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イネのファイトアレキシン生合成を制御する新たな転写因子の発見植物体での抗菌物質の生産を自在に操る

Masaki Mori

昌樹

農業・食品産業技術総合研究機構生物機能利用研究部門

Published: 2017-03-20

農業生産において病害による被害は大きく,被害を抑えるために殺菌剤などの農薬が利用されている.一方で農薬は環境に与える影響も少なくないため,環境負荷を低減することが近々の課題となっている.解決策の一つとして,植物が本来有している病害抵抗性機構を理解し利用することが考えられる.植物は病原菌などが感染すると,抗菌活性のある低分子化合物ファイトアレキシンを生産する.この生産を自在に操ることができれば,農薬に頼らずに病害による被害を軽減できるのではないだろうか? 本稿では,そのようなことを可能にするかもしれない転写因子がイネから発見されたので紹介する.

ファイトアレキシンとは植物が病原微生物などの感染に際し生産する抗菌活性のある低分子化合物の総称で,1980年ごろからその存在が知られていた.その構造から,アルカロイド系,テルペン系,フラボノイド系などに分類される.シロイヌナズナではアルカロイド系のカマレキシンが,トウガラシではテルペン系のカプシジオールが有名である.イネでは現在までにジテルペン系ファイトアレキシン(DP)としてモミラクトン(ML)A, B, ファイトカサン(PC)A~F,オリザレキシンA~F, Sおよびent-10-oxodepressinの計16種が,またフラボノイド系ファイトアレキシンとしてサクラネチンが報告されている(1)1) K. Horie, Y. Inoue, M. Sakai, Q. Yao, Y. Tanimoto, J. Koga, H. Toshima & M. Hasegawa: J. Agric. Food Chem., 63, 4050 (2015)..イネのDPの生合成については,マクロ環(casbene)型のent-10-oxodepressin以外の15種類ではゲラニルゲラニル2リン酸からコパリル2リン酸を経て生産される生合成経路がおおむね解明されており,生合成遺伝子についても10種類以上同定されており,ML生合成遺伝子は主に4番染色体に,PC生合成遺伝子は主に2番染色体にクラスター上に存在することが明らかになっている(2)2) H. Yamane: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1141 (2013)..イネのDPは葉へのいもち病菌感染,塩化銅処理,植物ホルモンのジャスモン酸処理,UV照射,それに懸濁培養細胞へのキチンエリシター処理により生産が誘導される(3, 4)3) A. Okada, T. Shimizu, K. Okada, T. Kuzuyama, J. Koga, N. Shibuya, H. Nojiri & H. Yamane: Plant Mol. Biol., 65, 177 (2007).4) M. Hasegawa, I. Mitsuhara, S. Seo, T. Imai, J. Koga, K. Okada, H. Yamane & Y. Ohashi: Mol. Plant Microbe Interact., 23, 1000 (2010)..イネ懸濁培養細胞でのキチンエリシター誘導的なDP生合成については,bZIP型の転写因子OsTGAP1(Oryza sativa TGA factor for phytoalexin production 1)が関与することが報告されている(5)5) A. Okada, K. Okada, K. Miyamoto, J. Koga, N. Shibuya, H. Nojiri & H. Yamane: J. Biol. Chem., 284, 26510 (2009)..しかしながら,いもち病菌感染をはじめそれ以外の処理によるDP生合成の誘導や,植物体における生合成を説明できる転写因子の報告はなかった.

それに対し最近見いだされたbHLH型の転写因子DPF(Diterpenoid Phytoalexin Factor)は葉へのいもち病菌感染,塩化銅処理,ジャスモン酸処理,UV照射により発現が誘導された(6)6) C. Yamamura, E. Mizutani, K. Okada, H. Nakagawa, S. Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Yamane, H. Takatsuji & M. Mori: Plant J., 84, 1100 (2015)..また,DPFはイネ植物体において非誘導条件では根や出穂後の穂で発現していたが,これはMLが同条件では根や籾(もみ)に存在しているという事実をよく説明する.DPFの発現をRNAi法により抑制したDPFノックダウンイネでは,根と籾におけるMLおよびPCの蓄積量が著しく低下していた.さらに,このイネでは12種のDP生合成遺伝子のすべてにおいて発現の低下が認められたことから,DPFはDP生合成の特定のステップに限定することなく,すべてのステップにおいて生合成遺伝子の転写を正に制御していることが明らかになった.以上よりDPFはイネのDP生産において,中心的な転写因子であると考えられた(6)6) C. Yamamura, E. Mizutani, K. Okada, H. Nakagawa, S. Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Yamane, H. Takatsuji & M. Mori: Plant J., 84, 1100 (2015).図1図1■DPFはイネのジテルペン系ファイトアレキシンの生産において,中心的な転写因子である).

