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ポスト抗体医薬抗体様分子標的ペプチド「マイクロ抗体」の創出

Ikuo Fujii

藤井 郁雄

大阪府立大学大学院理学系研究科

Published: 2017-03-20

21世紀に入るとともにヒトの遺伝子構造の全容が明らかにされた.現在,ゲノムから翻訳されるタンパク質の網羅的な解析が進められて,医薬品のターゲットとなるタンパク質の種類も数も劇的に増えている.このような急速なプロテオーム解析研究に伴って,分子標的医薬の第一候補として注目されているのが抗体医薬である.免疫システムのもつ抗体の多様性を利用すれば,標的タンパク質に特異的に結合する分子標的医薬を意のままに作製することが可能になる.一方,抗体医薬の研究が進むにつれ,その限界も明らかにされてきている.抗体医薬には,以下のような問題点が指摘されている.(1)ヒトに対する抗原性を下げるため,ヒト化などの遺伝子組換えが必要である.(2)抗体は,多数のジスルフィド結合を含む巨大タンパク質(約150 kDa)であるため,細胞内に導入したり,細胞内で機能させたりすることができず,細胞内タンパク質をターゲットにできない.(3)現在の抗体医薬はそのほとんどがモノクローナル抗体であるために生産に膨大なコストを必要とする.さらに,(4)抗体医薬の開発や生産には,特許によるさまざまな制限が複雑に絡み合っている.これらの問題点は,抗体の基本構造に起因するものである.そこで,イムノグロブリン構造を利用せず,目的の標的タンパク質に対して特異的に結合する抗体様物質の開発研究が始まっている(1)1) H. K. Binz, P. Amstutz & A. Pluckthum: Nat. Biotechnol., 23, 1257 (2005).

1990年後半から,抗体以外のタンパク質を土台とした人工抗体の研究に注目が集まるようになった.いずれも天然タンパク質を土台分子として作製されており,比較的小さな分子サイズ(7~20 kDa)になっている(2~4)2) K. Nord, E. Gunneriusson, J. Ringdahl, S. Stahl, M. Uhlen & P. A. Nygren: Nat. Biotechnol., 15, 772 (1997).4) A. Skerra: FEBS J., 275, 2677 (2008).図1図1■人工抗体の立体構造).そこで,筆者らは,さらに小さな分子サイズの土台分子としてヘリックス・ループ・ヘリックス構造(HLH)をもつペプチド(約4 kDa)を分子設計した(5)5) D. Fujiwara & I. Fujii: Curr. Protoc. Chem. Biol., 5, 171 (2013).図2図2■マイクロ抗体の分子設計(ヘリックス・ループ・ヘリックス構造ペプチド;HLH)とライブラリー構築).このペプチドは3つの領域(①14アミノ酸残基からなる構造支持領域,②グリシン(Gly)7残基からなるループ,③同じく14アミノ酸残基からなるライブラリー領域)で構成される.そして2つのヘリックスは,内側に存在するロイシン(Leu)残基の疎水相互作用および側面のグルタミン酸(Glu)残基とリジン(Lys)残基の静電相互作用により寄り添い,安定なHLH構造を形成する.一方,ヘリックス外側のアミノ酸は立体構造構築にかかわっていない.したがって,外側のアミノ酸残基(図2図2■マイクロ抗体の分子設計(ヘリックス・ループ・ヘリックス構造ペプチド;HLH)とライブラリー構築中のX24, X25, X28, X31, X32)をさまざまなアミノ酸残基に置換することにより,HLH分子ライブラリーを構築することができる.これを疾患関連タンパク質に対してスクリーニングすると,分子標的ペプチドが獲得できることになる.こうして得られたペプチドは,強固な立体構造をもつため生体内の酵素分解に対しても安定であり(半減期:15日),低分子量であるにもかかわらず抗体と同等の高い結合活性(Kd値:数nM)をもつことから「マイクロ抗体」と名づけた.

図1■人工抗体の立体構造

(A) Affibody, (B) 10th human fibronectin type III domain (10Fn3) (C) Anticalinを示す.それぞれ黒色で示した部分の特定のアミノ酸残基がさまざまに置換されライブラリー化されている.

図2■マイクロ抗体の分子設計(ヘリックス・ループ・ヘリックス構造ペプチド;HLH)とライブラリー構築

(A)マイクロ抗体は35残基のアミノ酸からなり,基本構造として安定なHLH構造を有する.(B) C末端側のヘリックスをライブラリー領域として,特にXで示したアミノ酸残基をランダムに変異させてライブラリーを構築する.

