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ミトコンドリアマトリクスに局在するプロテアーゼの多様な機能特定タンパク質の分解によって遺伝子発現を制御する

Yuichi Matsushima

松島 雄一

九州大学大学院医学研究院

Masamune Aihara

相原 正宗

九州大学病院

Published: 2017-03-20

ミトコンドリアは2つの膜に包まれた構造をもち,外膜,膜間腔,内膜,マトリクスの4区画に分けられている(図1A図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造).ミトコンドリアマトリクスはさまざまな代謝反応が行われる重要な場所であるが,そこにはミトコンドリア独自のDNA(mtDNA)が存在する.哺乳類のmtDNAには13の呼吸鎖サブユニットとその翻訳に必要なrRNAとtRNAがコードされているだけで(図1B図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造),残りのタンパク質はすべて核ゲノムにコードされ,それらは細胞質で翻訳された後にミトコンドリアの各区画へと運ばれ最終的にミトコンドリア内で分解される.マトリクス側に表出する内膜タンパク質も含め500以上のタンパク質がマトリクスに存在すると考えられているが,それらの分解はLon, ClpXP, m-AAAの3種のプロテアーゼが担っている(図1A図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造).これらプロテアーゼが協調して傷害や構造異常などによる機能不全タンパク質の分解を行うことでマトリクス内の機能を正常に保っていると考えられているが,それ以外にも特定のタンパク質の分解制御を介して核やmtDNAの遺伝子発現を制御するなど新たな機能が近年明らかになってきている.

図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造

(A) Lon, ClpXP, m-AAAはmtDNAとともにミトコンドリアマトリクスに局在している.(B)ヒトmtDNAにコードされている遺伝子は矢印で示したLSPとHSPの2つのプロモータから一続きに転写される.

Lon, ClpXPはマトリクス内に局在し,m-AAAはミトコンドリア内膜の膜タンパク質でマトリクス側にプロテアーゼ領域が表出している(1)1) Y. Matsushima & L. S. Kaguni: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 1080 (2012).図1A図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造).ヒトのLonはホモ6量体であり,m-AAAはparapleginとAFG3-like protein 2(AFG3L2)という2つのサブユニットにより構成され,AFG3L2だけからなるホモ6量体とparapleginとAFG3L2からなるヘテロ6量体の2種類が存在する(図1A図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造).一方,ClpXPはタンパク質分解を行うサブユニット(ClpP)とシャペロン様のサブユニット(ClpX)で構成されている(図1A図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造).また各プロテアーゼの遺伝子変異が個別の疾患を引き起こすことも明らかになっている.Parapleginの変異が遺伝性痙性麻痺,AFG3L2の変異が遺伝性脊髄小脳変性の原因となることは以前から知られていたが(2)2) P. M. Quiros, T. Langer & C. Lopez-Otin: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 16, 345 (2015).,近年ClpPの変異はペロー症候群の原因となること,Lonの変異がCODAS症候群の原因となることが示された(3, 4)3) E. M. Jenkinson, A. U. Rehman, T. Walsh, J. Clayton-Smith, K. Lee, R. J. Morell, M. C. Drummond, S. N. Khan, M. A. Naeem, B. Rauf et al.: Am. J. Hum. Genet., 92, 605 (2013).4) K. A. Strauss, R. N. Jinks, E. G. Puffenberger, S. Venkatesh, K. Singh, I. Cheng, N. Mikita, J. Thilagavathi, J. Lee, S. Sarafianos et al.: Am. J. Hum. Genet., 96, 121 (2015)..このように各プロテアーゼ変異により異なる疾患を引き起こすことは,これらプロテアーゼが互いにその機能を完全に補完することはできないことを示している.

m-AAAは主に内膜タンパク質や膜に表在するタンパク質を分解すると考えられている.酵母ではm-AAAがミトコンドリアリボソームタンパク質L32のN末端ドメインを切断し成熟化させることから(2)2) P. M. Quiros, T. Langer & C. Lopez-Otin: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 16, 345 (2015).m-AAAの欠損はミトコンドリアリボソームの形成に異常をきたす.また哺乳類でもAFG3L2の欠損はミトコンドリアリボソームの会合に影響を与える(5)5) M. Nolden, S. Ehses, M. Koppen, A. Bernacchia, E. I. Rugarli & T. Langer: Cell, 123, 277 (2005)..このようにm-AAAはmtDNAにコードされる遺伝子の翻訳を間接的に制御している.

ClpXPによって独占的に分解される特異的基質についてはほとんど知られていないが,ClpXPは構造異常タンパク質の分解に関与していると考えられている.またClpXPはマトリクスタンパク質のフォールディングの異常を感知し核ゲノムにコードされているミトコンドリアシャペロンタンパク質などの発現上昇に至るmitochondrial unfolded protein response(mtUPR)と呼ばれる一連の反応に関与していることが示唆されている(6)6) C. M. Haynes, Y. Yang, S. P. Blais, T. A. Neubert & D. Ron: Mol. Cell, 37, 529 (2010).

