解説

L-アミノ酸リガーゼ(Lal)を利用した塩味増強効果を発揮するジペプチドの探索とその効率的な合成法ユニークな酵素で拡がる機能性ジペプチドの世界

Screening of the Salt Taste-Enhancing Dipeptide and the Effective Production of the Dipeptide by L-Amino Acid Ligase

Kuniki Kino

木野 邦器

早稲田大学先進理工学部応用化学科

Haruka Kino

木野 はるか

長谷川香料株式会社

Published: 2017-02-20

ジペプチドには血圧降下作用や呈味作用などさまざまな機能性を示すものがある.筆者らは長年にわたり,無保護のアミノ酸同士を直接連結することができるL-アミノ酸リガーゼ(Lal)の研究を続けており,Lalを利用した機能性ジペプチドの合成検討を進めている.近年,筆者らは新たな試みとしてジペプチドの呈味性,特に「塩味」に着目し,Lalを用いて合成したジペプチドのライブラリーから塩味増強効果を有するジペプチドを新規に見いだした.さらにはLalの立体構造情報を利用した改変を行い,副生物がなく目的の塩味増強効果を有するジペプチドのみを選択的に合成する改変型Lalの取得に成功したので併せて紹介する.

はじめに

ジペプチドはアミノ酸2個からなる単純な化合物であるが,それを構成するアミノ酸単体には認められない機能性を示す場合がある.最も知られているのはアルギニル-フェニルアラニン(Arg-Phe)(1)1) T. Kagebayashi, N. Kontani, Y. Yamada, T. Mizushige, T. Arai, K. Kino & K. Ohinata: Mol. Nutr. Food Res., 56, 1456 (2012).やイソロイシル-トリプトファン(Ile-Trp)(2)2) H. Enari, Y. Takahashi, M. Kawarasaki, M. Tada & K. Tatsuta: Fish. Sci., 74, 911 (2008).などの血圧降下作用であり,そのほかにも抗不安,ストレス緩和効果を有するチロシル-ロイシン(Tyr-Leu)(3)3) N. Kanegawa, C. Suzuki & K. Ohinata: FEBS Lett., 584, 599 (2010).や鎮静作用を有するセリル-ヒスチジン(Ser-His),イソロイシル-ヒスチジン(Ile-His)(4)4) Y. Tsuneyoshi, S. Tomonaga, H. Yamane, K. Morishita, D. M. Denbow & M. Furuse: Lett. Drug Des. Discov., 5, 65 (2008).など機能性は多岐にわたる.さらに,ショ糖の200倍の甘さを有するアスパルテーム(ジペプチドのメチルエステル体)や苦味のマスキング作用を有するグルタミル-グルタミン酸(Glu-Glu)(5)5) M. Noguchi, M. Yamashita, S. Arai & M. Fujimaki: J. Food Sci., 40, 367 (1975).などの呈味に影響を与えるジペプチドや,それ自身に呈味はないがほかの素材との併用で呈味改善作用を発揮するジペプチドについての報告もある.また,これまで述べてきたのはL-アミノ酸からなるジペプチドであるが,D-アミノ酸にはL体とは異なる機能が知られているため,キラリティーの異なるジペプチドの特性に興味がもたれる.たとえばL-グルタミン酸(Glu)は旨味を有するがD-グルタミン酸にはほとんど呈味がない.また,L-アミノ酸は苦味を呈するものが多いのに対し,D-アラニン,D-フェニルアラニン,D-セリン,D-トリプトファンは強い甘味を有するなど光学異性体の違いによる呈味性の違いが知られている.実際に,醸造食品や乳酸発酵食品の中にはD-アミノ酸が存在することが報告されており,それらが食品の呈味にかかわっている可能性が示されている(6)6) 牟田口裕太,大森勇門,大島敏久:化学と生物,53, 18 (2015)..これら知見はD-アミノ酸からなるジペプチドに新たな呈味や機能が見いだされる可能性を強く示唆するものである.

