解説

低リン条件で房状の根を形成する植物の機能と分布低リンストレスに対する植物の適応機構

Function and Distribution of Plants Forming Root Clusters under Low Phosphorus Conditions: Plant Adaptation Mechanism to Low P Stress

Hayato Maruyama

丸山 隼人

北海道大学大学院農学研究院

Jun Wasaki

和崎

広島大学大学院生物圏科学研究科

Published: 2017-02-20

リンの不足は植物の生育を大きく制限するが,リンが乏しい土壌で生育する植物の中には,房状の特殊な根を形成して適応するものがいる.この房状の根は,根の表面積を増やして吸収効率を高めるだけでなく,有機態リンを分解するホスファターゼや難溶性リンを可溶化する有機酸の分泌能も高めて,リンの吸収を支えていることが示されている.房状の根を形成する植物は西オーストラリアや南アフリカなど南半球に多く分布し,北半球での例はほとんど報告されていなかった.近年,筆者らの研究により,わが国にもこれらの適応戦略を有した植物種が分布し,実際にリン栄養に乏しい土壌に適応するうえで重要な役割を担うことが示唆された.

はじめに:リン資源の問題と農芸化学

リンは植物にとって生育を制限する要因になりやすい必須元素である.そのため,作物の生産においてはリン酸質肥料などの形で農地に投入されるが,リン酸質肥料の原料となるリン鉱石資源は数十年以内の枯渇が懸念される有限の資源である(1)1) 和崎 淳:土づくりとエコ農業,45, 10 (2013)..人間活動におけるリンの利用は,農業や畜産業など食糧生産産業における利用量が8割以上を占めるため,増加し続ける人口を支えるうえでリン資源の持続的な利用は喫緊の課題の一つとなっている.

農地に投入されたリンの多くは土壌中で難利用性の形態となり,作物に吸収される割合は高くても20%に満たず,施用されたリンの多くは土壌に蓄積されて残留する.また,下水汚泥など廃棄物からの再生利用についての取り組みも行われているが,現時点では再利用される割合は低く止まっている.植物によるリン利用効率の改善や,廃棄物などからの再利用においては,農芸化学分野の研究による寄与が大いに期待されるところである.

植物の難利用性リン吸収のための機構と「房状の根」

植物は通常,無機化合物である正リン酸(orthophosphate)としてリンを吸収する.土壌中のリンの利用効率が低い理由は,直接吸収することができない有機化合物(有機態リン酸)が多いことや,リン酸が金属イオンと結合しやすい性質をもち,難溶性リン酸となって土壌中を動きにくくなることによる.植物は低リン条件に置かれると,いくつかの戦略を用いてこれらの難利用性リンを可給化(吸収可能な形に変えること)する.その分子機構を図1図1■植物による難利用性リン酸の可給化のしくみに示した.土壌中で無機化合物,有機化合物にかかわらずリン酸はアルミニウム,カルシウム,鉄などの金属イオンと結合して難溶性となりやすいが,これを可溶化するために根から有機酸トランスポーターを用いて有機酸を分泌する.根から分泌される有機酸の主なものはトリカルボン酸であるクエン酸,ジカルボン酸であるリンゴ酸やシュウ酸である.これらの有機酸はキレート能を有し,リン酸と結合している金属イオンと錯体を形成して無機態リン酸あるいは有機態リン酸を可溶化する(図1図1■植物による難利用性リン酸の可給化のしくみ①~③).可溶化した有機態リン酸は,マスフローにより根の表面に近づき,細胞壁結合型あるいは分泌性のホスファターゼによって分解を受け,無機態リン酸となる(図1図1■植物による難利用性リン酸の可給化のしくみ④~⑦).このように,根の表面からおよそ2 mm程度からなる根圏においては可溶性の無機態リン酸が増加し,これを根の細胞膜にあるリン酸トランスポーターが吸収する(図1図1■植物による難利用性リン酸の可給化のしくみ⑧).

図1■植物による難利用性リン酸の可給化のしくみ

①有機酸トランスポーターによる有機酸の分泌,②有機酸のキレート能による難溶性有機態リン酸の可溶化,③有機酸のキレート能による難溶性無機態リン酸の可溶化,④マスフローによる可溶性有機態リン酸の移動,⑤細胞壁結合型ホスファターゼの輸送,⑥分泌性ホスファターゼの分泌,⑦ホスファターゼによる有機態リン酸の分解,⑧リン酸トランスポーターによるリン酸イオンの吸収.

