Kagaku to Seibutsu 55(3): 210-213 (2017)
バイオサイエンススコープ
食品ロスの削減に向けて食べものに,もったいないを,もう一度
Published: 2017-02-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
「食品ロス」という言葉がメディアに登場する回数が増えている.一つのきっかけとなったのは,2016年1月に発覚した食品廃棄物の不正転売事案であろう.肥料としてリサイクルされるはずの数万枚の廃棄ビーフカツが,市中で食品として販売されてしまったのだが,単に悪い業者が悪事を働いたということだけではなく,そもそもなぜそんなにも大量の食品を捨てなければならなかったのか,という点が大きくクローズアップされた.
また,現在,世界の栄養不足人口は約8億と高水準にある(1)1) Food and Agriculture Organization of the United Nations: The State of Food Insecurity in the World 2015, http://www.fao.org/3/a-i4646e.pdf.今後,世界人口が,2015年の73億人から,2050年には97億人に増加すると推計されているなか(2)2) United Nations: World Population Prospects, the 2015 Revision, https://esa.un.org/unpd/wpp/,食料を無駄にするなど許されないことであるはずが,世界で生産されている食料(可食部)のおおむね1/3が廃棄されていると言われている(3)3) Food and Agriculture Organization of the United Nations: Global Food Losses and Food Waste, 2011, http://www.fao.org/docrep/014/mb060e/mb060e00.htm.
こうした状況を踏まえて,国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2015年9月)では,ひときわ具体的な目標として「2030年までに小売り・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ,収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食料の損失を減少させる」ことを掲げた(4)4) United Nations: Sustainable Development Goals 12, https://sustainabledevelopment.un.org/sdg12.
日本国内での食品廃棄物などの発生状況を推計すると,まず食品の製造・流通・外食などの食品関連事業者から,年間1,927万トンが排出されている.この中で,いわゆる「食品ロス」にあたる,まだ食べられるのに捨てられている食品の可食部分は,330万トンとなる.そして家庭からでる食品廃棄物は870万トンであり,このうち食品ロスは302万トンだ.合算すれば約632万トンとなり,国民一人一日当たりに換算した食品ロス量は約136 g,茶碗約1杯のご飯の量に相当する.まさに,もったいない(図1図1■食品廃棄物などの発生量(平成25年度推計)).
食品関連事業者からの廃棄物の発生状況を業種別に見ると,不可食部も含めた食品廃棄物など全体では,食品製造業がその83%を占める.これを食品ロスの部分,つまり可食部分だけに絞るとシェアは大きく変わり,食べ残しが多い外食産業のウェイトが高くなる(図2図2■事業系食品廃棄物などの発生量(平成25年度)).
国土が狭小で資源が乏しいわが国では,廃棄物の減量・資源循環に関する意識が高く,容器包装リサイクル法や家電リサイクル法など,さまざまな廃棄物リサイクルに関する個別法が制定されている.2000年に制定された食品リサイクル法(食品循環資源の再生利用などの促進に関する法律)もその一つであるが,ほかのリサイクル関連法と共通する原則として,取り組みの優先順位の1位は発生抑制,すなわち廃棄物を減らすことであり,そのうえでやむをえず発生した廃棄物を再生利用(リサイクル)をすることが基本となっている.
この制度の下では,食品廃棄物の発生量などが年間100トン以上の事業者は,主務大臣あてに廃棄物の発生状況や抑制量,リサイクル率などについて毎年報告する義務がある.また,31業種について,廃棄物の発生量を抑制するための目標値が設定されている(表1表1■食品廃棄物などの発生抑制目標値一覧).
