Kagaku to Seibutsu 55(4): 223 (2017)
巻頭言
オートファジー ~師の背中を見て~
Published: 2017-03-20
© 2017 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2017 公益社団法人日本農芸化学会
「大隅先生が受賞したよ」
2016年10月3日午後6時30分,私は妻と2人で空の上から日本の街の明かりを楽しんでいました.午後7時過ぎに成田空港にランディング,ほどなくモバイルの使用が可能のアナウンス,妻が地上に降りて発した言葉でした.
1995年,修士課程の研究室を探しているときに出会ったM教授に,「大隅良典先生が面白い研究をしている」と教えていただきました.その情報を携え,研究室紹介を聞きに駒場まで出向きましたが,残念ながら大隅先生の話は聞くことができませんでした.その当時はオートファジーのことを全く知りませんでしたので,「オートファジーの研究をしたい」という学術的な興味があったわけではありません.今では,どのように大隅先生とコンタクトをとったのか,どうして大隅先生の研究室を選んだのか覚えておりませんが,私の心を魅了する何かを,大隅先生やオートファジーに感じたのだと思います.
私がオートファジー研究に従事したのは1996~2002年の6年間です.Atg8(当時はApg8と呼ばれていました)の機能解明を行い,幸運にもいくつか重要な発見をすることができました.私が在籍した時代は,オートファジー研究の黎明期と言っていいと思います.オートファジーが本当に少しずつですが認知され,その重要性をいち早く認識された優秀な研究者が集まって来られました.そして,皆さんもご存じのとおり,オートファジー研究は世界中に拡散し,その重要性がますます認知され,今回のノーベル生理学医学賞の受賞へとつながっていくのです.
このムーブメントの始まりは何だったのでしょうか?
「他人がやらないことをやる」
まさに,大隅先生のオリジナリティーから産まれたものにほかならないと思います.
「化学と生物」の読者には,アカデミアの研究者はもちろんですが,学生や企業研究者が多くいらっしゃると思います.企業では,アカデミアで研究生活を続けていたら知らなかったであろう考えに出合うことがあり,その一つにマズローの「欲求の5段階説」がありました.この説によると,人間の欲求の最終段階には「自己実現欲求」があり,4段階の欲求が満たされた後に到達するステージだというのです.何とも言えない違和感を覚えたのを記憶しています.その理由は,「他人がやらないことをやる」と「自己実現欲求」の本質が似ていると思ったからです.大隅先生は4段階の欲求を満たした後に,「自己実現」を目指したのでしょうか? おそらくそうではないでしょう.ほかの生物にはない特質である「創造力」をもつ人間は,そのような4つの欲求が満たされなくても「自己実現」を目指すのだと思います.マズローも晩年には,欲求の5段階の建付けは間違っており,逆さまのほうが正しいと言っていたそうです.
齢45の私のような若輩者が巻頭言を書くことは,希なことだと思います.お話をいただいたときは,お断りしようと思いましたが,大隅先生の言葉を思い出し,お引き受けすることにしました.
「他人がやらないことをやる」
大隅先生がオートファジーの研究を始めたのは40歳を過ぎてからだと聞いています.人生100歳時代が到来しようとしている昨今,私のような中年世代にもまだまだ大きな花を咲かせるチャンスがあると信じています.そのために欠かせないこと,それは「健康でいること」そして「社会や環境が健全であること」だと思います.人類の繁栄を支えるためにも,農芸化学のさらなる発展が望まれているでしょうし,私もその一助となればと考えています.