Kagaku to Seibutsu 55(3): 203-209 (2017)
セミナー室
食品タンパク質由来腸内細菌代謝産物が導く慢性腎不全の進行促進メカニズムタンパク質の少ない食事が慢性腎不全の悪化を防ぐ理由とは…?
Published: 2017-02-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
近年,わが国では,食の欧米化や高齢化に伴い,生活習慣病患者が増加していることは周知のとおりである.生活習慣病として一般的にイメージするのは,肥満を起因とした糖尿病や高血圧,そして動脈硬化である.しかし,慢性腎不全患者の増加も,現状として軽視できない状況にある.2012年現在,日本腎臓学会の発表によると,日本では成人の約8人に1人に当たる約1,330万人の慢性腎不全患者がいるとされ,新たな国民病として考え始められている.慢性腎不全は現在,不可逆的な病変と考えられており,末期まで進行が進むと,排尿量が大幅に減少する.よって,体外に尿として排出すべき老廃物(尿毒素)が体内に蓄積されてしまうことから,それを除去するために透析治療が必要となる.日本は世界第1位の透析大国であり,現在の透析患者数はすでに30万人を超え,さらに毎年1万人ずつ増え続けていくと予想されている.透析導入の問題点とてしてまず挙がるのは,患者のQuality of Life(QOL)の低下である.透析治療は標準的に,「週3回」,「一日4時間」の処置であり,透析導入は患者への負担が非常に大きい.また,ほかの問題点として,透析治療に要する年間の国民医療費が挙げられている.その総額は1兆5千億円を超えており,医療経済的にも最重要課題の一つとなっている.したがって,慢性腎不全の進行を遅延させることで透析患者数の増加を抑えることは,透析導入による慢性腎不全患者のQOLの低下を防ぐだけでなく,国民医療費の増加に対する社会問題を解決する重要な手段となりうる.
慢性腎不全の中には,免疫学的な異常による慢性糸球体腎炎のように,食習慣の悪化や高齢化による腎機能の低下を起因としないケースもあるが,慢性腎不全中期からの進行メカニズムは,共通の機序で行われると想定されている.そのため,発症原因とは関係なく,中期からは同様の治療法が処置される.慢性腎不全の代表的な治療法には,タンパク質摂取量や塩分摂取量を制限した食事療法,薬物療法による血圧管理,貧血改善,脂質代謝管理,糖代謝管理などがある.この中でも,特に低タンパク食による食事療法は,古くから慢性腎不全の進行遅延に対する有効的な治療法として位置づけられている.しかし,低タンパク食療法の有効性に対するメカニズムについて,その詳細は不明な点が多い.そこで本稿では,腸内細菌の代謝産物に焦点を当て,摂取した食品タンパク質による慢性腎不全の進行促進メカニズムについて,筆者がこれまでに見いだしてきた知見を中心に紹介する.
摂取したタンパク質に含まれるトリプトファンは,図1図1■摂取した食品タンパク質からインドキシル硫酸が産生されるまでの過程にあるように,大腸内で腸内細菌(大腸菌など)が有しているトリプトファナーゼによって,インドールへと変換される.産生されたインドールは腸管から吸収された後,門脈を介して肝臓に蓄積され,そこで薬物代謝酵素群チトクロムP450に属するチトクロムP450 2E1(Cytochrome P450 2E1; CYP2E1)とチトクロムP450 2A6(Cytochrome P450 2A6; CYP2A6)によって酸化的代謝を受け,インドキシルが生成される.さらにインドキシルは,硫酸転移酵素1A1(Sulfotransferase 1A1; SULT1A1)の媒介により硫酸抱合され,インドキシル硫酸となる.インドキシル硫酸は代表的な尿毒素の一つであり,腎機能が正常に機能している際は尿とともに体外へ排出されるが,腎機能の低下による排尿量の減少に伴い,血中に蓄積される.このインドールおよびインドキシル硫酸が,腎不全の進行促進に関与していると示唆される発端となったのは,現在では慢性腎不全に対する代表的な治療薬となっているAST-120を用いた,慢性腎不全モデルラットによる解析であった(1)1) T. Niwa, T. Miyazaki, N. Hashimoto, H. Hayashi, M. Ise, Y. Uehara & K. Maeda: Am. J. Nephrol., 12, 201 (1992)..慢性腎不全モデルラットにAST-120を摂取させると,AST-120は腸管内でインドールを吸着し,糞とともにインドールを体外へ排出する.その結果,インドールは腸管からの吸収を阻害され,血中インドキシル硫酸濃度が低下し,それに伴って慢性腎不全の進行が抑制された.そこで,慢性腎不全モデルラットにインドールを摂取させたところ,血中インドキシル硫酸濃度の上昇とともに,慢性腎不全の進行が確認された(2)2) T. Niwa, M. Ise & T. Miyazaki: Am. J. Nephrol., 14, 207 (1994)..以上から,腸内細菌によって産生される,食品タンパク質由来トリプトファン代謝産物であるインドールが,腎不全の進行促進に対する原因の一つであることが明らかとなった.