図1■DPFはイネのジテルペン系ファイトアレキシンの生産において,中心的な転写因子である

転写制御配列についてもイネ葉鞘での一過的転写活性化実験により明らかにされた.通常,植物のbHLH型転写因子の多くはゲノム上のE-box(5′-CANNTG-3′)あるいはG-box(5′-CAC GTG-3′)配列に結合することが知られており,DPFタンパク質はその一次構造からG-boxに結合すると予想されていた.DPFは転写活性化実験で,PC生合成遺伝子CPS2の上流領域(G-box配列を含む)を接続したルシフェラーゼ・レポーター遺伝子を活性化した.そこでこのG-boxに変異を導入したが,予想に反し転写活性に変化は認められなかった.この上流領域には動物のbHLH型転写因子の結合配列として知られているN-box(5′-CAC GAG-3′)が存在したので,次にこの配列に変異を導入したところ,転写活性が失われた.よってDPFはN-boxを介してCPS2の転写を正に制御していることが明らかになった(6)6) C. Yamamura, E. Mizutani, K. Okada, H. Nakagawa, S. Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Yamane, H. Takatsuji & M. Mori: Plant J., 84, 1100 (2015)..植物においてN-boxが転写制御に必要であることが示されたのは,これが最初の例であろう.

イネのDPの生物学的役割については不明の点も多いが,DPFの発見により解明が進むことが予想される.ゲノム編集の手法でDPF遺伝子を破壊するノックアウトイネを作製しDPを生産できないイネを得ることができれば,DPの本来の役割に迫ることが可能になる.また,DPを高生産する植物は,個別の生合成遺伝子を高発現しても基質の不足が生じるため,原理的に得ることが困難であった.しかしながらDPFは上記のようにDP生合成のすべてのステップを正に制御しているので,DPF高発現イネでは実際にMLやPCが高生産され蓄積していた(6)6) C. Yamamura, E. Mizutani, K. Okada, H. Nakagawa, S. Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Yamane, H. Takatsuji & M. Mori: Plant J., 84, 1100 (2015)..DPには抗菌活性があるため,高生産イネはいもち病などの病害に抵抗性になることが期待できる.また,MLには雑草の生育抑制活性も報告されているため,高生産イネは雑草抵抗性を示すかもしれない.さらにトウモロコシのテルペン系ファイトアレキシンの中には害虫の接食抑制活性や乾燥耐性活性を有するものも知られているので,高生産イネも害虫抵抗性や乾燥耐性を示すかもしれない.今後はDPFのノックアウトイネや高発現イネの利用により,イネのDPの新たな生物的役割が明らかになり,ひいてはDPを利用したイネの育種につながることが期待される.

Reference

1) K. Horie, Y. Inoue, M. Sakai, Q. Yao, Y. Tanimoto, J. Koga, H. Toshima & M. Hasegawa: J. Agric. Food Chem., 63, 4050 (2015).

2) H. Yamane: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1141 (2013).

3) A. Okada, T. Shimizu, K. Okada, T. Kuzuyama, J. Koga, N. Shibuya, H. Nojiri & H. Yamane: Plant Mol. Biol., 65, 177 (2007).

4) M. Hasegawa, I. Mitsuhara, S. Seo, T. Imai, J. Koga, K. Okada, H. Yamane & Y. Ohashi: Mol. Plant Microbe Interact., 23, 1000 (2010).

5) A. Okada, K. Okada, K. Miyamoto, J. Koga, N. Shibuya, H. Nojiri & H. Yamane: J. Biol. Chem., 284, 26510 (2009).

6) C. Yamamura, E. Mizutani, K. Okada, H. Nakagawa, S. Fukushima, A. Tanaka, S. Maeda, T. Kamakura, H. Yamane, H. Takatsuji & M. Mori: Plant J., 84, 1100 (2015).