ファミリーを形成している.PRRsもまた転写制御因子をコードしている.夕方遺伝子としてはほかにGI, LUX, ELF3, ELF4が同定されている.GIはTOC1, PRR5タンパク質の分解にかかわっており,LUX, ELF3, ELF4タンパク質はEC(Evening Complex)と呼ばれる複合体を形成して夜に働く転写抑制因子(Nighttime Repressor)として機能している.これらの遺伝子が形成する転写ネットワークに関しても一般的理解が得られている.「多重フィードバックループモデル」と呼ばれるものであり,CCA1/LHY, PRRファミリー,ECは転写抑制因子として機能することにより,中心振動体の中で幾重にも負の制御ネットワークが形成されることにより,全体として振動可能なループ構造を構成していると考えられている.同じ転写ネットワークの別の見方として,「三竦み転写制御モデル」があり,CCA1/LHY, PRR9/7/5, ECが「ジャンケン」のように「抑制的に三つ巴の争い」をしており,TOC1が「審判役」として働いている転写ネットワークである(図1図1■シロイヌナズナの中心振動体をかたちづくる転写ネットワーク).両者とも同じ転写ネットワークに帰着するが,後者のほうが24時間を通した波状的な転写リズムの出現を直感的に理解しやすい.このように時計遺伝子の多くは転写抑制因子をコードしているが,転写促進因子として働くと考えられるRVEやLNKと総称されるファミリー因子も報告されている(5, 16, 17)5) S. E. Sanchez & M. J. Yanovsky: eLife, 2, e00791 (2013).16) M. L. Rugnone, A. Faigón Soverna, S. E. Sanchez, R. G. Schlaen, C. E. Hernando, D. K. Seymour, E. Mancini, A. Chernomoretz, D. Weigel, P. Más et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 12120 (2013).17) H. Xing, P. Wang, X. Cui, C. Zhang, L. Wang, X. Liu, L. Yuan, Y. Li, Q. Xie & X. Xu: Plant Signal. Behav., 10, e1010888 (2015)..このほかにも多くの概日時計関連遺伝子が報告されているが,本稿の主題ではないので割愛する.
「日長と気温の季節変化に中心振動体がどのように応答するか?」を考えるうえで,まず自然界における季節変化を見てみよう(図2A図2■名古屋市における季節変化).これは気象台から公表されている名古屋市における日長と最低温度の変化を月ごとに平均した2014度の統計資料である(http://eco.mtk.nao.ac.jpおよびhttp://www.data.jma.go.jp).シロイヌナズナの生育には適さない真冬を除けば,当然ながら夏至までは日長と気温がともに上昇する(季節-I).1カ月に60分以上も日が長くなるし,6°Cも気温が上昇する.その間しばらく日長は減少し気温は上昇する「ねじれ現象」が起きるがその変動幅は小さい.夏の暑さを過ぎると日長・気温ともに減少に転じる(季節-II).したがって中心振動体は主に季節-Iと-IIにおける著しい環境変化に対応する必要があると考えられる.
中心振動体はどのようにして日長を測定するのだろうか? 日々の日照時間(光強度の変化)は天候に大きく左右されて当てにできないことがわかる(図2B図2■名古屋市における季節変化).この問題は20世紀の初頭にBünningらにより提起された古くて新しい問題である(18, 19)18) E. Bünning: Ber. Dtsch. Bot. Ges., 54, 590 (1936).19) C. S. Pittendrigh & D. H. Minis: Am. Nat., 98, 261 (1964)..彼らは内在性の概日リズムと外部環境としての光シグナルの位相性の一致を考慮した“外的符合モデル(external coincidence model)”なるものを提唱した.しかし,その分子機構の実体は永らく不明のまま残されている.次に,中心振動体はどのようにして気温の変化を検知するのだろうか? おそらく1カ月ごとの変化がより顕著な夜の温度変化を検知すると予想される(図2C図2■名古屋市における季節変化,赤の直線(昼間の平均温度の変化)と緑の直線(夜の平均温度の変化)を比較).しかしここでも深刻な問題がある.季節-Iおよび-IIの間に関して月平均にすれば気温はスムーズに上昇および下降するように見えるが(図2A図2■名古屋市における季節変化),1日単位で見ると天候に依存して大きく乱高下することが見てとれる(図2C図2■名古屋市における季節変化).中心振動体が安定した概日リズムを刻むためには,このような短い周期の温度変動を無視する必要があることが想像される.温度変化に長期的には敏感で,かつ短期的には鈍感な一見矛盾した性質はどのように生まれるのだろうか? 中心振動体を構成するどの因子から光シグナルや温度シグナルが入力されるのか? われわれの最近の一連の研究から,こうした疑問への答えが得られつつある.先に結論を言えば,季節ごとに変動する「日長と気温」はEC転写抑制複合体(EC nighttime repressor)により統合されて感知されると考えられる(12~15)12) T. Mizuno, Y. Nomoto, H. Oka, M. Kitayama, A. Takeuchi, M. Tsubouchi & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 55, 958 (2014).13) T. Mizuno, A. Takeuchi, Y. Nomoto, N. Nakamichi & T. Yamashino: Plant Signal. Behav., 9, e28505 (2014).14) T. Mizuno, M. Kitayama, H. Oka, M. Tsubouchi, C. Takayama, Y. Nomoto & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 55, 2139 (2014).15) T. Mizuno, M. Kitayama, C. Takayama & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 56, 1738 (2015)..言い換えれば,上で指摘した多くの問題点をEC転写抑制複合体が解決していると言える.