肝臓におけるインドールの代謝産物であるインドキシル硫酸の特徴的な問題点として,血中に存在するインドキシル硫酸の90%以上がアルブミンと結合しているため,透析による除去が部分的となってしまうことである.そのため,慢性腎不全の合併症である動脈硬化の発症・進展などにも,インドキシル硫酸が関与していると考えられている.循環血中のインドキシル硫酸濃度は,健常者では10 μM以下であるが,末期慢性腎不全患者では平均で約250 μM,最大で550 μM前後の濃度に達する(3).3) T. Niwa & M. Ise: J. Lab. Clin. Med., 124, 96 (1994).
インドキシル硫酸は,有機アニオントランスポーター1(Organic anion transporter 1; OAT1)や有機アニオントランスポーター3(Organic anion transporter 3; OAT3)を介して細胞内に取り込まれる(図2図2■インドキシル硫酸の細胞内取り込み機構およびその受容体).したがって,インドキシル硫酸の標的細胞は,OAT1やOAT3が発現している細胞となる.慢性腎不全の進行には,腎臓の尿細管と呼ばれる組織に存在する近位尿細管細胞の線維化,それに伴う機能障害が関与している.近位尿細管細胞はOAT3が高発現している代表的な細胞であり,慢性腎不全モデルラットを用いた解析では,インドキシル硫酸が近位尿細管細胞に蓄積されていることが確認されている(4, 5)4) A. Enomoto, M. Takeda, A. Tojo, T. Sekine, S. H. Cha, S. Khamdang, F. Takayama, I. Aoyama, S. Nakamura, H. Endou et al.: J. Am. Soc. Nephrol., 13, 1711 (2002).5) T. Miyazaki, I. Aoyama, M. Ise, H. Seo & T. Niwa: Nephrol. Dial. Transplant., 15, 1773 (2000)..この結果からも,慢性腎不全の進行促進にインドキシル硫酸が関与していることが推察される.
OAT1: Organic anion transporter 1(有機アニオントランスポーター1),OAT3: Organic anion transporter 3(有機アニオントランスポーター3), AHR: Aryl hydrocarbon receptor(細胞内シグナル伝達分子および転写因子),CYP1A1: Cytochrome P450 1A1(チトクロムP450 1A1; 酸化還元酵素の一種),AHRR: Aryl hydrocarbon receptor repressor (AHRに対するネガティブレギュレーター).
インドキシル硫酸の主な受容体は,ダイオキシン受容体として知られているAryl hydrocarbon receptor(AHR)が報告されており(6)6) J. C. Schroeder, B. C. Dinatale, I. A. Murray, C. A. Flaveny, Q. Liu, E. M. Laurenzana, J. M. Lin, S. C. Strom, C. J. Omiecinski, S. Amin et al.: Biochemistry, 49, 393 (2010).,近位尿細管細胞においても,インドキシル硫酸によるAHRの活性化は確認されている(図2図2■インドキシル硫酸の細胞内取り込み機構およびその受容体).インドキシル硫酸はAHRと結合した後,リン酸化/脱リン酸化などを介した細胞内シグナル伝達経路を活性化させる.加えて,AHRは転写因子としても機能しており,チトクロムP450 1A1(Cytochrome P450 1A1; CYP1A1)やAryl hydrocarbon receptor repressor(AHRR)などのさまざまな遺伝子の発現制御にかかわっている.そのため,慢性腎不全の進行にAHRが関与していると考えられている.しかし一方で,高脂血症治療薬であるスタチンによるAHRの活性化は,慢性腎不全の進行抑制・改善効果があると報告されている(7)7) T. Toyohara, T. Suzuki, R. Morimoto, Y. Akiyama, T. Souma, H. O. Shiwaku, Y. Takeuchi, E. Mishima, M. Abe, M. Tanemoto et al.: J. Am. Soc. Nephrol., 20, 2546 (2009)..そこで筆者らは,ヒトの腎機能におけるAHRの生理的作用を,AHRの活性化により発現誘導され,そしてAHRのネガティブフィードバック機構として機能しているAHRRに着目し,その多型からAHRが腎機能に与える影響について検証した.この解析結果より,AHRの活性化は,腎機能の低下に関与することが示唆された(投稿中).そのため筆者は,薬剤投与のような多量なリガンド条件下ではAHRは進行遅延に寄与するが,生理的な条件下では病態進行に関与していると考えている.しかし,AHRのこの相反する作用メカニズムを明らかにするには,さらなる解析が必要である.