■発生抑制の目標値【目標値の期間:平成26年4月1日~平成31年3月31日】 | |||||
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業種 | 基準発生原単位 | 業種 | 基準発生原単位 | 業種 | 基準発生原単位 |
肉加工品製造業 | 113 kg/百万円 | そう菜製造業 | 403 kg/百万円 | そのほかの飲食店 | 108 kg/百万円 |
牛乳・乳製品製造業 | 108 kg/百万円 | すし・弁当・調理パン製造業 | 224 kg/百万円 | 持ち帰り・配達飲食サービス業(給食事業を除く.) | 184 kg/百万円 |
水産缶詰・瓶詰製造業 | 480 kg/百万円 | 食料・飲料卸売業(飲料を中心とするものに限る.) | 14.8 kg/百万円 | 結婚式場業 | 0.826 kg/人 |
野菜漬物製造業 | 668 kg/百万円 | 各種食料品小売業 | 65.6 kg/百万円 | 旅館業 | 0.777 kg/人 |
味そ製造業 | 191 kg/百万円 | 菓子・パン小売業 | 106 kg/百万円 | 【目標値の期間:平成27年8月1日~平成32年3月31日】 | |
しょうゆ製造業 | 895 kg/百万円 | コンビニエンスストア | 44.1 kg/百万円 | 業種 | 基準発生原単位 |
ソース製造業 | 59.8 kg/t | 食堂・レストラン(麺類を中心とするものに限る.) | 175 kg/百万円 | そのほかの畜産食料品製造業 | 501 kg/t |
パン製造業 | 194 kg/百万円 | 食堂・レストラン(麺類を中心とするものを除く.) | 152 kg/百万円 | 食酢製造業 | 252 kg/百万円 |
麺類製造業 | 270 kg/百万円 | 居酒屋など | 152 kg/百万円 | 菓子製造業 | 249 kg/百万円 |
豆腐・油揚製造業 | 2,560 kg/百万円 | 喫茶店 | 108 kg/百万円 | 清涼飲料製造業(コーヒー,果汁など残さが出るものに限る.) | 429 kg/t |
冷凍調理食品製造業 | 363 kg/百万円 | ファーストフード店 | 108 kg/百万円 | 給食事業 | 332 kg/百万円 |
また,多くの食品ロスが家庭から発生していることから,食育や環境教育,消費者教育関係の法令の下でも,基本計画などで食品ロスの削減が位置づけられており,複数の省庁が連携をして対応している.
食品ロスが発生するのは,誰が悪いのだろうか?
こうした社会問題は,ともすれば企業の営利主義などの責任にされがちだが,フードチェーンで発生するロスは,利益損失と廃棄コストに直結するため,経営的にも可能な限り減らしたいものなのだ.需要の見込み違いで過剰生産した,期待の新商品がヒットせずに終売となったなど,製造側に責任がある問題もある.閉店間際まで商品棚が寂しくないように,多めの食品を陳列する小売りにも原因があろう.そして,買い物客である私たちも,今日使う物であっても,一日でも日付が新しいものを棚の後ろから探し出していないだろうか.そしてだんだんと奥へと押しやられた商品が販売期限を迎え,ひっそりと廃棄されているのである.
また,誰もが自分のところで廃棄を行いたくないため,食品ロスの削減を巡って業界ごとに利害が対立することがあり,その典型例が,製造・卸から小売りに食品を納品する際の「納品期限」の設定方法だ.常温流通する加工食品の場合,賞味期間の1/3以内の期限で店舗に納品する,いわゆる「1/3ルール」を慣例と採用している小売企業が多い.たとえば賞味期間が6カ月以上の食品の場合,2カ月で納品期限がくるため,賞味期間が4カ月も残っている食品が廃棄となってしまう.店舗側にすれば,新しい食品のほうが販売に余裕をもたせられるし,お客様にも新鮮な食品を供給できるメリットがあるが,製造側からは,この期限は欧米に比べて厳し過ぎるし,店舗での回転率が速い食品については期限緩和しても販売上のリスクとはならないとの意見が出されていた.
それでは,実際に納品期限を緩和したらどうなるのか.清涼飲料と,賞味期間180日以上の菓子について,期限を賞味期間の1/3から1/2に緩和するパイロットプロジェクトを実施した結果,小売り段階のロス率や消費者の購買行動に悪影響を与えることなく,製造・卸段階でのロスを大きく削減することができた(図3図3■納品期限の見直しに向けたパイロットプロジェクト).この成果を踏まえ,総合スーパーやコンビニエンスストアを中心に納品期限の緩和が進みつつあるが,食品の取扱量が多い食品スーパーではまだ浸透が浅い.
