Kagaku to Seibutsu 55(3): 219-221 (2017)
農芸化学@High School
乱流を消す羽小翼羽の形状決定の因子
Published: 2017-02-20
本研究は,日本農芸化学会2016年度大会(開催地:札幌コンベンションセンター)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.発表者の研究内容は,鳥類の翼の形態と機能についての仮説を立て,検証することで翼の特定部位の形態が生物生態に関連することを見いだした研究である.飛翔・着地における乱流への対処に対する小翼羽の形状変化,さらにはその変化が鳥類の生態にまで及ぶことを検証したたいへん興味深い研究発表であった.
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
発表者は生物のもつ形状が力学に強く影響され,その形態に機能的な意味を感じ,また,その機能が生物の行動や生態に密接に関連していると考えていた.そこで,この考えを最もよく表す対象として,鳥類の飛翔・着地パターンに関連性がある小翼羽(図1図1■小翼羽の一例(赤色点線部)(ゴイサギ))を研究対象として取り上げた.
小翼羽とは,鳥類の翼に存在し,人間で言うと親指に相当する部位で,翼の第一指に存在する3から4枚の小さな羽である.鳥の飛翔や着地時をよく見ていると,この部位を前に突き出しており,飛行機の離着陸時のスポイラー,フラップ,スラットの操作に非常によく似ている.そこで,発表者は,まず,この部位の形状が飛翔・着地時において後方に生じる気流を制御し,安定飛行を可能とする要因であるとする仮説を立て,実際に膨大な鳥類剥製標本を用いて,その形状と面積を調べた.さらに,体重比や種類との関連性までを調査することで,小翼羽の大きさや形状が,鳥類の飛翔,着地の行動,採餌形態などの生態にまで影響しているのではないかという仮説の検証を試みた.
日本に飛来し,国内で比較的よく見られる鳥類を中心に選択し,山階鳥類研究所をはじめとする国内の博物館に収蔵されている鳥類標本22目55科191種の剥製に対して,実際に小翼羽の長さ,幅をノギスで実測し,時に専門家のアドバイスを受けながら(長さ:小翼羽のうち最大の羽の根元から先端,幅:同じ羽の最大の幅(図1図1■小翼羽の一例(赤色点線部)(ゴイサギ)))を計測した.
次に,Avian Body Massesに掲載されている鳥類の体重を参考にして(1)1) J. B. Dunning Jr. (ed.): “CRC Handbook of Avian Body Masses,” 2nd edition, CRC Press, 2007.,計測した全種の鳥類について,体重の文献値(W: g)に対する小翼羽の面積(A:長方形近似;mm2)の関係性を線形回帰により求めた.さらに,得られた関係性を利用して,体重から予想される理想モデルとしての小翼羽の面積(Amodel: mm2)を求めた.このモデル値(Amodel)と実測値(A)とのズレを表すために,実測値からの差異率(P:%)を計算式P=100×(Amodel−A)/Aによって求めた.
加えて,小翼羽の使用は飛翔時に限定されることから,飛翔行動を多くとる鳥ほど小翼羽は発達していると推察し,鳥の生活時間はほとんどが採食で占められている事実から,採食に飛翔が密接にかかわる鳥ほど小翼羽は発達しているという仮説を考えた.この仮説の検証を主眼に,小翼羽の計測値と研究に活用した鳥類の生態(2)2) 清棲幸保:“日本鳥類大図鑑”,講談社,1979.についての関連性についての考察を行った.
鳥の体重と小翼羽との関連性については,図2図2■鳥の体重と小翼羽の関係性にまとめられたように直線的な関係が認められた.そのため,鳥類の種類(分類項目)によって,特異的な差異が現れることが期待されたが,体重から予想される理論値と実測値を比較し,その差異率(P)の分布を鳥類の各目(order)で調べたところ,キジ目,カモ目,チドリ目,スズメ目で大きなばらつきが確認された(図3図3■鳥類分類目(order)における小翼羽実測値と理論値の差異率(P)の比較).特に,P値のマイナスへの大きなズレがあり,体重に比して大きな小翼羽をもつ種類が存在することが判明した.また,系統上,近縁な種類でも小翼羽の大きさには明瞭な相関性が見られない傾向があることがわかり,体重とは異なる要因によってその大きさが決定されていると推察された.そこで,このばらつきはいかなる原因によるものかを調べるために同目内の各科(family)の鳥類についてさらに詳細に検討した.
