Kagaku to Seibutsu 55(3): 214-216 (2017)
農芸化学@High School
海藻由来の抗菌物質の探索
Published: 2017-02-20
本研究は,日本農芸化学会2016年度大会(開催地:札幌コンベンションセンター)の「ジュニア農芸化学会」で発表された.海藻資源が豊富な青森県八戸市における食用に適さない多くの未利用海藻からの有用成分の同定を目指して抗菌物質の探索を行ったものである.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
海藻には,抗菌活性などをもったさまざまな有機成分が含まれている.青森県は沿岸に面した地域が多く,海藻資源が豊富である.特に平成25年に三陸復興国立公園に指定された青森県八戸市の種差海岸は,豊かな自然環境のもと多種多様な海藻が生育している.その海藻のなかには,食用に適さず未利用の状態で手つかずのものが多数あり,そのような未利用海藻の活用が期待されている.そこで本研究では,青森県沿岸に生育する海藻の有効利用について検討することを目的とし,採取した海藻から抗菌活性を示す有機成分の探索を試みた.
青森県八戸市種差海岸の磯場から紅藻12種,褐藻2種,緑藻2種の計16種を採集した.採集した海藻は室内で乾燥後,有機成分の抽出に用いた(海藻の種類,重量は表1表1■採集した海藻の種類と抽出物重量参照).
海藻名 | 学名 | 分類 | 藻体重量(乾燥g) | 抽出結果 | EtOH溶解後濃度(mg/mL) | |
---|---|---|---|---|---|---|
酢酸エチル画分重量(mg) | ||||||
1 | ウラソゾ | Laurencia nipponica | 紅藻フジマツモ科 | 0.7 | 25.7 | 10.0 |
2 | ミツデソゾ | Laurencia okamurae | 紅藻フジマツモ科 | 0.74 | 31.0 | 10.0 |
3 | マコンブ | Saccharina japonica | 褐藻コンブ科 | 1.25 | 15.1 | 10.0 |
4 | ミル | Codium fragile | 緑藻ミル科 | 0.67 | 14.9 | 10.0 |
5 | ナンブクサ | Gelidium subfastigatum | 紅藻テングサ科 | 1.45 | 10.8 | 10.0 |
6 | モロイトグサ | Polysiphonia morrowii | 紅藻フジマツモ科 | 0.43 | 10.1 | 10.0 |
7 | フジマツモ | Neorhodomela aculeata | 紅藻フジマツモ科 | 0.64 | 28.4 | 10.0 |
8 | マツノリ | Polyopes affinis | 紅藻ムカデノリ科 | 0.86 | 2.8 | 10.0 |
9 | アミジグサ | Dictyota dichotoma | 褐藻アミジグサ科 | 0.10 | 8.0 | 10.0 |
10 | アサミドリシオグサ | Cladophora sakaii | 緑藻シオグサ科 | 0.30 | 7.8 | 10.0 |
11 | ヘラワツナギソウ | Champia japonica | 紅藻ワシツナギソウ科 | 0.17 | 0.2 | 0.2 |
12 | カタノリ | Grateloupia divaricata | 紅藻ムカデノリ科 | 0.53 | 1.3 | 1.0 |
13 | イソムラサキ | Symphyocladia latiuscula | 紅藻フジマツモ科 | 0.41 | 1.2 | 1.0 |
14 | オキツノリ | Ahnfeltiopsis flabelliformis | 紅藻オキツノリ科 | 0.36 | 0.7 | 1.0 |
15 | ユナ | Chondria crassicaulis | 紅藻フジマツモ科 | 1.27 | 15.5 | 10.0 |
16 | コスジフシツナギ | Lomentaria hakodatensis | 紅藻フシツナギ科 | 0.52 | 3.4 | 1.0 |
乾燥させた海藻にメタノールを加え(50~100 mL),遮光し常温暗所で一週間静置することで有機成分を抽出した.綿栓ろ過後,減圧蒸留にてメタノールを除去し抽出物を得た.得られた抽出物に酢酸エチルと蒸留水を1 : 1の割合で加え二層分配を行った.酢酸エチル層を回収し,適量の無水Na2SO4で脱水した.脱水後,ろ過してNa2SO4を除去し,減圧蒸留により酢酸エチル層に溶解していた有機成分(酢酸エチル画分)を得た(図1図1■抽出方法概略図).抽出した酢酸エチル画分はエタノールに再溶解し,各種実験に使用した.それぞれの酢酸エチル画分の重量およびエタノールに溶解後の濃度は表1表1■採集した海藻の種類と抽出物重量に示した.