難利用性リンの吸収を促す分子的な戦略に加え,植物の根は低リン条件下で表面積を増やすことが古くから知られている.このことは一般的な植物でも見られ,表皮細胞が変形してできる根毛の密度を高めたり,側根の数を増やしたりすることによって,表面積を拡大して個体あたりのリン酸吸収能を改善することにより低リン条件下に適応するための戦略であると理解されている.なかには,これらの一般的な植物で見られるよりはるかに高い密度で根毛や側根を形成し,極めて特徴的な形状となる「房状の根」を形成する植物群が存在する(表1表1■房状の根を形成する植物群と根のタイプ).双子葉植物の一部に見られるクラスター根は,2次根の限られた領域に短い側根が密に生じた試験管ブラシ状の構造である(2, 3)2) M. W. Shane & H. Lambers: Plant Soil, 274, 101 (2005).3) 和崎 淳:化学と生物,44, 420 (2006)..ダウシフォーム根およびキャピラロイド根は,単子葉植物の一部に見られる,長い根毛が密に生じて房状となった根である(4~6)4) M. W. Shane, K. W. Dixon & H. Lambers: New Phytol., 165, 887 (2004).5) M. W. Shane, G. R. Cawthray, M. D. Cramer, J. Kuo & H. Lambers: Plant Cell Environ., 29, 1989 (2006).6) H. Lambers, M. W. Shane, M. D. Cramer, S. J. Pearse & E. J. Veneklaas: Ann. Bot. (Lond.), 98, 693 (2006)..これらの房状の根を形成する植物は,自然植生では,極めてリンの乏しい土壌に分布することが多い.ここで挙げる房状の根においては,根の表面積を拡大するだけでなく,前述の可給化戦略も強めることがわかってきており,吸収効率を最大限に高めることで極めて貧栄養な環境に適応しているものと理解される.

表1■房状の根を形成する植物群と根のタイプ
区分根のタイプ文献
単子葉カヤツリグサ科ダウシフォーム根4, 5
イグサ科ダウシフォーム根4
サンアソウ科キャピラロイド根6
双子葉ウリ科クラスター根2
カバノキ科クラスター根2
グミ科クラスター根2
クワ科クラスター根2
マメ科クラスター根2
モクマオウ科クラスター根2
ヤマモガシ科クラスター根2
ヤマモモ科クラスター根2

クラスター根を形成する植物

クラスター根を形成する植物の多くは木本植物であり,生育が遅いこともあって研究の進展速度が必ずしも速くない.現時点で最も多くの知見が蓄積され,また農学的応用価値がある群としてマメ科のルピナス(Lupinus)属の植物がある.

1. マメ科ルピナス属植物

Lupinus属のマメ科植物にはクラスター根を形成するものと形成しないものとがある(7)7) K. R. Skene: Ann. Bot. (Lond.), 85, 901 (2000)..クラスター根を形成するLupinus属植物のうち,クラスター根の生理学的特徴はヨーロッパやオーストラリアでよく栽培される飼料作物のシロバナルーピン(Lupinus albus L.)を中心に明らかにされてきた(図2図2■シロバナルーピン(A)とリン欠乏条件で育てたときの根系(B)およびクラスター根(C)).

図2■シロバナルーピン(A)とリン欠乏条件で育てたときの根系(B)およびクラスター根(C)

バーはすべて1 cmを示す.