最近の研究結果から,組織の細胞老化は,その組織の機能不全の発端となっていると考えられている.代表的な細胞老化マーカー遺伝子としてp53とp21が知られているが,近位尿細管細胞に対してインドキシル硫酸は,活性酸素種(Reactive oxygen species; ROS)の産生を介した転写因子Nuclear factor-κB(NF-κB)の活性化により,これら遺伝子の発現増加を導く.また,産生された活性酸素種によるp53の活性化は,p53自身の発現量を上昇させる.以上の結果,p21が発現誘導され,細胞老化へとつながる(8, 9)8) H. Shimizu, D. Bolati, A. Adijiang, G. Muteliefu, A. Enomoto, F. Nishijima, M. Dateki & T. Niwa: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 301, C1201 (2011).9) H. Shimizu, D. Bolati, A. Adijiang, A. Enomoto, F. Nishijima, M. Dateki & T. Niwa: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 299, C1110 (2010).(図3図3■細胞老化および線維化誘導に対する作用経路).加えて腎臓は,抗老化遺伝子の一つとして知られているKlothoが高発現している主要な臓器であり,インドキシル硫酸はKlothoに対しては,活性酸素種の産生を介したNF-κBの活性化により,その発現低下を導く(10)10) H. Shimizu, D. Bolati, A. Adijiang, Y. Adelibieke, G. Muteliefu, A. Enomoto, Y. Higashiyama, Y. Higuchi, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Nephrol., 33, 319 (2011).(図3図3■細胞老化および線維化誘導に対する作用経路).さらに,インドキシル硫酸によって活性化された転写因子Signal transducer and activator of transcription 3(Stat3)は,NF-κBの構成サブユニットの一つであるp65 RelAの発現上昇を導くことで,細胞老化を誘導することも明らかとなっている(11)11) H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Nephrol., 36, 184 (2012).(図3図3■細胞老化および線維化誘導に対する作用経路).
ROS: Reactive oxygen species(活性酸素種;細胞内シグナル伝達分子),Stat3: Signal transducer and activator of transcription 3(転写因子),NF-κB: Nuclear factor-κB(転写因子),TGF-β1: Transforming growth factor-β1(トランスフォーミング増殖因子-β1; 増殖因子/繊維化マーカー遺伝子),α-SMA: α-Smooth muscle actin(α-平滑筋アクチン;線維化マーカー遺伝子).
赤:活性化,青:遺伝子発現上昇,緑:遺伝子発現抑制.
インドキシル硫酸による近位尿細管細胞の線維化は,細胞老化を介して引き起こされる.インドキシル硫酸によって活性化されたp53やStat3によって,線維化にかかわるα-平滑筋アクチン(α-Smooth muscle actin; α-SMA)の発現量が増加し,同時にp53の活性化によって,線維化誘導にかかわるトランスフォーミング増殖因子-β1(Transforming growth factor-β1; TGF-β1)の発現量も上昇する(8, 9, 11, 12)8) H. Shimizu, D. Bolati, A. Adijiang, G. Muteliefu, A. Enomoto, F. Nishijima, M. Dateki & T. Niwa: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 301, C1201 (2011).9) H. Shimizu, D. Bolati, A. Adijiang, A. Enomoto, F. Nishijima, M. Dateki & T. Niwa: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 299, C1110 (2010).11) H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Nephrol., 36, 184 (2012).12) H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Nephrol., 37, 97 (2013).(図3図3■細胞老化および線維化誘導に対する作用経路).また,分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(Mitogen-activated protein kinase; MAPK)の一つである細胞外シグナル調節キナーゼ(Extracellular signal-regulated kinase; ERK)の活性化を介して,TGF-β1のシングル伝達上に存在するSmad3の発現増加を導くことで,TGF-β1のシグナル伝達強度の亢進に関与し,線維化進行の促進に寄与していると考えられている(12)12) H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Nephrol., 37, 97 (2013).(図4図4■MCP-1の発現および線維化誘導に対する作用経路).