筆者らは,このように多様な機能性を有するジペプチドの中から,減塩への意識が高まる社会的背景を踏まえて“塩味”の増強効果を有するジペプチドに焦点をあてて検討を行ってきた.塩化ナトリウム(食塩)は人間にとって必要不可欠な成分である一方で,過剰摂取により高血圧症や心臓疾患などを引き起こすことが知られている.厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015年版)の概要」(7)7) 厚生労働省:日本人の食事摂取基準(2015年版)の概要,http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf, 2015.によると高血圧予防の観点から,塩分摂取の目標値は18歳以上男性で8.0 g/day未満,女性で7.0 g/day未満と設定されているが,実際の摂取量は厚生労働省の「平成26年国民健康・栄養調査結果の概要」(8)8) 厚生労働省:平成26年国民健康・栄養調査結果の概要,http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000117311.pdf, 2015.において男性で10.9 g/day未満,女性で9.2 g/dayと目標値を大きく上回っている.こうした背景を踏まえて,塩味代替物質の探索や塩味増強物質の開発が盛んに行われている.塩味増強効果を有するジペプチドとしては,すでにロイシル-セリン(Leu-Ser)(9)9) 花王株式会社:容器詰しょうゆ含有液体調味料,特開2012-165740, 2012.やアルギニン(Arg)を含むジペプチド(10)10) A. Schindler, A. Dunkel, F. Stähler, M. Backes, J. Ley, W. Meyerhof & T. Hoffman: J. Agric. Food Chem., 59, 12578 (2011).などの報告がある.筆者らは,ジペプチドの有する多様な機能性を考慮するとこれら以外にも塩味増強効果を示すジペプチドが存在すると考えた.さらに,既知の機能性ジペプチドの多くは天然のタンパク質を微生物や酵素などを用いて加水分解した分解物から見いだされていることから,加水分解により遊離しやすいアミノ酸を含むジペプチドはジペプチドの形で存在する確率が低く,従来法では評価対象にならなかったと推測した.そこで筆者らは加水分解により遊離しやすいアミノ酸を含むジペプチドを直接合成し,反応液をそのまま評価する新たなスクリーニング方法を構築した.その際,ジペプチドの合成には任意のジペプチドを合成できるLalを使用した.

L-アミノ酸リガーゼ

Lal(EC 6.3.2.28)は無保護のアミノ酸をATPの加水分解反応と共役して直接連結することを可能とする酵素であり(図1図1■L-アミノ酸リガーゼ(Lal)によるジペプチド合成),協和発酵工業(株)(現・協和発酵バイオ(株))の田畑らによって初めて見いだされた.田畑らはL-アミノ酸のペプチド結合形成を触媒する酵素を探索するにあたり,その酵素は,①ATP-graspドメインを有する,②機能未知なタンパク質である,③D-アラニンD-アラニンリガーゼ(Ddl_EC 6.3.2.4)とアミノ酸配列上の相同性がある,と予測し,ゲノムデータベースを利用したスクリーニングによりBacillus属由来のYwfEを見いだした(11)11) K. Tabata, H. Ikeda & S. Hashimoto: J. Bacteriol., 187, 5195 (2005)..その後,筆者らのグループにおいても精力的に検討が行われ,今では約20種類ほどの多様なLalが取得されている.アミノ酸のN末端の保護と脱保護が必要な固相合成法と異なり,Lalは基質に保護基が不要であることや,反応が水系でかつ温和な条件で進行することから環境負荷低減型の生産プロセスを組むことができるため,モノ作りには最適な酵素であると言える.さらに,Lalの特徴の一つに基質特異性が各Lalによって異なることが挙げられる.たとえば同じBacillus属由来のLalであってもN末端側の基質として,YwfEはアラニン(Ala),グリシン(Gly),セリン(Ser),スレオニン(Thr),メチオニン(Met)を許容するが(11)11) K. Tabata, H. Ikeda & S. Hashimoto: J. Bacteriol., 187, 5195 (2005).,BL00235(12)12) K. Kino, A. Noguchi, Y. Nakazawa & M. Yagasaki: J. Biosci. Bioeng., 106, 313 (2008).はロイシン(Leu)とMetを,RizA(13)13) K. Kino, Y. Kotanaka, T. Arai & M. Yagasaki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 901 (2009).はArgのみを許容するなどその基質特異性は各酵素によって大きく異なる.またLalはジペプチドのみを合成するばかりでなくBacillus属由来のRizB(14)14) K. Kino, T. Arai & D. Tateiwa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 129 (2010).のようにオリゴペプチド合成能力を有するものもある.したがってLalを用いてジペプチドを合成する場合,各Lalの特徴を踏まえて最適なLalを選択する必要がある.今回の機能性ジペプチドの探索研究では,ジペプチドライブラリー構築のために基質特異性が広く,数多くのジペプチド合成が可能なTabS(15)15) T. Arai, Y. Arimura, S. Ishikura & K. Kino: Appl. Environ. Microbiol., 79, 5023 (2013).を用いた.TabSは,タバコ野火病の原因物質であるペプチド性植物病原物質Tabtoxinを生産するPseudomonas syringae由来のLalであり,Tabtoxinのペプチド結合形成をLalが担っているものと筆者らが推測し,見いだしたものである.TabSはタンパク質構成アミノ酸20種類にβ-Alaを加えた21種類のアミノ酸の組み合わせのうち,その60%にあたる136もの組み合わせでジペプチド合成反応を触媒する特徴を有しており,ジペプチドライブラリーを構築するには最適なLalであると考えた(図2図2■ペプチド性植物病原物質生産菌から見いだしたTabSの基質親和性).またTabSは降圧作用を有するジペプチドであるアルギニル-フェニルアラニン(Arg-Phe)(収率62%)や,塩味増強効果を有するLeu-Ser(収率83%)など有用ジペプチドを高収率で合成することも可能である.