クラスター根は,表面積を拡大するだけでなく,土壌中に未利用のまま残っている難利用性リンを有効利用する有機酸および酸性ホスファターゼの分泌を顕著に高めることが知られている(3, 8, 9)3) 和崎 淳:化学と生物,44, 420 (2006).8) G. Neumann & E. Martinoia: Trends Plant Sci., 7, 162 (2002).9) J. Wasaki, T. Yamamura, T. Shinano & M. Osaki: Plant Soil, 248, 129 (2003).表2表2■各種植物の有機酸分泌速度に,各種の植物が有機酸を根から分泌する速度のデータをまとめた.クラスター根を形成するシロバナルーピンやヤマモガシ科のHakea属植物において,特に分泌速度が速いことが示されている(10, 11)10) D. L. Jones: Plant Soil, 205, 25 (1998).11) R. F. R. Roelofs, Z. Rengel, G. R. Cawthray, K. W. Dixon & H. Lambers: Plant Cell Environ., 24, 891 (2001)..シロバナルーピンを石灰質土壌で育てたときには,クラスター根から分泌されたクエン酸が土壌中のカルシウムと結合して生じたクエン酸カルシウムの結晶が目視で確認できるほど多量のクエン酸を分泌することが報告されている(12)12) B. Dinkelaker, V. Römheld & H. Marschner: Plant Cell Environ., 12, 285 (1989)..前述のとおり,有機酸は土壌中のリン酸を可溶化することを主な目的として分泌されると考えられるが,クエン酸やリンゴ酸は基本代謝経路であるクエン酸回路に含まれる代謝物であることから,多くの土壌微生物がこれを資化することが可能である.根圏は通常の土壌と比較して炭素がリッチになる環境であり,土壌微生物密度は通常2桁程度多くなる.この微生物からの分解を防ぐしくみとして,根圏pHを低下させて細菌の生育を抑えたり,フラボノイド分泌による菌類の胞子形成を促したり,細胞壁を分解する酵素(キチナーゼやグルカナーゼ)を分泌したりする(13)13) L. Weisskopf, E. Abou-Mansour, N. Fromin, N. Tomasi, D. Santelia, I. Edelkott, G. Neumann, M. Aragno, R. Tabacchi & E. Martinoia: Plant Cell Environ., 29, 919 (2006)..こうした応答を通して,クラスター根の発達に伴い特異的な根圏微生物群集構造が形成されていることも示されている(14, 15)14) P. Marschner, G. Neumann, A. Kania, L. Weisskopf & R. Lieberei: Plant Soil, 246, 167 (2002).15) J. Wasaki, A. Rothe, A. Kania, G. Neumann, V. Römheld, T. Shinano, M. Osaki & E. Kandeler: J. Environ. Qual., 34, 2157 (2005).

表2■各種植物の有機酸分泌速度
有機酸分泌速度(nmol g−1 FW s−1文献
ヤマモガシ科Hakea prostrata*1.0–2.510
マメ科Lupinus albus*(シロバナルーピン)0.2–0.810
Cajanus cajan(キマメ)0.0311
アブラナ科Brassica napus(ナタネ)0.01–0.0511
イネ科Oryza sativa(イネ)0.01–0.1211
Triticum aestivum(コムギ)0.0911
Zea mays(トウモロコシ)0.03–0.3810
Sorghum bicolor(ソルガム)0.001–0.00610
クラスター根を形成する植物は*で示した.

シロバナルーピンは,酸性ホスファターゼの分泌能が高いことでも知られる(16)16) T. Tadano, K. Ozawa, H. Sakai, M. Osaki & H. Matsui: Plant Soil, 155/156, 95 (1993)..シロバナルーピン根分泌性の酸性ホスファターゼは電気泳動的に1種類しかなく,精製酵素は基質特異性が低く,幅広い領域の温度やpHに安定で,土壌中での安定性も高い(16~18)16) T. Tadano, K. Ozawa, H. Sakai, M. Osaki & H. Matsui: Plant Soil, 155/156, 95 (1993).17) K. Ozawa, M. Osaki, H. Matsui, M. Homma & T. Tadano: Soil Sci. Plant Nutr., 41, 461 (1995).18) M. Li & T. Tadano: Soil Sci. Plant Nutr., 42, 753 (1996)..これらの性質は根圏土壌中ではたらくうえで極めて有利な特性であり,シロバナルーピンが低リン条件下でも比較的よく育つ特性を支えていると考えられる.

筆者らは本酵素をコードする遺伝子LASAP2を単離し(19)19) J. Wasaki, M. Omura, M. Ando, H. Dateki, T. Shinano, M. Osaki, H. Ito, H. Matsui & T. Tadano: Soil Sci. Plant Nutr., 46, 427 (2000).,過剰発現させたタバコにおいて有機態リン酸の利用効率が高まることを示した(20, 21)20) J. Wasaki, H. Maruyama, M. Tanaka, T. Yamamura, H. Dateki, T. Shinano, S. Ito & M. Osaki: Soil Sci. Plant Nutr., 55, 107 (2009).21) H. Maruyama, T. Yamamura, Y. Kaneko, H. Matsui, T. Watanabe, T. Shinano, M. Osaki & J. Wasaki: Soil Sci. Plant Nutr., 58, 41 (2012)..また,LASAP2の精製酵素を土壌中に添加した場合にも別の植物のリン吸収を増加させる効果を示すことが示されている(22)22) T. Tadano & K. Komatsu : Trans. 15th World Congr. Soil Sci., 9, 521 (1994)..しかしながら,酵素だけによる土壌への効果は限定的であり,可溶性の基質に限られた.このことは,有機態リンも難溶性になることが重大な問題になることを示している.つまり,有機酸が可溶化してこれをホスファターゼが分解する,ということが重要となるだろう.酵素を土壌添加するなどの方法で活用するためには,可溶化の道筋をつけることが鍵となると考えられる.