まず,図3図3■EC転写抑制複合体の働きを見ながらわれわれの最近の研究から得られた結果を箇条書きにする(12~15)12) T. Mizuno, Y. Nomoto, H. Oka, M. Kitayama, A. Takeuchi, M. Tsubouchi & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 55, 958 (2014).13) T. Mizuno, A. Takeuchi, Y. Nomoto, N. Nakamichi & T. Yamashino: Plant Signal. Behav., 9, e28505 (2014).14) T. Mizuno, M. Kitayama, H. Oka, M. Tsubouchi, C. Takayama, Y. Nomoto & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 55, 2139 (2014).15) T. Mizuno, M. Kitayama, C. Takayama & T. Yamashino: Plant Cell Physiol., 56, 1738 (2015)..(1)夜に働くEC転写抑制複合体はLNK1, GI, PRR9, PRR7のプロモーター近傍に直接結合することで転写を抑制する.(2)夜に高温シフト(たとえば22から28°Cにシフト)するとEC転写抑制複合体の活性が抑えられ,結果としてLNK1, GI, PRR9, PRR7の転写が促進(脱抑制)される.(3)この現象は16から22°Cへの温度シフトでも起きるので単なる熱ショックではない.(4)低温シフト(たとえば,28から22°Cへのシフト)では逆の現象が起きてLNK1, GI, PRR9, PRR7の転写が抑制される.(5)夜に光シグナルを与えると赤色光受容体(フィトクロム)の働きを介して同じくEC転写抑制複合体に光シグナルが入力され,EC活性を弱めることでLNK1, GI, PRR9, PRR7の転写が促進される.(6)弱光パルス(1 µmol·m−2·s−1,30分間)でも十分にその効果がある.次に図4図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介した転写制御を見てみよう.(7)最も重要なことは,高温シフトのシグナルと夜の光シグナルが同時に入ったときのみLNK1, GI, PRR9, PRR7の転写が相乗的(synergistic)に促進されることである.言い換えれば,「warm-night & night-light」の条件下でのみこれらの遺伝子の発現が著しく前倒しになる(発現時間の前進).(8)さらに「低温シフトのシグナル」がEC転写抑制複合体に入っても,同時に「夜の光シグナル」が入る場合には「低温シフトシグナル」の効果が打ち消される.言い換えれば,「cool-night & no-night-light」の条件ではLNK1, GI, PRR9, PRR7の転写開始が遅れる(発現時間の後退).EC転写抑制複合体の標的遺伝子であるPRR7の転写に関して以上(1)から(8)の実験結果を模式的に示したのが図4AとB図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介した転写制御であり,ここで箇条書きにした結果が視覚的に理解できる.図4C図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介した転写制御は一般に公開されているデータを基に,16時間明期/8時間暗期,12時間明期/12時間暗期,8時間明期/16時間暗期に設定したときのPRR7の発現プロフィール(概日リズム)の実際の結果を24時間の円グラフ上に描いたものである(http://diurnal.mocklerlab.org).夜の長さ(図では陰付)が直感的に比較できるように日の入りの時間を合わせて描いてある.長日条件下ではPRR7の発現が相対的に前進し(左端図),短日条件下ではPRR7の転写開始が相対的に後退することがわかる(右端図).これらの図4B図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介した転写制御に示したPRR7の発現時期の変化は図4A図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介した転写制御のわれわれの実験結果でよく説明できる.以上を総合してわれわれは,EC転写抑制複合体が「夜の温度と光シグナル」を統合して感知することで中心振動体の季節変動への応答に関して重要な働きをしていると結論した.最も重要なことは,植物は「warm-night & night-light」の2つの条件が合致したときに初めて「長日が進行」していることを,「cool-night & no-night-light」の2つの条件が合致したときに初めて「短日が進行」していることを感知している点である.こうして中心振動体は2つの条件が合致したときのみ顕著に応答することで,日長には大きな変化が見られない短期間での気温の乱高下を慎重に無視していると考えられる.以上のような機構を介してEC転写抑制複合体は中心振動体の季節変化への適応に関して重要な働きをしているというのがわれわれの結論である.