血管内皮細胞増殖因子(VEGF)は,脈管形成および血管新生に関与する糖タンパクである.すでにVEGFに対する抗体医薬が開発され,抗がん剤(ベバシズマブ)として使用されている.そこで,マイクロ抗体の性能を評価する目的で,HLH分子ライブラリーをVEGFに対してスクリーニングした.得られたペプチドの一つM49は,α-ヘリックス構造をもち, VEGFに対して非常に高い結合活性(Kd=0.87 nM)を示した.また,M49の安定性を評価したところ,80°Cにおいてもα-ヘリックス構造を保持し,タンパク質分解酵素(トリプシン)に対する抵抗性を示した.また,ヒト大腸がんを移植したヌードマウスに対して腫瘍増殖阻害試験を行ったところ,10 mg/kgの投与で,抗VEGF抗体(ベバシズマブ)と同等の腫瘍細胞増殖抑制作用をもつことが判明した.

先にも述べたように,抗体などのバイオ医薬の最も深刻な問題は,細胞膜透過性がなく細胞内の疾患関連タンパク質を分子標的にできないことである.このようななか,細胞内のタンパク質に作用する新しい創薬モダリティーが切望されている.そこで,マイクロ抗体を土台分子として,細胞内タンパク質–タンパク質相互作用(PPI)の一つであるp53-HDM2相互作用に対して阻害活性をもつ分子標的ペプチドの創出を試みた(6)6) D. Fujiwara, H. Kitada, M. Oguri, T. Nishihara, M. Michigami, K. Shiraishi, E. Yuba, I. Nakase, H. Im, S. Cho et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 10612 (2016)..がん抑制遺伝子p53は,HDM2(ヒト二重微小染色体2)との相互作用によりそのがん抑制作用が阻害される.また,両者の複合体の構造がX線構造解析により明らかにされている.そこで,その情報をもとにして,重要なエピトープである4つ疎水性アミノ酸側鎖(Phe19, Leu22,Trp23, Leu26)を,マイクロ抗体C末端側のα-へリックス上にグラフティングした.さらに,細胞膜透過性を付加するために,マイクロ抗体N末端側へリックスの溶媒接触部位に6つアルギニン(Arg)残基をグラフティングした.こうして設計されたペプチドは,α-ヘリックス構造を保持しており,HDM2に対して高い結合活性(Kd=10 nM)を示すことがわかった.また,細胞傷害性試験により,本ペプチドは細胞内に浸透し,p53-HDM2相互作用を阻害することでp53が再活性化し,細胞増殖を抑制していることが示唆された.

近年,低分子でも高分子でもない中分子サイズのペプチドが,創薬の候補分子として注目されている.低分子医薬品は経口投与が可能で免疫毒性が少ない反面,特異性の低さから副作用が問題になることがある.一方,高分子のタンパク質医薬品は,特異性が高く副作用が少ない反面,投与法などの適応範囲が狭く免疫毒性の問題がある.両者の利点を併せ持つ可能性が,中分子医薬品(約0.5~5 kDa)に期待されている(7)7) R. Murali & M. I. Greene: Pharmaceuticals, 5, 209 (2012)..また,分子標的医薬品の代表である抗体医薬についても,その機能を損なわず分子量を小さくする方向での研究が行われており,創薬研究においてパラダイムシフトが起きている.マイクロ抗体が,中分子創薬の新しい土台分子として広く利用され,タンパク質–タンパク質相互作用の生物学的意義の解明やリード化合物開発の一助になれば幸いである.

Reference

1) H. K. Binz, P. Amstutz & A. Pluckthum: Nat. Biotechnol., 23, 1257 (2005).

2) K. Nord, E. Gunneriusson, J. Ringdahl, S. Stahl, M. Uhlen & P. A. Nygren: Nat. Biotechnol., 15, 772 (1997).

3) A. Koide, C. W. Bailey, X. Huang & S. Koide: J. Mol. Biol., 284, 1141 (1998).

4) A. Skerra: FEBS J., 275, 2677 (2008).

5) D. Fujiwara & I. Fujii: Curr. Protoc. Chem. Biol., 5, 171 (2013).

6) D. Fujiwara, H. Kitada, M. Oguri, T. Nishihara, M. Michigami, K. Shiraishi, E. Yuba, I. Nakase, H. Im, S. Cho et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 10612 (2016).

7) R. Murali & M. I. Greene: Pharmaceuticals, 5, 209 (2012).