2. ヤマモガシ科植物

地質学的に古い土壌では,長い期間溶脱や侵食を受けることに伴い,リンが極めて乏しくなる(23)23) H. Lambers, J. A. Raven, G. R. Shaver & S. E. Smith: Trends Ecol. Evol., 23, 95 (2008)..特にこれが特徴的なのは西オーストラリアで,クラスター根を形成するヤマモガシ科が多く分布し,ヤマモガシ科植物が優占した極相林を形成する場合もある.

西オーストラリア原産のヤマモガシ科植物では,極めて特徴的な試験管ブラシ状のクラスター根を形成する(図3図3■ヤマモガシ科植物とクラスター根AB).これまで,Hakea属やBanksia属で多くの研究が行われ,これらヤマモガシ科植物のクラスター根では有機酸分泌の増大が見られる(表2表2■各種植物の有機酸分泌速度)ことや,ホスファターゼ活性が高まることなど,前述のシロバナルーピンと同様に難利用性リンの可給化能を示すことが明らかにされている(24, 25)24) M. W. Shane, M. de Vos, S. de Roock, G. R. Cawthray & H. Lambers: Plant Soil, 248, 209 (2003).25) P. F. Grierson & N. B. Comerford: Plant Soil, 218, 49 (2000)..また,これらのヤマモガシ科植物は極めて乏しいリンの条件下で生育することから,吸収する能力だけでなく,一度体内に取り込んだリンを有効利用することも明らかにされてきた.リンを含む生体分子として量の多いものにRNAやリン脂質があるが,これを分解して再利用するために,RNAのうち最も量の多いrRNAを減らすことや,膜脂質を構成する脂質のうちリン脂質の割合を減らすことなどが最近になって明らかにされている(26)26) R. Sulpice, H. Ishihara, A. Schlereth, G. R. Cawthray, B. Encke, P. Giavalisco, A. Ivacov, S. Arrivault, R. Jost, N. Krohn et al.: Plant Cell Environ., 37, 1276 (2014)..ここでRNAやリン脂質から減らされたリンは,若い葉などのより優先的に必要な部位に運ばれ,そこで必要なリン化合物として使われる.つまり,ヤマモガシ科植物は,難利用性リンの吸収能が高いだけでなく,一度取り込んだリンの有効利用を行う能力も高く,体の内外の戦略を総合して低リン耐性の強いグループであると言えるだろう.

図3■ヤマモガシ科植物とクラスター根

(A)とそのクラスター根(B),クラスター根を形成したヤマモガシ(C).バーはすべて2 cmを示す.

ヤマモガシ科植物は,オーストラリアや南アフリカなどの旧ゴンドワナ大陸に広く分布する木本の双子葉植物で,約80属1,500種がある.これまでにリン栄養と関係した研究例があるのはオーストラリア原産のもの以外では南アフリカやチリなど南半球に自生するものに限られており,北半球ではハワイのマカダミアの研究例があるのみである(27)27) N. V. Hue: Plant Soil, 318, 93 (2009)..わが国には,ヤマモガシ(Helicia cochinchinensis)の1属1種のみが自生しており,ヤマモガシ科植物ではほぼ北限の生息地と考えられる.

ヤマモガシは,静岡県以西の西日本の暖地に分布し,広島県内では宮島(広島県廿日市市)や大黒神島(広島県江田島市)に自生することが知られている.これらの地域の地質は花崗岩を母岩とし,リンなどの栄養塩が比較的乏しい土壌である.このことから,筆者らは宮島に生育するヤマモガシを対象としてクラスター根の形成の有無と低リン適応戦略について調査を行っている.

宮島に自生するヤマモガシの成木の根元や実生を掘り起こしたところ,比較的簡単に典型的なクラスター根を見いだすことができた.図3図3■ヤマモガシ科植物とクラスター根Cには砂耕栽培したヤマモガシと,クラスター根の様子を示す.クラスター根の根圏では,これまでに知られているHakea属植物などと同様に有機酸の分泌を強めたり,ホスファターゼ活性を高めたりして,リンの少ない環境に適応していることが示された(28)28) 山内大輝,丸山隼人,内田慎治,向井誠二,坪田博美,和崎 淳:植物研究雑誌,90, 103 (2015)..宮島でヤマモガシが生育する土壌の可給態(可給化された状態)のリンは2.0~2.5 mg-P kg soil−1程度であり,西オーストラリアに見られる極めてリンに乏しい砂丘土壌における可給態リンと比較するとやや高いものの,通常の農耕地における可給態リンの1/100程度と極めて低いレベルである.このことから,ヤマモガシはわが国の土壌では優占するほどではないにせよ,日本の低リン土壌に適応し,ある程度の個体数が生息してきたものと判断される.