ここで概日時計による日長の測定理論としてBünningらが80年近く前に提唱した“外的符合モデル”とわれわれの研究結果との関係を考えてみよう.“外的符合モデル”では「内在性の概日リズム」と「外部環境としての光シグナルの位相性」の一致を想定している(18, 19)18) E. Bünning: Ber. Dtsch. Bot. Ges., 54, 590 (1936).19) C. S. Pittendrigh & D. H. Minis: Am. Nat., 98, 261 (1964)..ここで「内在性の概日リズム」を「ECの概日リズム」に,「外部環境としての光シグナルの位相性」を「光シグナルに加え温度シグナルの暗期でのECへの入力」に置き換えると“外的符合モデル”の実体が理解できそうである.Bünningらは植物には絶対的日長を測る能力があると考えた.一方,われわれの実験結果からは,日長と気温が同時に変化する自然界では過去と比較した「長日の進行」や「短日の進行」として相対的日長の変化を推定する能力もあることを示唆している.“古典的外的符合モデル”とわれわれの結果との関係は今後の問題である.またわれわれが示したEC転写抑制複合体への「温度シグナル」の入力と「temperature entrainmentやtemperature compensation」との関係も今後の問題である.いずれにしろ図3図3■EC転写抑制複合体の働きと図4図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介した転写制御の結果から,EC転写抑制複合体は夜の温度変化シグナルと光シグナルを二重にチェックして統合検知することで,下流の標的遺伝子群(LNK1, GI, PRR9, PRR7)の概日リズムの位相を慎重に(短い周期の温度の乱高下は無視して)制御していると考えられる.こうすることで季節による日長や温度変化に適切に応答して概日時計の働きや,それに支配される出力系(生理現象)を調節していると考えられる.
ここで季節変化に適応する植物の概日時計をより深く理解するために,日本の「伝統的な太陰暦や時刻」とそれに基づいて考案された「和時計」に関して考えてみたい.日本の伝統的な時刻の概念によれば,1日(24時間)は12分割されて表され,それぞれの分割には十二支(干支の名前)が割り振られている(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計上).その重要な特徴は,夜明け(明け六つ)には1年を通して常に「卯の刻」が割り振られ,日の入り(暮れ六つ)には「酉の刻」が割り振られている.真夜中は「子の刻」であり,昼は「午の刻」と決まっている.このことは夜が長い冬は「夜の一刻(約2時間)が長く」時間がゆっくりと流れ,夜が短い夏は「夜間の一刻が短く」時間が速く流れることを示している(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計上の3つの円を比較).われわれが使い慣れている西洋時計では,冬のAM 6:00は真っ暗で,夏のAM 6:00にはすでに太陽が燦々と輝いていることを考えると「和の刻」の概念がよくわかる.
「和の刻」は,明暗の切り変え(日の出・日の入りの光シグナル)を基準とする「植物(生物)の時間」と概念的に似ている.西洋の時計は1年中同じ文字盤の上を一定の速度で回り続ければ良いが,「和の刻」を刻む「和時計」はそう簡単には創れない.しかし日本の昔の職人は創意工夫を凝らしてさまざまな実用的和時計を考案した(夜や雨の日には使えない日時計ではない)(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計下).一定の速度で直線的に動く時計の針に文字盤を合わせる「和時計」が最も簡単である(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計下A).文字盤は15日に一度,それも最もその季節に合った尺度のものに取り変える必要がある.この季節変化の(文字盤を変える)区切りが二十四節季(暦,カレンダー)である.また上と下に2つの振り子がついていて,上が夜の時間の流れる速度(針の動く速度)を,下が昼間の針の速度を決める時計も考案された(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計下B),文字盤は変えなくて良いし,「和の刻」の概念を理解した画期的な工夫であるが,やはり15日に一度の頻度で分銅の位置を変えねばならない.時計回りに針(M)が一定の速度で回り,円形の文字盤を15日ごとに変える「和時計」も考案された(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計下C).最も画期的なものとして,針(A)を天井に固定して文字盤を反時計周りに回転させると同時に刻を表す各干支の文字盤を季節に合わせ自動で動かすよう考案された「和時計」がある(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計下C).「万年時計」と呼ばれ,東芝の創始者である田中久重が考案した.