Stat3: Signal transducer and activator of transcription 3(転写因子),JNK: c-Jun N-terminal kinase(c-jun N末端リン酸化酵素;細胞内シグナル伝達分子),ERK: Extracellular signal-regulated kinase(細胞外シグナル調節キナーゼ;細胞内シグナル伝達分子),MCP-1: Monocyte chemotactic and activating factor(単球走化性因子-1; ケモカイン),TGF-β1: Transforming growth factor-β1(トランスフォーミング増殖因子-β1; 増殖因子/繊維化マーカー遺伝子),α-SMA: α-Smooth muscle actin(α-平滑筋アクチン;線維化マーカー遺伝子).
赤:活性化,青:遺伝子発現上昇.
近位尿細管細胞へのマクロファージの集積は,慢性腎不全の進行に大きな影響を及ぼす.この集積過程には,単球走化性因子-1(Monocyte chemotactic and activating factor-1; MCP-1)と細胞間接着因子-1(Intercellular adhesion molecule-1; ICAM-1)がかかわっている.MCP-1には単球を引き寄せる作用があるため,その発現部位に単球が集まる.集まった単球は,近位尿細管細胞の膜表面に発現しているICAM-1との接着を介して組織内へと浸潤し,マクロファージへと分化する.組織内に集積したマクロファージは,TGF-β1を発現・産生するため,近位尿細管細胞の線維化が促され,慢性腎不全が進行する.インドキシル硫酸長期投与ラットの腎臓において,MCP-1とICAM-1が発現上昇しており,そして同部位で,マクロファージの浸潤が観察されている.したがって,インドキシル硫酸は,この過程にも関与している.この過程における作用メカニズムについては,インドキシル硫酸によって活性化されたMAPKファミリーであるERKとc-Jun N末端リン酸化酵素(c-Jun N-terminal kinase; JNK)の活性化が,MCP-1の発現上昇を導いている(13)13) H. Shimizu, D. Bolati, Y. Higashiyama, F. Nishijima, K. Shimizu & T. Niwa: Life Sci., 90, 525 (2012).(図4図4■MCP-1の発現および線維化誘導に対する作用経路).また,活性酸素種の産生と,NF-κB, p53, Stat3の活性化を介してMCP-1の発現量が増加する(11, 13)11) H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Nephrol., 36, 184 (2012).13) H. Shimizu, D. Bolati, Y. Higashiyama, F. Nishijima, K. Shimizu & T. Niwa: Life Sci., 90, 525 (2012)..ICAM-1の発現上昇に関しては,活性酸素種の産生,NF-κBとp53の活性化を介して促されている(14)14) H. Shimizu, M. Yisireyili, Y. Higashiyama, F. Nishijima & T. Niwa: Life Sci., 92, 143 (2013).(図4図4■MCP-1の発現および線維化誘導に対する作用経路, 5).以上から,インドキシル硫酸は,近位尿細管細胞の線維化を直接引き起こすだけでなく,マクロファージの浸潤・集積も誘発することで,慢性腎不全の進行促進にかかわっていると考えられている.
MCP-1: Monocyte chemotactic and activating factor(単球走化性因子-1; ケモカイン),ICAM-1: Intercellular adhesion molecule-1(細胞間接着因子-1),ROS: Reactive oxygen species(活性酸素種;細胞内シグナル伝達分子),NF-κB: Nuclear factor-κB, Nrf2: NF-E2-related factor 2, HO-1: Heme oxygenase-1(ヘムオキシゲナーゼ-1; 抗酸化遺伝子),NQO1: NAD(P)H quinone dehydrogenase 1 (NAD(P)Hキノン脱水素酵素1; 抗酸化遺伝子).
赤:活性化,青:遺伝子発現上昇,緑:遺伝子発現抑制.
