今日の話題

雄マウスが分泌したフェロモンの再受容による攻撃性の上昇フェロモンの新たな概念

Tatsuya Hattori

服部 達哉

麻布大学獣医学部伴侶動物学研究室

Kazushige Touhara

東原 和成

東京大学大学院農学生命科学研究科生物化学研究室

Takefumi Kikusui

菊水 健史

JST ERATO東原化学感覚プロジェクト

Published: 2017-03-20

動物は出会った他個体の情報を視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚といった感覚器により受容し,その情報に基づいた適切な行動反応を示すことで,他者とのコミュニケーションを図る.特に匂いやフェロモンといった嗅覚情報は,非常に多様な受容機構が存在し,個体の性別や年齢に関する情報を媒介する.受容した嗅覚情報によって行動が誘起されるが,特にフェロモンは行動発現に深くかかわり,その情報処理には鋤鼻神経系が重要である(1, 2)1) C. Dulac & A. Torello: Nat. Rev. Neurosci., 4, 551 (2003).2) T. Kimchi, J. Xu & C. Dulac: Nature, 448, 1009 (2007)..しかし,フェロモン受容機構はその受容体の多様性や情報処理の複雑性のため,フェロモンの受容から行動反応に至る一連の情報伝達経路の全容はいまだ不明な点が多い.

2005年に雄マウスの涙液中にペプチド性のフェロモンが見いだされ,ESP1(Exocrine gland-secreting peptide 1)と命名された(3)3) H. Kimoto, S. Haga, K. Sato & K. Touhara: Nature, 437, 898 (2005)..このESP1は,雌マウスの鼻腔内に存在するフェロモン受容器:鋤鼻器の鋤鼻上皮細胞に発現する受容体で受容されるが,興味深いことに鋤鼻受容体II型116(Vmn2r116; V2Rp5)という単一の受容体でのみ受容される.ESP1は,このV2Rp5を介して鋤鼻神経系に属する副嗅球,扁桃体,そして視床下部の各脳領域を活性化することがわかった.

筆者らは,このESP1が雄情報を担うフェロモンであると考え,雌マウスの性行動へ影響があるか否かを調べた.その結果,雄マウスと出会う以前にESP1を受容した雌マウスは,性行動中に雄受容姿勢(性行動中の雄受け入れ行動)の発現率が約3~5倍に増加すること,ESP1の特異的受容体V2Rp5を遺伝的に欠損させた雌マウスではこのような雄受容姿勢の亢進が起こらないことを明らかにした(4)4) S. Haga, T. Hattori, T. Sato, K. Sato, S. Matsuda, R. Kobayakawa, H. Sakano, Y. Yoshihara, T. Kikusui & K. Touhara: Nature, 466, 118 (2010)..一方で,雄マウスの鋤鼻神経系でも,雌マウスと同様にESP1をV2Rp5で受容し活性化を示すものの,ESP1が雄マウスの行動へどのような影響を与えるかは不明なままであった.そこで,雄マウスの雄情報に対する代表的な行動である攻撃行動に着目しESP1の影響を調べた(5)5) T. Hattori, K. Kanno, M. Nagasawa, K. Nishimori, K. Mogi & T. Kikusui: Neurosci. Res., 90, 90 (2015).

多くの雄動物と同様に,縄張りを形成した雄マウスは,その縄張り内へ侵入した相手雄(侵入者雄)に対し激しい攻撃行動を示すことで縄張りを維持する(6)6) T. Hattori, T. Osakada, A. Matsumoto, N. Matsuo, S. Haga-Yamanaka, T. Nishida, Y. Mori, K. Mogi, K. Touhara & T. Kikusui: Curr. Biol., 26, 1229 (2016)..雄マウスはその系統により,ESP1の分泌パターンが異なり,BALBマウスはESP1を分泌するが,ICR, B6,あるいはA/JマウスはESP1を分泌しない(4)4) S. Haga, T. Hattori, T. Sato, K. Sato, S. Matsuda, R. Kobayakawa, H. Sakano, Y. Yoshihara, T. Kikusui & K. Touhara: Nature, 466, 118 (2010)..そこで縄張りを形成したICR雄マウスに,BALB, B6,あるいはA/J雄マウスを侵入させ,攻撃性を評価した.その結果,縄張りをもつICR雄マウスのBALB侵入者雄に対する攻撃行動の発現回数が,そのほかの系統の侵入者雄に対する発現回数に比べ約2倍に増加した(5)5) T. Hattori, K. Kanno, M. Nagasawa, K. Nishimori, K. Mogi & T. Kikusui: Neurosci. Res., 90, 90 (2015)..このICR雄マウスの攻撃性の増大は,侵入者雄のESP1分泌パターンの違いによると考え,ICR雄マウスに対してESP1を提示し,侵入者雄への攻撃性を評価した.その結果,ESP1と雄尿を同時に提示した場合,ICR雄マウスは高い攻撃性を示すことがわかった(5)5) T. Hattori, K. Kanno, M. Nagasawa, K. Nishimori, K. Mogi & T. Kikusui: Neurosci. Res., 90, 90 (2015).