Pの分布がとりわけ広範囲に及ぶスズメ目とチドリ目の2目の鳥類について,同目内の各科について,そのばらつきを調査した(図4図4■スズメ目とチドリ目に属する科(family)レベルでのP値の分布).
その結果,種数が多く,かつ多様な生態を有する種が含まれる目ではPの値にもばらつきが見られる傾向があり,大きなばらつきをもつ特異的な科が存在し,各科によって必ずしも特徴的な値にならないことが判明した.また,その傾向は同じ亜目内の鳥類にもあてはまり,スズメ目ではヒタキ科,アトリ科がそれぞれヒタキ上科とスズメ上科を代表するものとして,チドリ目ではウミスズメ科,カモメ科,シギ科,チドリ科がカモメ亜目,シギ亜目,チドリ亜目を代表するものとして,P値のマイナスへのズレが顕著であった.行動の多様性があるこれらの科に属する鳥類には,体重比にして,大きな小翼羽を有する存在(分布)が確認され,同じ科内の鳥類でも,個別種における行動生態的な要素による影響で小翼羽の大きさが決まるのではないかと考えられた.
一般的に,鳥が低速で飛行するときに翼の前方に広げ,その隙間を勢いよく流れる気流で翼の上面に発生する乱流を吹き飛ばして失速するのを防いでいると考えられ,小翼羽は,低速で滑空飛行するワシやタカの仲間,潜水時に補助的に翼を使うクロガモなどでよく発達していることがわかっている.鳥類全般の行動を考えた場合,翼の活用は,渡りなど長距離の滑空や飛行に要するほか,着地と離昇を繰り返す採食の手法によっても異なると仮定を立てた.そこで,既往の知見や観察結果報告を参考にして,採食時に着地が基本であり,着地・離昇を繰り返す「非飛翔型」と採食時に着地をあまり必要とせずいわゆる滑空や飛行を主とする「飛翔型」の2類に大まかにスズメ目とチドリ目の鳥類を分類し,そのP値のばらつきを求めた(図5図5■スズメ目とチドリ目に属する鳥類を採食形態で分類した場合のP値の分布).その結果,「非飛翔型」に分けられた分類群では,「飛翔型」に比べP値がマイナスに分布する傾向が認められた.これらの結果から,同種間における「生態」の中でも,採食に飛翔(着地・離昇を繰り返す)が密接に関係する鳥ほど小翼羽が大きいと考えられ,小翼羽の機能が種間の分類よりも各鳥類の生態に強くかかわっていることを示唆していた.
発表者は本発表以外にも小翼羽の機能や鳥類の採食生態について,中学生の頃から多くのデータや知見を発表しており,その考察から一連の仮説が展開されている.これらについても効果的に検証データに加えることでよりわかりやすい仮説,理論展開ができると思われる.また,膨大な試料を相手に測定を繰り返して,仮説の設定から検証,行動生態への連関性までのデータ処理や課題を一人で行い,本結果に至ったことはたいへん評価できる点である.さらに,対体重との理論値をまず検証し,現実値とのデータに表れるばらつきに着目することで,そのずれの真因をさぐる研究手法はとてもユニークであり,小翼羽の機能について統計的な数値から検証を試みた研究である.データ処理が適切に行われており,数的処理がいかに大切かわかる研究でもある.たしか,かのメンデルも形質を決定する因子を仮定し,適切な数的処理から遺伝子の存在を証明したことを思い出した.
(文責「化学と生物」編集委員)
Reference
1) J. B. Dunning Jr. (ed.): “CRC Handbook of Avian Body Masses,” 2nd edition, CRC Press, 2007.
2) 清棲幸保:“日本鳥類大図鑑”,講談社,1979.