表面上の相似性が「植物の時間と和の刻」にあることを理由に「和時計のしくみ」を説明してきたのは,「植物時計」をより深く理解するうえで「和時計」がヒントを与えてくれるからである.「和時計」を機能させるには「万年時計」は別にして,15日に一度人間の手を煩わせなくてはならない.人間は15という数の概念をもつことで季節の変化を日数の経過として捉える(記憶する)ことができる.記憶の曖昧さを補完するのが二十四節季の暦である.植物にそうした能力があるとは思えないので,別の方法で季節の変化を数値として捉えていると考えられる.「機械的和時計」には感知できなくて,「生物的植物時計」には感知できる季節変化を表す数値こそ「気温の上昇・下降」ではないだろうか.「和時計」は「光シグナルと数の概念」を基準にして働く地域限定の時計であり,「西洋時計」は「数の概念」だけを基準にして働き時差を考慮さえすれば万国(南極から北極まで)共通の時計であると考えることができる.「植物時計」は「光シグナル」を使っている点で「和時計」に似ているが,植物には「数の概念」がないので「温度シグナル」を感知して動いていると考えられる.無機的な機械にはない生物としての特性を遺憾なく発揮していることがわかる.植物時計は「光シグナル」と「温度シグナル」の両方を統合して感知することで昼夜・日長・気温の変化に合わせて働くことができる.そのしくみに一役かっている時計因子がEC転写抑制複合体であるというのが「和時計のしくみ」を考慮した結論である.
植物が「光シグナル」と「温度シグナル」を統合検知して季節の移り変わりに応答できる巧妙な時計をもっていたとしても,生理学的に意味のある出力系に利用しなければ「宝の持ち腐れ」である.そこで最後に植物の概日時計の活用例をわれわれの研究を中心に紹介したい(20~26)20) K. Nozue, M. F. Covington, P. D. Duek, S. Lorrain, C. Fankhauser, S. L. Harmer & J. N. Maloof: Nature, 448, 358 (2007).21) D. A. Nusinow, A. Helfer, E. E. Hamilton, J. J. King, T. Imaizumi, T. F. Schultz, E. M. Farre & S. A. Kay: Nature, 475, 398 (2011).22) Y. Niwa, S. Ito, N. Nakamichi, T. Mizoguchi, K. Niinuma, T. Yamashino & T. Mizuno: Plant Cell Physiol., 48, 925 (2007).23) A. Kunihiro, T. Yamashino, N. Nakamichi, Y. Niwa, H. Nakanishi & T. Mizuno: Plant Cell Physiol., 52, 1315 (2011).24) Y. Nomoto, S. Kubozono, T. Yamashino, N. Nakamichi & T. Mizuno: Plant Cell Physiol., 53, 1950 (2012).25) Y. Nomoto, S. Kubozono, M. Miyachi, T. Yamashino, N. Nakamichi & T. Mizuno: Plant Cell Physiol., 53, 1965 (2012).26) Y. Nomoto, S. Kubozono, M. Miyachi, T. Yamashino, N. Nakamichi & T. Mizuno: Plant Signal. Behav., 8, e22863 (2013).(図6図6■植物の概日時計を介した季節による形態制御).まず植物の形態を調べた写真を見てもらいたい(図6B図6■植物の概日時計を介した季節による形態制御).野生株(Col-0)を長日,短日,高温,低温条件で生育させたときの形態変化を示している(季節変動を模倣している点に注意).「葉身の長さ」を見てもらうと生育条件により変動していることがわかる.高温(28°C)や短日(SD: short-day)で育てると,適温(22°C)や長日(LD: long-day)で育てたときより相対的に葉柄が長いことがわかる.写真には示してないが実生における「胚軸の長さ」にも同じ現象が見られる.これら季節(生育条件)による形態制御の生理的意味はよくわかっていないが,それを制御している因子はよくわかっている.PIF4とPIF5と呼ばれるフィトクロムと相互作用する2つの転写因子である.これらの遺伝子はPRR7と同じくEC転写抑制複合体の直接の標的である(21, 22)21) D. A. Nusinow, A. Helfer, E. E. Hamilton, J. J. King, T. Imaizumi, T. F. Schultz, E. M. Farre & S. A. Kay: Nature, 475, 398 (2011).22) Y. Niwa, S. Ito, N. Nakamichi, T. Mizoguchi, K. Niinuma, T. Yamashino & T. Mizuno: Plant Cell Physiol., 48, 925 (2007).