密な根毛により房状の根を形成する植物

単子葉植物では,密な側根の集合であるクラスター根を形成するのではなく,密な根毛を集合させて房状の形状をとるダウシフォーム根を主にカヤツリグサ科植物が(4, 5)4) M. W. Shane, K. W. Dixon & H. Lambers: New Phytol., 165, 887 (2004).5) M. W. Shane, G. R. Cawthray, M. D. Cramer, J. Kuo & H. Lambers: Plant Cell Environ., 29, 1989 (2006).,キャピラロイド根をサンアソウ科植物が形成する(6)6) H. Lambers, M. W. Shane, M. D. Cramer, S. J. Pearse & E. J. Veneklaas: Ann. Bot. (Lond.), 98, 693 (2006).ことが知られている(表1表1■房状の根を形成する植物群と根のタイプ).

ダウシフォーム根は,成熟過程の中間的な形状がニンジンのような形態をとるため,ニンジン(Dauci-;ニンジンの学名Daucus carotaに由来)のような形(form)という名称がつけられた.表皮細胞が変形した根毛は,ほとんどすべての表皮細胞から形成されるとともに,極端に長くなり,集合体として房状の形状をとる(図4図4■カヤツリグサ科Carex macroglossaの根系(A)およびダウシフォーム根(B)).

図4■カヤツリグサ科Carex macroglossaの根系(A)およびダウシフォーム根(B)

典型的なダウシフォーム根を矢印で示した.バーはAが1 cm,Bが2 mmを示す.

構造上は,ダウシフォーム根はクラスター根とは大きく異なるものの,根の表面積を増やすことに加え,有機酸やホスファターゼなどの根分泌を増大させて難利用性リンを可給化する能力が強まる点で,同様な意義があると考えられている(5)5) M. W. Shane, G. R. Cawthray, M. D. Cramer, J. Kuo & H. Lambers: Plant Cell Environ., 29, 1989 (2006)..筆者らは,西日本地域の貧栄養土壌に比較的普遍的に自生しているナキリスゲ(Carex lenta)を材料とした調査を行ったところ,リン濃度が少ない土壌でダウシフォーム根の数が有意に多いこと,根圏土壌においては非根圏土壌と比較して可給態の無機態リンが56~80%多くなることが示された.すなわち,日本に自生するカヤツリグサ科植物においても,低リン環境でダウシフォーム根の形成が誘導され,難利用性リンを可給化する能力が高いものと理解される.

カヤツリグサ科植物のうち,ダウシフォーム根の形成に関する研究例の多くはやはり極端に貧栄養なオーストラリアの事例が多い.日本でもカヤツリグサ科は普遍的に見られるものの,これまであまり研究されてこなかった.筆者らは,西日本を中心に野生のカヤツリグサ科植物28種について調査したところ,14種からダウシフォーム根の形成を確認することができた.そのうち,Kyllingaなど4属についてはこれまでに知られていない属からの発見である.現在のところ知見はまだ蓄積されていないが,ダウシフォーム根を形成して土壌中の難利用性リンを可給化する戦略は,日本在来のカヤツリグサ科植物にとって普遍的なのかもしれない.

おわりに

日本にも極めてリンの少ない土壌は存在する.日本の貧栄養土壌に自生する植物群の生態を理解することは,リンの有効利用戦略を理解することにつながるため重要である.陸上植物の多くは菌根菌との共生によりリン吸収が支えられている場合が多いが,本稿で取り上げた房状の根をつくる植物群は,菌根菌との非共生の植物が多い.リンの吸収における菌根菌への投資よりもクラスター根の機能を優先していると考えられる.

また,根分泌物のうち特に量の多い有機酸は微生物によって容易に消費を受ける.微生物によって有機酸が消費されることに伴って,微生物バイオマスへ土壌中のリンが蓄積されることは自明である.また,クラスター根の形成は微生物が存在することで促進されることが示唆されている(3)3) 和崎 淳:化学と生物,44, 420 (2006)..これらの観点から考えても,植物微生物間相互作用という視点は重要であろう.

リンは限りある資源であり,土壌中に蓄積している未利用リンの利用ということは古くて新しい課題である.実際に土壌中で起きていることを明らかにしつつ,農学的に有用な分子(酸性ホスファターゼや有機酸分泌にかかわる輸送体など)を活用する方法を検討するという点で,今後の研究の進展が期待される.

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