逆に,小売側のメリットが大きい商慣習としては,賞味期限の年月表示化が挙げられる.食品表示基準では,賞味期間が3カ月を超える食品については,賞味期限を年月日に代えて年月で表示することが認められている.これにより,店頭での商品管理が非常に簡素化できるし,買い手側も,あまり意味のない僅かな日付の違いに惑わされることもなくなるであろう.一方で,たとえば「2017年2月17日」が期限の食品は,年月表示では「2017年1月」となり,月未満の日数が切り捨てられた分,期間が短縮されてしまう.また,万が一の事故のときの製品回収リスクを考えると,ロット番号を付記する必要も生じるため,業界全体に取り組みが浸透するには時間が必要である.
製造・流通・販売・消費者のすべてにメリットがあるのは,消費期限・賞味期限の延長である.上述の納品期限の緩和や年月表示化も,同時に賞味期限が延長された場合には,格段に取り組みが進めやすくなる.
近年,さまざまな加工食品の賞味期限の延長が行われ,その背景には工場の衛生管理の徹底はもとより,製造工程の改良や新たな包装容器の採用など,高い技術力に支えられた企業努力が隠れている.身近な食品を例にとると,キユーピー株式会社では,2002年に普通タイプのマヨネーズについて,原料中の酸素を取り除く製法を採用し,賞味期間を7カ月から10カ月に延長した.また,低カロリータイプの製品についても,2005年に酸素吸収層を含む多層容器(酸素吸収ボトル)を採用した結果,同様の賞味期間の延長に成功している.さらに,2016年には,製造工程中の酸素を減らす,あるいは配合を変更することにより,両製品とも賞味期間を10カ月から12カ月に延長している(5).5) キユーピー株式会社:ニュースリリース2016年No. 1, https://www.kewpie.co.jp/company/corp/newsrelease/2016/01.html
また,「開封後はお早めにお召し上がりください」が決まり文句であった食品の世界に一石を投じたのが,鮮度保持容器の登場だ.醤油各社で採用が進み,いくつかタイプがあるが,二重構造の容器と逆止機能のある注ぎ口により酸素の混入を抑制することで,開封後3~6カ月間,美味しさを保つことができると言う.当然,容器単価は高くなり,製品価格にも反映しているが,後戻りのできない美味しさや利便性を感じた消費者が多かったのだろう.旧容器からの転換が急激に進んでいる.
一方で,食品の賞味期限が長いことは,それだけ保存料などの食品添加物を多用しているとの印象を与えることが多く,ネット上でも,いまだに「いつまでも腐らない食品」「買ってはいけない」などのフレーズが無責任にとびかっている.食品添加物の安全性や使用の是非については,ここでの議論は避けるが,実際には酸素濃度の低減や,製造工程における衛生管理が重視されていることがあまり知られないまま,薬品漬けとのイメージが先行しているのは残念でならない.
現在,当室では,食品ロスの削減に向けたさまざまな技術が「見える化」できるよう,まずは食品の容器に着目して,事例の収集を始めている.消費・賞味期限の延長だけではなく,食品が包材に付着しにくい技術,家族の人数が少なくても一度で使い切れる小分け包装,量のコントロールがしやすい注ぎ口など,さまざまなアプローチがあり,身近な食品に潜む高度な技術には感嘆させられる.まとまり次第,順次公表したいと考えているが,その第一の目的は,食品ロスの削減に向けた企業努力が,ゆがめられることなく消費者に伝わり,購買行動という利益となって戻ることだ.そして,「化学と生物」にかかわる研究者の皆様が,さらなるブレークスルーとなる技術を開発する後押しとなることを,強く願っている.
Reference
1) Food and Agriculture Organization of the United Nations: The State of Food Insecurity in the World 2015, http://www.fao.org/3/a-i4646e.pdf
2) United Nations: World Population Prospects, the 2015 Revision, https://esa.un.org/unpd/wpp/
3) Food and Agriculture Organization of the United Nations: Global Food Losses and Food Waste, 2011, http://www.fao.org/docrep/014/mb060e/mb060e00.htm
4) United Nations: Sustainable Development Goals 12, https://sustainabledevelopment.un.org/sdg12
5) キユーピー株式会社:ニュースリリース2016年No. 1, https://www.kewpie.co.jp/company/corp/newsrelease/2016/01.html