図1■L-アミノ酸リガーゼ(Lal)によるジペプチド合成

図2■ペプチド性植物病原物質生産菌から見いだしたTabSの基質親和性

塩味増強作用を有するジペプチドの探索

塩味増強効果を発揮するジペプチドの探索を行うにあたり,まずはTabSを用いてジペプチドライブラリーを構築した.前述のように,今回のスクリーニングでは天然のタンパク質を加水分解した分解物を評価する従来法とは異なり,加水分解を受けやすいアミノ酸を含むジペプチドをターゲットとした.そこで,各種タンパク質のプロテアーゼ分解物の遊離アミノ酸データから遊離しやすいアミノ酸としてLeu,フェニルアラニン(Phe),Ser,バリン(Val),Arg, Metの6種類を選抜し,これらのアミノ酸を含むジペプチドを中心にTabSを用いて97種類の反応液を調製した.反応液から生成したジペプチドを精製して呈味を評価することも考えたが,水系で行うLalの反応液の毒性は低く,そのまま試料として利用できるのではないかと判断した.ただし実施に際しては,摂取量や評価回数に制限を設けるなど安全性を十分考慮した.反応液には生成したジペプチド以外に未反応のアミノ酸やATPなど呈味に影響を与える物質が含まれている.そこで,この影響を排除するために,①ATPの影響を排除した1次スクリーニング,②未反応のアミノ酸の影響を排除した2次スクリーニング,の2段階のスクリーニング方法を筆者らは構築した(図3図3■塩味増強効果を示すジペプチドのスクリーニング方法).なお,評価は熟練したパネリスト5名が行った.まず1次スクリーニングではATPの影響を排除するとともに既知の塩味増強効果を有するジペプチドであるLeu-Serよりも強い塩味増強効果を有するジペプチドを選抜するために,0.6%(w/v)の食塩水にATPとLeu-Serを添加したものをコントロール,反応液を添加したものを試料溶液として比較し,コントロールの塩味と同等またはそれよりも強いと3名以上が評価した反応液を選抜した.その結果,反応液97種類から16種類の反応液が選抜され,2次スクリーニングに供することとした.2次スクリーニングでは未反応のアミノ酸の影響を排除するために,まず16種類の反応液それぞれに含まれる未反応のアミノ酸を液体クロマトグラフィー(HPLC)により定量した.そしてその濃度のアミノ酸を含む食塩水を疑似試料溶液として調製し,反応液を含んだ食塩水との塩味の強さを比較した.疑似試料溶液の塩味よりも強いとパネリスト5人中3人以上が評価した反応液を選抜したところ,7種類の反応液(Leu+Ser, Met+Gly, Arg+Gly, Arg+ヒスチジン(His),Arg+リジン(Lys),Arg+アスパラギン酸(Asp),Arg+アスパラギン(Asn))が選抜された.この中にはArgを基質とした反応液やLeuとSerを基質とした反応液など,既知の塩味増強効果を有するジペプチドが生成していると考えられる反応液も含まれており,この結果は本スクリーニングの妥当性を支持するものである.そして筆者らはこの7種類の反応液の中から,これまでに塩味増強効果の報告のないジペプチドが生成するMetとGlyを基質とした反応液に着目し,さらに検討を続けることにした.MetとGlyを基質とした場合,理論的にはMet-Gly, Gly-Met, Met-Met, Gly-Glyの4種類のジペプチドが生成する可能性があるが,TabSの基質特異性とHPLC分析により,反応液にはMet-GlyとMet-Metの2種類のジペプチドのみ含まれていることを確認した.さらにMet-MetはMetのみを基質とした反応液では唯一生成するジペプチドであるが,スクリーニングではこの反応液は選抜されなかったことから,Met-Metには塩味増強効果はなくMet-Glyが塩味増強効果を有するジペプチドである可能性が高いと判断した.