生体は,酸化と抗酸化のバランスを調節することで恒常性を維持しているが,その維持機能を担っている活性酸素種に対する感受性転写因子として,NF-E2-related factor 2(Nrf2)が知られている.しかし,慢性腎不全モデルラットやインドキシル硫酸長期投与ラットの腎臓では,Nrf2とその標的遺伝子である抗酸化遺伝子ヘムオキシゲナーゼ-1(Heme oxygenase-1; HO-1)とNAD(P)Hキノン脱水素酵素1(NAD(P)H quinone dehydrogenase 1; NQO1)の発現量は低下しており,逆に活性酸素種のレベルは上昇している.このNrf2の発現低下には,インドキシル硫酸によるNF-κBの活性化が関与していると考えられている(15)15) D. Bolati, H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima & T. Niwa: BMC Nephrol., 14, 56 (2013).(図5図5■MCP-1とICAM-1および抗酸化遺伝子の発現制御に対する作用経路).活性酸素種の産生は,インドキシル硫酸のみならず,後述するアンジオテンシンII(Angiotensin II)によっても産生が促されており,慢性腎不全の進行に大きくかかわっている.よってインドキシル硫酸は,抗酸化遺伝子の発現制御系を破綻させ,インドキシル硫酸自身やアンジオテンシンIIのシグナル伝達強度の亢進によって慢性腎不全の進行促進に寄与している可能性が高い.
慢性腎不全の進行過程において,レニン–アンジオテンシン系(Renin–angiotensin system)が亢進している.そのため,レニン–アンジオテンシン系を標的とした薬剤は,慢性腎不全の進行遅延に対して非常に有効であり,現在でも代表的な治療薬となっている.レニン–アンジオテンシン系の概略は,以下のとおりである(図6図6■Renin–Angiotensin系に対する作用経路).アンジオテンシノーゲン(Angiotensinogen)からレニン(renin)によって,アンジオテンシンI(Angiontensin I)が産生される.産生されたアンジオテンシンIは,アンジオテンシン変換酵素(Angiotensin-converting enzyme; ACE)によってアンジオテンシンIIとなり,このアンジオテンシンIIが近位尿細管の線維化を導くことで,慢性腎不全の進行に関与している.加えて最近では,レニンとその前駆体であるプロレニン((Pro)renin)の受容体が同定され,プロレニン受容体((Pro)renin receptor, (P)RR)を介した慢性腎不全の進行についても明らかとなっている.インドキシル硫酸は,このレニン–アンジオテンシン系に対して,アンジオテンシノーゲン,プロレニン受容体,そしてプロレニンの発現増加を近位尿細管細胞で導いている(16~18).16) H. Shimizu, S. Saito, Y. Higashiyama, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 304, C685 (2013).18) S. Saito, H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima, A. Enomoto & T. Niwa: Endocrinology, 55, 1899 (2014).
ROS: Reactive oxygen species(活性酸素種;細胞内シグナル伝達分子),CREB: cAMP response element binding protein(転写因子),NF-κB: Nuclear factor-κB(転写因子),Stat3: Signal transducer and activator of transcription 3(転写因子),NOX4: NADPH oxidase 4(NADPHオキシダーゼ4),Renin–angiontesin system(レニン–アンジオテンシン系),Angiotensinogen(アンジオテンシノーゲン;アンジオテンシンI前駆体),Renin(レニン;プロテアーゼ),(Pro)renin(プロレニン;レニン前駆体),Furin(フーリン;プロテアーゼ)(P)RR: (Pro)renin receptor(プロレニン受容体;レニンおよびプロレニンの受容体),Prorenin/(P)RR: (Pro)renin receptor(プロレニン・プロレニン受容体複合体;アンジオテンシノーゲンに対するプロアーゼおよび細胞内シグナル伝達分子),Angiotensin I(アンジオテンシンI; アンジオテンシンII前駆体),ACE: Angiotensin-converting enzyme(アンジオテンシン変換酵素;プロテアーゼ),Angiotensin II(アンジオテンシンII; ペプチドホルモン),TGF-β1: Transforming growth factor-β1(トランスフォーミング増殖因子-β1; 増殖因子/繊維化マーカー遺伝子),α-SMA: α-Smooth muscle actin(α-平滑筋アクチン;線維化マーカー遺伝子).
赤:活性化,青:遺伝子発現上昇.