(図6A図6■植物の概日時計を介した季節による形態制御).すなわち「日長シグナル」と「温度シグナル」の季節変化に応答してPIF4/PIF5はPRR7と同じ様式で転写制御を受けている.このことで季節に応じた形態制御がうまく説明できる(PRR7と同じ夜の光と温度変化による転写産物の増減を考えてもらいたい).もちろんpif4欠損変異株では季節変化による形態制御が著しく損なわれる(図6B図6■植物の概日時計を介した季節による形態制御右).PIF4は花芽の形成時期にも影響を与えることがわかっており,高温(27°C)では短日であっても花芽形成を促進することが知られている(27)27) S. V. Kumar, D. Lucyshyn, K. E. Jaeger, E. Alos, E. Alvey, N. P. Harberd & P. A. Wigge: Nature, 484, 242 (2012)..これらを考え合わせると,概日時計におけるEC転写抑制複合体が栄養成長から生殖成長に至る過程を季節の変化に応じて制御していることがわかる.この例からだけでも,植物の概日時計は「持ち腐れの宝」ではなく「天下の宝刀」であることがわかる.
シロイヌナズナを用いた研究を通して植物の概日時計の中心振動体を形づくる転写ネットワークが明らかになってきた(図1図1■シロイヌナズナの中心振動体をかたちづくる転写ネットワーク).この転写ネットワークは日々の明暗変化や季節変化に連動して働く.夜昼の変化や季節の変化を暗示するシグナルは「光」と「温度」の変化である(図2図2■名古屋市における季節変化).植物の概日時計はどのようにして日長を測るのだろう? 日々変化する温度をどうやって季節の変化を示す「安定な温度シグナル」として検知するのだろう?「日長変化すなわち夜の光シグナル」と「長期的な温度変化のシグナル」の両方を統合して転写ネットワークに入力することで季節変化に時計を連動させるのに一役かっている時計因子がEC転写抑制複合体である(図1図1■シロイヌナズナの中心振動体をかたちづくる転写ネットワーク,3図3■EC転写抑制複合体の働き,4図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介した転写制御).「光シグナル」を基準としている点で植物の概日時計は「伝統的な日本の刻の概念とそれを測る和時計」に似ている(図5図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測定する和時計).しかし「植物時計」は「和時計」よりも巧妙であり,生物の特性を生かして「温度変化シグナル」をも感知することができる.「光と温度」のシグナルを統合する時計因子こそEC転写抑制複合体である.短い周期での日照時間の変化や気温の乱高下に惑わされることなく2~3週間単位の明暗変化や温度変化に連動して働くことで,明暗・日長・気温の季節変化に適応して成長・分化を適切に調節するのが「植物の概日時計」,すなわち「太陽電池で動くカレンダー付き電波時計」と考えられる.なお,ここでの和文解説を欧文解説としても発表しているので参考にしていただきたい(28)28) T. Mizuno & T. Yamashino: Plant Signal. Behav., 10, e1087630 (2015)..
Acknowledgments
本稿に関係するわれわれの研究は,貴重な研究材料を提供していただくと同時に,有意義な討論をさせていただいた,Dr. Fankhauser(University of Lausanne),Dr. Ishiura(Nagoya University),Dr. Kay(University of Southern California),Dr. Lin(University of California at Los Angeles),Dr. Komeda(University of Tokyo, Japan),Dr. Millar(University of Edinburgh),Dr. Onai(Nagoya University),Dr. Prat(Campus University),Dr. Whitelam(University of Leicester, UK),Dr. Wigge(University of Cambridge)のご厚意のもと進めることができた.この場をお借りして厚く感謝の意を表したい.
Reference
1) I. Carre & S. R. Veflingstad: Semin. Cell Dev. Biol., 24, 393 (2013).
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