Lonは酸化ストレスによる傷害タンパク質を優先的に分解することで傷害タンパク質の凝集などにより引き起こされるミトコンドリアの機能低下を防いでいる.近年筆者らやほかのグループによってショウジョウバエやヒトの培養細胞でLonがmtDNA結合タンパク質TFAMを特異的に分解していることが示された(7, 8)7) Y. Matsushima, Y. Goto & L. S. Kaguni: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 18410 (2010).8) B. Lu, J. Lee, X. Nie, M. Li, Y. I. Morozov, S. Venkatesh, D. F. Bogenhagen, D. Temiakov & C. K. Suzuki: Mol. Cell, 49, 121 (2013)..TFAMはmtDNAの転写因子であるとともに核DNAに対するヒストンのようにmtDNA全体に結合し安定化させることが知られている.興味深いことにTFAMとmtDNAは共依存関係にある.たとえば遺伝子ノックダウンなどによりTFAMを枯渇させればその量に応じてmtDNAコピー数が減少し,逆に複製阻害によりmtDNAコピー数が減少すればそれに応じてTFAMも減少する(1)1) Y. Matsushima & L. S. Kaguni: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 1080 (2012)..しかし,Lonノックダウン細胞ではmtDNAコピー数が減少してもTFAMは分解されず,mtDNAに対してTFAMが過剰になるためmtDNAの転写阻害が引き起こされる(図2図2■LonによるTFAMの特異的分解).このことはLonが傷害や構造異常とは関係なく余分なTFAMを分解し,mtDNAとTFAMの比率を保つことでmtDNA転写を維持していることを示している.たとえば,抗HIV薬である核酸系逆転写阻害剤(AZTなど)は副作用としてmtDNAの複製を阻害しそのコピー数の減少を招くが,このような状況下でLonがTFAMを分解しmtDNAの転写阻害を防いでいると考えられる.

図2■LonによるTFAMの特異的分解

mtDNAのコピー数を減少させる条件下ではその減少量に比例しTFAMは分解されるが(上),Lonをノックダウンした細胞ではTFAMが分解されずmtDNAコピー数に対し過剰となり転写阻害を引き起こす(下).

mtDNAの転写は2つの転写開始点から一続きに転写された後に(図1B図1■ミトコンドリアマトリクス局在プロテアーゼとミトコンドリアDNAの構造),各RNAにプロセシングされるが,最近ヒトの細胞ではこのRNA切断の制御にもLonが関与することが明らかになった(9)9) C. Munch & J. W. Harper: Nature, 534, 710 (2016)..ミトコンドリアマトリクス内でのタンパク質のフォールディング異常に伴うmtUPRの一つとしてmtDNAにコードされるタンパク質合成が低下すること,さらにその原因の一つがミトコンドリアRNAの切断効率の低下にあることが明らかになった.ミトコンドリアRNA切断の多くはtRNAの両端で起きる.Mitochondrial ribonuclease P protein 3(MRPP3)はこの切断に関与するタンパク質の一つであるが,このMRPP3がLonによって特異的に分解されることが示された.このMRPP3がmtUPR時に減少し未切断RNAが増加することでミトコンドリアタンパク質の合成低下が引き起こされるが,このときLonを阻害することでMRPP3量が回復しRNA切断が正常化することが明らかとなった.mtUPR時のミトコンドリアのタンパク質合成低下メカニズムにはいまだ不明な点が多く残るが,LonによるMRPP3の分解がmtUPRの一端を担うことが示された.

ミトコンドリアマトリクス内に存在する3種類のプロテアーゼは傷害やミスフォールディングなどによる機能不全タンパク質の分解といった「通常業務」のみならず,いくつかの状況下において特定のタンパク質の分解制御を介して核やmtDNAの遺伝子発現制御にもかかわる「特別業務」も行っていることが明らかになってきた.今後,この「特別業務」に着目した研究がさらに進展することを期待したい.

Reference

1) Y. Matsushima & L. S. Kaguni: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 1080 (2012).

2) P. M. Quiros, T. Langer & C. Lopez-Otin: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 16, 345 (2015).

3) E. M. Jenkinson, A. U. Rehman, T. Walsh, J. Clayton-Smith, K. Lee, R. J. Morell, M. C. Drummond, S. N. Khan, M. A. Naeem, B. Rauf et al.: Am. J. Hum. Genet., 92, 605 (2013).

4) K. A. Strauss, R. N. Jinks, E. G. Puffenberger, S. Venkatesh, K. Singh, I. Cheng, N. Mikita, J. Thilagavathi, J. Lee, S. Sarafianos et al.: Am. J. Hum. Genet., 96, 121 (2015).

5) M. Nolden, S. Ehses, M. Koppen, A. Bernacchia, E. I. Rugarli & T. Langer: Cell, 123, 277 (2005).

6) C. M. Haynes, Y. Yang, S. P. Blais, T. A. Neubert & D. Ron: Mol. Cell, 37, 529 (2010).

7) Y. Matsushima, Y. Goto & L. S. Kaguni: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 18410 (2010).

8) B. Lu, J. Lee, X. Nie, M. Li, Y. I. Morozov, S. Venkatesh, D. F. Bogenhagen, D. Temiakov & C. K. Suzuki: Mol. Cell, 49, 121 (2013).

9) C. Munch & J. W. Harper: Nature, 534, 710 (2016).