図6図6■Renin–Angiotensin系に対する作用経路に示されているとおり,インドキシル硫酸によるアンジオテンシノーゲンの発現増加には,NF-κBと転写因子cAMP response element binding protein(CREB)の活性化,そして活性酸素種の産生を司るNADPHオキシダーゼの一つであるNADPHオキシダーゼ4(NADPH oxidase 4; NOX4)の発現増加がかかわっている.NOX4はほかのNADPHオキシダーゼとは異なり,恒常的に活性酸素種を産生するため,NOX4の発現増加によって細胞内の活性酸素種の濃度は上昇すると考えられている.NF-κBとCREBの活性化には活性酸素種がかかわっていることから,NOX4の発現上昇に伴い細胞内の活性酸素種濃度が上昇し,その結果,NF-κBとCREBのさらなる活性化が導かれる.加えて,NF-κBとCREBは,それぞれが発現誘導を引き起こす.つまり,NF-κBとCREBの活性化が起因となり,NF-κB, CREB, NOX4の三者が協調的に働くことで,アンジオテンシノーゲンの持続的な発現増加が導かれると考えられている(16).16) H. Shimizu, S. Saito, Y. Higashiyama, F. Nishijima & T. Niwa: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 304, C685 (2013).
インドキシル硫酸は,プロレニンとその受容体であるプロレニン受容体の発現上昇を,活性酸素種の産生を介したNF-κBとStat3の活性化によって導き,その結果としてレニン・プロレニン/プロレニン受容体シグナルを亢進させ,腎臓近位尿細管細胞の線維化を導く(17, 18)17) S. Saito, M. Yisireyili, H. Shimizu, H. Y. Ng & T. Niwa: J. Ren. Nutr., 25, 145 (2015).18) S. Saito, H. Shimizu, M. Yisireyili, F. Nishijima, A. Enomoto & T. Niwa: Endocrinology, 55, 1899 (2014).(図6図6■Renin–Angiotensin系に対する作用経路).またプロレニンは,フーリンによってレニンに変換をされなくても,プロレニン受容体と複合体を形成することでレニンと同等の酵素活性を発揮できる.したがって,インドキシル硫酸によって発現増加したプロレニンとプロレニン受容体は,複合体を形成することで,同様にインドキシル硫酸によって発現上昇したアンジオテンシノーゲンに対して作用し,アンジオテンシンIIの産生を促進させる.最終的に,アンジオテンシンIIの産生量が増加し,慢性腎不全の進行促進へとつながっていくと予想される.
本稿では,食品タンパク質由来腸内細菌代謝産物による慢性腎不全の進行促進メカニズムについて紹介したが,インドキシル硫酸は慢性腎不全の合併症である,心血管疾患(19~21)19) H. Shimizu, Y. Hirose, F. Nishijima, Y. Tsubakihara & H. Miyazaki: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 297, C389 (2009).21) Z. Tumur, H. Shimizu, A. Enomoto, H. Miyazaki & T. Niwa: Am. J. Nephrol., 31, 435 (2010).,骨粗鬆症(22)22) Y. Iwasaki, H. Yamato, T. Nii-Kono, A. Fujieda, M. Uchida, A. Hosokawa, M. Motojima & M. Fukagawa: J. Bone Miner. Metab., 24, 172 (2006).,そして腎性貧血(23)23) H. Asai, J. Hirata, A. Hirano, K. Hirai, S. Seki & M. Watanabe-Akanuma: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 310, C142 (2016).などの発症要因にもなっている.さらに最近では,健常者においても加齢とともに血中インドキシル硫酸濃度が上昇し,それが腎機能低下と相関があると報告されている(24)24) A. Wyczalkowska-Tomasik, B. Czarkowska-Paczek, J. Giebultowicz, P. Wroczynski & L. Paczek: Geriatr. Gerontol. Int., (2016), in press..インドキシル硫酸の前駆体であるインドールの産生にかかわるとされる大腸菌も,加齢とともに腸内で増加することから(25)25) 光岡知足:腸内細菌学会誌,25, 113 (2011).,加齢に伴う腸内細菌叢の変化が腎機能に影響を与えている可能性が高い.
昨年,大腸がんの発症が,赤肉や加工肉の摂取量と相関していると報道された.しかし,タンパク質の摂取過多による病態発症・進行メカニズム,特に発症過程については未解明な部分が非常に多い.そこで今後は,本稿で紹介したインドールやインドキシル硫酸だけでなく,ほかの食品タンパク質由来腸内細菌代謝産物,たとえばスカトールなどにも焦点を当て,「摂取タンパク質量–腸内環境–健康促進効果および病態発症・進行」の関係性を明らかにしていきたい.
Acknowledgments
本稿における研究報告の一部は,文部科学省地域イノベーション戦略支援プログラム(北海道大学)により実施された.
Reference
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