つづいて,ESP1を分泌する系統であるBALB雄マウスの攻撃性を調べた.興味深いことにBALB雄マウスはESP1と雄尿の同時提示だけでなく,雄尿の単独提示であっても激しい攻撃性を示した(5)5) T. Hattori, K. Kanno, M. Nagasawa, K. Nishimori, K. Mogi & T. Kikusui: Neurosci. Res., 90, 90 (2015)..筆者らは,このBALB雄マウスの高い攻撃性は自分自身の分泌したESP1を再受容することでESP1作用を獲得しているのではないかと考えた.そこでESP1を分泌するが受容できない,すなわちV2Rp5を遺伝的に欠損したBALB雄マウスを作出し,その攻撃性を評価した.その結果,このV2Rp5欠損型雄マウスでは,ESP1と雄尿の同時提示,あるいは雄尿の単独提示のいずれの場合であっても攻撃性の増加は認められなかった.これらの結果は,雄マウスが分泌するESP1は,受容したほかの雄マウスの攻撃性を増加させるだけでなく,自分自身による再受容によって攻撃性を増加させることを示している(5)5) T. Hattori, K. Kanno, M. Nagasawa, K. Nishimori, K. Mogi & T. Kikusui: Neurosci. Res., 90, 90 (2015).図1図1■雄マウスESP1は受容した他個体の行動発現へ影響するだけでなく,自身の攻撃行動発現へも影響する).

図1■雄マウスESP1は受容した他個体の行動発現へ影響するだけでなく,自身の攻撃行動発現へも影響する

これまで,フェロモンは他者とのコミュニケーションを図るうえでの個体情報の媒体であると考えられてきた.ところが,雄マウス自身の分泌したESP1が再受容されることで自分自身の攻撃性の増加につながるという筆者らの研究結果は,従来の情報媒介機能というフェロモンの概念へ新たな機能の存在を示唆するものと言える.多くの野生種の雄マウスはESP1を分泌することから,このESP1の再受容による自身の攻撃性の獲得は,ESP1の雌への性行動上昇の効果とともに,厳しい野生環境下での雄マウスの縄張りを守る行動を増強させ,適応的戦略へ寄与するものであると言える.

最後に,ESP1の受容から行動発現に至る神経回路の解析について紹介する.ESP1を受容した雌と雄のマウスの脳内では,いずれにおいてもESP1の情報は鋤鼻神経系を構成する各脳領域を活性化する.その中には雌マウスの性行動,雄マウスの攻撃行動それぞれの制御に関与する領域も含まれるが,これらの脳領域の活性化と雌雄マウスの行動反応の発現との因果関係を明らかにすることは難しい.そこで薬理遺伝学的手法であるDREADDs(Designer receptor exclusively activated by designer drug)システムを導入した遺伝子改変マウスを用い,ESP1に応答した神経細胞の機能を明らかにすることを目指した(7, 8)7) G. Alexander, S. Rogan, A. Abbas, B. Armbruster, Y. Pei, J. Allen, R. Nonneman, J. Hartmann, S. Moy, M. Nicolelis et al.: Neuron, 63, 27 (2009).8) A. Garner, D. Rowland, S. Hwang, K. Baumgaertel, B. Roth, C. Kentros & M. Mayford: Science, 335, 1513 (2012)..この遺伝子改変マウスへESP1を提示し,応答した細胞にDREADDsを強制発現した.その後受容体のリガンドを投与し,神経細胞を人為的に再活性化したところ,雌雄マウスそれぞれでESP1提示時と同様の神経活性化パターンが確認できた.さらに,リガンドを投与した雌雄マウスそれぞれに対し,雄マウスを導入すると,ESP1の提示がないものの雌マウスでは性行動が亢進され,雄マウスでは攻撃行動が促進され,ESP1提示と同様の行動変化が認められた(5)5) T. Hattori, K. Kanno, M. Nagasawa, K. Nishimori, K. Mogi & T. Kikusui: Neurosci. Res., 90, 90 (2015)..このDREADDsシステムによって,ESP1情報により活性化する神経細胞が雌雄マウスの行動変化へ関与することを実証し,雄フェロモンへの行動反応とその情報による脳領域の活性化との因果関係の一端を明らかにした.これらの知見は,今後のフェロモンの受容から行動反応に至る神経回路の分子メカニズムの解明に役立ち,さらには産業動物の社会行動の制御や生産性の向上へつながる新たな一歩となりうるだろう.

Reference

1) C. Dulac & A. Torello: Nat. Rev. Neurosci., 4, 551 (2003).

2) T. Kimchi, J. Xu & C. Dulac: Nature, 448, 1009 (2007).

3) H. Kimoto, S. Haga, K. Sato & K. Touhara: Nature, 437, 898 (2005).

4) S. Haga, T. Hattori, T. Sato, K. Sato, S. Matsuda, R. Kobayakawa, H. Sakano, Y. Yoshihara, T. Kikusui & K. Touhara: Nature, 466, 118 (2010).

5) T. Hattori, K. Kanno, M. Nagasawa, K. Nishimori, K. Mogi & T. Kikusui: Neurosci. Res., 90, 90 (2015).

6) T. Hattori, T. Osakada, A. Matsumoto, N. Matsuo, S. Haga-Yamanaka, T. Nishida, Y. Mori, K. Mogi, K. Touhara & T. Kikusui: Curr. Biol., 26, 1229 (2016).

7) G. Alexander, S. Rogan, A. Abbas, B. Armbruster, Y. Pei, J. Allen, R. Nonneman, J. Hartmann, S. Moy, M. Nicolelis et al.: Neuron, 63, 27 (2009).

8) A. Garner, D. Rowland, S. Hwang, K. Baumgaertel, B. Roth, C. Kentros & M. Mayford: Science, 335, 1513 (2012).