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みつ入りリンゴはなぜおいしい?フードメタボロミクスで明らかになった香りの役割

Fukuyo Tanaka

田中 福代

農業・食品産業技術総合研究機構中央農業研究センター

Keiki Okazaki

岡崎 圭毅

農業・食品産業技術総合研究機構中央農業研究センター

Toshio Miyazawa

宮澤 利男

小川香料株式会社機能研究所

Published: 2017-03-20

みつ入りリンゴは日本やアジア諸国で極めて人気が高い.リンゴのみつとは果実の細胞の隙間にソルビトールなどの糖分を含む水分がたまったもの(1)1) 白武勝裕:“園芸生理学 分子生理学とバイオテクノロジー”,第1版,山本昭平編,文永堂出版,2007, pp. 133–140.で,半透明の様子が蜜のように見えることから「みつ」と呼ばれているが,蜜のように甘いものではなく,なぜこれほど好まれるのか謎であった.筆者らは,産地や栽培法などの異なる各種のリンゴを分析していたところ,みつ入りリンゴは独特の華やかな香りを放ち,その香気プロファイルもまた独特であることに気がついた.この華やかな「香り」がみつ入りリンゴのおいしさの決め手では? との仮説の下,みつ入り・みつ無しの「ふじ」の官能評価と揮発性・水溶性成分のプロファイリングを実施し,みつ入りリンゴの嗜好性をその成分から解き明かそうと試みた(2)2) 田中福代,岡崎圭毅,樫村友子,大脇良成,立木美保,澤田 歩,伊藤 伝,宮澤利男:日本食品科学工学会誌,63, 101 (2016).

まず,官能評価(図1図1■官能評価の結果)において香りの強さをニオイかぎで比較すると,みつ入り果はみつ無し果より有意に強かった.しかし,ノーズクリップを装着して香りの影響を排除して味の強度を評価したところ,両者に有意差は認められなかった.さらに,ノーズクリップをはずし,香りを含めた評価では,みつ入り果はフルーティ,フローラル,スィートな特性が強く,また嗜好性もみつ無し果より有意に高かった.これより,香りがみつ入り果の嗜好性に寄与していることが明らかとなった.

図1■官能評価の結果

香りはニオイかぎにより,呈味はノーズクリップにより香気の影響を排除し,1~7ポイントで評価した.パネリストはトレーニングを受けた男女29名.

成分プロファイリングでは,揮発性・水溶性成分の強度に基づいて多変量解析を実施した結果,みつ入りリンゴを特徴づける成分としてエチルエステル類が浮かび上がった.香り成分のデータベースから,エチルエステル類はフルーティ,フローラル,スィートな香調を示し,しかも同じ脂肪酸のエステルの中で最も嗅覚における閾値が小さいことがわかった(3)3) L. J. Van Gemert: “Compilations of Odour Threshold Values in Air, Water and Other Media,” Boelens Aroma Chemical Information Services, 2003, pp. 1–124..みつ入り「ふじ」から検出されている酪酸エチル,2-メチル酪酸エチル,カプロン酸エチルなどはバナナやパイナップル,吟醸酒にも共通するフルーティな香り(4)4) 伊藤百合子,荒川奈津江,高村あゆみ,森光康次郎,久保田紀久枝:日本食品科学工学会誌,53, 121 (2006).として注目されている成分でもある.また,エチルエステル類は,「こうとく(こみつ®)」,「北斗」,「おいらせ」,「あおり21(春明21®)」など,みつ入りリンゴに共通する成分群であった.このように,エチルエステル類の増加がみつ入りリンゴの風味を高めている可能性が強く示唆された.そこで,みつ無しリンゴのジュースに,みつ入りリンゴから検出されたエチルエステル類を再構成して添加すると,みつ風味や嗜好性が高まることが官能評価で確認された(5)5) 田中福代,庄司靖隆,岡崎圭毅,宮澤利男:日本食品科学工学会誌,64,34(2017)..これらのデータから,みつ入りリンゴで高まるエチルエステル類は,その嗜好性に強く寄与する成分と結論した.

次に,みつ入り果にエチルエステル類が集積するメカニズムを検討した(2)2) 田中福代,岡崎圭毅,樫村友子,大脇良成,立木美保,澤田 歩,伊藤 伝,宮澤利男:日本食品科学工学会誌,63, 101 (2016)..エチルエステル類が多量に生成するためには,基質となるエタノールも多量に生成しなければならない.そこで,リンゴ果肉の細胞間隙のガス組成に着目した.細胞間隙は通常は大気組成のガスの占める割合が高いが,みつ入りリンゴではみつ部分は低酸素状態にある(図2図2■みつ入りリンゴの低酸素状態がフルーティ・スイートなエチルエステルの生成を誘導する).このため,みつ部分では嫌気的代謝(エタノール発酵)が進行しているものと推定した.そこで,みつ入りリンゴのみつ部分と非みつ部分,みつ無しリンゴの果肉におけるピルビン酸デカルボキシラーゼ(PDC)遺伝子とアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)遺伝子の発現を比較したところ,いずれもみつ入り果のみつ部分で特異的に強く発現していた.以上のことから,みつ入りリンゴでは低酸素状態にあるみつ部分でエタノールが集積し,これを基質として生成した多量のエチルエステルがみつ入りリンゴに華やかな風味を与えることにより嗜好性が高まっていると結論した.

図2■みつ入りリンゴの低酸素状態がフルーティ・スイートなエチルエステルの生成を誘導する

PDC: pyruvate decarboxylase, ADH: alcohol dehydrogenase, AAT: alcohol acyltransferase. ◀:酸素センサー貫通位置

これまで,果物の品質では甘さが最重要視されてきた.しかし,みつ入りリンゴの嗜好性メカニズムは,香りが従来認識されていた以上に効果をもつことをクリアに示した.折しも,分析機器のめざましい進化と普及,官能評価やデータ解析技術の急速な進歩をターニングポイントに,食品の香り研究は急激に深まりを見せようとしている.これらの結実,すなわち,果物のおいしさ品質の向上に期待されたい.

Reference

1) 白武勝裕:“園芸生理学 分子生理学とバイオテクノロジー”,第1版,山本昭平編,文永堂出版,2007, pp. 133–140.

2) 田中福代,岡崎圭毅,樫村友子,大脇良成,立木美保,澤田 歩,伊藤 伝,宮澤利男:日本食品科学工学会誌,63, 101 (2016).

3) L. J. Van Gemert: “Compilations of Odour Threshold Values in Air, Water and Other Media,” Boelens Aroma Chemical Information Services, 2003, pp. 1–124.

4) 伊藤百合子,荒川奈津江,高村あゆみ,森光康次郎,久保田紀久枝:日本食品科学工学会誌,53, 121 (2006).

5) 田中福代,庄司靖隆,岡崎圭毅,宮澤利男:日本食品科学工学会誌,64,34(2017).