図3■塩味増強効果を示すジペプチドのスクリーニング方法

Met-Glyの塩味増強効果を確認するために,標品を用いて官能と客観的な評価として味覚センサー分析の2種類の方法により評価した.官能評価では0.6%(w/v)の食塩水にMet-Glyを0.05%(w/v)添加した試料溶液と,0.5~0.8%(w/v)の異なる濃度の食塩水7種類を用意し,計8種類の溶液をすべて無作為で塩味の強い順に順位付けしたところ,試料溶液は0.60~0.65%(w/v)の塩分濃度に相当する塩味を呈することを確認した(図4図4■Met-Glyの官能評価).一方,味覚センサーを用いた分析では試料間の識別性を把握するために7種類の有機膜センサーを用いた主成分分析と塩味に選択性を有するセンサーを用いた分析を行った.主成分分析からはMet-Glyは食塩水と異なる味質であるが塩味増強効果があること,塩味に選択性を有するセンサーのみを用いた分析からは,測定値から算出した食塩換算濃度が,ともに試験に供したLeu-SerよりもMet-Glyは同じ添加率において高くなることが示唆された.またいずれの分析でもMet-Gly自身には塩味はないと評価されたことから,本ジペプチドは新規の塩味増強効果を有するジペプチドであると判断した.既知の塩味増強効果を示すジペプチドの中には単体では効果を示さず,ほかの物質と併用することで効果を発揮するものもあるが,今回見いだしたMet-Glyは単独で効果を示すものであり,塩味増強効果を示す新規ジペプチドとして有用であると考えている.なお,スクリーニングや評価方法の詳細については文献(16)16) 木野はるか,角谷政尚,服部宏一,東條博昭,駒井 強,南木 昂,木野邦器:日本食品科学工学会誌,62, 274 (2015).を参照していただきたい.

図4■Met-Glyの官能評価

候補ジペプチドであるMet-Glyを食塩水(0.6%(w/v))に0.05%(w/v)添加した試料溶液と,濃度の異なる食塩水7種類の計8種類をすべてブラインドで官能評価し,塩味の強い順に並べ替えた.その結果,試料溶液は塩濃度が0.6~0.65%(w/v)の間に相当する塩味を呈した.

Lalの機能改変によるMet-Glyの選択的合成

Lalを用いた新たなスクリーニングにより塩味増強効果を示す新規ジペプチドとしてMet-Glyを見いだしたことから,さらにLalによるMet-Glyの効率的合成法の開発を検討した.MetとGlyを基質としたとき,スクリーニングに利用したTabSを用いるとMet-GlyよりもMet-Metが多く生成するが,N末端基質としてMetとLeuのみを許容するBL00235を用いるとMet-GlyがMet-Metよりも著量生成する.そこでBL00235がMet-Glyの合成に適したLalであると考えられたため,BL00235によるMet-Glyのさらなる選択的合成を目的に酵素改変を行うこととした.Lalの機能改変は基質認識にかかわるアミノ酸残基の特定や触媒活性に必須のアミン酸残基の特定などの目的で行われたものが多く,基質特異性が変化した報告はあるものの,有用ジペプチドの選択的合成に成功した例はない(17, 18)17) Y. Shomura, E. Hinokuchi, H. Ikeda, A. Senoo, Y. Takahashi, J. Saito, H. Komori, N. Shibata, Y. Yonetani & Y. Higuchi: Protein Sci., 21, 707 (2012).18) T. Tsuda, M. Asami, Y. Koguchi & S. Kojima: Biochemistry, 53, 2650 (2014)..幸いなことにBL00235の結晶構造解析はすでに完了していたことから,機能改変にはその情報を利用した(19)19) M. Suzuki, Y. Takahashi, A. Noguchi, T. Arai, M. Yagasaki, K. Kino & J. Saito: Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr., 68, 1535 (2012).(Protein Data Bank ID: 3VOT,図5図5■BL00235の構造と変異導入部位Pro85の位置).筆者らは,BL00235において,生成するジペプチドのC末端基質に構造上近接する85位のプロリン(Pro)残基に着目し,このPro残基をかさ高い側鎖を有するアミノ酸に置換することでC末端基質周辺のスペースが野生型酵素よりも狭くなり,C末端基質としてはかさ高いMetは認識されなくなると作業仮説を立てた.これが正しければMetが認識されなくてもかさの小さいGlyは認識され,その結果Met-Metの副生は抑えられMet-Glyの選択的合成が可能な変異酵素を創製できる.そこで85位のPro残基をかさ高い側鎖を有するアミノ酸であるPheやチロシン(Tyr),トリプトファン(Trp)に置換した変異酵素P85F, P85Y, P85Wを部位特異的変異導入により作製し,MetとGlyを基質とした場合とMetのみを基質とした場合の精製酵素反応を実施した(図6図6■野生型BL00235(WT)と各変異酵素によるMet-GlyとMet-Metの合成).また,かさの低いアミノ酸に置換した変異酵素としてGlyに置換したP85Gも作製し,反応に用いた.予測したとおり,P85F, P85Y, P85WではMetを基質とするとMet-Metの合成が行われず,MetがC末端基質として認識されていないことが示唆された.さらにP85FとP85YではMet-Glyの合成能力は維持しており,Met-Metの副生を伴わないMet-Glyの選択的合成に成功したことが確認された.Lalの結晶構造情報に基づいた部位特異的変異導入により目的ジペプチドの選択的合成に成功したのはこれが初の例となる.また,Met-Glyの合成量は置換したアミノ酸の側鎖がかさ高くなるほど少なくなり,P85F>P85Y>P85Wであった.これより,置換したアミノ酸の側鎖が大きすぎるとかさの小さなGlyでさえC末端基質として入るスペースがなくなり,Met-Glyの合成量が少なくなると考えられた.また,速度論的解析からは変異酵素では基質に対する親和性が低くなっていることが示唆され,野生型BL00235よりもMet-Glyの合成量が少ないのはこの親和性が影響していると考えられた.なお,変異酵素の特徴などの詳細は報文に記載している(20)20) H. Kino & K. Kino: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 1827 (2015).