酢酸エチル画分の抗菌活性はペーパーディスク法で評価した.LB液体培地で培養した大腸菌NBRC3972株をLB寒天培地に塗布し,酢酸エチル画分のエタノール溶解物を染み込ませたペーパーディスク(直径8.0 mm)を静置した(抽出物の添加量は表2表2■海藻酢酸エチル画分の抗菌活性試験結果に示した).培養後,形成された阻止円の直径を計測し,抗菌活性を評価した.抗菌活性の陽性対象(Positive Control; P.C)としてアンピシリン,ストレプトマイシンを用いた.
海藻名 | 添加量(mg) | 抗菌活性結果 | ||
---|---|---|---|---|
活性 | 阻止円(cm) | |||
1 | ウラソゾ | 2.5 | × | — |
2 | ミツデソゾ | 2.5 | 〇 | 0.9 |
3 | マコンブ | 2.5 | × | — |
4 | ミル | 2.5 | × | — |
5 | ナンブクサ | 2.5 | × | — |
6 | モロイトグサ | 2.5 | × | — |
7 | フジマツモ | 2.5 | 〇 | 1.1 |
8 | マツノリ | 2.5 | × | — |
9 | アミジグサ | 2.5 | × | — |
10 | アサミドリシオグサ | 2.5 | × | — |
11 | ヘラワツナギソウ | 0.05 | × | — |
12 | カタノリ | 0.25 | × | — |
13 | イソムラサキ | 0.25 | × | — |
14 | オキツノリ | 0.25 | × | — |
15 | ユナ | 0.25 | × | — |
16 | コスジフシツナギ | 0.25 | × | — |
P.C | アンピシリン | 0.25 | 〇 | 1.6 |
P.C | ストレプトマイシン | 0.25 | 〇 | 2.5 |
酢酸エチル画分に含まれる成分の比較を行うため,TLCを試みた.薄層プレートにはTLC Silica gel 60 F254(Merck Millipore社)を用い,ヘキサン–酢酸エチル(4 : 2.5)混合溶液を展開溶媒として使用した.発色には,0.5 g/mLリンモリブデン酸エタノール溶液を使用した.
本研究で使用した16種類の海藻から得られた酢酸エチル画分のうち,紅藻フジマツモ科に属するミツデソゾとフジマツモの2種類で阻止円が確認された.特にフジマツモでは直径1.1 cmの明確な阻止円が確認された(表2表2■海藻酢酸エチル画分の抗菌活性試験結果,図2図2■抗菌活性試験結果の一例).
酢酸エチル画分に含まれる成分について,TLCによる海藻間での比較を行ったところ,いずれの抽出物においても複数個のスポットが確認されたことから,すべての抽出物は単一の成分ではなく複数種類の成分を含有している混合物であった(図3図3■薄層クロマトグラフィーによる成分分析結果).特に,抗菌活性を示したミツデソゾ,フジマツモでは,ほかの海藻類では観察されていない特徴的な紫色のスポットが確認された(図3図3■薄層クロマトグラフィーによる成分分析結果中,矢印で示す).
図中の番号は表1表1■採集した海藻の種類と抽出物重量の海藻の番号と同じものである.
本研究では青森県沿岸から採集した16種類の海藻から,複数種類の有機成分を含有する酢酸エチル画分を獲得することができた.特に,紅藻フジマツモ科に属するミツデソゾとフジマツモが抗菌活性を示し,いずれの酢酸エチル画分もTLCにおいて特徴的なスポットが確認されたことから,本スポットに含まれる成分が抗菌活性に寄与している可能性が考えられた.フジマツモには,ブロモフェノール類など,さまざまな生理活性を示す化合物が報告されているが,本研究で確認された抗菌活性がどのような化学成分に起因するものなのか,今後化合物の単離やLC/MSなどの化学分析手法を用いて同定したいと考えている.
本研究は,海洋資源が豊富な青森県において未利用資源の利用を目指したものである.試した紅藻の中で,抗菌活性物質を検出できたミツデソゾ(Laurencia okamurae)ではセスキテルペンのlaurinerolが(1)1) T. Irie, M. Suzuki, E. Kurosawa & T. Masamune: Tetrahedron, 26, 3271 (1970).,フジマツモ(Neorhodomela aculeata)ではブロモフェノール誘導体やポリブロモカテコール類などが単離された報告はあり(2)2) S.-H. Park, J. H. Song, T. Kim, W. S. Shin, G. M. Park, S. Lee, Y. J. Kim, P. Choi, H. Kim, H. S. Kim et al.: Mar. Drugs, 10, 2222 (2012).,これらの紅藻やその関連からは抽出物での生理活性はよく調べられているようだが,まだ化合物情報は不十分である.本研究により青森県沖の紅藻独自の生理活性物質が発見されるかもしれない.また,今回は大腸菌に対する抗菌性が確認されたが,今後,抗真菌活性や抗原虫活性,がん細胞増殖抑制活性など多角的な視点からそれらの機能性の検討がなされ,将来的に抗菌素材としての工業利用や機能性食品,化粧品,医薬品などの開発に展開されることも期待される.
(文責「化学と生物」編集委員)