図5■BL00235の構造と変異導入部位Pro85の位置

生成するジペプチドのC末端となる基質の位置と,BL00235(PDB ID: 3VOT)の85番目のPro残基の位置を示している.このPro残基を他のアミノ酸残基へ置換することで,基質の反応性を改変できると考えた.なお,BL00235は基質を取り込んだ状態で結晶構造が取得されていないことから,基質を取り込んだYwfEの結晶構造(PDB ID: 3VMM)と重ね合わせることで基質の位置を示している.

図6■野生型BL00235(WT)と各変異酵素によるMet-GlyとMet-Metの合成

(A)20 mM Metと20 mM Glyを基質,(B)40 mM Metを基質.
反応液は50 mM炭酸ナトリウム緩衝液(pH 9.0)中に20 mM Met, 20 mM Gly, 20 mM ATP, 20 mM硫酸マグネシウム7水和物を含む.反応条件は30°C,20 h.

おわりに

本解説ではLalを利用した塩味増強効果を示すジペプチドの探索とLalの機能改変によるジペプチドの選択的合成を中心に,ジペプチドが有する多様な機能性にふれながら,Lalとして初めて報告されたYwfEからLal研究の現状までの概略を紹介した.また新規な塩味増強効果を有するジペプチドとしてMet-Glyを見いだし,新たなLalの利用法を提唱することができた.しかし,本探索スクリーニングはジペプチドの生成量を測定することなく評価するため,実際は効果があっても生成量が少なかったために見落とされたジペプチドが存在した可能性は否定できない.今後は改良を加えながら,さらに精度の高いスクリーニング系を構築し,塩味に限ることなく呈味に関するジペプチドの探索を行っていきたい.また,Lalの部位特異的変異導入を用いた機能改変により,副生を伴わないMet-Glyの選択的合成に成功したことで,Lalがさらに使いやすいジペプチド合成ツールとなることが示された.本解説では触れていないが,筆者らは本スクリーニングの継続によりMet-Gly以外にも新規な塩味増強効果を有するジペプチドとしてPro-Glyを見いだし,Met-Glyの知見を基に野生型のLalよりもPro-Glyの合成量が増加した改変型Lalの取得にもすでに成功している(21)21) H. Kino, S. Nakajima, T. Arai & K. Kino: J. Biosci. Bioeng., 122, 155 (2016)..今後,Lalの結晶構造情報を踏まえた酵素改変を推進し,基質特異性のみならず鎖長制御を含めた目的のオリゴペプチドの任意合成が可能なLalの創製と効率的合成法の開発を検討していく予定である.また,D-アミノ酸からなるジペプチドにも新たな呈味や機能が見いだされることが予想されるが,それらのジペプチドについても,筆者らがすでに開発しているD-アミノ酸ジペプチド合成法を利用して機能解析の検討を進めていきたい.

Reference

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